宇宙宅配ピザ〈ピザーヤ〉

青出インディゴ

それは一本の注文電話から始まった

 誰でも「トマソン」を見たことがあるだろう。たとえば、駅のわきにひっそりとある、登って行っても壁に突き当たるだけの階段。電車のレール上に突如として出現するトンネル。ごく一般的な民家の、二階に設けられた出入り口。要するに、建築物に付属する無意味な設備だ。それらは日常生活の中に溶け込んでいて無用の長物として見過ごしがちだが、実のところ最後のに限って言えば用途がある。はっきり言うと、二階の出入り口は宇宙への通用門なのである。

 日本の某地方都市の郊外に、何の変哲もない宅配ピザ店がある。閑静な住宅街に肩身が狭そうにたたずむその二階建てのビルは、どこから見てもただの宅配ピザ店だ。店の表には、黄色地に赤い派手なフォントで〈ピザーヤ〉と書かれた看板が出ている。ただ一点だけ他のピザ屋と違うところを挙げるとすれば、店の前に三輪バイクが並んでいないというところだ。決して繁盛しているがために出払っているのではない。このピザ店は売れている気配がまったくないのである。にも関わらず、開店以来バイクが置かれているところを見た者はいない。だが、ピザ屋にとっては幸いなことに、近所でそれに気づいた人はまだいないようだ。それだけこの店があまりにごく一般的であり、周囲の風景に溶け込んでいるということでもある。とは言え少々うがった見方をするなら、あまりに一般的すぎるとも言える。

 店の前にバイクがないなら、このピザ店のバイクはどこから発着するのだろうか。言うまでもない。二階の出入り口からなのである。この店の三輪バイクはただのバイクではない。宇宙空間を走行できる、小型の宇宙船なのである。

 あまり知られていないことだが、地球のピザ店に対するピザの注文は、他の惑星からもやってくる。現在のところ地球でこの事実を知っているのは、〈ピザーヤ〉を含む数点の宅配ピザ店とグーグル社だけである。(グーグル社はなんでも知っている)。地球のピザは、珍味として宇宙では密かな人気があるのだ。たとえるなら、お正月の数の子のようなものである。

 以下は宇宙宅配ピザ店の現況報告である。

 地井珠子は〈ピザーヤ〉某町店で働くフリーターである。二十八歳、ひとり暮らし。都内の有名大学を卒業したが、いざ就職となると文学部出の肩書きなど鼻毛ほどの意味もなかった。夢破れ帰郷。しかし地方には、彼女のプライドと先方の条件の双方を満足させる就職口はなかった。以来アルバイト生活から抜け出せずにいる。

 さて今日も地井珠子がピザ店の二階で待機していたところ、注文の電話が鳴った。中年の男性店長が受話器を取る。

「〈ピザーヤ〉です。――はい、ギャラクティック・ピザMサイズを一点。千二百円になります。お電話番号をどうぞ。――あ、アルファ・ケンタウリのエプルレヴィススリー様ですね。毎度ありがとうございます。ただいまおうかがいします」

 店長は珠子を振り返った。久々の注文に、顔面に隠しきれない喜色が浮かんでいる。

「仕事だよ」

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