その2

「……はっ!」


 眠りから目覚めたCは、辺りの様子が今までとは全く違う事に気がつき、飛び起きてしまいました。

 いつの間にか辺りは星空に囲まれ、真っ暗闇になっていたのですが、それ以上に異様だったのは、あれほど人々で賑わっていたはずの公園に、自分だけしかいないという光景でした。


「え、ど、どうなってるの……?」


 たった1人、公園の中央のシートに座る彼の周りには、満開のソメイヨシノが何百本も咲き乱れているだけと言うこの光景、まさかこれは夢なのか、と頬を抓ってみた彼でしたが、驚いた事に、Cの頬にははっきりとした痛みが走ったのです。一体何がどうなっているのか、と唖然としていた、その時でした。誰かが弁当を漁るような音が聞こえてきたのです。ネズミか、それとも虫か、と慌ててそちらを振り向いた彼が見たものは――。



『うーん、美味し……あ、ごめんごめん』



 ――1人の美しい女性が、Cのシートの上に残されていたお握りを、美味しそうに食べている光景でした。


 何の気配も無く突然現れた女性に唖然としていた彼は、何も言わずに突然食べてしまって申し訳ない、と謝る女性に固まったまま大丈夫です、と言う事をあらわす頷きを返すことしか出来ませんでした。


『ねえ、このお弁当、勝手に食べちゃっていい?私お腹がすいちゃって……』


「だ、だ、大丈夫……です……」


 ありがとう、とその美女はCにウインクを返しました。


 突然現れ、お弁当を食べ始めたこの女性は一体何者なのか、どこから現れたのか。様々な疑問があっという間にCの頭を包み込み始めましたが、それ以上に彼の心を惑わしたのは、自分より年上に見える、その女性の美しさでした。

 背中まで伸びる長い髪は鮮やかな桜色に包まれ、顔立ちも美人そのもの。衣装は丈の短い純白ワンピースに、ソメイヨシノの幹を思わせるような茶色のカーディガン、そして桜色の靴下や白のハイヒールと言った、お嬢様のようなスタイルでした。そして、体のスタイルも大きな胸、整った腰つき、そして綺麗なお尻と抜群、まさに絶世の美女と呼んでも良いほどの存在だったのです。


 そんな美女が公園の中に突然現れ、自分の隣で美味しそうにご飯を食べる――辺りを取り囲む300本ものソメイヨシノの美しさ以上に、Cは彼女に見惚れてしまっていました。そして、勇気を振り絞って彼女に話しかけようとした、その時でした。


『ねえC君、このお握りも食べちゃっていい?』


 何故自分の名前を知っているのか、と尋ねようとした彼でしたが、直後さらなる驚きに包まれました。先程現れた美女は彼の右隣にいるはずなのに、全く同じ声が何故か左隣からも聞こえてきたのです。そして、その方向を見た彼は――。


「え、え、ええええええ!?」

『『ふふふ♪』』


 ――自分の両隣に、全く同じ姿形の美女が笑顔を見せていることに気づきました。髪形も服も、顔も胸も、さらには声まで何もかも全く同じ女性が、Cの座るシートの傍に突然現れたのです。


「あ、あの……双子さん……ですか?」


 何とか自分の疑問をぶつける事に成功した彼でしたが、返ってきたのは何故か否定の言葉でした。一体どういうことなのか、と慌てるCでしたが、事態は彼の予想を超えるものでした。


『ふふ、双子なんかじゃないよ♪』


 Cの後ろからも、全く同じ姿形の3人目の美女が現れ――。


『まだまだ「私」はいっぱいいるんだから♪』


 ――Cの目の前にもさらに4人目の美女が現れ――。


『『『『『そうそう、そうだよねー♪』』』』』


 ――5人、6人、7人――気づけばCの周りは、桜色に包まれた髪を持つ、全く同じ姿形の10人の美女で埋め尽くされてしまったのです!そして、あまりの事態に言葉も出ない彼を見つめながら、美女は一斉に優しい笑みを見せてきました。



『『『『『『『『『『ふふ、C君♪』』』』』』』』』』

「ふえぇ……あ、貴方達……い、一体誰なんですか!?」


 つい大きな声を張り上げてしまった彼でしたが、10人の美女がつい黙り込んでしまったのを見て、慌てて謝り始めてしまいました。すると美女たちは彼に大丈夫だと返した後、自分の髪の香りを嗅いでみて欲しい、と告げました。彼の目の前にいた1人の彼女が、Cに向けて頭を近づけてきたのです。最初は遠慮していた彼でしたが、彼女の頭から放たれた香りは、彼にとって非常に馴染みのあるものでした。多くの人々を癒し、心地よい気分にさせる、ソメイヨシノの香りそのものだったのです。


 そして、美しい香りが辺りを包み始め、Cが何かに気づき始めたその時、突然公園中のソメイヨシノの花びらが風も無いのに一斉に舞い散りました。すると、それらの花びらは各地で不自然に集まり始め、公園のあちこちに何十、いえ何百もの塊を作り始めたのです。よく見ていて、と10人の美女に言われてじっと見据えるCの前で、それらの塊は次第に複雑な形を帯び始めました。やがて、それは人間に良く似た形になり、色も次第に複雑になり始め――。


「……ま、ま、まさか……!」


 ――目を見開いたまま驚く彼の目の前で、桜の花びらの塊は、桜色の髪を持つ何百人もの美女――自分の周りに居る10人と全く同じ姿形をした美女へと変わったのです!


 そして、美女の大群は一斉に自分たちの正体を告げました。


 彼女たちこそ、春を代表する花『ソメイヨシノ』の精霊である、と。

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