ブレイジングエフェクト ~BlaD/Zing Effect ~

如月コウ

第壱幕 国を斬り殺す者

 斬るべき者を斬る。

 今現在の彼は、それを為すだけの生き物である。

 自身が、そのことを強く望んでいる。

 だから、斬る。

 今も、彼の前には、彼に斬られるべき者の姿。

 周囲には、既に斬られた者達の姿。その死に様は、異常の一言に尽きる。

 ただし。

 彼らの状態に目を見張りはするものの、その周囲は普段の様子と何一つ変わらない――だからこそ凄まじいといえよう。

 わかるだろうか?

 人は、斬られれば血を流し、臓物のことごとくが地面へと投げ出されて然るべき。それこそが正常だ。

 しかしながら、彼と、彼が見据える唯一の生き残りが佇む周囲には、人体を構成するそれら全てが何一つ見当たらない。

 少ない、ではなく、のだ。

 そうであるにもかかわらず、彼は、彼が斬り殺す者であることを、物言わぬむくろたちで証明している。

 まさに異常である。

「な、なんなんだ、おまえは……なんで……なんでこんなこと……」

 それは、彼と対峙する者が、初めて彼に伝えることができた言葉。先程まで行なわれていた、あまりに非現実な光景に、唇が、頑として開こうとしなかったのだ。

 もし言葉を放てば、あの美しくも怖ろしい白蒼の刃が、他の者同様に自分を――

「……問おう。おまえは何者だ?」

 彼が口を開く。

 彼の声は、少年とも青年とも思える。そのため、声だけでは彼のよわいを計ることは不可能だろう。

 もっとも、ガタガタと身体を震わせ、怯えきっている身なりのいい男が、そんなことを考えているわけもなく。

 男の頭の中は、彼からの唐突な問いにより、疑問と恐怖だけが巡っていた。

 当然だ。

 事ここに至り、そのような問いかけをする意味がわからないから。

今、この場にいる者が誰なのか、わからないわけがないのだから。

それと同時に、男は確信していた。

 自分の目前に迫っているのは――

「わ、我は、国お、ごふぁ……」

「そう……無辜むこの民を狩る、道を外れし愚かな王……」

 そう、いわく外道の愚王である彼に迫っていたのは、死そのもの――あの噂の張本人だということを、身をもって知ってしまった。

だから、問いかけられた――彼に狙われた。

そのことを理解させられた、いや、今ようやく理解した王には、何一つの猶予もなかった。

 だから、彼は全てを斬り殺して、自分の元へやってきたのだ。

 そう、彼は、王あらざる王の元に至ろうとする己を阻止せんとした全てを斬り捨て、この場に辿り着いた。

 故に告げる。

「悔やめ……時間はくれてやる」


 そして、赤髪の彼は、また一つ国を斬り殺した。






「次!」

「はい、よろしくお願いします」

威勢のいい呼びかけに応える柔和な声色は、すぐさまかき消されてしまう。それは、声を届けたい相手の顔が目の前にあったとしてもだ。

理由は単純、この場に人が集まりすぎなのだ。

「――エレク・ブリガンダか。よろしくな」

「はい。まだまだわからない事だらけなので、ご指導よろしくお願いします!」

 ノーリス列島群。

 大小さまざまな島が群れを成すように広がり、様々な国々がひしめきあう。

 それらの国々が覇を競い合い、紛れもない戦乱の時代にある。

 それが、ノーリスの現実。

「体つきは合格だな。後は経験ってとこか?」

「そうですね」

「まあ、ヴェルノも――傭兵は優遇されてるから、食い扶持に困ることはねえよ。あとは、おまえさんの頑張り次第ってとこだな」

 そんなノーリスで最も支持されている職業――傭兵。

 街の中でもひときわ大きな建物――傭兵ギルドの兵役志願登録所に集まっている者たちは、全て傭兵達である。

 傭兵の募集が開始してから一週間、連日、この喧騒だ。もっともそれは今回限りではなく、傭兵の募集が国から発表されるたびに起こる、当たり前の日常だ。

 現在、ノーリス各地の戦場における主戦力は、彼ら傭兵である。

 たった一人で戦い抜く者。

 少人数で組む者達。

 人数を集め傭兵団を結成する者達。

 傭兵団同士で結託し傭兵ギルドを設立する者達。

 傭兵は大きく分けてこの四つに分類される。

「とりあえず、明日、軍の奴らと志願者が遠征に出るから、そこに帯同してみな」

「はい。ご親切にありがとうございます」

 柔和な笑顔で返礼したエレクと名乗る赤髪の彼が、現在滞在している国の名が、ヴェルノ王国。

 ノーリス南部に位置する、近年強国の仲間入りを果たした軍事国であるヴェルノ王国、その主戦力もやはり傭兵なのだ。

 彼は登録を済ませ、傭兵ギルドを後にし、歩き始める。

 傭兵ギルドは、城下町最奥に位置し、王城にもっとも近い場所に建てられている。そのため、外に出れば否が応にでも、王城が視界に入ってくる。彼も同様に、王城を眺めることとなる。

ふと立ち止まった彼からは、先程までの柔和な笑顔は消え失せ、表情が無く、王城を見つめていた。続いて、静かに眼を伏せ、その場に佇む。

 わずかばかりの時が過ぎる。

 ゆっくりと眼を開いた彼には、先程までの柔和な笑顔が戻っていた。

 そして、ふたたび歩き出す。

 目的地は宿屋。

 今日すべき事を終え、事前に契約した部屋へと戻っていった。


 翌日。


 人の背丈とは比べるべくもない巨大な門の前には、千を越える騎士と万に近いであろう傭兵の姿。その中にはエレクの姿もある。

 彼ら、ヴェルノ王国軍が向かうのは、西の国境に存在する敵国であるアード皇国軍砦。この砦の奪取が、彼らの主な任務である。

 今回のまとめ役である人物から、任務の詳細を伝えられ、彼らは出発した。

 出発してから五日後。

 砦を目視できる距離にまで到達。

 数十の斥候が放たれ、その中にはエレクの姿もあった。

 その二日後。

 放たれた斥候からもたらせれた情報を元に、戦略が練られ、ヴェルノ王国軍が攻撃を開始する。

 戦闘開始から五日後、つつがなく砦を陥落。

 その後、騎士達と傭兵達、およそ二千名が砦に残り、戦後処理を行なう。

 残りの傭兵達が威力偵察――小規模な人数で構成された部隊で、周辺に残る敵兵の掃討を兼ねた周辺の調査を行うことに。


 エレクもまた、威力偵察部隊に帯同していた。




 ――あがる悲鳴。

 それは、アード皇国軍の兵士があげたものではない。

 だが、ヴェルノ王国軍の騎士や傭兵があげたわけでもない。

 声の主は――

「いいか、殺すんじゃねえぞ。くれぐれも丁重に扱えよ――大切な商品なんだからな」

「……は、はい」

 エレクは驚きの表情を浮かべながらも、他の者がしているように、無抵抗の者を縄で縛り、軍用馬車に乗せていった。

 悲鳴を撒いていたのは、アード皇国領内で暮らす村人。

 そう、彼らヴェルノ兵は、敵国の村人を捕らえていたのだ。

 そして、全ての村人を収容した馬車が、王都へ向けて出発した。

 そんな最中、

「……せたぞ」


 馬車を見送ったエレクが、周囲の者には聞こえないほどに小さく、何かを呟いていた。




 軍が出撃してから、五日後。

 王都に、ある一報が届けられる。

 ――先日、アード皇国砦を陥落させた万を越える部隊が全滅した。

 そんな、にわかには信じがたい話が王都を駆け巡った、その日の夜。

 それは粛々しゅくしゅくと、静かに始まった。

 ――白く蒼い、一振りの刃。

 その刃には一滴の雫も見られないにもかかわらず、彼の周囲で地面に倒れる警護兵の身体に、確かに存在する穿うがち貫かれた跡。

 純白純蒼の剣を携え、彼は進む。行く手を阻む者達全てを斬り、けれどその痕跡を、斬られた者の身体でのみ証明しながら。

 やはり、異常である。その一言に尽きるのは、彼の後背にて乱雑に倒れ、しかし静かに眠る者達を見れば理解できるはずだ。

 彼に襲いかかってきた者たち全てに共通するのは、皆一様に、何かに怯えるように身体を震えさせていたこと。

 震える者に、なんら遠慮することなく、彼は眠りを与えながら進んでいくと、ほどなく彼は足を止める。

 そこは、彼が斬り殺すべき者がいるであろう場所。そこにたどり着き、眼前にそびえる扉を、微塵みじんの遠慮もなく、彼が開け放つ。

 そこで彼の目に留まったのは、

「はあはあ……鳴け、はよう、鳴き喚け、ヒハハハハハハ!」

「……て、くださ……」

「…………」

 全身痣だらけの少女を王座に這いつくばらせ、自らの望む声を上げさせようとしている、身なりのいい太った男の姿。

「な、なんじゃ貴さ……ま……」

 その身なりのいい男は、ヴェルノ王国における最高権力者――ヴェルノ国王。

 夜も更け、私的な時間を愉しんでいたところを邪魔する礼儀知らずな輩に、憤慨ふんがいするのが当然といえる、が、無理だ。

 王は、彼を見た瞬間、そのことを――自分は今日、この場で殺されるという事を悟った。

 ――眼は口ほどにモノを語る。

 王はこの言葉を、国が保管する蔵書『陽乃元ひのもと名語集』と呼ばれる書物で覚えており、今この瞬間、その意味を真に理解してしまった――最も最悪な形で。

「き、貴様が……そう、なのか?」

 ヴェルノ王自身、単なる噂としか思っていない、ある種、伝説的な存在。

 三年前、ノーリス南部の強国にて、謎に包まれた殺戮さつりく劇が行なわれた。

 そのことを契機としたかのように、ノーリス南部に存在する強国にて、国王や軍の者達が次々と殺されていった。

 生まれた噂は、まことしやかな、ある人物の存在。

 ――国殺し。

 単身で国の中枢に乗り込み、全てを斬殺する、不世出ふせいしゅつの化け物。

「な、何が望みだ……き、金貨なら山ほ、ど……」

「…………」

 それはありえない。

 そんなことは、言葉を放った王自身が理解していた。

 これは単なる時間の引き延ばし。やがて自分を助けに来るであろう城内の兵士達が駆けつけてくるまでの、王なりの戦いだ。

 例えそれが無意味なことであっても、今の王にとっては、唯一の希望。

「……問おう。民とはなんだ?」

「な、なに?」

 突然の問い。

 この王にとって、まったくもって理解不可能な問いかけではあるが、時間稼ぎにはなると、そう思ったのだろう。王が彼の問いに答える。

「た、民とは……い、命を賭けて、お、王を支える者達のことだっ!」

「……否」

 王は、自身の変化に気づく。

 身体の震えが止まらないでいたのだ。

「民は、それぞれが一人の人間。誰かに縛られるべき存在ではない」

 さきほどから、彼の雰囲気にあてられ、怯えすくんでいた王。

 しかし、のだ。

 それは、まともに立つことすら適わない様な、そんな身体の震えを促すようなものではなかったはずなのだ。

「……過ぎた傲慢ごうまん。故に、過ちを犯す」

「な、なんじゃこれは……あ、ぐぁ、っ!?」

 そう、それは、疑いようのない異常。

 王は、さらに気づく。

「……人を狩る人は、人にあらず。道を外れし者には、ふさわしき死に様を」

「がっ……ひゅうひゅう……」

 呼吸をすればするほど、身体の中がナイフで刺されたかのように痛むという事に。

 王は、ようやく、全てを悟った。

「悔やめ……時間はくれてやる」

 自分の身体が今、目の前の赤髪の男によって――凍らされているということを。それが、自分の死に様なのだと。

 王が、己の死期を無理矢理悟らされている中、

「いやー、おまたせー!」

無駄に明るく、頭にキンキン響く声の持ち主が駆け込んできた。

そんな、今現在の場の雰囲気に何ひとつそぐわぬ声を聞いたのを最後に、王は、安らかなる眠りに――つけるわけもなかった。

 当然である。

 彼は、斬殺せし者。

 ならば―― 

「おっとっとー、嫌な場面で来ちゃったなー」

 彼は斬る。

 凍てつかせた愚かな王を。

 その手に握られた白蒼の刃で以って。

 早業と呼ぶことすら侮辱に思えるほどの速さで。

 足元から、頭に向かって、斬り始める。

 徐々に。

 かすかに。

 着実に、確実に。

 ゆっくり、ゆっくりと。

 刻々こくこくと、削るように斬る。

 最後に、熱が失われていない頭蓋ずがいを十字に斬り断つ。

 その後、刃を振り払う。

 それは、刃に残る邪魔な汚物を消すため。


 そして、彼の周りには、赤い雪が舞い散った。


「……状況は?」

  何事も無かったように、彼は口を開きはじめる。

「食料持たせて、逃がしてあげたよ」

「そうか。ディアナ……」

 青年が、ディアナと呼ばれた彼女を促す。

 その視線の先には、気を失っている少女の姿。

「ん……おわあああ、ど、どうしたの、この子っ! ま、まさか、襲――」

「……王の夜伽よとぎだ」

「……ああ、そういうことかあ……お姉さん、ビックリしちゃったよー」

 青年の赤髪に対するような蒼髪を、背中でゆらゆらと揺らしながら、せっせと少女に服を着せていたディアナもまた、少女と呼べる容姿の持ち主。彼の妹と呼ばれても、なんら違和感がない。

「ねえねえ、この子、どうするの?」

「……連れていく」

「ええええええっ! ど、どどど、どうしちゃったのっ?」

 ディアナが驚くのも無理はない。

 彼女が、青年と出会ってからの三年間で、一度たりとも、自分以外の者を同行させることはなかったからだ。

「……安全な町まで連れていくだけだ」

「あ、ああ、そういうことかー、あはは……」

 とはいえ、彼女の驚きが消えたわけではない。

 過去に似た局面が何度かあったが、このような行動を起こしたことはないからだ。

 ディアナは少女の顔を、まじまじと眺める。

 夜伽に選ばれるだけあり、可愛らしい顔立ちをしているものの、果たして青年がそのような理由で誰かを連れて行くことがあるだろうか。

 青年が少女を連れて行く理由はきっと――

 そんなことを考えながら、先を行く彼をディアナは追いかける。


 ゆらゆら揺れる蒼に対するような、赤髪の少女を抱きながら。




 ガタゴトと揺れる馬車の中で眠る少女を、彼は、じっと眺めていた。

 すがるようにディアナへ寄りかかる少女の名は、ミルア・コルトナー。彼にとって彼女の姿は、あまりにも――

(似てるね)

(……ああ)

 彼は、いつものように、誰にも聞こえぬように、ディアナと会話する。

(でも、この子は――)

(わかっている)

 そう、違う。

 ミルアは、彼が思い描く少女ではない。

 そんなわけがないから。それは、ありえないから。

 だが、それでも――

(ミルアちゃん、可愛いね)

(……ああ)


 赤髪の彼は、ただただ、赤髪の少女を眺めていた。



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