黄昏ノ間ニテ

第四話 東方の三博士《マギ》との契約

『自由なる人々よ、この言葉を忘れるな。我々は自由を得るかも知れない、しかし一度それが失われると取り戻す事はできぬ』

                        ―ジャン・ジャック・ルソー―



髭のおじいちゃんがさらっと口にした一言によると、世界は滅亡したようだ。

なんとも実感の湧かない話であるが。

いやでも、あ、、う、いやいやいや…



俺はここに存在しているし、俺は彼らを認識できる。

彼らはここに存在しているし、彼らは俺を認識できる。


なんだ、俺、生きているじゃないか。

世界が滅亡しているなら俺もきっと死ぬだろう。

だから髭のおじいちゃんの言うことは偽となる。

証明終了。

簡単な推論だ。




何を言っているかは自分でも全く分からないが、少し落ち着いた。




「はぁ!?

第一世界線のあんたらみたいに無知蒙昧むちもうまいなまま生きていくのと、第二世界線の我々のように世界の理を知ろうとするのと、果たしてどっちが人間的なのかすぐ考えたらわかるだろうが!!」

「世界の理を知ろうとするその気持は分からないでもない。

がしかし、それが行き過ぎて滅亡したのは事実じゃろう!

そなたらが言うところの理性がそなたら自身を滅ぼしたのだぞ!!

現実を受け止めろ!!」

「理性を批判して自らの優越性を誇示したいだけだろうが!

ポストモダニズムにかぶれたところで問題は何も解決せんわ!!」


俺のことを完全に無視して二人はヒートアップしている。

話の輪に入り込めない。

気まずさで言えばあれだ。

大学で出来た友達と歩いているときに、その友達が高校の時の友達と出会って俺のことそっちのけで話が盛り上がっているあれだ。


「その減らず口、黙らしてやる」

「やってみなさいよ!!

この不思議びっくり嘘つきペテン師のキチガイ宗教家且つポストモダニズムかぶれが!!」


舌縛りクルストゥルム・リングア・パラト

「んっ!!ん~~っん~」


…驚いた。これには心底驚いた。

髭のおじいちゃんが呪文みたいなものを唱えるとマルクスちゃんは喋れなくなってしまった。


魔法だ。漫画とかゲームとかラノベとかでよくみるあの魔法だ。

この髭のおじいちゃんは魔法使いだったのか。

如何にもそうですと言わんばかりの外装だったが、まさかそうだったとは。

なんとも安直だな。


しかし、それにしてもすこしテンションが上がってきた。

これは、あれか?

世界が滅んだとかいってたし、もしかして俺が世界を救う役目に選ばれたのか?

きっとこのまま剣と魔法のファンタジー世界に飛ばされて縦横無尽の活躍を俺はするんだ。

そして可愛い女の子に囲まれてキャッキャウフフな生活をおくるんだ。

よし、俺、頑張ります。


「すごいですね。それは魔法ですか」

マルクスちゃんが抜けた会話の隙をついて髭のおじいちゃんに質問する。


「すごいと申すか、そこの小童こわっぱ!いやぁ殊勝殊勝!!そうじゃ、すごいじゃろ?

これが魔法じゃ。しかも簡単な魔法とはいえ、杖なし且つ詠唱破棄による発動じゃ。

第二世界線の住人である坊主にはずごさがわからんじゃろうが、杖なし且つ詠唱破棄で魔法を発動するのは結構高等技法なんじゃぞ。もっと崇め奉るが良い。

はっはっはっは!!」

マルクスちゃんに馬鹿にされていたところで俺に褒められたのが嬉しかったのかどうかは分からないが、上機嫌になった。



しかし、次の質問をしようとした時、真ん中に座っている茶髪の癖っ毛幼女が、幼女一般が恐らく出せないような凄みを持った声でこう呟いた。

「―――ねぇ…?ダーブルドアさん?

なに笑ってるんですか?

なに嬉しがってるんですか?

私のかわいいマルクスちゃんに何をしてるんですか?


こういうの前にもありましたよね?

私、その時言いましたよね?マルクスちゃんは私のものだって。

私のものに何しちゃってくれてるんですか?

それに、マルクスちゃんは口が悪いだけで本当はとても可愛い女の子なんですよ?

死にたいんですか?

あぁ、死にたいんですね。ならいいです、死んでください。


おーい!!聖ロンギヌ――」


「わかった!!私が悪かった!!やめてくれ!!聖ロンギヌスさんを呼ばないで!!またはりつけられて串刺しにはなりたくない!!

ハイ、もう解いた。もう解いたから許して!!」


「くそ!死ね!!死んでしまえ!!このペテン師が!!!私は認めんぞ!!絶対認めんぞ!!催眠だ!!催眠に違い――」


「マルクスちゃん♪

『愛の書』、『歌の書』、『民謡集成』(ボソッ)。」


「ハイ!!わたくしマルクス、今までの非礼を詫びて黙ります!!」


なんだか知らないが真ん中の幼女は二人を黙らせてしまった。

さっきまで上機嫌だったダーブルドアさんは俯いているし、マルクスちゃんは青褪めている。というか、ダーブルドアさん昔槍で刺されたんか、可哀想に。


「コホンッ。えー、松本裕太さん。

今までの非礼、東方の三博士マギを代表してお詫びいたします」

茶髪の癖っ毛幼女が仕切りなおす。

ダーブルドアさんに質問してどうにかこうにかしようとしたが、どうやらこの幼女がどうにかしてくれそうだ。


「まず最初に言います。貴方が住んでいた世界は既に滅びました」

そうか、、、やっぱりそうなのか、、、


「じゃあ、俺は死んだんですか?」

俺が一番気になることを質問する。


「死とは何なのかということは非常に論争的ですが、一応はそうであると答えられるでしょう。

あなた方が一般に思い描くところの死とは少しばかり形が違うかもしれませんが」


「では、ここは閻魔殿ですか?」

死んだ人間は天国に行くか地獄に行くかを閻魔様に決められると聞いたことがある。

ここは如何にも裁判所っぽいのでもしかしたらそうなのかもしれない。


「近いことには近いです。

しかし、ここは閻魔殿ではなく、また我々も閻魔ではありません。


…ここは恐らく死んだ賢人や偉人が集められる場所です。何のために我々が集められているかは知りませんがね。

今でも時々、第一世界、第二世界線から賢人や偉人が送り込まれてきています。

まぁ、世界が滅んだのでもう送り込まれることはないでしょうが」


随分とファンタジーな回答が帰ってきた。

信じられないが信じておこう。信じるものは救われるというではないか!


……え?あなた方死んだ偉人なんですか?

ならあなたは知りませんけど、左に座ってビクビクしているマルクスちゃんって、、、

あのマルクス?世界最強のニートのおっさん??

こんなかわいいのにどういうこと?現代技術の粋を集めてもあの髭モジャモジャのおっさんを色白赤髪美少女にすることはできないぞ!!


「え、あの…私から見て一番左の赤髪少女はマルクス…ちゃん(?)って言うんですよね?世界史の教科書に乗っているマルクスちゃんはもっとおっさんだっとというかなんというか…

こんなにかわいくないですよ?」


「マルクスちゃんがかわいいというのは認めますし、その指摘ももっともです。


なぜかはわかりませんが、最近急に第二世界線の賢人、偉人が尽く女体化を初めてまして、、、実は私も少し前までは結構なおっさんだったんですが、

哲学者とかはそんなことあまり気にせずに、この現象が何を意味するのかを考えて日々議論してますが、生物学者のダーウィンさんとか驚天動地の思いらしくてひっくり返ってますね。あと、フロイトさんによると女体化にともなって精神にも変化が現れるらしいです」

お前もおっさんだったのか、、、幼女なのに、、、茶髪の癖っ毛幼女なのに、、、

というか茶髪の癖っ毛幼女は一体誰なんだろう?


「因みに東方の三博士マギというのはやることなくてつまらない賢人、偉人が世界の安定とかもっともらしい目的を掲げて集まって設立した団体です」

かっこいい名前から残念な設立理由。

皆暇なのか。


「おっと、喋りすぎてしまったようですね。

すみません。イオニア人を始めとするギリシャ人はお喋り好きなもので…

話がそれました。


それで、本題なんですが、、、」


俺がここにいるのは「偉人だから」というのが理由ではないのだろう。

何かビックリする業績を残した覚えもないし、悟りを開いた記憶もない。

とすれば…思い当たるのはやっぱりあれだ


「あなたには世界を救うお手伝いをしてほしい。」


やった!!これだ!!この一言を待っていた!!やっと出てきた!!

よーし、俺、世界救ってリア充になります!!


「はい、喜んでお手伝いさせていただきます。」


約束の中身を聞かずに約束する。

契約書を読まずに契約する。

規約を読まないですぐに同意のチェックボックスに印をつける。


俺はこの後、そういうことはしてはいけないと心の底から思うようになる。

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