第三世界線上の大戦争《グレート・ウォー》

理性の狡知

或る連合王国兵卒の日記 ープロローグー

『戦争からきらめきと魔術的な美がついに奪い取られてしまった。アレキサンダー や、シーザー や、ナポレオンが兵士達と共に危険を分かち合い、馬で戦場を駆け巡り、帝国の運命を決する。そんなことはもう、なくなった。


これからの英雄は、安全で静かで、物憂い事務室にいて、書記官達に取り囲まれて座る。一方何千という兵士達が、電話一本で機械の力によって殺され、息の根を止められる。これから先に起こる戦争は、女性や、子供や、一般市民全体を殺すことになるだろう。


やがてそれぞれの国には、大規模で、限界のない、一度発動されたら制御不可能となるような破壊のためのシステムを生み出すことになる。


人類ははじめて自分たちを絶滅させることのできる道具を手に入れた。これこそが人類の栄光と苦労のすべてが最後の到達した運命である』

                        ―ウィンストン・チャーチル―





今次の戦争は有史以来最悪の戦争だ。


間隙なく続く砲撃は我々の精神を蝕みつつある。

飛行機の掃射は常に死が隣に有るということを否応なく我々に突きつける。

機関銃は飽きもせず、今日も死を大量生産している。


貴重なはずの魔法使いすら、まるでボロ雑巾のように使い捨てだ。


国家と国家が己の力全てを結集させて、血みどろの殴り合いを続けている。


けだし、この戦争は疑いようもなく、啓蒙主義者が諸手を振って賞賛する人間理性(カントが言うところの純粋理性、つまりは推論能力)が導き出したものだ。


目には目を、歯には歯を。

一振りのつるぎには、一振りのつるぎを。

億の銃には、億の銃を。


簡単な話だ。

相手がこちらを殺そうとしているのにどうして黙っている必要がある?

相手が銃をもっているならこちらも銃を持てば良い。


理性は語る。

「できるだけ相手の銃よりも大きい銃を用意せよ。

さすれば、相手を殺して自分の生命を守ることができる。」



理性の声に従ったフィリップはどうなった?

塹壕の底で泥にまみれて死んでいるではないか!!


理性の声に従った我々は何をしている?

今日も塹壕に向かって仲良く死の突撃だ!!


理性の声に従った国家は何をしている?

殺し合いだ!!


ジョン・ロックは神の恩寵によって「全ての人間は、自分の生命や身体、さらに私有財産に対して不可侵の権利を持つ」とうそぶいたらしい。


バカも休み休みに言え!不可侵の権利など存在しない!

国家のためなら財産どころか命すら戦争に動員されるではないか!!

神は死んだ!!知恵の実を食した時点で神は消えおおせたのだ!!


くそったれくそったれくそったれくそったれ!!

指導部は地獄に落ちろ!!戦争がこんなに悲惨だなんて聞いていない!!

首相閣下にわざわいあれ!!神に禍あれ!!



あぁ!!

突撃の号令が掛かる。

いやだ!!死にたくない!!死にたくない!!死にたくない!!


                 ―ブリタニア連合王国所属の或る兵卒の日記―

    ゲ―マルト帝国防御陣地に対して突撃し、第二線まで突破するも名誉の戦死

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