Action.23【 或る素人作家の話 】
素人作家の
その時、校長先生が全校生徒の前で廉太の作文を読み上げて、おおいに褒め称え、その記事は新聞にも載った。両親は大喜びして我が子を『
嫌々書いた宿題の作文で、こんな評判になるとは思ってもみなかった廉太だが、自分には《文章を書く才能》があるかもしれないと、その時から自信を深めた。この作文コンクールが切欠で文学の
大人になった廉太は文学にかぶれて、熱心な読書家になった。
いつも太宰治の『人間失格』を持ち歩き、太宰のような破たん者の生き方に憧れていた。
作家は不幸な方がいい、悶え苦しみ
創作仲間に連れられて、文学フリマに行ったことがある。
純文学しか認めない廉太は、ラノベや二次創作を出店している若者のブースの前で「こんなもんは文学じゃない!」いちゃもんを付け、机を蹴り倒して、大騒ぎを起こして会場からつまみ出されたことがある。泡沫廉太の行くところトラブル有りと、悪い評判がたったことは言うまでもない。
日雇いのアルバイトで
無職でも、人道から外れても、文学者ならば赦される。――人間の屑と文学者は紙一重なのかもしれない。
そんな
同人誌で知りあった
未だに原稿用紙にモンブランの万年筆で小説を書いている廉太、パソコンなんぞで書いた薄っぺたな文章は文学じゃないと息巻いている。ところが最近の文学賞の公募では『手書き原稿不可』とあり、ウエブサイトからの投稿も多い。実は廉太はパソコンが使えない、時代遅れの超メカ音痴なのだ――。
そんな廉太のために、宮田は手書き原稿をワードに書き移してくれる。いつも金にこまると宮田に泣きつくが、気持ちよく貸してくれる親切な男なのだ。本来なら創作者同士ライバルのはずが、ふたりは気が合って二十年来の付き合いである。
新宿の文壇バーで、廉太の主宰する同人誌の例会があった。
メンバー男女七人のこじんまりした集まりで、酒を酌み交わしながら文学論を戦わせる
文学の話は二の次、孫の自慢や成人病の話ばかり、銀婚式に夫とハワイ旅行したというメンバーの写真や土産話にみんなで盛り上がって、文学の話なんぞ誰一人しようとしない。メンバーたちのアットホームな雰囲気が、廉太には気に食わない。 ついに「くだらん奴らめ! おまえらは文学者の風上にも置けん!」とテーブルの上をひっくり返した。さらに酒の勢いでメンバーたちに毒づき大喧嘩になった。
その場を宮田が何とか収めたが、酔って管巻く廉太をメンバーたちは身捨てて、文壇バーから出ていってしまった。
その後、廉太は酔い潰れて意識を失い、目を覚ましたら、自分のアパートの部屋に横たわっていた。
コンビニの袋があり、中にはソルマックとおにぎり、お茶や食料品が入っていた。これは宮田が置いていってくれたものだろうか。
有難いことだ!
トラブルメーカー廉太のために、ここまで親身に世話をやいてくれるのは彼だけだった。――いつも宮田の温かな眼を感じていた。
例会の騒ぎで同人誌仲間にも嫌気がさした廉太は、旅に出ようと思いたった。
所持金3万5127円これが彼の全財産である。連絡用にと宮田から渡されていた携帯は置いていこう。行き先は決めてないが、北に向って放浪するつもりだった。
自らを痛めつけて極限状態に身を置く、フィクションではない、己の体験に基づく実話を書こう。赤裸々な事実を描くことこそが『純文学』なのだ。文学者たる者、何かしらのカルマを背負って生きていく、ぬるま湯に浸かってはいられない。そう決めて誰にも告げず、ひとり旅立った。
しかしながら――。
十日も経たない内に、所持金は底をつき、泊るところもなく、東北の寒さに震え上がり、空腹に耐えきれず、とうとう道で生き倒れになった廉太は警察に保護された。
身寄りがいないので、東京から宮田が身柄を引き取りにきてくれた。衰弱して病院のベッドに横たわる廉太を見て、「おまえに死なれたら困るじゃないか」と友人はニヤリと笑った。
この時、持つべきものは親友だと宮田に深く感謝し、なんていい奴なんだ――と感激の涙を流す廉太だった。
数ヶ月後、宮田真司は大手出版社の純文学賞を受賞し話題となった。
タイトルは『或る素人作家の話』という、ストーリーは文学かぶれの生活破たん者と筆者との心温まる友情物語だった。
宮田の小説を読んでピンときた! このモデルは明らかに廉太自身であると――。
今までずっと小説の題材として、あいつに俺は観察されてきたのか? いつも親切にしてくれたのは友情からではなかった! 宮田の真意を知って愕然とする廉太だったが……考えてみれば、「まあ、小説のネタになるなら何でも有りか……」と文学者として妙に納得したりもする。
ただし――。
今まで借りた金は小説のモデル料だと思って、絶対に返すもんかと息巻いた。
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