第15話 真なる目的
世界征服、と魔王は言った。
「世界……? 世界とは何ですの?」
『そう、それは私も疑問を得たところだ』
少女の疑問に、魔王は頷いて見せた。それから、やや離れたところに倒れ伏す、それを提した少女を見る。
『あれにとっての“世界”。それはおそらく、この森に囲まれた学び舎が全てだ。君もそうだろうが、世界と言うものをごく狭い範囲に限定している気がする』
「? 当然です、あの
『そこで終わってしまっているから不思議なのだよ』
「……どういうことです?」
魔王は、天を指差し、言う。
『空の向こうには何がある?』
「空に“向こう”なんてありません。空は空ですわ」
『なるほど、これは中々重症だ……』
魔王はクツクツと喉を鳴らし、未だ眠ったままの少女オルハを抱き上げ、歩み出す。
『付いて来い、少女よ。君にも見てもらおう』
「何をです?」
『この世界……いや、この鳥籠の真の姿さ』
†
オルハは、己の肩を揺さぶられる感覚で、闇に落ちた意識を覚醒した。
「ん……だれ……?」
「あっ、やっと起きた」
「フィルマ……?」
くるりとした大きな瞳を、笑みの形に撓らせる。二つに結った髪を跳ねさせ、嬉しそうに首を振る。
「ボク、どうして……」
『起きたか』
「シルバ……っ!」
オルハは左手首にチリッとした痛みを覚えて、そちらを見る。
「魔石が……」
手首に填まっていた〈焦熱〉の魔石が、ない。
『探し物はこれか?』
見れば、シルバの右手に、小さな玉が握られている。それは朱を通り越し、既に紅蓮に濃く、強く光を放っていた。
「それ……」
『これまで、多くの〈火炎〉を蓄えさせてきた。もうそろそろいいだろうと思ってな』
「どういうこと?」
少女は気付く。いつの間にか、自分たちが囲まれていることに。
「レーアン、フィルマ、シービィ……」
見知った顔の少女たち。それだけではない。学び舎に身を置く、全ての魔導士たちが、この場に集まっている。
「おじいちゃん」
集団の中央、髭を蓄えた老人が、節くれた杖を衝いて立っている。その顔は険しく、全ての視線は魔王へと注がれていた。
『さて、主も目覚めたことだ。そろそろ始めよう』
「始める? 何を?」
『決まっているだろう。君が私に望んだこと――世界を滅ぼすのさ』
「え……」
少女は己の心臓がぎゅっと縮こまるのを感じた。息がつまって、言葉が出ない。
「話が違うぞ、シルバ! 貴様は我々に“真なる世界の姿を見せる”のではなかったのか!?」
『然様。故に今、貴様らを取り囲んでいる“偽りの世界”を滅ぼし、目を覚まさせてやると言っているのだ』
そうして、魔王は少女のほうへと向き直った。己をこの世界に呼び寄せた、起源とも言える少女に。
『オルハよ。君はかつて私に言った。「こんな世界は亡くなってしまえばいい」と。今もその気持ちに偽りはないか』
「……ないよ。少なくともあのときは、ボクは本気でそう願っていた」
少女は顔を伏せ、表情を見せずに静かに言った。
「オルハ……」
「だって! だって……ボクには、何の力もなかったから! おじいちゃんがボクにだけ禁書の使い方を教えてくれたのだって、どうせボクには使うことなんてできない、そう思ったからなんだ……!」
「違う! ワシはただ――」
『しかし、実際はそうではなかった。オルハ、君はちゃんと私という力を呼び出すことができた。そうだろう?』
「そうだよ……この世界にはない、ボクが振るうべき力を、ボクは求めて、そして手に入れたんだ」
少女はゆらりと立ち上がり、その瞳に深い紫の魔光を灯す。黒き影が波紋のようにその身に広がり、全身を覆う。
「――やって、シルバ。ボクの“世界”を壊して……!」
『フ――いいとも。私は、そのために来たのだから』
その手に掴む〈焦熱〉の魔石を頭上へと掲げ、握り潰す。
硝子の割れる音がして、膨大な炎が燃え上がる。
「ク……ッ!」
暴風が吹き荒れ、遠巻きに見守る老人や少女たちを襲う。
巨大な火球となった炎は、魔王の手の上で囂々と燃え盛った。
『燃え尽きろ、
魔王がその手を振り下ろす。炎は放物線を描いてゆるやかに飛び木々を呑み込むと、その身を延ばして学び舎を囲う全ての深緑を灼熱の舌で嘗め尽くす。
『
『ヒャッハァァ――!!』
魔王の号によって、黒き影風が少女オルハの身を伝って顕れる。
影は旋風となって、燃え盛る炎を忽ちのうちに飲み込み、喰らい尽くしていく。
「おぉ……なんという……」
炎が消えた後、そこに現れたのは、黒く炭化した木々の名残を遺す焼け野原だった。
だが、それより先に、見えるものがある。
『見ろ。これが、この世界の“真の姿”だ』
遠く遠く、遥か彼方まで続く緑の大地。空と大地の境界で、青く揺らめく何か。遠くの空を飛ぶ大きな影。他にもたくさんの見知らぬ何かが、視界の全てを覆い尽くしている。
『オルハ』
魔王の呼ぶ声に、“世界”に奪われていた意識が戻ってくる。ゆっくりと視線を動かして、その中に魔王を捉える。
『これで“君の世界”は滅ぼした。ところが、“世界”はまだこんなに続いているのだ』
「うん……」
オルハは茫然として肯くことしかできない。森が拓かれ、その先に在った真の世界を前に、何も言うことができないでいた。
『お前たちは無知であったのだ。或いはそうあるように仕向けられた』
魔導士の少女たちを振り仰ぎ、魔王は言う。
「仕向けられた……? いったい、誰に」
少女の内のひとりが、ぽつりと零す。
『うむ――では、それを確かめに行こうではないか』
大仰に手を振り上げ、魔導士とそれに伴う
「行く? どこへ」
先を行く黒い外套の男に従って歩きながら、またひとりが呟く。
『決まっている――この世界の“王”の下へ』
魔王は大地の先を指差し、その先にいるであろうものの存在を示す。
そうして愉悦に口元を歪めて、両腕を広げて“世界”の全てをその中に収める。
『さぁ、世界征服を始めよう』
†
この日、“世界”の地図の中から
「王」から学ぶ魔界術 黎夜 @dagger_parallel
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