願いゴト

淋漓堂

1.当たり

当たり

 その日私は、借りていたCDを返すためにマコトと会う約束をしていた。

 夕方からサッカーの練習に行く彼と、その前に公園で会うことになっている。

「お腹が空かせてるだろうから、何か買って行くかな」

 その近くの、今では珍しい駄菓子屋に入る。薄暗い店内には他に客もいない。少しでも腹の足しになるものをと探し、五個入りミニあんパンの袋を手に取る。老店主に代金を払っていると、小さい男の子が私に近づいてきた。

「お姉ちゃん、これあげる」

 そう言って、男の子は綺麗な七色の飴を差し出した。断るのも悪いと思い、礼を言って口に放り込む。

「それね、何でも願いゴトが一つだけ叶うキャンディなんだよ」

「そうなんだ。ありがとね」

 手を振って別れ、公園へと急ぐ。

 先に来ていたマコトにCDを返し、あんパンを渡す。早速、美味しそうに頬張る彼を見て、つい悪戯心が沸き起こる。

「……食べたわね」

「ん? 食べちゃいけなかったのか?」

 私は、声を潜めた。

「実はそのあんパンね、『ロシアンあんパン』っていって、味も見た目も同じなんだけど一つだけ当たりがあるの。それを食べた人は、その日から身の回りで奇妙なことが起こり始めてね。それはもう、すごい恐怖を味わうことになるんだって」

 マコトは二つ目のあんパンを手に取り「はいはい。分かったからお前も一つ食べろよ」と、呆れたように言った。

「ちぇっ! やっぱ信じないか」

「当たり前だろ」

 すっかり食べ終えた私たちは、笑いながら公園を後にした。




 その日の夜遅く、マコトから電話がかかってきた。何だか様子がおかしい。

「どうかしたの?」

「お前、あのとき変なこと言ってなかったっけ?」

「あのときって?」

「あの後、友達がサッカーの練習中に骨折するし、上司の奥さんが急死するし、それに――うわっ!」

「なに!? どうしたの!?」

「隣が火事だっ!」

 叫び声だけを残して電話は切れた。

 急に鼓動が激しくなる。


 ――なに? 一体なんなの? 変なことってなんだっけ?


「もしかして……? でも、あれは思いつきで言った冗談だし、そんなことある訳ないし」

 そこまで考えてハッとした。


 ――いや、待って! その前に、何か……


「ま……さか……」

 私は急いで玄関へ向かった。あの、あんパンを買った駄菓子屋へ行くために。

靴を履き、玄関の扉を開けるとそこには――あの、綺麗な七色の飴をくれた男の子が立っていた。

「願いゴトは叶った? それにしても、面白いお願いだったね」

 男の子は楽しそうに声をあげて笑った。

「お願いって……まさか、あんパン……」

 血の気が引いていくのがはっきりと分かった。

 男の子はまだ笑っている。

「あ、あれは冗談だったのよ! 思い付きの作り話で……」

「一つだけ願いが叶うって、教えてあげたじゃない」

「そっ、そんな……そんなキャンディがあるわけないじゃないの!」

 私が叫ぶと、男の子はきょとんとした顔で首を傾げた。

「……まだ信じてないの?」

 その無邪気な声に、ゾッとした。

「もっ、もしそれが本当なら、君だったら何とかできるんじゃないの? キャンディ持ってたんだし。お願い! マコトを助けてよっ!」

「マコトって人、どうかしたの?」

 私は、震える声で答えた。

「あんパン食べたのよ……それで、そのあとからマコトの周りでおかしなことが起こって……。ねえ、助けてよ! どうにかしてよ! 私……お願いだから!」

泣き崩れる私を見下ろして、男の子はニッコリ笑って言った。

「何言ってるの? 当たりを食べたのは、お姉ちゃんのほうだよ」




(第一話・完)

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