剣の紋章
抹茶かりんと
プロローグ
消えた時間と予言書の魔法使い 1
ミサキが初めて、魔法使いという不思議な肩書きを持つ女性に会ったのは、彼の二十二才の誕生日だった。
ダーク・ブランカという名の、その魔法使いは、ペルシャ風の衣装に身を包み、水晶球を乗せたテーブルに頬杖を付いていた。出立ちを見た限りでは、ただの占い師といったところだ。第一印象で、ミサキはそう思った。彼女がもし、見掛け通りの人間なら、彼の捜すものは、永遠に見つけられないことになる。何しろ、“
都心のビルとビルの間。
そのわずか数メートルの空間に、ダーク・ブランカの天幕はあった。
目の前を首都高の高架が走っていて、昼間でも薄暗い裏通り。今まではほとんど人通りのなかったはずの場所。彼女はそんな場所にいた。
いつからなんて事は誰も知らない。そこに行けば、ダーク・ブランカという名の魔法使いがいる。それだけで充分。昨今の占いブームも手伝って、人生相談にここを訪れる人が、毎日行列を作るようになっていた。
いつの間にか、そうなっていた。
自称“魔法使い”の占い師、ダーク・ブランカは、TVにも顔を出す売れっ子で、年は多く見ても二十代半ば。とりたてて美人という訳ではなかったけれど、笑顔が印象的で、とにかく人気があった。
天幕の入り口に“本日休業”の札が掛かっているのを見て、行列の無かった訳を納得したミサキは、その天幕の中へ足を踏み入れた。
ミサキがダーク・ブランカに会いにきたのは、別に彼女に興味があったからではないし、占いをしてもらいにきた、という訳でもない。ただ、ミサキが前へ進むためには、ダーク・ブランカというポイントを通らなければならない。ただそれだけの事である。多分それは、大袈裟に言えば、“運命”というものだけど、今のミサキにしてみれば、単なる“成り行き”でしかない。
人の入ってきた気配を感じたのか、中に居た女性が顔を上げた。視線を交してミサキは、彼女がダーク・ブランカだろうと思った。“朱里”の残していった予言書の大魔法使い。もし、このダーク・ブランカが、その魔法使いなら……
「“朱里”の行方、教えてください」
「……随分と唐突な物言いねぇ。何事なの?」
ミサキの言葉に、その女性はミサキと視線を合わせたまま、微笑を浮かべた。
「ダーク・ブランカさん、でしょう?」
「そうよ」
「ランドメイアの大魔法使いの」
ランドメイアという言葉を聞いて、ダーク・ブランカは驚いた顔をした。
「あなた、ランドメイアを知っているの?」
「RPGの舞台になりそうな、異世界の魔法の国ってとこかな」
そう言いながら、ミサキは脇に抱えていた一冊の古びた本を差し出した。
「これ、カリディスの予言書。言ってみれば、ランドメイアっていう異世界にある、カリディア帝国という国の歴史書」
「まさか、この本、読んだの?」
ダーク・ブランカが、身を乗り出して聞いた。
「こんな、ありんこが盆踊りしてる様なカリディア文字、読める訳ないでしょう」
「そうよね。でも、それじゃどうして……」
「この本、“朱里”が置いてったんだよ。それで、これが一緒に残ってたメッセージ」
ミサキの差し出した紙切れに、ダーク・ブランカが目を落とした。
「……“ダーク・ブランカのもとへ”?」
「俺がここに来た訳、分かって貰えました?」
「偶然じゃないってことはね」
「“朱里”、どこに行ったんでしょう?」
「知らないわよ」
そうするのが癖らしく、再び頬杖を付いて、ダーク・ブランカはあっさりとそう言った。
「待ってくださいよ。そんな簡単に。だってあなたは…」
ミサキは不満気な声をあげて、ダーク・ブランカに詰め寄った。
この問いの答えが出なければ、全てがここで終わってしまう。それはつまり、自分が失ったものを、何一つ取り戻せないということだ。そして、彼の心の中に、たった一つだけ残されていた、希望……”朱里”を失うことでもある。
……失くしたもののことは、この際どうでもいい。でも、朱里のことは、失くしたくない……
ミサキの頭をそんな思いが掠めた。なにせミサキは、ダーク・ブランカに会いさえすれば、なんとかなる、そう思っていたのだ。だから、先のことなど、全く考えていなかったのだ。
「困ったな。ダーク・ブランカが答えを知らないなんて、思いもしなかった。こんなところで行き止まりなんて……」
ダーク・ブランカは上目遣いに、えらくがっかりした様子のミサキを見て、静かに言った。
「何だか訳ありね。とにかく座って。話してみて。聞いてあげるから。何があったの?」
「ダーク・ブランカ……」
「ランドメイアじゃ大魔法使いなんて言われてるけど、ここにいるダーク・ブランカはただの占い師。話してくれなきゃ、何もわかんないのよ」
「え?」
「今のあたしは、魔法が使えないの。……この世界ではね」
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