ばかのじょ

ていへん かける

第1話 バレンタイン

「やあ、お待たせ」

「今日はバレンタインね」

「そうだね」

「とつぜんだけどわたし……正直、あなたにうんざりしてるの……」

「えっ?」

「もう、別れたいという考えにまで行き着いてしまったわ」

「そんな、どうして!?」

「だってあなた! わたしにいつもご飯を奢ってくれるじゃない! だからわたしは食べちゃうのよ! もうあなたと付き合ってから三キロも太っちゃった……わたしのこと、本当は嫌いなんでしょう?」

「どれだけ被害妄想なんだろ」

「わたしをここまで追い込んだ男の人は初めて……。わたし、絶対にあなたを許したくないわ」

「優しさって難しいんだなあ」

「だからあなたを苦しませてあげる……わたしと同じようにね!」

「でも意外と単純なんだなあ」

「ほら、ごらんなさい! 高カロリーの代表作、チョコレートを作ってきたわ! 恨みを込めた手作りよ! さあ、これを食べなさい! わたしのように、食べればいいのよ!」

「わあい、喜んでいただきますね」

「あなたの口には少し大きいから、ホラ、こうして割ってあげるわ! どう? これで味も薄くなる……それでいて、全部食べれば高カロリー……。ふふ、わたしって、本当に恐ろしい女……」

「一口サイズだ、ありがとう」

「待って!」

「え? 何?」

「わたしの怒りはこんなもんじゃすまないわ」

「まだ怒ってたんかい」

「わたしが積もりに積もった念をこめて、直々にあなたの口に放り込んでやるわ!」

「あーん」

「ほらっ! どうよ! あはは、気持ちいいわ! わたしは悪女よ!」

「おいしいですね」

「ハッ!そう思ってられるのも今のうちだけ……後悔しなさい!」

「(ガリガリ)」

「ちょっと! 何してるの!?」

「え? 噛んでるけど……」

「バカ! わたしの最後の良心で、外はブラックチョコレート、中はホワイトチョコレートで二回違った味がお楽しみいただけるのに、一気に噛んでどうするのよ! ちゃんと舐めて溶かしなさい!」

「ごめんなさい」

「あ……謝ったってもう遅いんだからねっ!? わたしはもうあなたを許さない!」

「喉がかわいたな」

「そういえば恨みは食べ物だけじゃないわ……。ふふ、そうね、いいこと思いついた。わたしが飲み物を買ってきてあげる。炭酸で、骨まで溶けてしまえばいいのよ」

「いいよ。チョコもらったし、僕が買ってくる」

「な……っ!? わたしは、あなたにチョコを食べさせたのに……どうしてそんなに優しくするのよっ!?」

「そこに愛があるからさ」

「バカ……何を言うのよ……! あ、待って!? 騙されないで、わたし!? ……ふふっ、わかったわ。あなたはわたしの分の炭酸も買ってきて、わたしの骨を溶かすつもりね……? いいわ、買ってきて。あなたの骨を溶かして、わたしも溶けてやる!」

「いってきます」


(チャリーン、ガチャ)


「ただいま。はい、どうぞ」

「えっ……!? なに、これは!?」

「何って、お茶だけど」

「どうして……? どうして、炭酸じゃないの!?」

「甘いもの食べたあとにそれはきついだろう」

「し、しかもこれって……『あったか~い』じゃない! 量が若干少ないくせに、『つめた~い』と同じ値段なのよ!? あなたも義務教育を終えた歳なら、それぐらい知っているでしょう? それなのに、どうして? どうしてわたしにこんなものを買ってくるのよう!」

「持つのが冷たいからだよ」

「嘘ね! わかったわ。わたしを熱し殺す気ね!」

「なんで『あったか~い』で殺せるんだよ。『しね~』ぐらいじゃないと無理だろ」

「いいわ。あなたの勇気と大胆さに免じて、飲んであげる……。(ゴクッ)……なに、これ……? あったか~い……」

「あったか~いなんだから当たり前だよ」

「嘘……嘘よ……! だってあなた、わたしのこと嫌いで……ご飯も食べさせてくれて、それで……。なのに、なんであなたは、最後の最後で、超必殺技のごとく『あったか~い』を出すの!?」

「はいはい。君のことが好きだからだよ」

「あ……そんな……わたしは……それなのに、あなたにチョコを作って、しかも自らの手で食べさせるなんて、ひどいことを……! わたしは……!」

「それをひどいと思うのは世界中探しても君だけだと思うな」

「わたし……もう、生きていけないわ!」

「それは大変だ」

「炭酸飲んで死んでやる!」

「この場合、止めたほうがいいのか?」

「炭酸を飲んで死ぬ前にあなたに一言伝えるわ……」

「何ですか」

「わたしは……あなたのことが、好きよ……」

「ちょっと照れた」

「地球かあ……何もかも、懐かしく感じるわ……」

「ここはどこなんだよ」

「それじゃあ、買ってくるわね……さよなら……」

「あ、待ってよ僕もついていくよ」


(チャリーン)


「え……どう……して……!」

「どうしたんだい」

「そんな……嘘よ……! 炭酸が『売り切れ』ですって!? そんな……信じられない……!」

「時々あることじゃないか」

「ハッ……わかったわ!」

「何が」

「あなたが、さっき買いにいったとき、炭酸を全部買い占めたのね!? わたしが、飲んで死なないように……!」

「そんな無駄なお金持ってねーよ」

「どうしてあなたはわたしにそんなに優しいの……! わからない、あなたのことが、さっぱりわからない……!」

「僕は君の方がわからない」

「ふふ……あなたに俄然興味が湧いてきた。わたし、死ぬ前にあなたをもう少し知りたいわ。だから、お付き合い期間の延長を、要請する」

「喜んで」

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