第59話 宇宙漂流

 閉鎖型地球環境(ジオフロント)を出て、ずいぶんと時間がたった。宇宙探索に志願したのは、宇宙の広大さにひかれたからだった。今、自分がサイボーグ化した体で宇宙を漂流しているのは、宇宙にただよっていた小石を避けようとしたためだ。小石との衝突で時計が壊れた。地球を離れてからどれだけの時間がたったのかわからない。

 サイボーグの体をむき出しにして、宇宙を飛んでいる。予備の空気は凍りつき、食料の保存ももうない。しかしい、サイボーグ化したおれの体は、生命維持装置のせいで死ぬことはない。移動のためのロケット推進があるが、燃料が少なく、軽はずみに使うコトはできない。

 人類の宇宙進出の最端にいるはずの自分なのだが、この軌道上に未登録の宇宙探索隊の残骸がある。燃料はあと少ししかない。おそらく燃料もれだろう。時計が壊れたように、燃料タンクに穴が空いたのだろう。燃料はもともと百年分あったが、それが尽きるということは、穴が空いて漏れているんだ。まさか、閉鎖型地球環境を出てから百年の時間がたったなんてことはないだろう。

 誰かがこの軌道を先行している。こんな宇宙の果てで誰だろうか。

 宇宙人の可能性は考えた。武器はもってない。宇宙人との接触は、ノンゼロサムゲームでなければならない。異なった文明と相互に繁栄する経済原理を築けなければ、必ず宇宙人と戦争になってしまう。宇宙人に脅威を感じない者は宇宙開発に参加してはいけないとおれは思う。

 天の川銀河の黎明期戦争の生き残りの宇宙人と戦争して勝てると考える輩に宇宙開発はさせない方が良いだろう。向こうは三十億年は先に文明を発達させているんだ。

 人の死体の集まった拠点を見つけた。先行していた謎の宇宙探索隊がここで全滅している。残っているわずかな燃料を使って調べたところ、補給基地があり、燃料が補給できた。

 「先に行く」。そういう書置きが補給基地に置いてあった。誰かがまだこの先を先行しているんだ。

 生還しなければ英雄ではない。ここから地球へ帰れるのか。燃料は充分にはない。この先を進んでいる先行者は死ぬつもりか?

 先へ行こう。地球へは帰らない。先行者の後を追おう。

 それから、ずっと先行者の跡を付けた。

 長い長い時間がたった。百年くらい本当にたってしまったようだ。時計が壊れていて、時間感覚がわからない。


 先行していた探検家に追いついた。

「やあ、元気か。漂流していた宇宙飛行士だ」

 と通信を送ると、返事があった。

「宇宙人かと思ったぞ。きみはサイボーグ化した人類か」

「そうだ」

「お互いボロボロの体だな。ヒトの形なんてまったくとどめていないじゃないか」

「ああ、時計が壊れていてね。今は西暦何年だい?」

「十万年だよ。おれが地球を出てから、十万年たっている。もう人類は滅んだんじゃないかな」

「きみは男か。おれも男だ。繁殖できない男二人が生き残ってどうするんだろうな」

「ここまでで宇宙人にあったか」

「いや、宇宙人を探していたのか」

「ひょっとしたらという感情はあったさ」

「地球にずっといて宇宙人に会う確率と、宇宙へ出て行って宇宙人に会う確率は同じようなものだろう。宇宙は均等に広がっているんだから」

「そういう意見もあるのか」

 おれがそういうと、先行者がいった。

「この先へ行こう。実はもう一人いるんだ。この先にいるのは、宇宙で神を探している男だ。おれたちが宇宙人を発見できなかったように、あいつもたぶん神を見つけてはいない」

 先行者よりもっと先へ行っている宇宙飛行士か。いったい、地球からどれだけの宇宙飛行士が飛び出し、漂流しているのだろう。そして、その漂流している宇宙飛行士たちは何を考えているのか。

「死にたいなんて感情はとっくにあきらめたさ。おれたちは死ぬこともできずに宇宙を漂うんだ」」

 先行者がいった。

「ちょっとあの男を驚かしてやろう。おれが神だっていうのさ。どんな反応をするだろうか」

 おれは考えついた冗談を口にした。

 そして、先行者よりもっと先に行っていた宇宙飛行士に追いついた。

「やあ、人類は滅んだ。おれが神だ。この宇宙の創造主だ。会いに来たんだろう」

 おれがそういうと、

「そして、おれが宇宙人だ」

 と先行者がいった。

「神か。やっと会えた」

 先行者より先に行っていた宇宙飛行士が答えた。本気にしたのだろうか。


「人類の葬式をしよう」

 先行者がいった。

「待て。おれは人類だ。まだ生きているぞ。勝手に葬式をあげてはいけない」

 おれが反論する。

「いや、葬式なんてそんなものだろう。特におれたち宇宙飛行士の葬式はさ」

 先行者がいう。

「いつ死んだかもわからないもんな、宇宙飛行士ってやつは」

 先行者より先に行っていた宇宙飛行士はそういった。三人で笑った。

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