第1章 少女と名も無き怪物

1-1. 約束

---化け物女がいるぞ!


(…知っている。)


---近づいちゃだめって何度も言ってるでしょ!


(…知っている。)


---あの森はゴミ捨て場だからな。危ないから行くんじゃないよ。


(…知っている。)


「またか…。」

私はそんな言葉を発しながら、枯れ木の枝を持って森の奥へ向かう。

いや、言葉は出ていなかったかもしれない。

しばらく誰とも話すことがなかったから、そういう小さなことの区別に意識が向かないんだ。


そんなことを考えながら小屋へ戻る。

「ただいま。」

小屋の主に言う。今度は確かに言葉を発した。と思う。

小屋の主は年老いた男だ。年老いた男だった。今はもうこの世にいない。

小屋の主は只の人間だった。

それに比べ、私は只の人間ではないらしい。

それを理由に、赤子の時に親に捨てられたらしい。

そんな私を拾ってくれたのがその男だ。

名前は知らない。"じい"と読んでいた。じいも自分をじいと呼んでいたからだ。


私は只の人間ではないらしい。

じい以外の人間とあまり関わったことは無いが、明らかに力が強い。

じいが運べないといった薪や肉を、昔の私でも簡単に運ぶことができた。

いつだったか村の子供が私に石を投げつけてきたけれど、握ったら簡単に砕けてしまった。


何故私が親に捨てられたかはわからない。

何故じいが私を育ててくれたかはわからない。

じいは仕方の無いことだと言い、私に謝ったのを覚えている。

じいが泣いたのを見たのはそれが最初で、最後だった。


じいが死んでから、私は一人でこの小屋にいる。

誰とも会うことはない。

じいは私に、「人を恨まないでくれ」と頼んだ。

だから恨まない。

例え私を捨てた親であっても、私に石を投げる子供であっても、罵声を浴びせる大人であっても。


でも、関わってしまったら恨んでしまうということを知っている。

だから、私は一人でここにいる。

じいのお願いを守るために、

誰とも会うことはない。

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