食いしん坊回顧録
にわけん
第1話農家の梅干し
母親の実家が農家であったおかげであろうか。家の食卓と貯蔵庫っぽい棚には、いつも真っ赤で塩の結晶の付いた梅干しと紫蘇が常備されていた。子供の頃から塩っ辛い物が好きだった私は、飯時以外でもちょくちょくつまみ食いをしては怒られていた。
今はすっかり見なくなってしまった塩の結晶が付いた、微妙にくすんだ赤色の梅干しと、同じく塩の結晶が付いたごわごわの赤紫の紫蘇干し。一口囓れば口が蛸になり、あごの付け根がきゅーんと締まる感じがするぐらいしょっぱく、酸っぱく、でもどことなく甘みがあり、梅の香りと紫蘇の香りがぷーんと鼻に抜けるあの味。昔はどうだか知らないがデパートやスーパーの食品売り場に売っているのを見たことが無い。
少々食欲が無くなる夏場や風邪で熱を出した時でも、薄い塩味のおかゆにその梅干しと紫蘇があれば、どうにか食べることが出来た。思えばこれに何度救われたか分からない。その頃は(当たり前だが)酒を呑んでいなかったが、もし呑める年であったなら最高のつまみになっていた事は想像に難くない。あるのが当たり前だったそれらも、爺さんばあさんが他界するとともに、我が家の食卓からも消えていった。
同じ様な味を求めてスーパーやデパートで梅干しを買っても、美味い物はあれどどこか気が抜けた感じの物ばかり。健康志向などもあいまって、塩分が控えられていたり、そもそもちゃんとした梅酢で漬けられておらず、調味液付けの物ばかりだからだろう。そういえば本当に干された「梅干し」を長らく見ていない気がする。幾度となく試した後に、いつしか諦めて試すのをやめてしまっていた。
ほぼ忘れ去っていたある時、地下鉄の売店で「梅干しタブレット」なるものをみつけた。小ぶりな箱に梅をイメージした意匠がちょっと可愛かったし、「紫蘇入り」の文句に惹かれたで、タバコを買うついでに一つ買ってみた。
開けてみると中には銀色の包み紙が折られており、切り離しの出来る一列に5粒程度タブレットが入ってるらしい。タブレットと言うより「粒」と言った方がよさそうな大きさだ。さっそく一包開けてみると、ふわっと懐かしい香りが漂い出てくるではないか。
一粒取り出して口に含んでみると、あの強烈なしょっぱく酸っぱい味がしてあごの付け根がきゅーんと締まる。これこれ、この感じ!小さいながらも混ぜられている紫蘇がごわごわと存在を主張してくる所もいい。あっという間に一包食べてしまったが、口の中の後味は案外すっきりしていた。モノがモノだけに昔見たくおかゆにとは行かないが、それでも懐かしの味を味わうには十分な出来出会った。
それ以来、ちょっとした空腹時やストレス解消にちょくちょく買い求めてはちまちま食べている。こんな形でも、昔ながらの味が残って行くといいなぁと思いつつ。
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