異能力Diary

Kita

進級テスト編

第一話 Our New Semester

普通とは“普く(あまねく)通る”と呼んで字の如く、どこへ出ていっても通じ、どこまでも平凡なもののことである。時には平均レベルのものとしても扱われる。

 普通の人間とは特に目立った特徴も無く、有象無象の存在として扱われても差し支えない人のことを指す。というよりも並大抵の人間は平凡であり、凡愚であり、平俗である。

 普通でない人間、何かが他人よりも優れている人間は度々、羨望の眼差しを受ける。優秀とはまた違った意味合いを持ち、どちらかというと秀逸といったほうが正しいかもしれない。 

 そしてそれは必ずしもいいことばかりではない。

 人とは違う、違う故に理解し合えない。理解してもらえない。あの万有引力を唱えたニュートンが小学校から排斥されたように相容れないことも屡しばしばある。

 頭が良すぎるゆえの苦悩、運動が出来すぎるゆえの苦悩、全てをわかりすぎるがゆえの苦悩。さまざまな苦悩がこの世の天才たちを蝕む。

 だがそのような苦悩を抱え込むのは天才ばかりではない。

 人とは違う、他人は持ちえない力、“超能力”的なものを持つ者も同様だ。周りには到底理解できない力。その異能のせいでほかの部分は普通でも周りと打ち解けられないこともある。

 未来を見ることが出来る力。瞬時に傷が治せる力。相手の心を覗ける力。ありとあらゆるものに回答を与えられる力。幽霊を見ることが出来る力。

 そんなものがあれば、ときっと多くの人が一度は思ったことがあるだろう。

 断言しよう。

 そんなものは必要ない。

 夢見る少女がお姫様になりたいというように、お姫様が普通の少女のように暮らしたいと思うように、持たざる者は持つ者を羨望の眼差しで見る。故人曰く、「隣の芝生は青く見える」のだ。

 つまり、このような異能の力は必要ない。

 はずだったのに・・・



 4月3日。全国的に見れば、もう桜が咲き誇る春の陽気になっている頃。しかし、俺の住む長野県の北側、北信地域ではこの時期に桜が咲くなどありえなく、入学式の日にはまだ蕾の状態の桜しかないことが間々ある。というか今まで生きてきてそんな時期に咲いているのを見たことがない。まぁこれは長野県全域で言えることだが。また、もう4月とはいってもまだまだ肌寒い。というか風がやたら冷たい。肌を刺すような冷気が吹きすさんでいるのだ。自転車で登校するには何かと苦労の多い季節。まだマフラーをするべきか、手袋をするべきか。まぁそこまではいかないが何か羽織るものが欲しい。

 やはり山に囲まれた孤高の土地、長野県。登校するまでに普通に勾配がきついなんて普通。しかも冷風が向かい風として立ちはだかる。

 おいおい、今日は入学式だぜ?こんな天気で新入生大丈夫かよ。俺は違うけど。

 頑張って向かい風に立ち向かい、何とか自転車をこぎ進める。勾配も手伝って全然進んでいる気がしない。それでもなんとか我が高校、「巣坂すさか高校こうこう」に到着する。

 その巣坂高校の二年生の俺、“牧野春也まきのはるや”は今日の入学式という日に寝坊という素晴らしいミスを犯しているのだ

 もう思いっきり入学式の始まっている時間なので、校舎の周りには人の影一つもない。

 しかし、それならそれで俺にとっても都合がよい。只でさえ今日は入学式の後に何も用事はないのだ。ちょっと部室棟に行って友達の部室を借りてだらだらしていよう。そしてちょっとしたら帰ろう。あ、でも今日は部活あるかな?

 そんな思考を巡らせていると、背後に人の気配を感じる。まさか‥


「やぁ牧野。久しいな。春休み前ぶりだな」

「し、島崎先生…おはようです」


俺の去年の担任。島崎しまざき玲あきら先生(27歳・女性・既婚者)だ。国語を教えているが、国語教師はどうも俺の苦手とする生き物だ。だって何言っているか分からないから。あと成績面で何かと言われるし。


「おかしいな、もう入学式は半分終わって今は生徒会長が話している最中だというのに何故君はこんなところにいるんだ?重役出勤か?」

「何です?重役出勤って?」

「…まぁそんなことはどうでもいい。牧野、入学式は在校生、新入生纏めて全員参加のはずだ。だが君はその決まりを破り、あろうことかサボって部室棟で時間を潰そうとした。これには然るべき処置が必要だと思わないか?」


 ずいずいっと少しずつ距離を詰めてくる島崎先生。その余りのプレッシャーに縮こまってしまい、上から見下ろされる形になる。というかなんでこの人俺が部室棟でサボろうとしたのを知っているんだ。怖すぎる。


「そ、そうですね…決まりを破った俺には今日一日の自宅謹慎を課すのが最善かと…」

「阿呆。それじゃ何も面白くないだろう。もっと悪質な罰が必要だ」


そう言うと、ニタァと口角が吊り上がり、とても先生とは思えない顔つきになる。これは完全に俺を辱めるなにか意地の悪いものを思いついたのだろう。長年(一年)の付き合いだ。それくらいは分かるようになった。てか悪質ってなによ。教師が使う言葉じゃない。

ただ分かることと止められるかどうかは全くの別物だ。


「あの、先生出来れば今後の学園生活に支障が出ない程度に」

「安心しろ」


ぽん、と俺の肩に手を置き、慈愛に満ちた目で浅く息を吐き、言葉を紡いだ。


「入学式が終わった後の式場の片づけ、新しい教室の掃除、職員室の私の机の掃除を任命しよう」

「数の暴力だ‼!」


やはりこの先生には遠慮というものが何一つ見られない。ある意味一番見つかってはいけない人物に見つかってしまった。一学期の始まりから何とも縁起の悪いスタートだ。


「あぁ、牧野。この場合、数の暴力というのは少し使い方が違うな。この場合は…」

「もういいよ!!」


 まぁそのくらいなら、と少し安心してしまう俺もいるのだった。



時は流れて今は入学式後のホームルーム。ちなみにさっきの罰はこのホームルームが終わった後だ。


「…さて、今年も君たち2年6組の担任の島崎玲だ。また一年、よろしくな」

「やっぱりこの人が担任なのか‥」


 本来はみんな入学式で各クラスの担任が発表されるのだが、生憎俺はその式に参加していない。理由は遅刻。あの後島崎先生と話して(?)いたらすべてのプログラムが終わったらしく、体育館からぞろぞろと人の濁流が流れ出ていた。とは言え、最初に出てくるのは一年生、新入生なので幾らか緊張した面持ちの者も多く見られた。反面、その後出てきた新二年、三年はとても気だるげな表情を浮かべていて一年という年月の早さを痛感することとなった。一年前は俺もあの緊張した顔で入学式に出ていたのに、一年たったらそもそもその式にすら出ないというクズっぷり。やはり、慣れは人をダメにするのだ。

 どこか冷風が吹いているからか、口々に寒いという声が体育館を出てから教室に入った今もそこかしこから聞こえてくる。

 周りを見渡しても、一年前と何ら変わりない光景。クラス替えのない高校はこの時期特に面白いこともない。いつもの気の置けない野郎どもがいるだけだ。


 「さて、ではこれからこのクラスのルーム長を決める。誰かやりたいものはいるか?」


 島崎先生のよく通る声がこの教室を駆け巡る。まぁそんなに都合よくルーム長をやりたいなどと手を上げる者もいなく、少しばかりの沈黙が教室を包む。


 「ふむ、誰もいないのか。では誰か推薦者はいるか」


 先生、それはやるクラスによっては苛めが起こりうる言葉ですよ?このクラスは大丈夫だけど。

この推薦制度。大抵は人望の厚い人物が押されるはずなのだろうが、実際はそんなことはない。もし一年生なら、周りの人がほとんど別の中学校から来ている生徒故に、誰が人望厚いかなんて分かりっこない。そして決まらず、最終的にじゃんけんになるのだ。ソースは俺。去年じゃんけんに負け、ルーム長をやらされた俺が言うのだ。間違いない。


 「はいはい!」


 と、その時、前のほうの席の女子が手を挙げた。


 「ん。誰を推おすんだ?梶」


 ガタッと立ち上がるとサイドテールにした髪が揺れ、視界に映る。なんちゃって制服を身に纏い、紺色のそれは彼女の威勢の強そうな淡い茶髪と対して慎ましそうなイメージを与える。彼女は梶かじ陽よう夏か。その立ち上がった姿はとても小柄だ。彼女とはもう一年もクラスも同じだしそれなりに知っている。知っているからこそ、俺には少し嫌な予感が胸の中で渦巻いている。


 「牧野がいいと思います!」


びしっとその小さな指を俺のいる後ろに向けて、声高こわだかに言う。そら来た!絶対来ると思っていました!

 だがそこも俺。おいそれと引き受けるわけにはいかない。


 「おいおい待てよ梶。俺はもう去年やったろ。無効だその案は」

 「分かった。ではルーム長は牧野でみんな異論ないな?」

 「先生。どうして俺が否定しているのに話を進めるんです?」


 俺がそう言うと島崎先生は少し意外そうな顔をしてこちらを見る。なんだその顔は。


 「トイレ掃除もしたいのか?」

 「いえ、滅相もございません。不詳牧野、やらせていただきます」


 くっそ!先生あれ絶対梶が推薦しなくても俺にやらせる気満々だったよ!そんなだから、こんなに腰の低い挨拶やっちゃうんだよ。押しに弱すぎるぞ、俺!


 「まぁ牧野は去年もやっているし何かと勝手も分かっているだろう。この場合、君がやるのが何より効率もいいし時間も削減できる」

 「その方式だと来年も俺がルーム長なんですが」

 「別にいいじゃないか。減るもんでもないぞ?」

 「減りますよ。主に俺の自由時間が」

 「では、次に副ルーム長を決めたいんだが」

 「無視ですか!?俺の意見はどうなるんですか!?」

 「君の意見は取らん」

 「当人なのに‼!」


なんという冷酷非道な手段であろうか。こうして俺はもはや済し崩しにルーム長になるようだ。今年こそは、と思っていたのに‥

 事の発端(?)である梶を睨み付けると、小さくウィンクしてこちらへ向かって手を振ってきた。違う。そういうんじゃない。


 「じゃあ、ルーム長の牧野が決めてくれ」

 「え?いいんですか?」

 「あぁ。今年から制度が少し変わってな、ルーム長が副長をえらぶことになった」


 思わぬところからの救い手。こんなの選ぶのは絶対決まっているじゃないか!


 「じゃあ、梶!お前が副ルーム長な!」


 選ぶのは勿論、俺を推薦しやがった“梶陽夏”。立ち上がって声高に言い放ってやった。

ざまぁみろ!梶、お前がどんなに拒否しようとお前には一切の拒否権はな…


 「うん。わかった。じゃあこれでルーム長決めは終わりですね?」


 …あれ?梶さん?拒否はしないのですか?


 「あぁ。さて、これでルーム長決めは終わりだ。みんな、新しく一年間この2年6組をまとめるルーム長たちに拍手を」


 島崎先生がそう言うとクラスのみんなは俺と梶に惜しみない拍手を送った。教室がその拍手で包まれ、梶は少し照れくさそうに頬を掻いているのとは逆に俺は状況がイマイチ理解できずにポカンと口を開けていた。

 梶、島崎先生、クラスのみんな。1つだけ言わせてくれ


 「違う。そうじゃない」



 「…じゃあ今日はこれで終わりだ。明日はまた委員会決めとかあるからな。今日配布したプリントを見て自分が入りたい委員会や係を見当つけておくように。あぁ、それと牧野と梶はこのあと少し残ってくれ」


 プリント配布やその他諸々連絡事項が入り、全ての事項が終わった時にこの先生の一言。俺、泣いちゃいそうです。


 「何なんですか…先生、俺はもうライフが残り少ないんですが」

 「もう…いいじゃない別に。入学式にいなかった牧野も悪いんだし」


 ルーム長になった経緯は多分関係ないんだけどね…


 「君たちに残ってもらったのは他でもない。君たちにルーム長としての最初の任務を与えようと思ってな。この段ボールを101教室へ持っていって貰いたい」

 「先生、俺たちは“ルーム長”なのであって先生のパシリではないんですが」

 「牧野よ、この任務を無事遂行した暁あかつきには体育館の片づけ、教室掃除は免除しよう」

 「よし、梶!早くこの段ボール持ってっちゃおうぜ!」

 「牧野…あんた本当にいいように使われてるわね…」


 さて、さっさとこの段ボール持っていこう。俺たちの横にあった大小様々な段ボールが積み重なっている光景を見て少し気合を入れる。


 「先生、この段ボールには何がはいってるんですか?」

 「ん?いい質問だな、梶。これは去年この教室を使っていた生徒が学園祭で使っていた物だ。代々2年6組が受け継いできた伝統の小物だからな。心して運べよ」

 「へぇ…」


 とりあえず俺がこの大きい奴を持つとして、まだ4つもあるな…こりゃあ数回往復することになりそうだ。

 しかし、さっき先生、これを101教室に持っていくように言っていたな。

 うちの高校は新校舎と旧校舎に分かれている。それぞれが四階建てで新校舎にだけ一つだけ飛び出した五階に“摩天楼まてんろう”と呼ばれる場所がある。101という番号は、ちゃんと意味があって百の位が1なら旧校舎で2なら新校舎。十の位は階層。一階から0、1、2と増えていく。一の位がわかりにくいのだが昇降口から入ってからの近い順になっている。

 つまり101教室は“旧校舎”の“一階”で一番昇降口に近い教室ということだ。

 ちなみに俺たちが今いる2年6組の教室番号は、221。つまり、新校舎の二階の昇降口側。その目的の教室へ行くには一度一階まで降りなければいけない。

 え?何?よくわからないって?

 要するに大変というわけだ。


 「よいしょ…ん?意外と軽いな」

 「ん、さっきも言った通りそれらは学園祭で使う小物だからな。箱が大きいだけでそんなに重くはないだろう。きっと二人なら一回で持っていけるはずだ」


 横で梶も小さい段ボールを持つが軽々と三つ積み重ねた。どうやら事は簡単に運びそうだ。


 「じゃああと一つは牧野が持ってってー」

 「え?お前絶対それ軽いだろ。そんな小脇に抱えられそうなもの三つって」

 「何よ。乙女に力仕事させようっての?」

 「いやぁ、そんなのは力仕事の部類に振り分けられないな」

 「いいから持て!」


 どん!と俺の持つ段ボールの上に容赦なく最後の段ボールを置く梶。つか今持ててたじゃん。などと考えては負けだ。こうなってしまった以上、致し方あるまい。


 「じゃあ101教室まで持っていってくれ。途中の階段は気を付けてな」

 「ていうかそう思うんなら先生も手伝ってくれればいいのに…」

 「ん?なんだ?私の机も掃除してくれるのか?」

 「よし!梶!さっさと運ぶぞ!」

 「…相変わらずいらない一言を言っちゃうんだから」


 教室を出ながら背後の梶の言葉は聞き流しておいた。



 「…っとと。下がよく見えないから結構怖いな」

 「なによ牧野。だらしないわね」

 「そんなちっさい段ボール小脇に抱えているお前だけには言われたくないな」


 ぶつくさ言いながら階段を下りて新校舎の一階に着く。新校舎の一階には校長室や事務室は勿論のこと、来賓用の入り口や職員会議室なる謎の教室、そして進路室がある。今はまだ全くと言っていいほど行かないが来年になったら何回もお世話になるのだろう。仮にも我が高校は県内のこの辺の地域なら頭のいい高校なのだ。どれくらい頭が良いのかというと、この地域の美容室に行って


 「巣坂高校です」


 と言えば


 「へぇ、頭いいんだね」


 と返されるくらい。俺も入試は苦労したぜ…

 そんな感傷に浸っている時間ももったいないので早く教室を目指す。


 「あ、そうだ牧野」

 「んー?なんだよ」

 「今日、部活行く?」

 「あー…」


そういえば今日って部活あるんだっけ…と思っていた時期が俺にもありました。朝だけど。実は俺と梶は同じ部活だったりする。だからこそ、去年から通してとても長い付き合いなのだからお互いのことは割と知っている。好きな食べ物くらいまでだけど。

 しかし今日の部活かぁ。我が部は俺と梶を合わせて4人しかいない。行ったとして誰かいるのかなぁ?


 「梶、お前はどうする?」

 「私?私は行くよ。だって帰っても暇だし」

 「んーそうかぁ」


 梶が行くとなると少し迷うな。いや、別に深い意味はないんだけれど。だって俺だって久しぶりに部室に行きたいし…うん


 「分かった。俺も行くわ」

 「オッケー。じゃあ連絡しとくね」


 そういうと携帯を取り出して何やら文字を打つ梶。というか携帯を弄れるほどに手が空いているなら少しは手伝えよ…


 「あ、今みんな部室にいるんだって!これ運び終わったら行こうよ」

 「あぁ。運び終えたらな」


 どうやら後の二人は既に部室にいる様子。しかし普通ならもう帰ってもいい時間帯だしそんなにこの部活に興味があるのか、それとも本当に暇なのか。まぁあの二人なら多分後者だな。


 「牧野、どこ行くの?」

 「え?どこって…」


 梶に呼び止められて場所を確認してみると、扉の上にかかっている教室名と番号の書かれたプレートを見る。


 「あ、もう着いていたのか」


 危うく通り過ぎてしまうところだった。これは梶に礼を言わなければ…別にいいか。

 ガラッと足で器用に扉を開け、教室の中へ入る。中は基本的に使われていなく、普段は物置として使われている教室なので椅子や机は無い。だだっ広い教室には俺たちが持つ物と同じようにそこら中に段ボールが置かれている。というかなんで俺が扉開けてんだ?梶お前手使えただろ。

 ただ、普通の段ボールと違うのは、そこら中の段ボールは紙にクラス名が書いてあることだ。そして窓際の段ボールの上にはどうぞ使ってくださいと言わんばかりにマジックとコピー用紙が置いてあった。準備がいいな。


 「よいしょっと…」

 「ふー。いい仕事したねぇ」


 黙れ梶。貴様は毛ほどの労働もしてはいない。

 そんなことを考えても時間の無駄なので、さっさと紙に2-6と書いて近くにあったテープで貼っておく。


 「ふぅ。これでひと段落かな」

 「じゃあ部室に行こうか」


 立ち上がり、体をんーっと伸ばすと背中がバキバキと心地いい音を鳴らす。こんなに体がなまっていたのかと思うと少し運動しなきゃなと考える。

 只でさえ春休み中はニート生活だったんだ。明日から朝でも走ろう(走るとは言ってない)。

 梶が足早に動き出したので俺もそれに便乗し、教室を後にする。

 現在時刻は1時30分。意外にも早い時間に少し驚きながらも梶の横につき、部室を目指した。



 部室とはいっても、俺たちの入っているのは同好会的なものなので部室棟にあるような部室ではない。その辺の空き教室を勝手に使っているのだ。教室番号は104。さっきの用の在った教室から奥へ3つ行ったところにある使われていない教室だ。まぁ正しくは授業では使われているが、どこのクラスのホームルームでも使われていないところだな。なので机や椅子はある。基本的に部活とは言え、話したり雑談くらいしかすることが無いので十分です。本当にありがとうございました。

 ちょっと歩けばものの1分もかからない距離なのですぐにつく。というか教室出てから見えていました。


 「やっほー!久しぶりー!」


 ガラッと勢いよく梶が扉を開ける。寧ろ勢いがありすぎて扉についてるガラスが割れそう。

 しかし俺もそんなことはどうでもいいので無視して教室もとい部室に入る。


 「うーっす」


 するとその部屋の中には見慣れた2人の顔が。


 「ん、春也か。今日は来ないかと思ってたよ」


 黒いダッフルコートを着て、紺色のズボンを履いたこいつは“小見川こみかわ秋人あきと”。男にしては少し長めと思われる髪に合わせて、いくらか他の人とは違う部分はヘッドフォンをしているところ。


 「まぁ来ないのは部室じゃなくて入学式だったんだけどね」

 「そうなんだよー。牧野ってば入学式にいないの。そのせいでまた島崎先生に怒られてて」


 おいこら梶。秋人に余計なことを言うんじゃない。


 「え?牧野くん、入学式出てなかったんですか?」


 秋人の隣で俺の素晴らしい奇行に驚いている彼女は“冬野ふゆの亜紀あき”。紫がかった黒髪を長く伸ばし、ベージュのジャケットに黒のラインの入った赤いスカートを身に纏う彼女はその見た目に反して割りと大人しい。


 「あ、アキ~っ!久しぶり~っ」

 「陽夏ちゃん、お久しぶりですね」


 冬野、もといアキちゃんを見つけて俺の横からすごい勢いで抱き付いていく梶。そしてそれを受け止めるアキちゃん。その光景を見てなんかほのぼのとした俺。んでもってその状態の俺を見てつまらなそうな(いつもか)顔をしている秋人。何この状況。


 「牧野くん。出なきゃダメじゃないですか」

 「あ、はい。すいません。次は気を付けます」

 「次は1年後なんですが…」


 胸に顔をうずめながらご満悦な顔している梶を撫でながらアキちゃんが説教めいたことを言ってくる。まぁ実際、この案件については完全に俺の過失、失敗なのであってそんなことは重々承知している。反省もしているしマジ猛省してる。なんなら来年から心を入れ替えようと思っている次第。…これ絶対やらないやつだな。

 つうか梶、お前なにいいポジション陣取っているんだ。うらやま…羨ましい。じゃなくてけしからん。そこ代われ。そのような風紀を乱す行為は新ルーム長として見逃せません。


 「はぁ…で、春也。今日はこの後どうする?帰る?」

 「いや…帰んねぇけど…。何帰りたいの?」


 こいつそんなだからモヤシみたいな体してんだよ。少しはアウトドアに走れよ。学校はアウトドアに含まれますか?含まれません!


 「……春也…、お前俺の力忘れてないか…?」 

 「……ん?」


 秋人の力…?あ……そうだった。



 まずは俺たちが属するこの部活、もとい同窓会を説明しよう。この部活、実際は学校に非公式で作られているクラブなのだ。一応の名前を「日常にちじょう生活せいかつ研究会けんきゅうかい」としている。

略して「日研にっけん」らしい(命名は梶)

なんだそりゃ、となるのは当たり前であり、実際にそれに属する俺ですらたまに名前を言いたくない。

日常を研究するとか言っている名前だが、ぶっちゃけ活動内容はペラッペラで雑談だらけ。日常の研究どころか寧ろ空き教室を勝手に使っている俺たちが研究(監視)されている始末。

メンバーはさっきも言った通りに4人いる。

まずは俺、牧野春也。

そしてアホキャラ、梶陽夏

そしてクールというか冷めている、小見川秋人

最後になんかおしとやかな、冬野亜紀

この4人、実はちゃんとした共通点がある。別に同じ地域出身とか、趣味が同じとかいう生ぬるい関係じゃない。

この4人。全員が何かしらの異能を持っているのだ。

例えば俺、牧野は幽霊を見ることが出来る。だから何だ、という能力だ。別にあっても無くても大差ないと俺自身は思っている。

そして秋人、彼は人の心の声を聴ける“覚さとり”のような力を持っている。

アキちゃんは全てのものの答えがわかるそう。医学、天文学に限らず、古代の未解読の文字とかも分かる…と俺は思っている。

梶…のは俺はよく知らない。どうも梶自身が教えたくないそうだ。アキちゃんは知っているらしいがなんで俺に教えてはくれないのだろうか。そんなに後ろめたい力なのだろうか。

まぁこのような力、異能があっても俺たち4人は普通の学園生活を送りたい。だけど、流石に一人では隠しきれない。そこで同じ悩みを持つ4人で集まって何とかしようっていう魂胆なのだ。

人とは不思議なもので、同じ共通点を持つ人間は引き合うようになっているらしい。

類は友を呼ぶ、のだ


……その辺はいいか



 「そういやお前、心読めるんだったなぁ。忘れてたわ。あっはっは」

 「あぁそうだな。だからお前がさっき俺に対して思った失礼なことも全てが筒抜けだと気づいているか?」

 「ん?」


 なんか秋人の声がどんどん低くなっていく。

なにそれ超怖いんですけど(笑)


「まぁまぁ小見川くん。その辺で」

「ん、冬野が言うならそうしとくか」


ん~?小見川さん。そういう差別は良くないと思うなぁ。そこでアキちゃんが許されるなら俺も許されて然り。その辺どうお考えですか?


 「そうだな。冬野と春也じゃあ格が違い過ぎて比べることすら馬鹿らしいな」


 うん。もう一考しようか。


「全く、牧野は相変わらずアホなんだからぁ。そんなだから今日遅刻なんかするんだよぉ」

 「うっせ。そんなふぬけた声で話すやつの話など耳に届かん」


 お前はいつまでアキちゃんの胸に顔をうずめているんだ。いい加減にしろ。その場所は我々の共通財産なんだぞ分かっ「違うぞ春也」ごめんなさい俺が調子に乗ってました。


 「はぁ。お前どうも春休みに遊んでいたみたいだけど大丈夫か?来週テストだろ?」


 はっはっは。秋人こいつ何言ってんだ。俺が長期休暇に家庭学習なぞするはずがなかろう。馬鹿も休み休み言えって…




………ん?



 「待って秋人さん。来週テストあるの?」

 「あぁ。あるぞ。進級テスト」

 「え?」

 「え?」


 突然の新事実に少しの間思考が停止する。え?ちょっと待って?進級テスト?そんなのがあるなんてちょっと僕知らなかったなぁ。

 後ろの方でガタッという音が聞こえたので少し硬くなった首をギギギ…と回してみると、さっきまで上気していたはずの顔色が一気に引いて青く見えるほどまでになった梶が見えた。どうも現状を理解できていないらしく、ポカンと口を開けたまま閉じようともしない。


 「いやいや、そんなに大事じゃないだろ。そもそもちゃんと配布されたプリントには書いてあったし」

 「さいですか…」


 ……嘘だろぉ!俺のささやかにも華やかな学園生活にいきなりの大きなヒビがぁ!


 「あ、それに今回のテストで出来が悪いと特別設置クラスで補修ですよね」


 ……………え?

 そこへさらにアキちゃんからのブローが決まる。…こいつはじわじわと効いてきそうだぜ…!


 「当たり前だろ?今日から正式に二年生になるにあたって、一年生の範囲が理解できていないなんてありえないだろ?」

 「馬鹿野郎。あり得るに決まっているじゃあねぇか」

 「馬鹿はお前だ馬鹿野郎」


 秋人から心無い言葉を浴びせられる。ひっどいなぁ

 しかし、これは本当に笑い事ではなさそうだ。なんせ、俺は一年生の時にあまりにテストが出来な過ぎて本当に入試を受けてこの高校に受かっているのかを怪しまれているのだ。ぶっちゃけ赤点回避とか不可能。寧ろ赤点取らなかったテストはなにか欠陥があったんじゃないかと噂になる。

 そのレベルで俺は勉強ができない。なんでこの進学校にいるのかって?近いからさ!

 だが今この場にいる四人で勉強がヤバいのは俺だけじゃないはず。その当人は…?


 「アキ~~!勉強教えて~~っ!」


 案の定、そのアホこと梶はアキちゃんに泣きついていた。


 「まぁ教えるのは構わないですけど…牧野君は?」


 チラッと俺の方に視線を送る。まぁ確かに俺も例に漏れず今回のテストで赤点を取るだろう。するとどうだろう。俺の描く華やかな高校二年生ライフがスタートダッシュから補修というなんとも言えないものになる。それだけは避けなければならない。

 しかし……


 「なんだ春也、その顔は」


 こいつに教えてもらうのはなぁ…

 別に秋人は成績が悪いわけじゃない。というか寧ろ出来すぎるまである。一年時の最後のテストは学年順位が二位という優秀さなのだ。ちなみに一位はアキちゃん。そりゃああんな能力持ってればねぇ。ずるい。

 ただ、なんか、その、こいつに教えてもらうのはなんか釈然としない…!


 「ん?なんだ春也。教えてもらいたいのか?」

 「ふ、ふん!別に今回くらい自分の力で何とかするし…!」

 「そうか、じゃあ二年の序盤は春也抜きの三人で活動か」

 「ねぇ。なんで赤点取ることが決定事項なの?」

 「なにか言うことかあるんじゃないか?」

 「勉強教えてください。小見川さん」


 結果、秋人に向かって深々と頭を下げる。ここは自分の能力を見て素直にならなきゃね!


 「あ、いいこと思いついた!」


 と、急にアキちゃんの胸に顔をうずめていた梶がいい笑顔をして立ち上がった。ちっさ。


 「今回のテストで勝負しない?」

 「はぁ?勝負?」


 なにトンチンカンなことを抜かしているのだろうか。大体テストで勝負なんて成立しないだろ俺たちじゃあ。


 「なんか牧野が怪訝な目で見てくるけど…。つまりは私とアキ。牧野と小見川。それぞれのチームで取った合計点数で競うの」

 「ほう。面白そうだな」


 真っ先に反応したのは以外にも秋人だった。というかどういうこと?イマイチルールとかが理解できていない。


 「あたしと小見川くんの点数はほとんど変わらないから、本質はあたしたちがどれだけ陽夏ちゃんと牧野君に点数を取らせられるか、ということになりますね」


 アキちゃんがやんわりと説明してくれた。なるほど。そういうことか。

 つまるところ、俺に秋人が勉強を教えて、梶にアキちゃんが勉強を教える。俺と梶、秋人とアキちゃんはだいたい同じくらいの成績だし、男対女で得点勝負というところか。梶にしては中々面白いことを提案するじゃないか。


 「じゃあ肝は俺と冬野がどれだけ上手く教えられるか、にあるわけだな」

 「そうね。流石小見川。察しがいいわ」


 そりゃそうだ。実際問題、俺と梶の点数はもはや無いに等しい悲惨なものだ(自分で言ってて何かむなしい…)そして秋人とアキちゃんもほとんど満点。ならどれだけ俺たちの点数を伸ばせるかだ。


 「ちなみに参考までにだが…。春也、お前学年末のテスト何位だった?」


 椅子に凭もたれながら秋人が俺に尋ねる。ほう、知りたいか。


 「277位だよ(・∀・)」

 「…俺たちの学年って279人だったよな?」


 少し引き気味に秋人が話す。そんなに引かなくてもいいじゃない!この時のテストは俺はテスト範囲を間違えていて点数が取れなかったんだ!決して俺の頭が悪いわけじゃないんだ!


 「はぁ…そんなに酷かったのかお前…」

 「ひどいな。だからテスト範囲を間違えたんだって」

 「その行為がもう頭が悪いんだよ」

 ひどいなぁ。誰にだって間違いはあるというのに。

 「…ところで陽夏ちゃんは何位だったんですか?」

 「276位!!」

 「…そんなに誇らしげにされても」

 「牧野には勝ったわ!」

 「275人には負けているんですが…」


 机を挟んで向こう側では女子が作戦会議のように見せかけた裁判を催している。アキちゃん。梶がかなり勉強できないってのを知らなかったのか。


 「じゃあ春也。お前今日勉強道具持って…るわけないか」

 「お、流石秋人。俺考えてなかったのに」

 「お前が授業無い日に教科書持ってる訳ないだろ。普段の学校生活でも持ってるのか怪しいのに」


 悔しいかな。その通りである。


 「あとお前文系、理系どっち選んだ?」


 秋人の質問に少し考える(?)

 我らが巣坂高校では二年生の春から文理選択がある。ここで大学入試の時の文理を決めるのだ。まぁ別に後からも変えられるのだが。所謂、文転というやつである。当然、今回の最初のテストにも影響がある…の?


 「あるから聞いているんだ。今回、理系選択者は理科科目は物理。文系選択者は生物だ。他は文系理系問わず同じだが」

 「へぇ、もうそんなめんどくさいことするんだ。今まで通り同じでいいのに」

 「…お前、物理のテスト受けたいのか?」

 「御免被ります」 

 「だろ?」


 俺は勿論文系を選択した…はず。理由は数学が嫌いだから。別にできないわけじゃないよ?嫌いなの。嫌いと苦手は別物です。


 「じゃあお前は文系なんだな?ならよかった」

 「え?じゃあ秋人も?」

 「あぁ。俺も文系だ」


 何たる偶然、そして幸運であろうか。もしここで秋人が理系を選択していたら秋人にとって必要ない科目を教えてもらうことになってしまう。流石にそれは申し訳ないのだ。よかった。


 「あ、梶はーー?」


 ついでとばかりに梶にも聞いてみる。まぁこいつはだいたいわかり切っているが。


 「私?文系よ!」

 「うん。知ってた」

 「なによそれ!?」


 噂によると一般的に男子は理系、女子は文系が多いらしい。これはもう脳の構造的にそうなっているらしいのだ。男の脳は空間的なものを理解するのが得意らしいから理系、女の脳は平面、活字的なものを理解するのが得意らしいから文系、というなんとも単純な理由。まぁこうして男でも文系はいるし、女でも理系はいる。でも女の理系ってやっぱり珍しいらしい。となると…


 「よかった。陽夏ちゃんも同じ文系で」

 「あ、じゃあアキも文系?よかった~!」


 おいおいなんだ。じゃあここに居る四人みんな文系なのか

 「なら本当に都合がいいな。これからもこういった対決はできそうだ」


 なんか秋人がにやにやしている。あいつ、こういう競い事好きだったんだな。


 「じゃあ今日は勉強道具が無いからどうしようか?秋人なんかある?」


 とりあえず大方のことは決まったしわかったので話を進める。


 「んー、ここに居てもなぁ。なんだかんだで俺も今日はあまり持ってないし。冬野は?」

 「そうですね。あたしもいいのは持ってないです」

 「ねぇ、私は?」


 梶は安定のスルー。秋人さん。流石です。


 「本当なら今からでもこいつらの現状のレベルを知りたいんだがな…何もないんじゃ仕方ない。春也」

 「ん?」

 「これからお前んちで勉強会してもいいか?」

 「……はぁ?」


 何を言っているんだこいつは。そんな唐突な提案、飲めるわけ…あるんですよね我が家の場合。


 「まぁ今日は家に誰もいないと思うからいいと思うよ」

 「オッケー。さすが牧野家だ」

 「はぁ」


 この学校から近い、そしてこの高確率で家に誰もいない環境、このことから家はこういう場面では最早最終手段になってる。

 近すぎるってのも少しは考え物だね。こうして人が溜まっちゃうから。


 「梶と冬野も来るか?」

 「あ、いいんですか?じゃあお言葉に甘えて」

 「行く行くー!」


 こうして俺を含めないで勝手に俺の家への来訪者が増えていくことも日常茶飯事。まぁいつものことなので大して痛くもない。いつものメンツだし。


 「じゃあそうと決まれば早く行こう。時間がもったいないからな」

 「あれ?もう行くの?」

 「当たり前だろ?ほら急げよ」


 そうしてガタガタと秋人も梶もアキちゃんも立ち上がって荷物を持ち、昇降口へと向かう。というかなんでその目的地の主の俺を置いていくの?俺がいなきゃ家は入れないでしょ?

 そんなことを考えていても奴らは全然止まる気配がないので、俺もさっさと準備をして昇降口へと急ぐ。ていうか本当に待ってくれないのね!?ちょっとまって!!


 ★


 そんなこともあって帰路につく我々4人組。俺の家は学校から自転車で10分弱の距離にある。よって歩くと20分かかるかどうかの位置。


 「はー。しっかし牧野の家は毎回思うけど遠いねー」


 俺が自転車をカラカラと押しながら歩く隣で梶が手を頭の後ろで組みながらつぶやく。


 「まぁ歩いちゃうとな。俺はいつも自転車で駆け抜けてるからそうは感じないけど」


 巣坂高校は少し小高い丘陵地の上にあるために、行きは勾配がきつく、少々骨が折れるが帰りは坂道。爽快感はマジ半端ない。帰り道に風を浴びながらの自転車は癖になる。


 「でも近いっていいですよね。あたしの家は少し遠いので羨ましいです」

 「俺もそうだな。電車で8駅も乗ると中々大変だ」


 ふむ、ここで電車通学2人組の意見が出る。

 秋人もアキちゃんも電車通学だ。高校を電車通学ってなんか少し憧れたりもしたが定期券がどうこうとか、定期代がどうこうとか2人が話しているのを聞くとそれはただの妄想であり、虚像であったことが嫌というほど知らされる。やっぱりアニメとか漫画とかでの電車通学は美化され過ぎだよね。本当は辛いこととか面倒なことが裏側で跋扈ばっこしている。

 それとは裏腹に、梶。こいつはなんと徒歩通学だ。しかも学校から10分程というから驚き。

 じゃあこいつんち行けばいいじゃん、となるのは当たり前だがそう簡単には問屋とんやが卸おろさない。理由は親とか普通にいるから。別に居たっていい、と梶は言っているのだが、居ない方が何かと勝手がいいのは事実。だから倍の時間かけてもうちに来るのだ。傍迷惑だなぁ。


 「でも秋人とかアキちゃんの家の方角はいろいろ店とかあっていいじゃん。俺からすればそっちの方が羨ましいわ」

 「あ、そうだよね。こっちはファミレスとかないし。モールも全然ないし」


 うちの近くにあるものと言ったら田んぼとか葡萄畑とか、草むらとかそんなもの。しかも田舎に暮らしたことのある者は分かると思うのだが田んぼの周りにはマジで街灯がないから夜本当に暗い。なんでも稲に光が当たりすぎるとどうたらって聞いたけどそこんとこは別に農家じゃないから知らん。ちなみにうちへの帰り道にあるファミレスと言ったらバー〇ヤンくらい。カッパ寿司とかもあるがまぁ学校の帰りにちょっとで寄る場所じゃない。世のファミレスたちよ。田舎にも来て!高校生たちが心待ちにしているよ!


 「そういうもんかね?別に近くにあったからってそんなに行くもんじゃないし」

 「そう言われるとそうですね。確かに近くにあっても行かないですよ」

 「それはいつでも行くことが出来るが故の傲おごりだよ」

 「…お前どこでそんな言葉覚えた?」

 「別に?」

 「なるほど島崎先生か」 

 「お前本当に隠し事通用しないな」

 「まぁな」


 本当にこいつの近くにいると調子が狂う。つかたまに怖い。あ、これも読まれているんだっけ。

 と、そんな話をしているとそろそろ家につく頃である。

 みんなで歩きながら話していると20分なんてあっという間だからね。すごい短く感じるよ。


 「さて、じゃあちょっと自転車置いてくるから先に入ってて」

 「あいよ」


 秋人に家のカギを渡し、俺は玄関から少し離れたところにある倉庫へ自転車を置きに行く。もはや見慣れたいつもの行為だ。動きも洗練されている。一切の無駄が無い。

 まぁ先に入っててとはいうものの、俺も自転車の処理が早すぎてみんなが家に入る前に追いついちゃうんだけどね。

 そんなこんなで玄関に4人で集まり、結局秋人に預けたカギを受け取り、俺がカギを開ける。そして俺達はいつものようにこう言うのだ。


 「ただいま」




なんか最終回みたいな表現だったが別に終わらないよ。


 「春也、何考えてんだ?」

 「あ、別に何でもないよ」

 「牧野―、ジュース無いのー?」

 「それなら冷蔵庫に…ってなんで梶お前人ん家の冷蔵庫勝手に開けようとしてんだよ」


 我が家に入ると流石勝手知ったる面々。靴を脱いでリビングへ入ろうものならそれぞれがそれぞれの行動に出る。

 秋人とアキちゃんはまぁ机出してきてくれたりといいんだが、問題は梶。アイツはすぐに家探しするから困る。例えば戸棚開けたり、冷蔵庫開けたり。


 「ん、なにこれ」

 「いや、だから勝手に家の冷蔵庫開けんなって」


 何回言えば分かるんだこいつは。というか今回はいつもと状況が違うだろうが。


 「ほら、梶に春也。いつまで夫婦めおと漫才まんざいやってるんだ。さっさと勉強するぞ」

 「だ、誰が夫婦めおとよ!?」


 おぉ、秋人への鋭いツッコミ。俺がやろうと思ったのに先を越されてしまった。やるなこいつ。


 「まぁまぁ陽夏ちゃん。その辺で」

 「…そうね。アキがそう言うなら」

 「おいそこ。さらっと家の主の俺を蔑ないがしろにするんじゃない」


 というか本当に今日はいつもとは違うだろう。


 「じゃあ春也、早速勉強するぞ」

 「そうですね。陽夏ちゃんもやりましょう」

 「「……」」


 二人して口を噤む。ついでと言わんばかりに目も逸らす。更に言えば体も逸らす。


 「「補修したいんですか(のか)」」

 「「勘弁願います」」


 そして二人ずつ異口同音に声を出す。なんだこれ。最初からなんか怪しい雰囲気を醸し出す我ら日常生活研究会。その実態は50%がクズで構成されていたのだった。


 「じゃあ春也、勉強道具を持って来い」


 あ、はい。わかりました。…というか梶は勉強道具あるのだろうか?普通に今日は授業もないし持っているとは思えない。


 「…まぁその辺は冬野が何とかするだろ。お前は人のことを心配するより自分のことを心配しろ」


 まぁ確かにそうだね。こうなると梶が勉強できない、つまり俺たちの勝ちだ。やった!

 そんな感じで我が家の勉強会は幕を開けたのだった。



 「じゃあ春也、この問題を解いてみろ」

 「……」


 そんなこんなで始まってしまった勉強会in牧野家。戦況は未だ不利であります。


 「なになに?二項定理か~、こんなのあったな~。なんだっけな~」

 「おう、早く解けよ。春也」

 「待って。なんでそんなに厳しい口調なの?あとお前これを俺がそんなに早く解けると思ってるの?」

 「うるせ、だってこれは数学の基礎的な部分だろう。これが出来ないってお前は去年何をしていたんだ」

 「昼寝?」

 「…そうか、悪い。俺が根本から間違っていたようだ。じゃあまずはこの問題を解いてみろ」

 「ん?(x+2y)²を展開?」

 「…まさかそれも解けないのか?」

 「…うん」

 「……」


 俺のこの言葉を最後にこの場に嫌な沈黙が流れる。あれ?だってこんなの去年習ったっけ?俺何一つ記憶にないんですけど。


 「これは中学校で習うはずの因数分解なんだが」

 「え?嘘、こんなの中学校で習うの?」

 「習ってるはずだし、入試でも使ったはずなんだけどな…」


 おかしい。本当に何一つ覚えていない。入試で使ったといわれれば確かにそんな感じの問題をやっていた記憶も無きにしも非ず。ぼんやりと脳内の片隅に浮遊してる感じがする。


 「覚えてないなら無理しなくていいからな」

 「はい、すいません。忘れてます」

 「はぁ…」


 深いため息一つをついて、その少し濁り始めた目をこちらに向け、何か決めたような顔になる。なんだ。


 「分かった」

 「え?なにが?」


 急すぎて頭が追い付かない。何がわかったんだ?


 「お前が去年の問題を何一つわかっていないということを…だ。まずは一番面倒な数学だ。今日一日で、お前に数学を叩き込んでやる」


 ………はい?いやいや何言ってんのこいつ。俺が一年やってきて無理だったものを今日一日でなんてそんな…


 「大丈夫だ、安心しろ春也。お前の去年一年は空白なんだ。きっと何も書かれていない白紙の状態なんだ。ならそれを俺が今から埋めればいい」

 「何言ってんのお前」


 ふと秋人の目を見るとどうにも据わっている。どうしちゃったんだ、こいつ。


「さぁ、行くぞ春也。お前の成績はこれから伸びるはずなんだ。というか伸びてくれ頼む」

「本当にどうしたお前」


 どうにもいつもの死んだ目から多少、いやかなりの量の生気を感じる。いや、これは違うな。只の焦りだ。全く、何が秋人をここまで追い込んでいるんだ?


「お前だよ!!!」


その怒りの声はとてもよく響き、どうやら家の庭にいた鳥たちが逃げていくレベルで大きかった。


 ★


「な、何かしら?」

「ほら、陽夏ちゃん。あなたはこっち」

「あ、うん」


 アキに促されて手元の問題集を見る。これはちょうどアキが持っていた英語の問題だ。

 本当によかった。アキが問題を持っててくれて。無駄な時間を牧野の家で過ごすところだった。

 しかし、あの普段は物静かな小見川が声を荒げるとは牧野よ。一体どんなことをしでかしたのだろう。

 どうやら牧野もあの一言で火がついたらしく、同じく小見川はひたすらに教えている。…というか聞こえてくる声が因数分解とか展開とかなんだけど。やばい。

 すっごく教えてほしい。

 だけど今、優先すべきは英語だ。私は本当に英語が出来ない。どのレベルかというと毎回追試を受けるくらい。そしてその追試も受からずに補修に行くまである。

 なんかねぇ、もうこれは分からない人しか分からないと思うんだけど、英語って一回分からなくなったらお終いだよね。私もいつから分からなくなったか忘れちゃったよ。

 ほら、この問題。三人称単数ってなによ。なんで英語の勉強に漢字出してくるのよ。しかも、英語の勉強で日本語がわからないってどうなの?私。英語は選択で取るようにしないときっと皆頭がパンクしちゃうと思うんだよねぇ。


 「あ、陽夏ちゃん。そこ違いますよ。bringの過去形はbringedじゃなくてbroughtです」

 「あ、そうなの?」


 英語といえばこの過去形とやら。これが本当に鬱陶しい。もっと簡単にならなかったものか?向こうの学生も絶対こんなの覚えてないでしょ?きっと感覚でやっているよ。Feelingだよ。Feedingだよ。あれ?それって餌付けだっけ?なんかで読んだような気がする。

 「陽夏ちゃん。Playはplaiedじゃなくてplayedでいいです。yはそのままでいいんですよ」


 プチっ、と私の中の何かが切れた音がした。


 「うがーーーっ!!!!」


 手に持っていたペンを放り投げ、頭をガリガリと引っ掻き回して叫ぶ。なにこれ!?もう嫌がらせでしょ!!。なんでこんなのやらなきゃいけないの!!?もっと他にやることあるでしょう!!


 「だいたいどうして私たち日本人がこんな英語なんて勉強しなくちゃいけないのよっ!!」


 怒りに任せ、体をグワングワン揺らしながら叫ぶ。大丈夫。近所迷惑にならない程度には抑えたはず。だが隣で勉強している牧野と小見川にはその怒りは届いたらしく、驚き半分、呆れ半分といった表情でこちらを見てくる。


 「陽夏ちゃん、そんなにイライラするのは分かりますが、ここで頑張らないと補修が待ってますよ?」


 ふと、亜紀のその言葉で我に返る。そうだ、このテストで赤点取ると特別設置クラスで補修なんだ。それだけは避けたい。


 「~~っ!……はぁ」


 軽く息を吐き、心を落ち着かせる。そうだ、怒って何になる。今はとにかくあのバカ牧野をぎゃふんと言わせられるような点数が取れるように頑張るんだ。


 「ごめんね、亜紀。続けてもらってもいい?」

 「えぇ、もちろんです」


 よし、ここからは集中して勉強しよう。私は筆箱から一本の使っていない鉛筆を取り出すと、その鉛筆を力いっぱいへし折った。

 ……これでストレスは解消だ。




「ん、もうこんな時間か。おい春也。その辺でいいぞ」

「ふはああぁぁあぁあ」


秋人の言葉とほぼ同時にペンを置き、深く息を吐く。肩の力を抜き、突くに突っ伏しそうになるがその先にはびっしりと自分の字が書きこまれたノートがあったので止めた。

…もうこんな文字列を至近距離で見たくない。

結局、今日では数学を全把握するなど到底かなわず、とにかく中学生の範囲を総復習することとなった。因数分解とかなにそれ懐かしい。


「お前本当に受験してうちの高校入ってるのか?」


隣で伸びをしていた秋人がふとそんな事を口にする。なんだこいつ。失礼だな。ちゃんと受験はした。忘れているだけだ。


「そんなに覚えてないもんかね…」


今回の数学のテスト範囲は大まかに“正の数、負の数”、“二次関数”、“三角比”、“確率”の四単元だ。うち、“正の数、負の数”と“二次関数”は因数分解が理解できていないと無理らしい。だからまずはそこから…らしいのだがこれ間に合うのかね?


「そこはお前の頑張り次第だろうな。まぁ一回使ってるはずだから数こなせばその内思い出すだろ」


そういうもんかね。


「入試で入ってるなら絶対に使ってるはずだし、うちはそれなりに点数取らないと入れないだろ?」

「でも俺たちの入試って数学エグい年だったじゃん」

「…あぁ、そういえばそうだったな」


言って思い出すが、俺達の入試の数学は酷かった。県下最高峰の高校を目指していた生徒があまりの出来なさに学校で泣き出したという記事が新聞に載ったのが印象的だった。その子はちゃんと受かったのだろうか。気になるところである。

更に言えば、入試から一週間した日の新聞に“高校入試数学難しすぎ”という見出しが載った。これを見ればいかに酷かったか一目瞭然だろう。因みに県の平均点は33点。ホントに入試?前年は5,60点くらいだったのに。

 そう考えると、俺の数学が壊滅的でも周りも壊滅してたから、なんやかんやで受かったのかもしれない。ありがとう。長野県教育委員会。


 「まぁもう7時だ。そろそろ女子組は帰した方がいいだろう」


 確かに、まだ4月なので肌寒いし、ただでさえうちの最寄り路線は本数が少ないのだ。そろそろ区切りのいい時間だし帰さないと親御さんにも迷惑がかかってしまう。


 「おーい梶、アキちゃん。そろそろ時間だ……ぞ?」


その時、俺が語尾を疑問形にしたのにはちゃんと意味があった。それは発した言葉が不適当だったんじゃないかとか、聞くこと自体に疑問を覚えたからではない。

 それはもっと単純で、平凡かつシンプルな理由だった。


 「陽夏ちゃ~ん、どうしました~?」

 「……」


 視線の先にあったのは、ダラダラと額から滝のように汗を流しながら、口角を不自然に釣り上げている梶と、俺が見たことがない影のある顔をしたアキちゃんだったのだから。

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