第2話 立ち飲み屋の職人たち

 2020/4/9 19:55 神奈川県川崎市・某所


 ここは立ち飲み屋の一角。

 と言っても、街外れにある古い酒屋だ。その酒屋の隅を陣取って、数人の男達が今、ビール缶を片手にたむろしていた。店主の用意した椅子の上には、店で売っているつまみ袋が口を開いて乗っている。さきイカが無惨にも床の上に散乱していた。

 これが昭和時代の零細企業従業員や、土木建築員などが伝承する、立ち飲み屋本来のスタイル。彼らは伝統を守り続ける伝承者であり、文化を絶やさないよう……などと解説している場合ではない。

 つまり簡単に言うなら、町工場の男ら六人が酒屋で会議を開いていた。

 彼らの表情はみな硬い。


「で、どうなんだよ、グッさんの容体は?」

「ギブス付けたまんま、病院から連れ出して、ホントに良かったのか?」

「でもあのまんま入院させとくわけにも、いかねぇべ? 奴らはしつけぇからなぁ」

「それもそうか。それにしても大宝寺の大先生と俺達で世紀の大事業をするはずだったのに。まさか大先生がおっちんじゃうとはよぉ……」


 すると初老の男が険しい表情を作って、


「いや……事故じゃなかったかもしれねーぞ」

「え!? それはどういう意味だよ、おやっさん」

「まあ、証拠はないから。だがこのままじゃ俺達の苦労は水の泡になりそうだな」


 そうだそうだと言うように、男たちは何度もうなずいた。


「でもよ、大先生は日本の、いや、世界の救世主だべ?」

「役人はみんな頭が硬いんだ」

「だったらどうするべ?」


 その言葉を受けて、おやっさんと呼ばれた男は、機械油が爪に残った手で、隣に立つ若者の肩をポンと叩いた。


「お前が行って、説明してこい」

「行けって、どこにですか?」


 いきなり指名された若者は、飲みかけていたビール缶から口を離し、うろたえながらそう言った。どことなく気弱そうな青年である。


「もちろん、大先生の息子んとこだ」

「きっと奴らが見張ってますよ」

「お前なら、友達のふりをして近付けるだろ?」

「そんな簡単には……」

「そこを何とかするのが男だべ?」

「そうだそうだ。大先生が拾ってくれなきゃ、お前、のたれ死んでたって言ってたじゃねーか?」


 周りにいた男たちも、口々に初老に加勢した。


「それはそうですけど……」

「例の件はまだ言うなよ。大先生の息子だからと言って、俺達の味方とは限らないからな」


 若者は困った表情のまま、持っていたビールを一気に飲み干した。

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