誰かの望む世界

鎌田純

第1話 気づいたもの

        1


「……またか」

 自分の部屋のベッドの上で、酷く疲れたように一言呟いた。

 神逆硝かみさかしょうの視線は、自身のスマホへと向いている。そのスマホの日付は、六月二日を表示している。

 ――もう何回目か覚えてねぇなぁ。

 何も事情を知らなければ、ただの何の変哲もない六月二日だ。春を過ぎ、その先にある夏を誘い込むように、太陽の光は徐々に温度を上げていく。日を重ねていく度に。

 しかし、この六月二日は普通ではない。普通ではないから、日を重ねない。日を重ねないから、徐々に太陽に温度が上がることもなく、夏が近づいてくることもない。

 神逆かみさかにとってこの六月二日は、百三十二回目だった。

 普通だったら精神状態に異常をきたし、自分を見失い、自らの命を絶ってもおかしくはないだろう。けれど神逆は人より冷めているため、精神に異常をきたすことはなかった。しかし、もうすでに何回も死んでいる身だった。それは自ら命を絶ったとか、そういうわけではない。確かにこんなループが続けば死にたくもなるが、けれどそれは勝手に叶えられるのだ。世界が殺してくれるから。

「……あぁ、めんどくせぇ」

六月三日を迎える手前で、殺人あるいは交通事故等様々な現象で死んでしまう。どこへ隠れていても、だ。家にいても、心臓麻痺で死んでしまう。だから自殺なんて意味が無いから、自らその命を絶ったことは一度もない。

そして死んだらこのようにベッドの上で目覚める。

――もう飽きてくるよなぁ。

息を吐きながら、その身体をベッドから起こす。

――今日もまた死ぬのか。

呆れたように頭をかき、いつものように洗面所で顔を洗うなど諸々済ませ、リビングのテーブルに置かれているいつもと変わらない朝ごはんを視界に入れる。

 それは朝からは少しヘビーな、肉が多めの朝食だった。それを見て思わずまたか、とため息を吐く。しかしそれも当たり前だ。今日は六月二日なのだから。六月二日の朝食は唐揚げとごはんとみそ汁と目玉焼きとウィンナー。唐揚げとウィンナーはスーパーで買ったお惣菜ではなく、母親が作ったものだ。母親と父親はこの家で弁当屋を営業している。だから朝から準備に追われ、一緒に朝ごはんを食べることはない。というより、起きてくる時間が遅いことに原因があるのだが。それについては自分で自覚があったが、直すつもりは毛頭なかった。少し冷めたごはんをつまみながら、なんとなく思う。

 ――六月一日の朝ごはんとか覚えてねぇなぁ。

 どうでもいいことを考えながら、五分経過中の朝食で早速膨れてきたお腹をさする。やはりこれは慣れない。朝からこのメニューはきつすぎる。しかし両親に言っても無駄なのだ。それは分かっていた。自分の言葉が反映されるのは、六月三日の朝食だ。ループから抜け出せていない状態でメニューに文句をつけても、欠片も意味が無いのだ。

 ――前の六月二日は学校行かなかったけなぁ。

 じゃあ今日はめんどくせぇけど学校行くかなぁ、と適当に朝食を片付ける。

 もちろん食べ切れるわけもなく、残ったものは冷蔵庫へと入れた。

「今日の夕食までさいなら」

 適当に言い捨てると、パタンと冷蔵庫を閉め、学校の制服で身を包む。

 季節は六月だが、ブレザーまで着ると流石に暑い。神逆はその辺を十分理解していたので、上は白ワイシャツのみ。

 視界に入った肉多めの弁当を学校指定のバッグに仕舞い込むと、大きなため息を吐く。

 別に学校に行く意味もないのだが、家で一日中ぼーっとするのも飽きてしまったのだ。家にいてもすることは限られるし、神逆は別にゲーマーでもなければアニメや漫画も持っていない。言うならつまらない人間なのだ。そしてそのことも自分で自覚していた。自覚してはいたが、直すつもりは毛頭なかった。

 だってこれが、自分の生き方なのだから。



       2



 学校へ向かう途中、様々な人間が行き交う。

 神逆の家は学校に割と近いため電車やバスを使わない。だから同じ道を遣えば、行き交う人間の会話を全て覚え、彼らに披露することが出来るだろう。しかし当たり前だがするわけもない。第一したところで何も面白くないし、何か良いことが起こるわけでもないだろう。六月二日が暇すぎて、一日中そんなことを考えたことがあった。心底くだらねぇ、と自分に何回もツッコんだことがある。それ自体もくだらない。




 教室へ着くと、神逆は目を瞑り眠っているふりをした。別に嫌がらせやいじめを受けているからとか、そういうわけではない。確かに友達はいないが、それは自分の生き方によって生まれた結果だ。それは自分の望むことであった。俺に近づくと危険だから近寄るな! みたいなカッコいい理由で遠ざかっているわけではないし、むしろものすごくダサい理由だ。自分でも思わず苦笑いを浮かべてしまうような、ださい理由。それは簡単だった。自分を守るため、ただそれだけだった。


 神逆は眠っているふりに徹底していたが、恐らく無駄だろうからと、大音量で音楽が流れるイヤホンを耳に差し込んだ。この瞬間周りとの世界がぶちぎれたように、彼らの声は聞こえなくなった。目を開けると、クラスの連中は楽しそうに会話を交わしている。けれど彼らの音が聞こえないので、ここだけ世界が違うみたいな、そんな錯覚を覚えてしまう。しかし自分と目が合いそうになれば目を逸らす。それぐらいには存在感があるらしいので、別世界の錯覚はほんの少ししか体験できなかった。


 だからもう一度眠っているふりをして彼女の無視に備える。

 席の位置は窓際で、朝の光が心地良く、このまま眠れそうだった……が、それは唐突に阻止された。肩を誰かに触られたのだ。けれどこの時点で察した。もう何回も繰り返されてる日だし、それにこの日以前からもやけに接触を図られた。やけに人懐っこいやつ。そんな程度の認識の、普通の女子だった。

 ――あぁ、めんどくせぇ。

 無視を貫く。普通の人間なら用がある以外確実に近づいてこないのに、こいつだけは違った。まるでこちらが飼い主であるかと錯覚するくらいに、アホな犬みたいな面して近づいてくる。フリスビーを投げれば喜んでとって来てくれそうな勢いだ。

「神逆おはよー!」

「……」

 大音量で音楽を聴いているので、彼女の声は聞こえない筈なのだが、しかし聞こえてしまう。何故なら息遣いを感じてしまう距離で彼女は言葉を発したからだ。

 けれど眠っているふりに徹底する。別に友達じゃないし、友達を作りたいわけじゃない。過去の経験を生かし、一人でいるだけだ。別に人が嫌いなわけでもないが、好きなわけでもない。言うなら、普通の人より、人との距離が大きく、普通の人より、人を信頼していないのだ。だから、性格は変わった。というか、こうなった原因が自分の性格を大きく変えた。傍からみれば、間違いなく不良だろう。

「おはよー!」

「るっせぇなぁ!!」

 唐突にイヤホンを外され耳元で挨拶の言葉を放たれた。そんな無邪気な挨拶に対する神逆の怒声は、クラスを沈黙させるまでには破壊力抜群だった。

 しかし彼女は無邪気に微笑んでいた。

 ――なんでこいつはこんなに空気が読めねぇんだよ。

 もちろん本気で言ったわけではない。ただ離れてほしいから言ったのだ。けれど、まるで本気で言ったわけじゃないということを察されてるみたいに、彼女は欠片も怯えることはしなかった。

「でも今の挨拶はちょっとうるさかったぞ」

 笑顔を崩さないままに言う彼女に対し、神逆は辛辣に言葉を返した。

「テメェに挨拶する日なんて一生来ねぇよ」

 こうやって、人と距離を空けてきたのだ。だから自分が屑だと自覚していた。

 けれど、彼女はなかなか離れない。

「それって酷くない!?」

 ちょっと拗ねたように言う彼女。夏音空なつねそら。顔立ちは少し幼さが残り、瞳は大きく可愛らしい。黒髪は顎の先端ラインまで伸びているが、そのままストレートに下に降りているのではなく、少しだけ内側にカールしていた。身長は神逆より小さい。

「酷いのはテメェの脳みそだろうが低能」

「低能って言う方が低能なんだぞ!」

「るっせぇ、一生近づくんじゃねぇ」

「嫌だ」

 そうやって一歩近づいてくる。

「努力を惜しまないのです」

 そんな夏音なつねに威嚇するように一度舌打ちをすると、悪役顔負けの笑みを浮かべていった。

「テメェとの心の距離は太陽が一億個あったって足んねぇよ」

 こちらは欠片も張り合ってるつもりはないのに、そんな煽りに負けるかー! みたいな勢いで夏音は言い返した。

「じゃあジェット機を装着して近づいちゃうからな!」

「そんなの途中で飽きて帰んだろ。つーか一生届かねぇ距離だからな」

「じゃあなまら速いジェット機を装着して」

 夏音の言葉を遮るように、「無駄だ」と言い放った。

 ――それに、こんなループがあったら、何が何でも届かねぇぞ。

 こんな会話はすでに何回も繰り返しているものだった。けれどそれを知っているのは神逆だけ。別に切なくもないが、彼女の努力は報われないだろう。

 ――あぁ、めんどくせぇ。

 露骨に面倒くさそうな表情を浮かべてため息を吐く。

 夏音の方を見てないが、恐らく少しばかり不機嫌な表情を浮かべているだろう。

 だからといって、別に彼女は神逆に好意があるわけではない。勝手にそう理解しているというわけでもない。ただ彼女を客観的に見たら、これらは優しさからの行動だろうと理解できる。しかし、彼女のことは別に信頼はしていない。というより、信頼している人間など一握りだ。その一握りは両親だが。信頼していたら、あんな暴言吐いて自分から遠ざけようとはしない。

「面倒臭いとか言うなしぃ!」

「言ってねぇだろ」

 彼女は音楽が好きなのだ。そして軽音楽部。神逆自身も音楽が好きだった。そんなことでいつもイヤホンを耳に差して一人でいる神逆だったのだが、それを見た夏音が神逆に興味を持ったのだろう。しかし他にも理由はある。それはやはり優しさだ。このクラスにはもう一人いつも一人でいる女子がいる。

「……」

 神逆はなんとなくその女子の席へと目を向ける。しかしその女子はどうやら休みらしかった。彼女がいる時は、夏音はそっちの方へも行き話しかける。夏音は一人でいる人間に話しかけているだけなのだ。まぁ、こちらからすればただの迷惑な話なのだが、彼女はそれを辞めるつもりはないらしい。

「早く離れろ」

 無駄だと分かってても、言わずにはいられない。最低限人から避けるのが、神逆の生き方だ。そうやって自分を守ってきた。

「神逆って不良なの?」

 唐突に質問をぶつけてきた。しかしループしているので、こんな質問が来るのは想定内だった。

「不良じゃねぇよ」

 髪を染めた理由は、舐められないためだった。

「じゃあただのぼっち?」

「別にぼっちでもねぇよ、ただ一人でいることを好むだけだ。まぁお前がぼっちだと思うならそれでいいんじゃねぇ? 俺の事なんてどうでもいいだろーが」

 自嘲気味に言う。

「どうでも良かったら話しかけてないし」

 言いながら、夏音はもう一人のぼっちの席を眺めた。

 そして首を傾げると、

「どうしたんだろうね、いつもは早く来るのに」

 心底不思議そうに彼女は言った。

「お前に話しかけられて嫌気が差したんだろ」

 何気なく言った一言だったが、彼女は少しばかり不安そうに「そうなのかなぁ」と言葉を零した。

 そんな夏音を横目で見ながら、神逆は机に突っ伏した。

「……」

過去に友達だと思っていた人間に裏切られた神逆は、当時とてつもないストレスを抱えた。そして、友達など作らなければ、裏切られることもないという結論を当時の神逆は導いた。

 だから周りからどんなに屑だと言われても、構わなかった。屑だと言ってくる人間が、大事な人間でなければ。

「じゃあさっきの話の続きをすると、なまら速いロケットなら届くかな?」

 ――あぁ、めんどくせぇ。

 夏音はどうやらまだ話を終わらせたくないみたいだった。全く、何を期待しているのか知らないが、彼女は変に負けず嫌いなのだろうか。

「そんなロケットじゃ何億年も届かねぇ」

「そうか~、ならスポーツカー!」

「一気に遅くなってんですが? バッカじゃねぇの」

 その後も会話は、少しばかり続いたが、その後は神逆が強制終了させた。もう一度耳にイヤホンを差し、眠ることに徹底したからだ。




 放課後、クラスの生徒会からとあるプリントが配られた。

 そのプリントは体育祭に関するもので、生徒会が企画する体育祭計画募集会議を知らせるものだった。生徒会の一員であるクラスメイトの水唯咲みずいさきは、教卓の前に立って、今配ったプリントについて説明するようだった。胸元まで伸びた黒髪に、綺麗と可愛いの中間のような整った顔立ち。

 彼女は息を大きく吸ってから、プリントについて説明を始めようと……、

「たっ! 体育祭募集ぅ……」

 したのだが第一声で声が裏返ってしまった。彼女はドジっ子属性を持ってるらしかった。

 けれど神逆は特に興味を示すことはなく眠そうに一つ欠伸を漏らす。

 周りの男子はそんな水唯を眺め、面白い顔をしていた。水唯は多くの男子に好かれているのだろう。周りの様子を見て容易く理解できる。だったら夏音も可愛らしい容姿をしているのだが、なんて考えてもみたが、性格が地雷なのだろうか。確かにうるさいし、第一自分自身興味を示していなかった。別に去勢されてるわけじゃないが。

「……ごほん」

 咳払いをして気を取り直した様子の水唯は、今度こそ! というような表情で口を動かした。

「この学校は今まで、体育祭を実行したことがないんです」

 そう言って、水唯は窓の方を眺める。そこにはグラウンドとは思えないほどの小さなグラウンドがあった。

「見れば分かる通り、グラウンドが小さすぎて、五十メートル走すらできるか怪しい大きさです」

 この学校の歴史は古く、何年か前に老朽化で使えなくなった旧校舎の代わりに、グラウンドの上に新校舎を作ったのだ。それによってグラウンドがとてつもなく小さくなってしまった。

 水唯は続けて、

「だから今まで体育祭の代わりに、体育館とあの小さなグラウンドを用いた球技大会しか開催できてませんでした」

 けれど、体育の授業の際は別のグラウンドを借りている。運動部と同様だ。けれどそのグラウンドはそんな近いわけでもないし、極端に遠いわけでもないが、しかし面倒くさい距離にあるのは確かだ。

「だから今回は体育祭を成功させたいと生徒会は考えています」

 水唯はその後説明を続け、この計画は生徒会主導で動いているということを知らせた。学園側はもし体育祭開催が決定したらその後の準備は協力してくれるようだった。冷たく感じるが、しかし企画したのは生徒会だ。仕方がない。

「だから、今配ったプリントに書かれている、体育祭企画募集会議で、どうすれば体育祭を開催できるか、意見を求めたいと思うので、参加できる方は是非よろしくお願いします! はい!」

 そう言って彼女は締めに深く頭を下げた。真面目すぎといったら真面目すぎだが、それが男子に受けるのかもしれない。おまけにドジっ子属性まで。

 ――別に興味ねぇし、俺には関係ねぇなぁ。

 もちろん、神逆は参加するつもりはなかった。というより、この不可解なループから抜け出せなければ不可能だろう。

「……ん?」

 と、隣の人間に肩を叩かれた。そちらの方を見ると、無邪気な笑みを浮かべる夏音がいた。神逆は第一回目の六月二日の時にすでに、隣にいる彼女が何を言いたいのか分かっていた。別に未来予知能力があるわけじゃないし、人の頭の中を覗ける能力があるわけでもない。ただの直感で分かってしまったのだ。彼女が何を言いたいのか。

「行こうぜ!」

 可愛らしい声で言うが、

「嫌に決まってんだろーが」

 無慈悲に断った。

 そんな神逆の即決に驚いたように、

「決断はや!?」

 目を大きく見開いて言った。

「優柔不断よりマシだろ」

「神逆ならアッと驚く案を出すと思ったのにぃ」

 神逆のいるクラスは一年のクラスだ。しかし先ほどの説明に驚く人間は少なかった。何故なら学校のパンフレットには体育祭についての件は書かれていたからだ。驚いたやつはしっかり見てこなかったやつだろう。もちろん、神逆はパンフレットなど真面目に見なかったが、しかし体育祭なんて欠片も興味がなかったので、驚くことは全くなかった。

「俺に何を期待してんだ。俺に期待すんなら虫に期待した方が有意義だろ」

自嘲気味に言うが、夏音は笑みを浮かべると「どっちにも期待してるからなー!」と無邪気に言った。

「俺だったら虫に期待するけどな」

 さらに自嘲すると、それ以降の彼女の言葉は無視し、その日の学校は終わった。



       3



「おかえり」

 母親が笑顔で出迎えてくれた。

 家は弁当屋を営業していて、配達サービスもある。だから必死に自転車をこいで、必死に弁当を届けるバイトをしていた。これでお小遣いはもらえるのだが、しかし特に欲しいものはないし、今日頑張ってもまた今日がやってくるので欠片も意味がない。けれどもぼーっとするのもやはり飽きる。

「へいへい」

 母親の言葉にいつも通り適当に返事をすると、そのまま自宅兼お店とは真逆の方向に身体を向かせた。そんな行動に母親は首をかしげ、

「どこに行くの?」

 と神逆に疑問を投げかけた。

 ――別にどっか行く目的があるわけじゃねぇけど。

 ただこのまま家に戻ってもすることはないし、夜まで死ぬのを待つのも何かと疲れる。

 だから適当に散歩をすることに決めた。

「散歩」

 あくびをしながら答えた。



 神逆は公園のベンチで身体を横にしていた。気を抜けばこのまま眠りにおち、気が付けばベッドの上で六月二日再スタート! みたいなストーリーも否定は出来ない。むしろその可能性が高い。唐突に天候が悪化して雷が直撃する可能性もあるし、深夜に歩き回る不良どもが原因不明の精神崩壊をおこし、何の脈略もなくそんな不良どもにリンチされて死亡という可能性も否定は出来ない。というより、それらは経験済みのストーリーだ。

 笑えねぇ、と神逆は空を仰ぐ。もうちょっとマシな死亡ストーリー考えろっての、と空にいるかもわからない神に向かって愚痴をこぼした。こうやって自身の死を軽く考えてしまっている辺り、もうすでに気が狂っているのかもしれない。

「……」

夕方のオレンジ色の光が眩しい。

公園では無邪気な子供たちが鬼ごっこをして遊んでいた。こうして彼らを眺めていると怪しさマックスだが別に気にしない。捕まってもどうせ死んで、六月二日という牢獄を再認識するだけなのだから。

「つまんねぇなぁ」

 誰にも聞こえないような声で呟き、なんとなくポケットにあるスマホを取り出した。

 このスマホは親との連絡やソシャゲにしか使わない。しかしゲーマーではないので、いちいちそのソシャゲにハマることはない。それに六月二日になれば今日頑張ったことが全てリセットされるので、まさに努力など報われないのだ。

「……」

 適当にニュースアプリを開き、今日あったことを確認した。別に政治とかに興味があるわけでもないし、何か気になるニュースがあるわけでもない。言うなら、やはりなんとなくなのだ。

「……は?」

 しかしそのなんとなくが、自身を驚かせた。六月二日にニュースアプリを開いたのは初の試みだったから、画面に羅列してある文字に驚きを隠せなかった。他人より冷めていることに自信がある神逆でも、開いた口が塞がらなかった。

「……冴月(さえげつ)が交通事故?」

 冴月とは、クラスメイトの冴月夜萌(さえげつよもえ)のことだ。特に仲が良いわけではないし、第一友達が誰一人としていないので極端に言えばただに知り合いにすぎない。話したことは一度もないし、特別な感情など一切欠片もない。けれどもやはり身近な人間が大きな事故を起こせば、それが例えただの知り合いであってもやはり驚いてしまう。

「……」

 そしてその冴月夜萌も、友達が誰一人としていなかった。他人から話しかけられても、自分から避け、時には暴言も吐く。不愛想に冷酷に。まるで自分を見ているような感覚もあったが、それ以上彼女に関心を抱くことはなかった。自分と同じ可哀そうなやつ、という風にしか認識していなかった。

「……ハハッ、鳥肌が立ったじゃねぇか」

 つまりは、冴月夜萌は百三十二回もトラックに轢かれていることになる。その後の彼女の結末は知らないが、それでも悲劇のヒロインという肩書を与えても誰も文句は言わないだろう。

 神逆は思った。自分なら、彼女を助けられる。そんな可能性を悟った時、神逆の体中に鳥肌が立ったのだ。

 まだ周りの子供たちは元気よく遊んでいる。しかし神逆は先ほどとは違い呑気ではなかった。久しぶりに別の感情を味わった。言葉では言い表せないが、しかしそれは決して良いものではなかった。

 神逆は空を睨みあげ、言った。

「これが、神のシナリオってやつか?」

 人と関わることを避ける人間が、似た者同士の人間を助ける。稚拙に表現するなら、なんか変な感じだった。

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誰かの望む世界 鎌田純 @stupid

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