第2話 持田さんとの出会い。

土曜の夕方。


散歩ついでの買い物から帰ってきて

我が家のドアを開ける。


「あ、おかえり~」

居間の床に派手な格好の女性が座っており

手鏡で化粧を施している。

家を間違ったかと思ったが、どう見ても自分の部屋だ。

そして、よくよく見ると女性の身体が透けて見える。

「あの…。まさか…」

「うん。そー。ユーレー。まあ、あんたの部屋だし入りなよ」

そういって、彼女は自分の足元の床をタンタンと即すように叩いた。

「まさか…。鈴木さんの…」

「うん。そー。ショーカイ。鈴木さんが、あんたがいい人だって言ってて。

 自分で幽霊には免疫できてるだろうから、大丈夫じゃね?って話でさ。

 ちょっと話聞いてよ」

いつから、ここは幽霊の相談所になったんだ。

玄関で固まったままだったことに気付き、靴を脱いで部屋に入る。

キッチンに買い物袋をおき、ソファへと座る。

床に座った彼女は近くで見ると、綺麗な風貌をしていた。

「わたし、元キャバ嬢でさ。薬飲んで自殺したの。だから、鈴木さんみたいに

 血まみれじゃないし、苦しく死にたくなかったから苦悶の表情でもないでしょ。

 結構、自慢なんだよ(笑)」

なんの自慢だろう。でも、自殺だという話を聞いてしまい、なにもツッコめない。

「でさ。あんたにちょっとお願いしたいことが…」

「あの…。お願いって言われましても…。なにもお力になれることはないかと…」

先にお断りをやんわりと伝えておかないといけない。

このまま流されていくとなにが起こってしまうのか、たまったもんじゃない。

「どこまで鈴木さんと話しているかわかんないけど、幽霊って、あんたたちのモノを

 通り抜けちゃうんだよ。だから、壁とかは通り抜けられるんだけど

 モノを持ち上げたり、触ったりはできないのね」

それは鈴木さんも言っていた。

だから、自分でビデオを手に入れて、再生してっていうことはできず

誰かが見ているもの、どこかで上映しているものを見るしかない、と。

「で、まあ死んだことに心残りはないんだけど。一個だけ気になっていることがあっ

 てさ。話聞いてよ。私の実家にアルバムがあって。そのなかに家族宛ての遺書を入

 れたんだけど、まだ気づかれていないんだよね。できれば、早く見て欲しくて。

 なんとかならない?」

「なんとかならない…って言われても…。

 ご実家を知らないですし、どうやってそれを伝えれば…。

 あ、ご家族の夢枕に立つとかどうですか? 幽霊となって伝えるとか」

「それ、何度か試してみたんだけど、うちって心霊現象とか信じすぎちゃう人で、

 言葉を聞かないどころか成仏して欲しいとか滅するレベルで祈られるのよ。

 滅しないけどさ(笑)」

もはや、どこまでなにが面白いのかわからない。

「まあ、実際んトコさ。自殺した人が夢枕に立ったら未練があるとか

 そういう風に思われちゃうよね。それで、あんま私が出ていっても

 逆効果かなって鈴木さんに相談してたら、あんたの話が出てきたわけ」

無責任すぎる。

「で、わたしの実家は都内だし。私の友達だったってことでいいよ。そうすれば線香

 あげるくらいはさせてくれて、家に入れると思う。あ、別に家族を騙してるって思

 わないで。ほら、もうこうしてあんたの家にいるってことは友達みたいなもんだ

 し。あ、わたしは持田。持田佳枝よしえ。よろしくね!」

「そういうことなら、本当にお友達にお願いしたほうが早い気がしますけども…」

「いやいや! だって、あなたの友達が自殺してさ。目の前に出てきてごらんよ。マ

 ジびびっるっしょ? 知り合いだから難しいこともあるじゃん。あんたくらいがち

 ょうどいいの。いまから住所いうから…。はい、メモって。」

そう言われ、しぶしぶと、僕はメモをし始めた。


次の日。

僕は練馬の住宅街にいた。

目の前にある家は築20年くらいだろうか。

一軒家があり、囲うコンクリートブロックの塀には

手入れが雑なプランターが掛かっている。

大きくため息をつき、呼び鈴を鳴らす。

日曜の午後だ。

持田家の家族全員が留守であることを願いつつ…。


「はい」


しばらくして、インターホンから男性の声がする

「あ、あの…。わたくし、佳枝さんの友人でして…」

インターホン越しにも、なんとも言えない空気が伝わる。

「佳枝さんの、ことを…あの…。知らなくて…。お線香を…」

頭の中で整理していたものの、やはり言いづらさや

「本人」にあっていることや、今日やらなければいけないことなどが

ごちゃ混ぜになって、タドタドしさが言葉に出てしまう。

プツリとインターホンが途切れる音がする。

機嫌を損ねてしまったのだろうか。心拍数があがったまま玄関をみつめる。

本当は10秒くらいなのだろうが、しばらくして玄関の鍵をあける音が聞こえ

やや小太り気味の60歳くらいの男性が顔を出した。

僕は頭を下げ、「はじめまして」と伝えた。


通された仏間には、彼女の写真があった。

本当に亡くなっている人物なのだ、と改めて痛感する。

亡くなっているという事実を前に、幽霊としての本人にあっている不思議さと

なにか、胸を締め付けるものを感じる。

「佳枝の、お友達なんですね。父です。このたびは、わざわざ…」

訥々と話しだすお父さんに目を合わしづらい。

「あ、いえ。こちらこそ、最近、彼女のことを知りまして…」

嘘は言っていない。日本語はなんと便利なのだろう。

「うちでも、本当に突然のことで…」

「はい。僕にも突然のことでして…。それでは、お線香を…」

蝋燭に火が点った仏壇に線香をあげ、手を合わせる。

なんとも言えない空気がただようなか、お父さんのほうへと視線と身体を向ける。

「佳枝とは、どのようなお友達だったんですか。お恥ずかしい話ですが

 家では、あまりお友達のことなど話さないものでしたので…」

「最近、知り合いまして。なので連絡先なども知らなかったので…」

「そうですか。佳枝が死んでから、もう一ヶ月くらいになりますかね。

 慣れてきたって言ったら変なんでしょうけども。

 ようやく、受け入れてきたと言いますか…」

目を落として話すお父さんにかける言葉もない。

「うちは、早くに母親を亡くしましたんで。どうも、こう…。

 佳枝の気持ちとかわからない部分もあったのかな、とか。やはり、私も思っており

 まして…。佳枝の妹もね、いますが仕事の都合で地方で一人暮らしなんですよ」

「そうですか…」

彼女の言っている「うちの家」とは、このお父さんのことで

彼女は自殺を選んだとはいえ、父親のことを気にしていたのだ。

「あの、佳枝さんと趣味が一緒でして。できれば、佳枝さんの手がけたものを見てみたいなと思っているのですが、可能でしょうか?」

これは彼女が言っていたことを元に話をしている。彼女はコスプレと裁縫が趣味で

自分が着る衣装を自分で作るのが楽しかったと言っていた。

30歳の男性が、そんなことを言うのもナニだが、彼女の部屋のアルバムにたどり着くには良い理由付けだとは思う。

「佳枝の部屋には、まったく入っていないんですが、せっかく来ていただいて、趣味

 の合うお友達ということであれば見てあげてください…」


2階へとあがる階段をのぼり、突き当りの部屋のドアノブにお父さんが手をかける。

少し勢いをつけるようにあけた扉から、ふわっと「彼女の部屋の匂い」が流れてくる。こもっていたものが解き放たれたかのような匂いだ。

部屋は白とピンクに統一されていて、中央のテーブルにはミシンがあり

壁際のトルソーには見覚えがあるキャラクターの衣装が飾ってある。

あれを生前の彼女が着ていたし、着ようとしていたのだ。

お父さんは部屋の外に立っている。

「どうぞ、よければ見てください」

その言葉に後押しされるように

言われた場所にあるアルバムを探す。

黒いプラスチック製のアルバムはすぐに見つけられることができたが

その横にある漫画やイラスト集にも目がいってしまう。

生前の彼女が好きだったもの、はこういうものだったのだ。

「この、アルバム。見させていただきますね」

返答を待つ前に取り出し、めくり始める。

コミケだろうか。コスプレをしている彼女がいる。

そして、飲み会の彼女。

どれも楽しそうで、人生も趣味も満喫しているように見える。

「なぜ」という気持ちが湧いてくるが、いまは自分の感情ではない。

後半に差し掛かったところに小さな封筒が入っていた。

赤いボールペンの手書きの文字。


パパへ


見つけた。彼女が言っていたものはこれだ。

「あの、すみません。ここに封筒が」

お父さんは、我を忘れたように部屋へと入ってきて封筒を手に取る。

「こんなところに…」

一言だけ、そう言い。封筒を見つめている。

「でも、見つかってよかったですね。僕も、この部屋をみて、なにか安心しました。

 ありがとうございます。良い思い出となりました」

頭を下げ、そろそろ帰ることを告げ、お父さんを見つめる。

お父さんは、封筒を大事にそうに持ち、玄関まで見送ってくれた。


持田家が見えなくなるくらいまで歩をすすめると

どっと緊張感が解け、自分でも思ってみなかったほどの

大きなため息が出た。

「ありがとねー」

横から、彼女の声がした。

「いたの!?」

「うん。ずっと見てたよー。まあ、うん。死んだことに後悔はないって言ったけど。

 パパにはごめんねって思うのはあるかな。

 わたしも久しぶりに自分の部屋を見たよ」

声だけが僕に聞こえる。

「でも、あの手紙に全部書いたから。それを信じてくれるといいな。勘違いされるの

 も嫌だし、パパが悪いわけではぜんぜんないしね」

「とりあえず、頼まれたことはやったけど…」

「あんま喋っているのを人に見られないようにね。独り言を言ってるアブない人に思

 われるよ(笑)。なんか、お返しは考えとく。今日はありがと。またねー!」

はたして、彼女が本当に僕の横から消えたのかはわからない。

そして、彼女に対して「なぜ」と思ったことも聞くわけにもいかない。

もう、時間を巻き戻すことも、それを聞いたところで僕には何もできないからだ。


こうして、僕は持田さんという幽霊とも知り合うこととなった。


2016年3月13日



















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366日。 @geist

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