断罪の聖光剣 (断罪のホーリーブレイド) 

かめつる

prologue

 少女は真っ白なベッドの上で眠っている。その空間はゆっくりと、時が流れている。その流れに乗るように、少女の瞼がゆっくりと開かれる。雪のような白銀の髪と、汚れのない透き通った白い肌は、神秘的に感じられるが、どこか冷たい。瞳はサファイアのような美しい青色をしていた。


 少女の命はそう長くはなかった。


 「ラミア」


 少女の名を呼んだのは、少女のすぐ隣に座る少年だった。歳はラミアよりも少し上。ラミアと同じ白銀の髪色をしている。美しい瞳の色も同じだ。

 

 少年はラミアの頬を優しく撫でた。頬はとても冷たい。それは触れれば溶けてしまう雪のようだ。


 「あったかいね。お兄ちゃんの手」


 ラミアは少年の手に自分の手を重ねた。握ったら折れてしまうような細々とした指。微かにラミアの手は震えていた。


 「お兄ちゃん。ごめんね」


 口元を震わせながらラミアは自分の心の奥底にしまいこんでいた想いをゆっくりと吐き出した。


 「なんでお前が謝るんだよ」

 

 少年は無理に口を釣り上げ半笑いをした。自分はなんともない。お前のことを恨んだことなんてないって必死に明るい表情を作ってラミアを安心させようとしている。それでも、ラミアと視線が合うたびに、ラミアの今にも泣き出しそうな表情に、今にも気持ちが緩んでしまいそうで必死にこらえた。


 「私がもっと体が丈夫だったら。魔法もちゃんと使えたら。私何もできないから。全部お兄ちゃんが背負ってる」


 「父上の亡き後を継承するのは俺だ。今の務めは俺に課せられた責務だ。お前が思い悩むことなんて何もないよ」


 ラミアの瞳から一筋の雫が白いベッドの枕へ落ちた。白い布は、そこだけ小さな灰色の斑点を作った。


 「それでも。私はお兄ちゃんに守られてばっかり。お兄ちゃんを守ってあげることができないのが、辛い」


 枕のシミはどんどん大きくなっていった。ラミアから涙が溢れていく。少年はもう堪えることができなかった。腿の上で固く握りしめている少年の拳の上に、大粒の雫がポタポタと落ちていく。今まで我慢していた分、その雫はとても大きく、一瞬で少年の拳は涙で濡れてしまった。


 「大丈夫だって」


 少年は自分に言い聞かせるように呟いた。乱暴に腕で目を擦った。充血した少年の目は、ラミアをまっすぐに見つめる。何かを覚悟した目だった。


 ラミアは少年の真っ直ぐな瞳を見ると、自然と自分の涙が止まっていることに気づいた。さっきまでの心の荒ぶりも収まっている。少年には不思議な力がある。ラミアは改めてそう思った。


 ラミアは何度も自分の境遇を憂い、将来への不安で押し潰されそうになってきた。そんな時、いつも少年の姿があった。そしていつも、何の根拠もない言葉を少年は口にするのだ。


 「大丈夫だって!」


 どんなに絶望的な状況にあろうと、少年は根拠のない言葉を口にする。とても自信たっぷりに、とても明るく。そんな少年を見ていると、不思議と今までの不安がすべて消えてしまうのだった。


 「ありがとう」


 ラミアは少年ににっこり微笑むと、ゆっくりと瞼を閉じていった。時間がゆっくりと流れている。時の流れは、ラミアを夢の世界へ運んでいく。ねむっているラミアの表情はとても穏やかで、不安の色は一切ない。一体どんな夢を見ているのだろうか。きっと、夢の中でも少年と一緒にいるに違いない。


 

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