最強魔術師は平凡な日常のために本気出す

MPG

第1話 怪物なんていなかった、いいね?

 天使、悪魔、幽霊、妖怪それは空想上のものではない。ごく自然に存在する。気まぐれに福音を授け、きまぐれに破滅を呼ぶ。だが、そういった超常的な存在は世界のバランスを大きく崩すため、そうならないよう調整する者たちがいる。


 そのものたちは「魔術師」と呼ばれている。


 そして、本日も俺の通学路の途中で、同じ学校に通う女子高校生を破滅に陥れようとする異形の物がいた。ヘドロのようにくすんだ緑の肌に、頭髪は細かくちぢれていて、二本の角が生え、金棒を持った二メートルを超える大男の姿をしている。口に牙が生え、指に鋭い爪があり、腰布をつけている、いわゆる”鬼”というやつだ。


 「きゃー!!!!!!!」


 女子高生は、突如として目の前に現れた怪物に尻もちをついて叫び声をあげる。スカートからチラリと下着がのぞく。ピンクだ。大きな叫び声にもかかわらず、誰も駆けつけることもなく、周りに動くものがある気配もない。


 恐怖に腰が抜けてしまったのか、走って逃げることも叶わず、大粒の涙を流し、必死に後退りながら、「助けて、助けて」と命乞いをしている。だが、鬼はその様子を意に介すこともなく、ゆっくりと近づいていき、金棒を振り上げ、振り下ろす。


 「やれやれ、またか。いつも俺の邪魔をしてくれる。」


 俺は呆れた顔で眼鏡をクイッと上げると、鬼に向かって手をかざし、魔力を集中させると、手のひらサイズの太陽なような球を打ち出す。


 魔力とは目に見えない精神的なエネルギーだ。空気中に漂っていたり、知性を持つものであれば体内に内容していたりする。その魔力を操り、超常的な存在と戦ったり、調整を行ったりする「魔術師」だけど、俺もその一人だ。


 まるで砲弾ようなスピードで放たれた魔力の球は、鬼が避ける間もなく、直撃して消し飛ばしてしまった。


 俺が彼女に近づくと、スカートの下には大きな水たまりができている。うん、これ以上はなにも言うまい。どこか上の空で何が起こったのか分からず、呆然としてしまっているらしい。


 「大丈夫ですか?」

 「きゃー!!!!!!!!!」


 女子高生は突然声掛けられ、先ほど光景を思い出し、再度叫び声をあげ、恐慌状態になってしまったようだ。


 「お、落ち着いて!ほら見て?君と同じ制服、わかる?」


 俺は彼女を落ち着かせるために、彼女の前にしゃがんで自分の制服を見せる。すると、自分が助かったことを理解したのか、俺に抱き着いて、泣き出してしまった。


 まぁ一般人がこんな物に遭遇したらこんなもんだよな。


 女の子の甘い香りではなく、ちょっと酸っぱい香りが鼻につくが、それでも女の子特有の柔らかな感触を堪能できるのは役得といったところか。不謹慎だけど。


 俺はいつものように処理を行う。彼女をなだめながら、まずは指をぱちんと鳴らすと、彼女のおもら……げふんげふん……彼女の下の水たまりと服が乾き、臭いもなくなる。浄化魔法だ。


 ふふふ、これでこれで女の子の甘い香りも堪能できるぜ!

 スーハ―スーハ―、エクセレント!!!

 俺も健全な男子高校生なのだ。


 彼女の背中をトントンと一定のリズムでたたきながら、彼女が落ち着くのを待つ。なかなか胸が大きく、押し当てられる感触はいつもながら最高である。


おっといけない俺がいつも堪能しているみたいじゃない。

そんなわけないだろ。


 落ち着いたところで再度指をパチンと鳴らして、鬼と遭遇し、俺に助けられるまでの記憶を消去して、立ち上がらせる。時間は八時。まだ学校には間に合う時間だ。


 彼女は何事もなかったように学校に向かって歩き始める。俺は彼女の温もりを名残惜しみながら、その背を見送り、自分も歩き始めた。すると、先程まで周りに人などいなかったはずなのに、突然周りに人が現れる。


 妖怪など超常的な存在と遭遇する時は、まるで位相がズレているかのような人の存在しない世界に迷い込んでしまうのだ。周りに人がいるということは現実の世界へと戻ってきたということ。これで一件落着だ。


 十分ほど歩くと、俺が春から通っている山中高等学校が見えてくる。何の変哲もない普通の公立高校だ。


 「事勿主義(ことなかれかずよし)」

 「はい」


 朝のホームルームで担任教師である、晴耕雨読に名前を呼ばれて俺は返事をする。


 晴耕雨読(せいこううどく)は人畜無害を絵に描いたような三十台後半の男性教諭である。いつも笑顔を絶やさず、厳しいことも優しく言ってくれて、生徒からの人気もそれなりにある。


 今は十月に入り、仲のいいグループが完全に出来上がっていた。俺はというと、例外を除いてクラスでは基本ボッチだ。しかし、それでいい。ほんの数人の友人と家族を除いて、他人と関わるのは凄く苦手だ。


 見た目、成績、運動全てが平凡で、非常に影が薄くいてもいなくても気にされない、そんな風に揶揄されているのを聞いたことがある。それは間違っていない。俺が目指しているのはまさしくそんな生徒だからだ。


 昔から目立つのが嫌いだった。だから常に目立たないように生きてきた。委員会や何かの仕事を任されそうな時は、魔法を使っていつも以上に影を薄くしているほどだ。だが、「魔術師」の世界では残念ながら気づいたら目立ったしまった。


 表の世界が何事もないように動けば動くほど、「魔術師」の世界ではどんどん有名になってしまうのだ。できれば「魔術師」の世界でも目立ちたくなかった。不可抗力だ。なぜなら、家族と友人がやたらと超常的な存在に巻き込まれるのだ。


 俺自身、周りの人間が何かにとりつかれているのではないかと疑ったほどだ。しかし何の形跡もなかった。偶然大切な人ばかりが巻き込まれ、それを解決しているうちに、いつしか最強と呼ばれるようになってしまった。


 そのせいで毎日のように裏の世界の仕事に駆り出されるのだ。そして今日も学校が終わりメールを確認すると、仕事の依頼メールが山ほど届いている。


「しょうがない。今日も行きますか。」


 そう独り言ちると、超常現象を解決するために俺は歩を踏み出した。

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