2014/9/19 Fri. - 2

「銀くん!」


 だが、銀路を呼ぶ声があった。


 大股でズカズカとやってくるのは、長身の黒髪美女。


 銀縁眼鏡のお堅い印象と、乱暴な足取りに柔らかく豊満な胸がことさらに揺れる様が合わさると、どこか滑稽に見える。


「藍華姉……どうして?」


 勿論それは、藍華だった。


「いや、やっぱり気になってね。銀くんが興味を持ったのがどんな子か、お姉さんとしてはしっかり見ておかないといけないといけないからな。だから、生徒会の仕事を気合いで早めに片づけて様子を見にきたんだ」


 そうして、銀路の隣に立つと、


「ほぉ。銀くんが興味を持つだけあって、中々、いや、すんごく可愛いじゃないか……」


 魔女の姿を見て、そんな感想を漏らす。


 銀路も可愛いとは思っていたが、客観的に別の人間の評価を得たことで、改めてゲームセンターの魔女の可愛さを認識し直す。


 一方で、可愛いと言われた当人は藍華の登場に態度を硬化させていた。


「不愉快ね」


 藍華の言葉に、吐き捨てるように応じる。


「なんだ……どうして、そんなに機嫌が悪いんだ? 可愛い顔が台なしだぞ?」


 唐突に向けられた悪意に、藍華は辟易としていた。


「そう。鈍い鈍いとは思ってたけど、ここまでとはね」


 藍華の反応は一切無視し、魔女は銀路へ向けて冷たい声を発する。


「わたしのこと、ほ……そのお姉さんに喋ったのね」

「え、そ、それは……」


 何か言いわけしようとするが、言葉が出てこない。


「彼女は、わたしの存在を知っていた。それはつまり、貴方がわたしのことを彼女に喋ったということ、違うかしら?」

「それは、そうだけど」

「なら、このイレギュラーは貴方の責任ね」


 バッサリと断言される。


「パターン通りが大好きで安心すると言ったでしょう? なのに貴方は、よりによってこの人をわたしの前に呼び寄せるというとんでもないイレギュラーを引き起こした」


 銀路を咎める視線の圧力。


 あの笑顔からはほど遠い、冷淡で厳しくて、どこか悲しい、負の光を称えた赤いアンダーリムの奥の瞳。


「それは……」


 言い返そうとしたが、魔女の言う通りだ。

 この状況を自分が招いたのは揺るがぬ事実。


 今更ながら、後悔する。


 昨日ゲーセンの前で藍華と出会したときに、ゲームをしなかったなんて素直に言わなければよかったのだ。あの返答で藍華に詮索された結果、興味を持たせてしまったのだから。


 銀路は己の決定的なミスを分析して悟り、言葉をなくしてしまう。


「本当に、貴方はギャルゲーの主人公ね。解り易い。期待を裏切らない……そういう意味では安心な存在だったのに……残念よ」


 全てが過去のことだというように告げられた言葉が、銀路の胸に刺さる。


 痛い。

 だけど、仕方ない。

 受け入れるしかない。


 選択肢のミスは取り返せない。

 バッドエンディングへのフラグは覆らない。


「あ、あのさ、なら、あたしも仲間に入れてくれればイレギュラーじゃなくなるんじゃ……」


 魔女が発する負の感情にすっかり怯みながら、弱気に藍華が言う。


「いやよ。そもそも、わたしは貴女が大嫌いなのよ!」


 だが、感情的に告げられた魔女の返答は辛辣だった。


「え……」


 露骨な悪意にショックを受ける藍華を放置し、ゲームセンターの魔女は不機嫌さを隠さずに二人の前を通りすぎる。


 最後に。


「もう、終わりにしましょう。フラグは折れたわ。わたしは、もう二度とこの場には現れない」

「ま、待ってくれ! せっかく……」


 仲良くなれそうだったのに。


 銀路にその言葉を発することを許さず、ゲームセンターの魔女は階下へと続くエスカレーターを乱暴な足取りで駆け下りてしまった。


 銀路が思わず伸ばした手は、何も掴むことなく下ろされる。


 衝動的に追い駆けようとしたが、


「大嫌い、か」


 隣から、力ない声が聞こえて立ち止まる。


 藍華が目に見えて萎れていた。

 豪放磊落な彼女ではあるが、一方で明確な悪意を向けられるのは苦手なのである。


 だからこそ、気合いで己を強く保ち、頼れる存在としてアピールしている。

 身近で育った銀路は、それをよく知っている。

 だから、


「あ、あのさ、俺は嫌ったりしないから、気を落とさないでよ」


 藍華の手を取って、不器用に慰める。


「……ありがとう」


 弱々しくも、嬉しそうに笑う藍華。


 豪快な彼女の可憐な側面にドキリとさせられる。

 身近すぎて見えていなかったものが、急に見えてきた気がした。


「うん、あの子に嫌われたのは悲しいけど、銀くんがいるからね」


 そうして、両頬をパチンと叩いて気合いを入れる。


「よっしゃ! 気晴らしに、何かやろう!」


 言って、辺りを見回して、


「うん、やっぱりあれだな」


 藍華は『レイディアントシルバーガン』から少し離れた所にあった『怒首領蜂 大往生 ブラックレーベル』へと向かって歩き出す。『怒首領蜂』の続編だ。


 銀色の硬貨を投入。プレイ開始。


 スーパープレイというか、「パターン? 何それ美味しいの?」と言わんばかりの気合いだけで押し通す豪快なプレイ。


 あの魔女とはまったく対極の、ありのままを受け入れて臨機応変に対応するアドリブ満載なスタイル。


「これで、倒しちゃうんだよなぁ」


 難なく火蜂の後継である真ボスの緋蜂ひばちをワンコインで倒して、ネームエントリーでIKAと入れる。『烏賊IKA』ではなく、『I《あい》KA《か》』ということだ。


「あっはっは。まぁ、楽なルート選んだしね」


 言葉通り、藍華がプレイしていたのは通常二周しないと現れない真ボスの緋蜂が一周で現れるモードだった。それでも、緋蜂撃破が高難易度であることは変わらない。


「やっぱり凄いな、藍華姉は」

「あっはっは」


 すっかり立ち直って磊落に笑む。

 ふいに見せる弱気な可憐さもいいが、こうして豪快に笑っている方がらしくていい。


 結局、ゲームセンターの魔女との出会いは、藍華の魅力に改めて気づくための舞台装置だったのかも知れない。


 ギャルゲーをフラグ操作で考える銀路の思考パターンは、そういう残念な分析を行っていた。


 勿論、その残念さに、本人はまったく気づきはしない。

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