2014/9/18 Thu. - 1
翌朝。
「おはよう」
「おはよう」
乃々の挨拶に、銀路はさらりと挨拶を返す。
「今日は流石に驚かないのね」
「もう、何度も試行錯誤したからな」
「なら、もういいわ」
短い会話を交わしたところで、それ以上の言葉はない。
でも、そんな乃々とのコミュニケーションにも、すっかり銀路は馴染んでいた。
そのまま何事もなく放課後を迎え、銀路はゲームセンターへと向かう。
まずは、いつも通りに笑顔で筐体へ向かう魔女を遠目に鑑賞して心を潤す。
脳内のシミュレーションも万全だ。
いよいよ、彼女がネームエントリーを終える時が来た。
昨日の爆死と同じところでやられてはいられない。
『レイディアントシルバーガン』の筐体へと歩み寄る。
右足と右手が同時に出ているのはご愛嬌。
魔女は、ぎこちなくやってくる銀路の到来を待ってくれていた。
向き合い、何度か深呼吸して、
「え、えっと、なんで、毎日、そのゲーム、してるの?」
何とか、言葉にすることができた。
『OOO』のことを聞くつもりでいたが、シミュレーションしている間に、そちらを確認するのが先だと思ったのだ。
「このゲームが好きだからよ」
シンプルな回答だった。
これでは、話がすぐに終わってしまう。
何か言わないと。
ここで爆死は情けない。
無我夢中の嘘避けのように、銀路は言葉を繋ぐ。
「あ、だ、だけど、このゲーム凄い難易度が高いのに、よくコンスタントにクリアするよね。凄いと、思うよ」
「あら、ありがとう」
ポーカーフェイスだが、素直な賛辞を受け入れてくれる。
好感触だ。
「よっしゃ!」
思わず、拳を握って声が出る。
「わたしの反応が嬉しかったのかもしれないけど、そういうのは当人に見えないところでやるべきよ」
心底呆れたように魔女は言う。
銀路は恥ずかしくなり、拳を下ろして頭を掻いて誤魔化す。頬も熱い。
なんだか寂しいような哀しいような強ばったような、それでいて瞳の色は決して暗くない複雑な表情を浮かべながら、魔女は銀路をしばし見つめ、言葉を続ける。
「それで、話を戻すけど、このゲームは可能な限りランダム性が排除されているの。だからパターンを構築してなぞっている限り、イレギュラーは起きないのよ。勿論、パターンの構築までは大変だけど、一度構築すればコンスタントにクリアできるようになる、そういうゲームなのよ」
「ああ、なるほど」
大いに納得した。
しかもそれは、古き良きゲームを愛する銀路には非常になじみのある考え方だった。
努力と根性で試行錯誤。
その効果が最も現れるのはパターン性の強いゲームなのだから。
正に、現在魔女に対して銀路が行っているのも、似たようなことだ。
結果が伴っているかはともかくとして。
「わたしは、パターンを構築して、その通りになぞるのが大好きなの。裏切らない安心感があるから。色んなゲームをプレイしてみたけど、そんな安心感を最大限に味わえるのが、この『レイディアントシルバーガン』だった。だから、このゲームはわたしにとって最大の癒やしなのよ」
愛おしそうに、『レイディアント・シルバーガン』の筐体を一撫でした。
ゲームが癒し。
ゲームを立ち向かうべきものとする銀路とは性質を異にするが、ゲームへの深い思い入れにはやはり己に通じるものを感じる。
「……」
そこで、言葉が途切れてしまう。
話を繋ごうと、今度こそOOOのことを尋ねようとしたのだが、
「ところで、まだ何も気づかないのかしら?」
ふいに魔女が問いかけてきた。
「え、何に?」
銀路の素直な言葉に、また魔女は露骨に呆れた表情を浮かべる。
「貴方は、ギャルゲーの主人公みたいね。鈍感でお約束通りの反応……でも、それはそれで、イレギュラーが大嫌いなわたしには、安心できるわ」
最後にそんな思わせぶりな言葉を残して、少女は去って行った。
ようやく彼女と会話らしい会話ができた。
昨日の内にお膳立てをされてのものではあるが、イベントの発生は事実。
これは、五度目にして爆死は回避、とみなしてよいだろう。
それに、最後の思わせぶりな言葉も気になるが、少なくとも銀路のことを好意的に見てくれていることは感じられる言葉だった。
結果を総括するなら、残機もボムも失い、スコアも惨憺たるもの。
だけど、何とかステージはクリアした、といったところか。
それでも、クリアはクリアだ。
「よっしゃ!」
今は、魔女の目は届かない。
咎められることもなく、小さくガッツポーズをする。
そうして銀路は『レイディアントシルバーガン』の筐体前を離れ、ゲームセンターを後にした。
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