僕の疑問

早音芽

僕の疑問

 何かがわからないと唐突に気になりだして止まらなくて止まらなくて……このストレスがシナプスを刺激して僕の視界を狭めていく。ひとつのことにしか集中できなくなっていく。

 僕を救うのは何か。何でもない、そう。何でもない何かなんだ。


 朝になれば目が覚める。人間の根幹に植え付けられた習性。僕も例に漏れることなくその習性を守っているのだけれど、そんな僕にでも一般的なそれとは逸脱したいという欲がある。

 生き方ってなんだろう。この地球に僕ら人間は七十億も蔓延っているというのに誰一人として(少なくとも僕が今までに見てきた人の範疇で言うならば)、同じ人生を歩んだ人は居ない。それはつまりそれぞれがぞれぞれの生き方を実践しているということだ。

 ふとアルファベットを見てみると二十六文字しかない。人類の七十億には遠く及ばない数字だ。

 まぁ厳密には色々と違うのだけれど。アルファベット一文字一文字全てに意味があるかと問われれば僕が答えるのは難しい。けれど人類一人一人全てに意味があるかと問われれば比較的首を縦に振ることが出来る。そういう意味で人類とアルファベットは違うわけで。

 僕が言いたいのは七十億と溢れた人類なのにそれぞれの生き方が成されている事実がとても驚きだということ。

 生まれて死ぬのは同じなのにそこまでの経過が違うということ。

まるで一つの答えに向かって幾数もの計算式を用いて何度も何度も答えを出すような、そんな感じ。

 誰かが言っていた。生きることは死への行進だと。

 ともすれば僕ら人間はなんのために生きるのか考える必要すらないのかもしれない。生きる目的を考える間も僕らは生き永らえているのだから。


 僕を例に挙げるとすると、個人情報は伏せるとして十と数年前に僕は生まれてそこから両親の寵愛を受け、何不自由なく育った。と言えば誰でも当てはまりそうなこの一文。

 例えば僕に友達が居たとしよう(言ってて何も悲しいことは無い)。

 彼は僕と同じく十と数年前に生まれてそこから両親の寵愛を受け、何不自由なく育った。しかし彼と僕は同じだろうか?満場一致でNOじゃないだろうか。ここでYESと答える人は現在の論点と外れるから最初から僕の主張を吟味し直してほしい。

 同じ『十と数年前に生まれてそこから両親の寵愛を受け、何不自由なく育った』とはいえ色々なところは違うんだ。生まれた場所や両親の名前、住所や好きな食べ物。

 文にしてしまえば同じと片付けられてしまう僕と彼だがここまでのルーツは全く違う。

 これを……こ、れを……?

 なんて言ったっけな。なんか、そういう言葉があったはずなんだ。

 まぁ一旦置いて……無理!置いて置けないとても気になる!!!


 僕は手元にある辞書を思い切り開いて継ぎ目が破れるんじゃないかと思うぐらい激しく捲り続けたけど意味はわかっても単語がわからないんじゃあ意味が無い。僕は辞書を閉じる。

 気になる気になる。とても気になる。ここまで出てきているのにどこにも出そうに無い。なんたることだ。

 僕は半分焦ってテレビを点ける。奇跡でも起きて僕の気になる単語を口走る芸能人が居る可能性が万に一つでもあるかもしれないこともないとも言い切れないからだ。頼むぞTVスター。一国民の望みを叶えてくれよ。

 ……と待っては見たものの、普通にコーナーに見入ってしまって何の参考にもならなかった。

 僕は完全に焦り散らして家の外に出る。記憶が正しければ僕の家の周りには僕の求めるものは何一つ無いのだけれど、一億人居るこの大陸だ。ぽろっと落し物のようにあの単語を僕に授けてくれるかもしれない。僕は曲がり角を何も考えずに曲がり続けた。


 最早この時点で僕が最初に問いかけていた事などは忘れてただ歩くことだけに専念していたのは秘密だが、それを取っても単語の手がかりは掴めなかった。

 場を憚らずに涙を流しながら僕は現在地を確認する。なるほど見覚えがあると思った。近所のスーパーの真ん中で僕は涙を床に滑らせていた。

 店員がまるで初対面のホームレスに話しかけるかのように僕に近づいてくる。よしてくれよ神田君、僕と君はクラスメイトだよ?まぁ今はそんなこと関係ないのだけれど…………いやもしや!?

 僕はクラスでの寡黙で陰気で冷静で誰とも喋らずただ授業の内容を租借して誰にも吐き出さない関係謝絶キャラを忘れ(今考えれば神田君が僕を始めて認識するのも無理は無い)、神田君に単語を知らないか聞いた。

 最初彼はきょとんとしていたので面倒ながら僕と架空の友人の話をしたら半分泣きながら逃げて行き上司みたいな人が現れたのでやむなく僕はその場を去ることにした。神田君には申し訳ないことをした。単語がわからなすぎて人に助けを頼むほどになってしまったようだ。僕の現状の十五分の一ほどを分け与えてしまったかもしれない。

 なんて事を考えているといつの間にか僕は家から遠めに位置する公園にたどり着いていた。この時点で僕にはある一つの答えが降りてきていた(が、決して単語のことではない)。

 僕が無意識に向かい続けた場所に、単語はあるのではないか。

 僕はすでに焦りと涙を忘れた眼球で公園を見回した。するとそこには一枚の広告。まさかとは思いながらも僕はその広告を手に取って何を血迷ったか現時点では真っ当と思えるほどに開き直ってその広告を音読した。

 まぁ結果僕の望む単語は無かったのだけれど。

 僕はその結果に絶望して半ば魂を逃しながらまた無意識にどこかへ向かっていた。あぁ、いつになったら僕は答えにたどり着くのか。

 僕は空を見上げた。するとそこには僕を嘲笑う太陽が……まぁ太陽が嘲笑うとかどういう比喩だよって話で。現に太陽の表情はギラギラの一つに限られるわけで……ってこういう話をしているんじゃなくて僕はアルゴリズムを探しているんだよ。どこかに手がかりは……ん?

 今僕なんて言った……?えっとちょっと。ちょっと待って欲しい。嘘だろ、忘れた!!?

 数秒前に考えてたことだぞ!?週に四回ぐらいあるこの現象が今起こるってのか!!!??ちくしょう!これが文章だったら数行前に答えがきっちりと記録されてて僕はそれを見ることで心に安寧が訪れるというのに!!今のでむしろ苛立った!!


【その頃神田は】

 あ、あいつなんだったんだよ……スーパーに泣いて入ってきてはいきなり俺にまくし立ててきて……『十数年前に生まれて超愛を受けて育ってきた僕と彼』ってなんだよ……超愛ってなんだよ……怖いよ……さっきから店長は背中さすって慰めてくれるけどもうそれすらも気にならないよ……。

 考えてみればあいつの言いたかったこと、一つもわかるわけねぇだろ……結局同じ文でも生涯は違うって事しか伝わらなかったよ……超愛とかわけわかんねぇ……。

 同じ文でも中身が違う……?アルゴリズムかよ……てかそれ数学だし……。

 あぁもうあいつなんなんだよ!!!喋れたのかよ!!!俺最早あいつ教室の動くオブジェだと思ってたよ……。


【所戻って】

 くっそ死にたい。(考えに考えた挙句自分が何を追い求めていたのかすら忘れ果ててしまった人間の図)


【時が時なら主人公の救世主となっていたであろう神田は】

 あいつは本当に何を言いたかったんだ……まさか涙流してまで俺にアルゴリズムを伝えに……?いやいやそんなわけ。もっと深い理由があるはずだ……手がかりは超愛にありそうだな……もしかしてあいつは愛が欲しいのか……?だからあんな例を?


【迷走する神田を止める唯一の引き金となるのに絶望の縁に立たされている主人公は】

 くっそ死にたい。(今になって七十億とか考えていた自分が恥ずかしくなってきた人間の図)


【主人公の救世主となり、同時に救世主として主人公を求めている神田は】

 死にたい。(超愛の意味を突き詰めたら主人公が自分に好意を寄せているという超絶破滅的勘違いをした人間の図)


【神田の救世主になるかもしれない主人公は】

 帰ろう。(今考えると不毛に不毛を重ねていたとやっと気づいた人間の図)


【主人公の不屈の愛(勘違い)に悩まされ始めた神田は】

 死のう。(勘違いのせいで一世一代の大間違いに結びつこうとしている人間の図)


【結局帰った主人公は】

 結局今日を通して僕が伝えたかったのは、一つのことに向かって様々な解き方をするのは素晴らしく素晴らしいということで、僕は結局その解にたどり着けなかったけど、もしこれが文字媒体になってうまいこと文章として出されれば便宜上読者である人には一度僕が思い出したアルゴリズムという単……アルゴリズム!アルゴリズムだ!!!うわぁ!??なんだこれ!!!前触れ無く思い出した!!!忘れてない!!!


【主人公が無責任に自宅で喜んでいる頃、神田は】

 生とは死への行進である。死への道は人それぞれ、つまりはアルゴリズム。人間は死へとアルゴリズム行進を続けているんだ。乱れず、それでいて各々に……。(たった数時間で引くほど考えが煮詰まった人間の図)

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