爆進のバルバニューバ

鈴鳴

第1章

第1話「13」

プロローグ

 動悸が激しい。


 強く抱きかかえた老婆は事無きを得て、不幸になる者は誰もいなかった。

 間違いなく自分の功績だと胸を張って言える。

 背後を通過していく電車の音は、賛同してくれるようにも聞こえる。


 呼吸を整えろ。冷静になれ。

 何度も、何度も自分に言い聞かせた。

 だが、駄目だった。

 ゆらめく陽炎に理性が溶けかけていただけではない。


 自分に向けられた無数のレンズが。

 英雄を見るかのようなその眼差しが。

 勇気ある行為に称賛を送るような拍手喝采が。

 抑えきれないほどまでに、怒りを膨れ上げていったのだから。


 俺を祭り上げて何がしたい?

 俺は不本意に命を失いかけた老婆を助けただけだ。

 何も特別なことなどしていない。

 同じ命を持つ人間として、当たり前のことをしただけだ。


 お前たちはそこに突っ立って何をしていた?

 呆けた間抜け顔で老婆の死にざまを見ていて、気分がいいのか?

 その表情に張り付く安堵は老婆に向けられたものか?

 それとも自分の平穏が保たれたことに向けられたものか?

 俺が行かなければどうしていた?


 誰 か が や っ て く れ る と 思 っ て い た の で は な い か ?


 ――嗚呼、駄目だ。

 いくら制止をしても、本能が取り合ってはくれない。

 なけなしの理性が、一命を取り留めた老婆を日陰に寝かせる。

 そこで、溶かしつくされた。


 ゆらりと立ち上がり、群がる野次馬の前に立つ。

 何を言ってくれるのかという期待の眼差しは、不快でしかない。

 だから、言い放った。


「ふざけるなよ、クソ野郎ども」と。







 それが以後、周囲から「偽善者」の仇名を与えられるほどの愚行だなどとは、思いもよらず。

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