第5話 第三ゲート隔離室
第三ゲートに付随している隔離室でしばらく過ごす結果になった。
ソフィア博士いわく、「かってな行動のペナルティ」。
その時間はわたしの修理と線量が低下するのを待つことにあてられた。
廊下に面した大きな窓をカナタがコツコツと叩いた。
「おはよう。朝ごはん持ってきたよ」
「雪は降った?」
わたしは窓辺に駆けよった。机にのり窓枠に前足をかけて伸びをするとカナタと視線を合わせるくらいになる。
「まだ。でも週末には降るかもしれないって根岸博士が言ってた」
「はやく降らないかな」
「そろそろ出られる? ソフィア博士は?」
「まだ奥で寝てるわ。根を詰めすぎるから」
「うん……」
わたしもカナタも、ソフィアの急激な老いに戸惑ってる。
背中はすっかり丸くなり、背丈も縮まり顔には皺が寄った。視力、聴力がどちらも低下。肉体が数ヶ月で何十年分も歳をとった。
パトリックを見ていたから知ってる。人の老い方を。気落ちするわたしにカナタが声をかけた。
「冬のあいだに、また外にいけると思うよ」
「ほんと?」
カナタはうなずいた。
「五十鈴、雪が積もると調子が悪くなる所がでるから。修理に」
「一緒に行ってもいいの?」
「無茶しないなら」
わたしは首を縦にぶんぶん振った。カナタがにこりと笑った。
「犬はやっぱり雪が好きなんだ」
カナタの隣に第三ゲートの管理者、鈴木主任がぬっと現れた。
わたしとカナタは自然と口を閉ざしてしまった。
そんなわたしたちを軽く見るような目つきで鈴木主任は言った。
「お喋りしなよ、ロボットどうしでさ」
ニヤニヤしながらわたしたちを見ている。
なんだろ、この人。
いつもどこか不快だわ。
別に悪人顔しているわけじゃないのに。
「じゃあ、また来るから」
短く言いおいてカナタは立ち去ろうとした。
「待てよ」
カナタの腕を鈴木主任が掴んだ。
「何ですか」
カナタが首だけ回して彼を見た。
「三原則に反しないことなら、俺の命令も聞いてくれるのかな、って思ってさ」
掴んだ腕を自分に引き寄せてカナタを頭ひとつぶん上から見おろした。
カナタは冷たい瞳でにらみ返している。
「ソフィア、ソフィア博士!」
思わずわたしは助けを呼んだ。
「うるさい犬だな……」
瞬間、カナタの顔が引きつたように見えた。
「なに、ソラ……」
ゆっくり現れたソフィア博士は窓越しの光景を見ると、曲がった腰を伸ばした。
「鈴木主任」
声をかけられ、カナタの腕を離した鈴木主任は不敵な笑みを浮かべた。
「ちょっとカナタくんと、お話ししただけですよ」
「ソフィア博士、この人カナタに自分の命令を聞くかって」
わたしのつたない説明でも博士は分かったのだろう。さらに厳しい顔つきになった。
「カナタにはむやみに命令はできません」
「はいはい、そうでしょうね」
その返答はあまりに人を馬鹿にした態度だった。
「不適切な勤務態度ならば、ここから出てもらいます。それが何を意味するか、分かっているはずですよね」
ソフィア博士の剣幕に気おされたのか、鈴木主任はふて腐れたように無言で立ち去った。
「カナタ、たいじょうぶ?」
わたしの声にカナタの表情がかすかにゆるんだ。
「ああいう人がぼくに何をさせたいか知っている……以前、何人にも言われたことだから」
「カナタ……」
目元を押さえ、ソフィア博士は疲れたのか椅子に腰かけた。
「博士」
わたしがそばへ行くと、大丈夫と答えた。
「注意がいるかも知れないと皆に伝えて」
「予測どおりでは?」
カナタはどこか笑いをこらえるような表情でソフィア博士を見ている。
初めて見た。カナタのそんな顔。きれいなだけに、ひどく冷酷だ……。
「カナタ、お願いだから」
「ここにしか居場所がない、みんな」
カナタは軽く肩をすくめて去っていった。
博士はしばらく動かなかった。
「博士?」
「うん、大丈夫。大丈夫よ、ソラ。少しめまいがしただけ」
そうは言ってもソフィア博士は疲れきっているようだ。顔色が悪いもの。
「さっきのカナタ、いつもと違って……」
「怖かった?」
うん、とわたしは気まずく感じながらうなずいた。
「カナタは悪くない。カナタはわたしを恨んで当然なの。あの子からきょうだいを奪ってしまったのは、わたしと九条だから」
「おとうさま」
「あら、いまの口調ハルカみたいだった」
博士はわたしの頭をなでた。
「ハルカの記録を見たんだものね」
「もしかして、わたしとハルカって性格が似てる?」
「そうね。ハキハキしたところとか、ちょっと生意気な口のききかたとか。でも似ていても不思議じゃない。あなたとカナタの自律システムはオリジナルで同じものだから」
「わたしもカナタのきょうだい?」
そう、とソフィア博士がうなずいた。
「カナタを怖がらないで。カナタのそばにいてあげて……わたしよりもずっと長い時間を持っているのは、あなただけだから」
わたしはもう永くない、そんな意味が含まれているように感じた。
「どうして抗エイジングを止めたりしたの」
ソフィア博士はあたたかい微笑みをわたしに向けた。
「命には命でこたえないといけないから」
「どういうこと?」
首をかしげるわたしにソフィア博士が続けた。
「近いうちにすべて話す日が来ると思う」
もう少し休むわ、と言ってソフィア博士は仮眠室へ戻った。
わたしは、ゆっくりと歩み去る博士の丸い背中を見送った。
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