第参話 そして紫煙は秋雲に溶け-Ⅵ

 秋の陽は釣瓶落とし、とは良く言ったものだ。空は、すっかり夜の色を纏っている。

 其処に突然、大きな華が咲いた。


「あ、煌夜祭こうやさいが始まったみたい」


 朱鷺が楽しそうに言った。


「トーチ・トワリングも……あぁ、此処からなら良く見える。ほら、あれ」


 彼女が指した広場では既に、薄暗がりの中に幾つかの炎が浮かんでいた。

 ほど無くして、炎の円舞が始まった。炎は闇と闇の間を駆け抜け、夜の帳を粉微塵に切り裂いた。

 演者の意思からも外れたが如く、狂ったように闇を掻き乱す。其の頭上、かなりの低空で再び花火が炸裂した。炎を取り囲む群衆から、わっと言う歓声が上がる。


「綺麗……」


 恍惚とした声が彼女の口から漏れる。ふと横目で表情を伺うと、乱れ舞う炎に照らされている。

 炎は瞳と、頬の一筋の中で燃えていた。

 俺は拭ってやりたい衝動に駆られたが、見なかったことにした。


 ──下手な同情に何の意味があるだろう。


 そう自分に言い聞かせようとした時、俺の左手に冷たい人肌が触れる。


「……ごめんなさい」


 濡れた声が聞こえた。

 俺は、下手な同情を、彼女に掛けた。






第参話

 そして紫煙は秋雲に溶け-Ⅵ ―完―

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