ひま取り紙

@althuban

第1話 ひまは潰してもそこにある

昔の人は暇で死んだそうだ。現代はやれることがいっぱいあって幸せか、というとよくわからない。遊ぶために余分に働き、いざ遊ぼうとすれば疲れててうまく遊べない。または遊び疲れて働きが悪くなる。暇では死ななくなったが死ぬ要因が変わっただけなのかもしれない。


釣りは一生を幸福に過ごすためにはいいらしい。そう聞けばやったほうがいいのだと感じてしまう。中学生で一度ハマり、大学を出たあたりで再発した趣味に理由付けというわけだ。


「お前もさ、理系の大学出てるんやから釣りも同じように考えたらいいんやって」

助っ人外国人のような見た目の友人が言う。

「潮目とか、天気とか水温とかいろんな条件から仮説を立ててみるんやって」

確かにその通りで、ぼんやり餌やらルアーを飛ばして釣れないなあなんてやってるのはとても釣りとは言えない。釣れないと次の釣りへのモチベーションも下がり、行かなくなって暇になる。


真面目に取り組むなんて意気込みを持つと趣味としてのハードルは上がってしまうわけだが、暇を感じないためにはそういう熱が必要なのである。


「でも釣れそうにないから行かないってタイプでもないから、俺は」

そう、成果だけを求めてしまうとそれは遊びでなくなる。

「俺の弟とか釣れそうにないと思ったら誘ってもついてこないもんね、その辺お前は違うよな」

まあそこには暇という前提があって、目の前に面白そうなことが来れば食いつくのであって、決して自発的なものではなく、よく言えばフットワークが良いだけのこと。


しかし、このフットワークとは暇を打破するためには必要不可欠なものでもある。あれもやらないこれもめんどくさいではとても暇から逃げることはできない。暇でいたくて暇でいるわけではないけれど、なかなか自分の力でそれが達成できない時はアウトソースも一つの手だということ。そのためには

「俺だいたい暇だから〜」

という看板を掲げることも有効な手のだ。


「じゃあ26時に迎えに行くから」

「了解」

釣りの朝は早い。竿を下ろすのが朝でも移動と準備を含めれば行動は夜中からになる。

「寝れた?」

「いや、仕掛け作ってたから寝てないわ」

「事故るなよ」

車内では主に車の話が多い。釣りに行くから釣りの話というわけではない。お互い釣りを趣味にしている一方で車も好きなのだ。軽自動車が走ってたら二人でディスりはじめ、口の悪さを反省したり、しなかったり。

「うちのレガシィちゃん馬力落ちてきたわ」

こいつはスバル車大好きスバリスト。スバル好きというのはだいたいちょっと変わっている。スバルへの愛がすごい。インプレッサを見ればかっこいい、レガシイ見れば何あのかっこいい車と、とにかく褒める。

「俺が乗ってるからちょっと重くなって加速してないだけじゃないの?」

「あー、それもある。俺一人の時はもっと早いで。一回貸したるから試してみいや」

「でもターボはいいよねえ、加速途中で急にタコメーターがギュンって回る感じ」

「わかってるやん」

「あと音」

「ヒューンっていうやつ」

「しかし前のトラック遅いなあ」

よくない。ほんとよくない。これはだいたい罵声が始まるパターンだ。追い抜きが出来ない道、前の車が遅い。他にも後続車に何かを訴えかけるステッカーが貼られていたらもうダメ。確実に文句で車内が荒れる。

「一車線だとどうしようもないな」

「やっと道が通って海へ出るのも近くなったけど、こういうのに捕まるとまだまだって思うわ」

「南北に高速が通ってないのはホント不便」

「これも何年工事してんだってくらいかかってたし」

「難しいよねえ」

こうして片道二時間のドライブの先に釣りが始まるのである。

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