44 みんわの故郷2 中程久保橋と勝五郎

 第43話で、あの小泉八雲も取り上げた『勝五郎転生物語』を取り上げた。全国的に見て、転生の話はたくさんあるが、当事者の素性がここまではっきり分かっている例は、他にはない。

 程久保村の藤蔵は、1805年(文化2年)に生まれ、1810年(文化7年)2月4日に天然痘にかかって齢5歳で亡くなった。

 一方中野村の勝五郎は、1815年(文化12年)10月10日に生まれ、1869年(明治2年)に55歳で亡くなった。

 勝五郎が8歳の文政5年に、自分が生まれ変わる前のことを話し出した。藤蔵の生家のある程久保村は、勝五郎の生まれた中野村と隣同士で、勝五郎の生家から藤蔵の生家までは、現代の道をたどると、一山越えて3kmちょっとの道のりである。現在の地図を見ると、藤蔵の家は高幡不動尊の裏手にある山を越えたところにある。

 遠く江戸時代の景色を想像しながら、藤蔵の暮らした程久保村から、勝五郎の生家のある中野村まで、ぶらり散歩と決め込んだ。

 下程久保橋を出発して程久保川沿いに上流に進むと、まもなく『中程久保橋』が現れる。一段高い動物公園通りから、谷間に下る坂の途中に橋が架かっているため、橋自体が坂になっている非常に珍しい造りだ。川幅10mほどの右岸と左岸の高低差は1.5mほどはあるだろう。残念ながら坂には名前は無い。

 動物公園通りは、1957年(昭和32年)に多摩動物公園が開園するのにあわせて整備された道で、それ以前の旧道はこの坂の下にあった。

 中程久保橋の先には、右手に多摩動物公園がある。1957年(昭和32年)に開園した東京都立の動物公園だ。動物公園ができる前は、しっかり手入れのされた里山が広がり、谷地には滾々と清水が湧き出していたという。

 動物公園正門前には、京王線多摩動物公園駅があるが、近年その駅前広場に『京王れーるランド』が開園した。大きな屋根の下には往年の車両が展示されている。展示されているのは、2400形、2010系、5000系、3000系、6000系の5両だ。

 さらに進んで右手の中央大学のある山を越えると、中央大学正門から野猿街道へと下る道の途中に藤蔵の生家がある。

 道から少し入ったところに合掌造りの古い民家があるが、勝五郎の生家はこの家の裏手にあったという。里山からなだらかな斜面に畑が広がり、「ここが東京か」というような田苑風景だ。


 勝五郎は、生家のある中野村から野猿街道を数キロ西に下った由木村の『永林寺』に眠っている。

 金峰山永林寺は、曹洞宗のお寺で、1532年(天文元年)に滝山城主(八王子市滝山)であった大石源左衛門尉定久公により創建された。

 定久公はこの地の由木城を居城としていたが、定久公が家督を相続して滝山城に入城する際、由木城を叔父である一種長純大和尚に譲られ金峰山永林寺は開山した。

 1758年(宝暦元年)に再建された総門を入ると、十六羅漢が出迎えてくれる。

 その先には、三門が控えている。三門は、空門(一切を空と観ずる)、無相門(迷いの煩悩を離れ悟りを得る)、無願門(真実を悟り願求するところがない)、三解脱門のことである。

 この三解脱を得て本堂に向かう大切な門で、金剛力士(仁王)像が通るものを眼光鋭く見守っている。身の丈は3mはあるだろうか、のしかかるような威圧感を感じる。像の表面は素彫りのままの木肌で、色彩は施されていないところが、質素で力強さを漂わせている。

 本堂左手には三重塔があり、境内には六地蔵が祭られている。今回行く先々で、この六地蔵が祀られているのも、何かの縁であろうか。

 同じく境内の隅にある白木みのるさん似の小僧さんの石像は、手に箒を持ちいつも境内を綺麗に掃除されている。

 本堂裏は、里山を開いて造苑された墓所がある。山道を登っていくと、中腹に勝五郎の墓がある。

 墓所の前で手を合わせて詣でると、問いかけた。

「勝五郎さん、あなたは前世のことを覚えていて、ご苦労されませんでしたか?

でも、江戸の街の多くの人々に夢と希望を分け与えてくれましたね。」


 近年多摩ニュータウンの開発で、ここら辺は大きく変わった。ここ由木城址からは、南大沢の新しい街並みが遠望できる。

 お参りを済ませて振り返ると、眼前には緑の狭間に多摩ニュータウンが広がっていた。勝五郎の生まれ変わりは、この街のどこかで暮らしているのだろう。

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