42 江戸の世から伝わる身近な建築用語2 本音と建前
前回江戸時代から伝わる建築用語をルーツとする身の回りの言葉を取り上げたが、今回はそんな建築用語に秘められた悲しい物語を取り上げたい。
最近『タテマエ』ばかり言って、なかなか本音の分からない御仁が多いが、『タテマエ』は漢字で『建前』と書く。
この『建前』は、建物を建てるときの『建前』=上棟式、棟上式のことを意味する。
私が子供の頃は、建前で大工の棟梁が棟に上がってお餅や、懐紙に包んだ小銭を撒いたものだ。
これは、建物の基礎構造が完成した段階で、建物竣工後の無事を祈って執り行われる。
意外なことに、この『儀式としての建前』と、『表向きの考えの建前』には、悲しい物語が潜んでいる。
昔々、江戸時代に暮らした腕が立つことで有名な棟梁は、「明日には基礎構造が完成して建前だ」というところで、玄関の柱を短く刻んでしまい、上手く収まらなくなってしまったことに気がついた。
棟梁は、己の未熟さから死のうとまで考えたが、それを見ていた女房は、棟梁に酒を飲ませて寝かせてしまった。
女房は、どうしたらこの窮地を切り抜けられるか寝ずに考えていると、目の前に棟梁に飲ませた酒を入れた枡が置いてあることに気がついた。
女房は、この枡から『枡組構法』を考案すると、朝起きてきた棟梁に一升、五合、一合の枡を差し出した。
しばらく枡を眺めていた棟梁は「これだ!」と一言叫ぶと、柱の足りない部分を補って、無事建前を収めることが出来た。
ところが、沽券(コケン)に関わる話が広まることを恐れた棟梁は、鬼と化して女房を殺して口を封じてしまう。
後々正気を取り戻した棟梁は己の犯した罪を悔いて、未来永劫女房を弔うと心に誓い、建前になると女の七つ道具(口紅・鏡・櫛・簪・白粉・笄・鬘)を棟に飾って供養して以来、『建前』には『大工の七つ道具』ではなく、『女の七つ道具』を飾るようになったという。
『建前』にこだわるばかり女房を殺してしまった男と、『本音』で応じた女の悲哀のこもった話を知ると、『タテマエ』ばかり言ってはいられないのではないだろうか。
上の例文の中には、建築用語ではないが『江戸』にルーツを発する言葉がもう一つ入っている。それは『コケン』である。
この『コケン』は、漢字で書くと『沽券』と書くが、なぜこの『沽券』が『プライド』をあらわすのか、ご存知だろうか?
江戸時代、幕府は『田畑永代売買禁止令』を出して土地の私有を禁じていた。しかし、一部の市街地に限って、町割りをして町役人、五人組が立会いの下、土地の売買を認めていた。
町割りをして、最初に売買されたときの売買証文に町役人、五人組が加判したものを『沽券』といった。沽券の『沽』の字は、訓読みで『うる』、または『かう』と読むことから考えると、『沽券』とは売買証文そのものなのだろう。
一度作られた沽券は、売買の都度新しい所有者の署名捺印、売買日付、売買金額が印された小片が貼り付けられていった。
つまり、『沽券』とは現代で同じものを探すとすれば、『不動産権利証』のことである。
『沽券』が土地の価値を表しているところから、いつしか人の価値、プライドを表すようになったという。
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