38 道5 大山道 通称ニーヨンロク玉川通り
渋谷から国道246号線を下っていくと、三軒茶屋で玉川通りと世田谷通りに分岐する歩道の上に見上げるような大きな石造りの道標がある。
高さ1.5mくらいはあるだろうか、『大山道』と記された大きな石柱の上に不動明王が乗ってり、高さは3m近くはあるだろうか。
国道246号線は、現代では通称『ニーヨンロク』と呼ばれているが、江戸時代は『矢倉沢往還』と呼ばれ、海沿いを行く東海道の脇街道だった。
この道は非常に歴史のある道で、律令時代の東海道の本道で『足柄道』とも呼ばれていた。
江戸城赤坂門を起点に
渋谷⇒三軒茶屋⇒二子玉川⇒長津田⇒厚木⇒秦野⇒松田⇒足柄峠
などを経て、沼津へと至る街道である。
途中に大山阿夫利神社があり、大山詣での人たちで大変にぎわったことから『大山道』、あるいは『大山街道』とも呼ばれた。
今の国道246号がほぼそのルートに一致する。
ここ三軒茶屋は、江戸時代に大山道(玉川通り)と登戸道(世田谷通り)の追分に、信楽、角屋、田中屋の三軒の茶屋が並んでいたことから付いた地名だといわれている。江戸時代の文化文政期にはこの呼び名が定着していたようだ。
その追分に道標が立っている。追分に立ってこの道標を見た時に非常に違和感を感じたのは、私だけでは無いだろう。
普通追分に道標を設置するとすれば、何処を正面にすえるだろうか。東の渋谷から西に下ってきた大山道が、ここ三軒茶屋で左右に分かれるとすれば、正面は東の渋谷に向いているのが自然ではないか?
なんとこの道標は、南側の玉川通りを向いているのである。南を向いている正面には、大きく力強い文字で『大山道』と書かれている。そして、その右肩に『左相州通』と記されている。
次に、正面右手(東側)には、『右富士世田谷、登戸道』と記されている。
正面左手(西側)に回り込むと、田園都市線三軒茶屋駅に降りる階段があるため、背後のカラス越しにしか撮れないが、『此方 二子通』と書かれている。左右に書かれた行き先から判断すれば、やはり東の方向の渋谷方面を正面に考えてぴったり合う。
正面背後(北側)に回ると、1749年(寛延2年)に建立され、1812年(文化9年)に再建されたことが印されている。世田谷区教育委員会の資料を調べると、昔は渋谷方向を向いていたようであるが、玉川電車の開通や、道路の拡幅により数回移転されてきたようだ。
その後1983年(昭和58年)に、地元三軒茶屋町会結成50周年の記念事業の一環として昔からの位置に近い現在地に復されたようだ。
それでは、なぜ復元するとき、元の方向を向かせなかったのか?
残念ながら、その答えは見つからなかった。
さらにこの道標によると、右に行くと『富士 世田谷・登戸道』、左に行くと『二子道』とあるが、何故正面に大山道と相州通と刻まれているのか?
経由地の違いから世田谷・登戸道と二子道と名付けられているのではないかと思う。
江戸期の地図を確認すると、世田谷通りを『旧大山道(本道)』、玉川通りを『新大山道(近道)』としている。現代の世田谷通りを下ると、町田を経て海老名付近で国道246号に合流して大山阿夫利神社のある伊勢原へと向かうことから、やはりどちらに行っても大山道であったのだ。
また、世田谷・登戸道の頭に冠している『富士』はどういう意味があるのかは調査中である。
さて、再び正面に戻って上に載っている不動明王を見上げてみよう。
ちょっと柔和なというかコミカルなお顔をしている。なぜ道標の上に不動明王が乗っているのか、その関係についてはもう少し調べてみたい。
不動明王の舟型背光の風化は激しく、コンクリートだろうか、補修した痕が見られる。
万葉の頃より多くの人がこの道を歩み、歩んだ人たちの数の人生を見守ってきたこの追分は、この先も絶えることの無い人の営みを見守り続けるのだろう。
世田谷通に少し入ったところに東急世田谷線の三軒茶屋駅がある。昔は、『246』を東進して渋谷まで走り抜けていた時代のことを知る人は少なくなった。世田谷線を走る車両たちも新世代へと移行し、渋谷⇔下高井戸間を走り抜けた記憶のある車両も今は既にいない。
三軒茶屋の名前の由来となった三軒の茶屋、『信楽(後の石橋楼)』、『角屋』、『田中屋』のうち、田中屋が商売を変えて現代に続いている。
残念ながら角屋は明治時代に廃業、石橋楼は1945年(昭和20年)まで営業が続けられたが、強制疎開の命令が下り閉店した。
田中屋は火災で焼失したものの、田中陶器店として昔と同じ場所で営業している。
現在の三軒茶屋の街は、とても下町の雰囲気を漂わせていて、多くの人でにぎわっている。
世田谷通りに面した商店街『すずらん通り』の入口には『喰うてかへんか?』と書かれた恵比寿様の絵柄の大きな看板が上がっていて、まるで大阪の繁華街にいるのかと思うような雰囲気が漂っている。
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