便座の神様。

arm1475

前。

 日本には古来より、八百万の神々の言い伝えがある。

 それは万物に神が宿るという信仰からなのだが、その割に、宿っている神様にお目に掛かった者などいまい。

 だから、俺がその例外になってしまうとは全く予想だにしていなかった。

 よりにもよって、朝食べた生卵が腐っていたらし、くギリギリで駆け込んだ公衆便所の個室で一息ついてる時に、である。

 自称、便座の神様が、俺の膝の上にちょこんと正座している。

 その白いツインテール気味なお下げは便座カバーの擬人化のつもりなのか。


「御主は公衆便所南側が設置されて以来、8888人目の利用客である。

 非常に縁起の良い数字なので、出雲の下照姫神(しもてらすかみ)に代わり儂が御主の願いを一つだけ叶えてやろうぞ」


 わかった、うせろ。 ……何故、泣く。


「……せ、折角お前を労おうと頑張って顕現したというのにそれはないぞよ……」


 幻覚に泣かれるとは、この腹痛は普通じゃないらしい。


「幻覚ではないっ! 観よ、霊験あらたかなこの力をっ!」


 温っ。……これ、ウォシュレット付きか。


「冬場はもう少し温かいお湯が出る。痔持ちの尻を易しく労ってやるのが儂の仕事なり。

 どぉうだ、御主の肛門にこびりついた汚穢が綺麗になっていくぞよ、おほほ」


 実況すんなボケ。ていうか俺まだ途中なんだが……痛っ。


「腹を壊しているとは難儀な。どれ、儂に遠慮せずドンドンぶちまけるが良い。

 どんなに尻を汚しても儂がたちどころに綺麗にしてやるぞよ、ほれほれ、音も流して誤魔化してやるぞよ」


 何故、軍艦マーチ。


「古来より大量に出す為の曲とゆぅたら、これが定番ではないか」


 アンタはいつの生まれの神様だっつーつの。

 ていうか俺は落ち着いて事をなしたいんだよ! 願いなんかどうでもイイからとっと失せろ。 ……だから何故、泣く。


「以下同文じゃ! 儂とて神様、無視される事は死にも等しい……このままでは出雲に顔向けが出来ぬ」


 知った事か。……ふう、やっとスッキリした。


「出たか、出たのか、だったら尻を拭かせいっ」


 ――熱っ! 熱湯じゃねぇかっ!?


「ス、スマン、つい興奮して……これでどうじゃ?」


 ん……、まぁまぁの温度だな。ほう、乾燥機能もついてるのか。


「最新型じゃ。これだけじゃないぞ、垂れてる時は音楽を流して聞き触りな音を消したり、脱臭機能もバッチリ。無論、抗菌コーティングも施しておる。

 便器と一体型のタンクレスで節水にも優れてるし、自動清掃機能もついておる。それでいて省電力型、家計にも安心じゃ」


 お前は家電芸人か。


「なんとでも言え。どうじゃ、どうじゃ、気持ち良いじゃろぅ?」


 ま……まぁ、ウォシュレットは嫌いじゃないし。とりあえず礼は言う。


「おー、そうかそうか……」


 だから何故泣く。


「いや、嬉しかったんじゃ……。

 こういう場所ゆえ、神らしい仕事が滅多に出来ず、焦ってしまったようじゃ、スマン。

 無礼をどうかこれで水に流して欲しい」


 そう言うと、便座の神様は下水道管の奥へ、俺の排泄物と一緒に流れていってしまった。……ダメダコリャ(CV 長さん)


「しかし、願いを叶える、って……本当かねぇ?」



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る