天国

おかずー

天国

 チャイムが鳴った。

 何十年という歳月を経て錆付いた金属の音が、今日もまたいつもの時間がやって来たことを僕に教える。

「じゅーえん」

 背後から声が聞こえた。笑いを含んだ、愉しそうな声だった。

「遊ぼうぜ、じゅーえん」

 思わず体が震えた。分かっているのに。それでも今日だけは何事もなく無事に帰りたいと心のどこかで願っている自分がいる。どうせ裏切られるのに。それでも、僕は毎日毎日同じように今日だけは無事に帰りたいという淡い期待を抱いてはたった一度の例外もなく裏切られる。

 帰り支度のために机の中から教科書を取り出そうとしていた僕は、その腕を一人の男子生徒に掴まれた。

「なに勝手に帰ろうとしてんだよ」

 動きが止まる。体の震えがばれないよう、僕は歯を食いしばり、時間が過ぎるのを待つ。

 気が付くと僕の席の周りを数人の男子生徒が囲んでいて、逃げることができないようになっている。その間にも教師は見て見ぬフリをして教室から出て行く。いつもと同じ。僕はこれからいじめられる。

 頭の上になにかを置かれた。

「動くなよ」

 指示が出た。

 僕はその指示通り動かないように努めることしかできない。前だけを見据えて、イスに座ったまま動かずにいる。

 僕が動かずにいる間中、教室にいるクラスメイトたちは僕の方をちらちらと盗み見てはいつものようににやにやと顔を歪ませて笑っていた。僕を取り囲む男子生徒たちの隙間からその光景がはっきりと見えた。ある者は友達とお喋りをしながら、またある者は無関心を装って部活に行く準備や帰る支度をしながら、それでも僕の頭の上に乗っているなにかを見ては大袈裟に、あるいはこっそりと、しかし確実に笑っていた。

「いいぜ、動いても」

 嫌な予感はしたけれど、このままずっと動かずにいるわけにはいかない。おそるおそる頭を動かしてみると、次の瞬間僕の頭の上にあったなにかが倒れて冷たい液体が僕の頭と制服にかかってそのまま床にこぼれた。

 僕の頭の上に置かれていたのは、食堂で売っている封の開けられた紙パックの牛乳だった。

 僕に牛乳がかかったことが愉しいのか、それとも無抵抗の人間を嬲り遊べることが愉しいのかは分からなかったけれど、僕を取り囲む数人の男子生徒たちはにやにやとその顔に笑みを浮かべながら僕を見下ろし、そのうちの一人が鼻をつまみながら「じゅーえん、お前臭いから死ね」と言った。僕が牛乳で濡れた髪の毛を拭くこともせずにぼんやりと周りの男子生徒たちの顔を見上げていると、ある時、男子生徒全員の視線が僕の背後に吸い寄せられたことに気が付いて、それとほぼ同時にコツンと脳に直接音が響いた。頭の芯を針で突かれたような鋭い痛みを感じて僕が振り返ると、背後には黒田くろだくんが立っていた。

「じゅーえん、お前のせいで皆の教室が汚れちゃったじゃないか」

 黒田くんは右手に持っているプラスチックの定規で自分の左手をぱちぱちと叩きながら言った。

「いったいどう責任取るつもりだよ?」

 黒田くんは大袈裟に首を傾げた。僕は黙って黒田くんの顔を見上げることしかできなかった。そんな僕を見て、黒田くんは「やれやれ」と芝居かかった口調で呟いては肩をすくめて見せた。その後で黒田くんが僕の周りを取り囲む男子生徒、つまり黒田くんの取巻きの一人に向かって「おい」と口にすると、取巻きの一人が僕に向かってなにか衣服のようなものを投げつけてきた。それは紛れもなく僕の体操着だった。僕のロッカーに入ってあるはずの体操着が、今は僕の目の前、教室の床の上にだらしない格好をして広がっていた。

「ちょうどいいところに雑巾があるな。それで拭けよ」

 僕は躊躇することなく、ほとんど反射的に床に落ちている体操着を手に掴んではその場にしゃがみ込み、牛乳がこぼれた教室の床を拭いていった。取巻きやクラスメイトたちの笑い声が頭上で渦巻いていたけれど、拭くという行為に集中することで意識的に笑い声を遮断していた。

 僕がある程度教室の床を拭き終わったことを確認すると、黒田くんは「ご苦労さん」と口にして、今度は僕に起立するよう命令した。僕は命令通りその場で起立し、黒田くんの方を向いた。小学校を卒業するくらいまでは僕とそれほど変わらなかった黒田くんの身長は、中学校に入ってから急激に伸びて元々あった威圧感だってさらに増していた。

「今後、二度とこういうことが起こらないようにするためにも、今ここで罰を与えておかなくちゃいけないよな」

 黒田くんは僕に向かってではなく、周りにいる取巻きたちに、そればかりか教室中にいる生徒全員に聞こえるように言った。そして、周りにいる取巻きたちもさも当然のように「その通りだ」といった内容の言葉を口々にする。黒田くんと取巻きたちはそういったやり取りが可笑しくてたまらないといった様子で笑い合っていて、さらに言えば教室にいる直接僕に危害を加えない生徒たちもどこか愉しそうで、そんな空気の中ではいつもただ黙って時間が過ぎるのを待つことしかできない。

「これはクラス全員の意見だ。じゅーえん、これから俺がクラスを代表してお前に罰を与える」

 黒田くんが言った。その直後、僕は取巻きの二人に身動きが取れなくなるよう腕を掴まれた。それを見て黒田くんが満足そうに頷くと、手に持っていた定規で迷うことなく僕の頬を叩いた。パン、という乾いた音が教室中に響き渡り、僕の頬に鋭い痛みが走った。思わず声を出してしまいそうになったけれど、僕はなんとかこらえて、なぜなら僕は黒田くんに「お前の声は耳障りだから、もう二度と言葉を発するな」と命令されているからであって、もしも僕が声を発するようなことがあれば僕は黒田くんや取巻きたちになんのためらいもなく殴られ蹴られ、それ以上のひどい目に合うことだってある。だから僕が歯を食いしばって耐えていると追い打ちをかけるように二発目がやってきて、それはさっきよりも倍くらい強い衝撃と痛みで、それでも僕は歯が軋むくらい強く食いしばることで必死に耐えた。しかし三発目、さっきよりもさらに倍ほどの強さで頬を叩かれた時には思わず「うっ」という呻き声が口からこぼれてしまって、次の瞬間、僕の机が黒田くんによって蹴り飛ばされていた。

 僕の机は隣の席の子の机まで巻き込んで、教室中に激しい音を轟かせ倒れた。机の中から教科書やノート、それに筆記用具などが飛び出して床に散乱した。僕が腕を拘束されたまま黙ってその光景を見ていると、取巻きの一人が床に落ちていた僕の教科書を蹴った。蹴られた教科書は床を這うように一メートルほど進んで、誰かのイスの脚に当たってどこかのページを開けたまま静止した。また別の取巻きが床に落ちている僕の筆箱を手に取って豪快なフォームで黒板に投げつけた。プラスチック製の僕の筆箱は、黒板に当たると同時に粉々に砕け散り、その衝撃で中身も勢いよく弾け飛んだ。黒板の近くにいた女子グループの近くに粉々になったプラスチックの破片が飛んでいき、そのせいで女子たちが悲鳴をあげて、その後で一斉に僕を睨みつけた。「死ね」と呟いていることが口の動きで分かった。僕は右手に自らの手で汚した体操着を持ちながら、黙って目の前で行われている行為を見ていることしかできなかった。


 家に帰ると玄関に男の靴があった。それを見て胃の辺りが痛くなった。帰ったことがばれないように気配を殺して廊下を歩く。幸い自分の部屋は玄関から一番近いところにあるので、音さえ立てなければ男に気付かれることなく部屋に入ることができる。たった一メートル先にある部屋がひどく遠くに感じられる。一歩、一歩、看守に気付かれぬよう脱獄を図る囚人のようにこそこそと、全神経を足の先に集中させて歩く。耳が痛くなるような静けさだった。部屋の前に着くと、足の先から指先へと神経の集中先を変えてドアを開けた。か、ちゃっ。音が鳴る。この静か過ぎる空間の中では致命的とも思われる音量だった。体中に緊張が走り、体全体が強張った。しかし、どれだけ待っても男がやって来る気配はなかった。息を呑む。決意をして、逃げ込むように部屋の中に入る。急いで、しかし決して音が出ないようにドアを閉める。大丈夫。ばれていない。再び息を呑む。一粒の汗が、首筋を伝った。

 ドアを両手で握りしめたまま、しばらく動けずにいた。少し時間が経って落ち着いてからようやく鞄を机の上に置いて、電気も点けないままベッドの上に倒れ込んだ。布団の冷たい感触が頬に当たって気持ち良かった。

 頭から布団をかぶり、膝を折り曲げ、体を縮める。そのままの状態で、時間が過ぎるのを待つ。男が早くこの家から出て行くことを願いながら、今日こそはなにも起きないでいることを祈りながら、時間が過ぎるのをひたすら待つ。

 時間が過ぎていく。

 なにも聞こえない時間。なにも見えない時間。なにも起きない時間。そんな時間がまるで氷が溶けるようにゆっくりと、しかし確実に過ぎていく。

 そんな時間の中に身を置いていると、ふいにこんなことを思う。今が天国だ。今、この時間こそが天国なのだと。天国というのは場所のことを指すのではない。きっと時間のことを指して言う。痛みのない時間。恐怖を感じない時間。その時間こそが天国だ。

 だからこそ、天国には終わりがある。

 突然、あの男の怒鳴り声が聞こえてきた。リビングの方からだった。その後で母親の悲鳴が聞こえた。待って。やめて。あの子だけは。そんな悲鳴混じりの叫び声が聞こえる。続け様に机が倒れる音と、皿やグラスの割れる音が聞こえた。いつもと同じ。昨日も、一昨日も、全く同じことが起きた。慣れたはずなのに。それでも、体は震えていた。正直に、素直に、律儀に、体は恐怖を感じ震えていた。歯はガタガタと音をたてて鳴り、布団を握る手には凄まじい力が込もっていることが分かった。さっきまでとは比べ物にならないくらい体を小さく折り畳んで息を殺し、存在をかき消そうと努力する。ここには誰もいない。今、この場所には誰もいない。だから来るな。来ないで。思う。願う。請う。けれど、部屋に近付いて来る乱暴な足音が、その願いが通じなかったことを証明する。今日もまた。今日も、また。体はもはや制御不能なほどぶるぶるぶるぶる震えていて、口からは思わず声が溢れ出そうになって、でも言葉を発すると男に存在がばれてしまうから、だから必死になって声が外に出ないよう両手で口を押さえ抑制し、部屋の扉が勢いよく開けられた時だって声が出そうになったけどなんとか堪えて、来るな来るな来るな来るな来るなごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい、心の中で何度も何度も繰り返し祈り願い許しを請い、しかし数秒後にはいつものように布団がはぎ取られていて、真っ暗な部屋に浮かび上がるあの男と目が合った。次の瞬間には髪の毛を掴まれ無理やり立たされて、腹部を蹴られて蹲り、背中を勢いよく踏みつけられて声が出そうになって、それでも声を出すと余計に殴られることを知っているから、だから必死に我慢して耐えて耐えて歯を食いしばって耐えて我慢して、その間だって何度も何度も背中を踏みつけられ横腹を蹴られ、そうやってまるで花に水を与えるように身体に痛みを与えられ、痛い苦しい痛い苦しい心の中で何度も何度も叫び声を悲鳴をあげて、最後かどうか分からないけど頭をサッカーボールのように蹴られて、そこでようやく意識を失うことができる。

 そして、いつものように夢を見る。


 夢を見ている。

 もう何十回、何百回と見てきた、あの時の夢。

 僕がまだ小学校の低学年だった頃の、あの時の夢だ。

 教室の中で僕は友達とお喋りをしている。友達の名前は佐藤さとうくんといって、出席番号が隣同士だったことがきっかけで仲良くなった男の子だ。佐藤くんは本をたくさん持っていて、だからとても頭が良くて、テストがあるたびに百点満点を取っていた。運動神経だって抜群で、足が早くて、体育の授業でドッヂボールをする時はいつだって最後まで残っていた。一方の僕はというと、テストで百点を取ったことなんて一度もなくて、五十メートル走るのに十二秒もかかって、いまだにかけ算の七の段を間違えずに答えることができない。そんな対照的な僕と佐藤くんだけど、僕たちにはたった一つだけ『共通点』があって、僕たちはそれを毎日のように口にしていて、だから僕たちはいつも一緒にいて、色んなことを話し合った。

 今は僕が話をしている。夏休みに家族で沖縄旅行に出かけた時のことを話している。沖縄の海はとても綺麗で、水が透明だから潜らなくても海の底が見えるんだ。ホテルだってすっごく豪華だったよ。得意気に、僕は話をしている。僕はホテルのお土産売り場で買った星の砂をお土産として佐藤くんにあげた。小さな瓶の中には緑色の砂が入っていて、貝殻もいくつか入っている。佐藤くんはそれを手に取って色んな角度から眺めた後で、とても嬉しそうにありがとうとお礼を言った。その後も僕は話を続けた。お父さんと一緒にジェットスキーに乗ったことや、お母さんと一緒にお土産を選んだことなど、僕は繰り返し佐藤くんに話し続けた。

 僕の話が終わると、今度は佐藤くんが話をする番になる。佐藤くんは普段の活発的な感じとは少し違って、なぜか弱々しい口調で話し始めた。佐藤くんの家は夏休みに旅行へは行けなかったらしい。お父さん、仕事が忙しかったから。佐藤くんは俯き加減でそう言った。でもね。急に佐藤くんが顔をパッと上げて言った。でもね、一日だけ海に行ったよ。佐藤くんは口調を強めて言った。近くの海水浴場だけど、すっごく綺麗だったよ。佐藤くんは嬉しそうにそう言った。お父さんと、お母さんと、僕の三人で、車に乗って海に行ったんだよ。宝物を自慢するように、佐藤くんはそう言った。

 そんな佐藤くんの話を、僕は黙って聞いている。頷くことも、言葉を返すこともしないで、僕はただ黙って佐藤くんの話を聞いている。僕は知っている。この夢がもうすぐ終わるということを。だって。もう何十回と見てきた夢だから。だって。もう何百回と見てきた夢だから。この夢はもうすぐ終わる。ある瞬間、ふいに佐藤くんの顔が歪んだかと思うとそこからすべてが変わっていく。気が付くと教室の中には僕と佐藤くんの二人だけしかいなくて、あれほど騒がしかった教室の中が、今では耳が痛くなるほどの静寂に包まれている。佐藤くんはその嬉しそうな顔をぐにゃりと、まるで時の経過とともに朽ち果ててしまった土偶のように歪ませて僕のことを見ている。「どうしたの」と僕がたずねても佐藤くんは言葉を発することなく、時間だけが刻一刻と過ぎていく。顔を歪ませたままの佐藤くんに見られていると、僕はまるで裸を見られているようなそんな気恥ずかしい気持ちになって、思わず佐藤くんから視線を逸らしてしまう。その瞬間、「お前さ」佐藤くんが初めて僕のことをそう呼んだその瞬間に僕がハッと驚いて顔を上げると、ついさっきまでそこにいた佐藤くんの顔が黒田くんの顔に変わっていて、

 ご飯よーとお母さんの声が遠くから聞こえて、僕は目を覚ました。


 こうして母親と二人で食事をしていると、ほんの数時間前に起きた出来事がまるで夢だったのではないかと思うくらいに心が安らぐ。けど、脚の折られた折り畳み式の机やガラスの割れた食器棚など、見ないようにしても目に入ってしまう部屋の傷跡が、先ほど起きた出来事が決して夢などではなく現実であることを証明している。

 母親は無言で箸を動かしている。しかし、ある時不自然にその動きが止まった。こっちを見ている。思いつめた表情で、じっと見ている。けど、母親が言葉を口にすることはなかった。その代わりに黙ってこっちに近付いてきてぎゅっと抱きしめてくれた。なにも言わずに、ただ抱きしめてくれた。母親の胸の中で、目を瞑ったまま母親の温もりを感じていた。今この時間こそが天国で、終わりのある天国という名の時間の中で自分は生きていて、ずっとこのままでいたくて、ずっと天国の中にいたくて、だからずっと母親にしがみついているだけで、

 けど、やっぱり天国には終わりがある。

 玄関の方から物音が聞こえた。反射的に顔をあげたその瞬間、すでに母親は離れていた。視線だけを動かして母親が部屋から出ていくのを見送り、その後で部屋の隅に移動をして膝を立てて座る。廊下の方から声が聞こえてきた。母親の声だ。ごめんなさい。ごめんなさい。母親は何度も謝っていた。ごめんなさい。ごめんなさい。母親の声と二つの足音がこの部屋へと近付いて来る。部屋の隅で震えながら、息を殺して存在を消そうとする。扉が開く。あの男が部屋の中に入って来る。目が合った。思わず息を呑んだ。ほんの少し、声が出た。体全体に緊張が走る。

 しかし、今回はなにも起きなかった。男はまるで道端に落ちている空き缶でも見るかのようにこちらに一瞥くれただけで、さっさと視線を逸らしてはそのまま奥の部屋へと消えて行った。母親もまた、あの男と一緒に奥の部屋へと消えて行った。しばらくすると、声が聞こえてきた。母親の声だった。あの男が現れるまで一度も聞いたことのなかった、あの声だった。耳を塞いで、聞こえないようにする。耳が潰れてしまっても構わない。母親の痛みに比べると、そんなこと大したことじゃない。耳を塞ぐ。体中に存在するすべての力を振り絞って、耳を塞ぐ手に力を込める。それでも声は聞こえてきた。ありとあらゆる空間の隙間を縫って、あの声は聞こえてきた。聞こえる。耳の中で鳴り響いている。

 母親の喘ぎ声。悲鳴。

 その声に混じって「死ね」と呟く声が聞こえてきた。


「死ね」

 誰かが言った。

「学校に来るな」

 誰かが教科書に書き込んだ。

「じゅーえん、お前裸足でなにやってんの?」

 靴を隠された。

「お前の声は耳障りだから、もう二度と喋るな」

 そう言われて、口にガムテープを貼られた。

「おい、じゅーえん」

「じゅーえん」

「じゅーえん」

「じゅーえん」

 誰も、僕の名前を呼んでくれない。

 そんな日々が、もう二年以上も続いている。

 始まりは、ある冬の日だった。

 その日、教室の窓から見える景色にはちらほらと空から舞い落ちてくる白い物が紛れていて、けどそいつは土の上に積もるほど幻想的でもなく、それでも昼休み、教室の中に置かれたストーブの周りで暖を取っていたクラスメイトたちはそいつを見るや否や嬉しそうに外へと飛び出していき、それは若くて美しくて元気であることだけが取り柄の担任の先生だって例外ではなく、結果、教室の中には数人の男子生徒と僕だけが残っていた。

 本来なら先生が教室にいない間はストーブをつけることが禁止されているのだけど、先生がストーブを消し忘れて出て行ったので、黒田くんと数人の男子生徒たちはストーブの周りに集まり、いつものように愉しそうにお喋りをしていた。

 僕と黒田くんは小学校の一年生と二年生の時は同じクラスだった。そして、その時はとても仲が良かった。休み時間や登下校の時はもちろん、休みの日だってお互いの家を行き来し合っていたくらい。けど、三年生と四年生の時には別々のクラスになってしまって、一年生と二年生の時に比べると一緒にいる時間が少なくなっていった。五年生になって再び同じクラスになったけど、その時にはお互い別の友達がいて、もちろん僕たちは仲が良かったけれど、一年生と二年生の時のようにいつも一緒にいるという感じではなかった。それに僕は黒田くんといつも一緒にいる金田かねだくんや道重みちしげくんといった少し悪そうな、先生に反抗をするような子たちがどうしても好きになれなくて、わざと距離を置くようにしていた。僕が黒田くんに話しかけるのは、黒田くんが一人でいる時や、夏休みに家族で旅行に出かけた時に買ってきたお土産を渡す時くらいだった。だから、僕は当時クラスの中で一番仲の良かった河本こうもとくんという友達と二人で、僕の席でお喋りをしていた。河本くんは生まれつき体が弱くて水泳の授業は必ず見学をするような男の子だった。だから雪が降っているのに外で遊ぶことなんてできないから僕たちは教室に残ってお喋りをしていた。

 僕と河本くんがお喋りをしていると、突然金田くんが僕たちのところへとやって来て「お前、ちょっと来い」と僕の腕を強引に引っ張った。僕は抵抗することもできずに、ストーブの近くまで連れて行かれた。

 僕がストーブの近くに着くと、黒田くんはなぜか手に給食の時パンを挟むプラスチックの道具を持ちながら、僕に向かって「お前さ、ちょっと腹出せよ」と言った。その言葉の意味が分からずに僕がぼけっとその場で突っ立っていると、突然黒田くんの隣にいた道重くんが僕の後ろに回り込んで僕を羽交い締めにした。あまりにも突然の出来事に僕の思考は停止していたけれど、危険だということは理解した僕の体は反射的に道重くんから逃れようと抵抗を開始していた。けれど、道重くんはクラスでも一番身長が高くて、野球をしているから体格だって良くて、だから僕がどれだけ必死になって体を動かそうとしてもぴくりともせずに、気が付くと目の前には金田くんがいて僕の服を脱がせようとしていた。僕は必死になって抵抗を続けて、けどそんな抵抗も空しく僕のお腹が露わになった時、黒田くんが僕のお腹にそれを押し当てた。

 まず始めに僕が感じたのは熱いではなく痛いで、その何十本と束になった針の先が一斉にお腹に押し当てられたかのような鋭利的な痛みによって、僕は膝から床へと崩れ落ちていた。崩れ落ちる瞬間に僕が見たのは愉しそうに笑っている黒田くんの顔で、その後はもうなにがなんだか分からなくて、だって僕は少しでも痛みを和らげるために両手でお腹をさすりながら床を転げ回っていて、熱くて痛くてお腹がちぎれそうなくらい痛くてそのあまりの激痛に僕は声すら出すことができずに、まるで夜店の水槽に詰め込まれた金魚のように口をぱくぱくと開けては閉じるだけで、周りでは黒田くんや金田くんや道重くんや他の男子生徒たちの笑い声が飛び交い、その笑い声は渦を巻いているように僕の耳に聞こえたり聞こえなかったり聞こえるにしても近くで聞こえたり遠くで聞こえたり夢か現実かも分からないくらい僕の頭の中は混乱していて―

 僕のお腹にできた十円玉の火傷の痕、その日から僕の名前はじゅーえんになった。


 部屋の中で一人、火傷の痕に触れる。時間の経過と共に表面的な痛みこそなくなったものの、皮膚の上にできた溶岩が固まった後のような傷痕は今なおくっきりと体に小さくて丸い痕を残していて、強く押すと内側が痛む。

 名前が変わるとすべてが変わった。

 生活も、夢も、なにもかもが変わっていった。

 初めて男と会った時、男は笑っていた。「よろしくな」と、男はこちらに向かって手を差し伸べてきた。男の隣で母親も笑っていた。あの日以来、初めて母親の笑っている顔を見たような気がして、そしてそれはきっと間違いではない。あの男の隣で、母親は確かに笑っていた。

 初めて男がタバコを吸っている姿を見た時、恰好良いと思った。片手でジッポライターの火をつけたり、右目だけを細めて赤い光を照らしたり、親指を弾いて灰を落としたり、その仕草一つ一つが本当に恰好良くて見惚れた。父親はタバコを吸わない人だったから余計に恰好良く思えたのかもしれない。男は笑い方にも特徴があった。顔の右半分だけを歪ませ男は笑った。父親は違った。顔全体を綻ばせて笑った。どちらがどうというわけではなかったけれど、男の笑い方の方が見る者に男らしさを感じさせて、恰好良いと思えた。本が好きで、誕生日には決まって本をプレゼントに選ぶような父親とは対照的に、釣りやバーベキューなど、休みの日には決まって外へ出かける男は当然野球だって上手くて、たとえば、父親とキャッチボールをしている時は父親が後ろに逸らしたボールを取りに行くのを待つばかりでちっとも愉しくないのに、男とキャッチボールをする時は、男はどれだけ構えているところと違うところに投げてもいとも簡単にキャッチし、ショートバウンドだってプロ野球選手のように軽やかに取ってみせた。そのプレー一つ一つに心を奪われ、学校が休みの日には何度もキャッチボールをしに行こうとせがんだ。毎日毎日、朝早くから夜遅くまで働いてばかりで、誕生日であろうと夏休みであろうと家になんてちっとも帰って来ずに、挙句の果てには働き過ぎで体を壊し、大したお金も残さずに死んでしまった父親よりも、どんな仕事をしているかは全く分からないけれど、広いマンションに住んでいて、なんでも好きな物を食べさせてくれる男の方が人として立派だと思った。なにより、男と一緒にいる時の方が母親の笑顔をたくさん見ることができた。だから、父親よりも男の方が好きだった。

 あの時までは。

 名前が変わって、住む家が変わった。生まれて初めて自分の部屋というものが与えられた。部屋には憧れだった勉強机だけではなく、テレビやゲーム機までもが揃っていた。毎日お腹一杯にご飯を食べることができた。広いベッドの中で、手足を十分に伸ばして眠ることができた。何不自由のない生活がそこにはあった。

 新しい家に住むようになって、数週間が経ったある日のことだった。夜ご飯を食べた後、いつものように自分の部屋に戻ってベッドに寝転びながらテレビを見ていると、男が突然部屋の中に入って来た。男は躊躇いなくこちらに向かって歩いてきた。男は酔っているようで、男からは酒の匂いがした。悪い予感がして、慌てて起き上がろうとするといきなりこめかみを殴られた。訳が分からずに、それでも殴られた箇所を手で押さえながら急いで顔を上げると、すぐ目の前には顔の右半分だけを歪ませて笑う男の顔があった。ほんのついさっきまではそんな物なかったはずなのに、いつの間にか男の口元には先端が赤く光っているタバコがあって、男がタバコを吸うと赤い光は一瞬だけさらに赤く、まるで腫れ上がるみたいに真っ赤に光って男が旨そうに右目だけを細めてはその後で口から盛大に煙を吐き出した。男の動作一つ一つが流れるようで、こんな状況だというのに初めて男がタバコを吸っている姿が格好良くて見惚れていた。

 男がこれからなにをするのか、なんとなく分かっているはずなのに、黙って男の行動を見続けることしかできなかった。男は左手で服をめくり、そのせいで露わになったまだまだ頼りない小学生の細い体目がけて右手に持つタバコの先端を押し当てた。その瞬間、じゅっという花火を水につけた時のような音がして、お腹に猛烈な痛みを感じた。しかし、次の瞬間には痛みは熱さへと変わっていて、お腹の上でなにかが燃えている、炎がごうごうと燃え上がるのとは違う一点に集中して熱い、たとえるなら虫めがねに太陽の光を集めて紙のある一点を燃やす、そんな感じの熱さがお腹の上で感じられて、けどそれらはすべてその出来事が終わった後に思ったことで、その時はただもう痛くて熱くて一刻も早くその痛みと熱さを緩和させるべく両手でお腹の上をさすって、でもそのせいで痛みと熱さはさらに拡大されてベッドの上を転げ回って、痛い痛い熱い熱い声に出して叫んでいると「うるさい」と声が聞こえて再びこめかみに痛みが走り、それから先の記憶はない。

 ショックというよりは驚き、痛みというよりは悲しみ、あの時体に刻まれたそれらの感情は今なおはっきりと体の中に残っていて、轟々と他の感情を燃やし続けている。

 しかし、最近になって肉体的な成長をきっかけにようやく殺意というものを覚えることができて、それに伴って喜びすらをも感じられるようになった。


 チャイムが鳴って担任の先生が教室から出て行くとそこからは放課後で、クラブ活動に参加しない生徒は帰宅することができる。けど、僕がその習いに従って帰宅するために教室を出ようとすると、黒田くんの取巻きが二人やって来て僕の腕を掴んだ。じゅーえん、お前なに帰ろうとしてんだよ、と一人が言って、もう一人が僕のお尻を蹴った。そんな僕たちの隣を、じゃあまたねー、と言って一人の女の子が通り過ぎて、そのまま教室を出て行った。おう、またなー、取巻きの一人が手を振りながら笑顔でそう答えた。ほら、じゅーえん、お前はこっちだよ、同じ笑顔のまま取巻きは僕の髪の毛を掴んでは引っ張った。髪の毛を引っ張られたまま、僕は教室の奥で何人かの生徒たちが集まってお喋りをしている黒田くんの席のところまで連れて行かれた。黒田くんの席の近くまで行くと僕に気付いた黒田くんがおかえり、と言って笑った。逃げようとした罰だ、そこで土下座しろ、黒田くんが言って、僕は皆の前で土下座させられた。僕が教室の床に頭をつけていると、頭の上に足を置かれる感触があって、笑い声がたくさん降ってきた。僕は床に頭をつけたままごめんなさい、と声に出して何度も謝った。いつものように、僕は時間が過ぎるのをひたすら待つことしかできなかった。

 しばらくすると、あ、そうだ、という黒田くんの声が聞こえてきて、ようやく僕の頭の上から足が退けられた。僕が恐る恐る顔をあげると、すぐ近くに黒田くんの顔があって、黒田くんは手に一冊の本を持っていた。その白色ではない、しかし白色としか言いようのない本の表紙には『天国』という意味の英単語が書かれていた。それを見て僕は考えた。この本の中に『天国』があるのだろうかと。それを見て僕は思った。あるはずがないと。なぜなら、本の中には文字しかないから。今まで本に救われたことなんて一度だってない。

 この本で読んだけど、いじめにも色んな方法があるよな。黒田くんはどこか感心した様子でそう言った。ま、手始めに簡単なやつからやってみるか、まるでひとり言のように黒田くんはそう口にしながら、取巻きの一人にあれ持って来いと今度は力強く命令した。取巻きたちは嬉しそうにカルピスカルピスと言いながら絵具を使う時に水を入れる黄色のバケツを持って来て、僕の目の前に置いた。バケツの中には白濁色の液体が入っていた。

 あれだな、この作者が悪いよな、こんなことを小説に書くから俺たちのような純情な中学生が真似をするんだ、とまるで自分は少しも悪くないかのように黒田くんは言って、でもこれは本番前の練習のようなことだからさ、と僕には少しも理解することのできないことも口にして、最後にはいつものようにとりあえず今日はこれを飲んでみろ、と僕に命令した。

 僕は目の前に置かれた絵具のこびりついた黄色のバケツの中でゆらゆらと表面を揺らしながら存在している白濁色の液体を見て、胃の辺りからなにかがこみ上げてくるのを感じた。これを飲まなければならない僕のすぐ近くの未来と、こんな日々がこれから二年以上も続くであろう果てしなく遠い未来を思いながら、それでも仮に高校生になったからといってそれから先、僕に明るい未来があるのかと自問してみても答えは『分からない』で、なぜなら中学生になれば明るい未来があると期待していた僕は物の見事にその期待を裏切られたからである。先生という生き物は結局のところいじめがあることを知っていても見て見ぬフリをする生き物で、担任の先生が先生になったばかりの若い女の先生から、人生経験豊富そうな体格の良い四十代の男の先生になろうともそれは同じことだった。結局のところ、僕は意味もなく叩かれてすれ違いざまに死ねと言われ、皆が見ている前で土下座させられては目の前にある絵具のこびりついたバケツに注がれている得体のしれない白濁色の液体を飲まなければならない。

「早く飲めよ」

 なぜなら、黒田くんの言葉に逆らうことなんて僕にはできないから。


 声を出すと、いつもより一層強く殴られた。うるさい。喋るなガキ。死ね。口にガムテープを巻かれて、冬の寒い日にベランダに放り出されてそのまま数時間放置されたことだってある。

 声を出すことをやめると、必然的に心の中で思うことが増えてくる。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。そのことだけを心の中で何度も願う。気が付くと、死ねの間に殺すが混じっている。マジで。早く。そんな言葉も時折混じる。死んでほしい。心の底から思い、願う。

 それでも、男は死ななかった。どれだけ心の中で叫ぼうとも、男が死ぬことは決してなかった。

 春になって夏になって秋になって冬になって晴れて曇って雨が降って雪が降って殴られて蹴られて髪の毛を掴まれて張り倒されて死ね死ね死ね死ね殺す殺す殺す殺す心の中で何度も叫びけれど決して声には出さずに、月日と痛みだけが蓄積していった。

 男の気持ちは分かる。他の男の子供を、好きになれるはずがない。当然のことだ。男は決して間違ってなどいない。むしろ正しい。呆れるほど正しい。

 男から学んだこと。自然の摂理、生き物の序列、世界の法則。そのどれもこれもが残虐で、見事なまでに不平等で、そしてなにより正しい。

 死んでほしい人間に対して死ねと連呼することも、自分より弱いものを完膚なきまでに叩き潰すことも、そのどちらも正しい。

「早く飲めよ」

 声だけで人を征服することも正しい。

 世の中にあることはすべて正しい。

 だからこそ今こうして世界が存在している。

 汚い世界だ。


 ご飯を食べている。お父さんと、お母さんと、妹と、そして僕の四人で、テーブルを囲んで夜ご飯を食べている。

 小学校六年生の妹は、反抗期からか最近家ではあまり喋らないようになって、ご飯中も携帯電話をいじっていることが多い。お父さんは相変わらず口数が少なくて、時折テレビに映るバラエティ番組に視線を向けては力なく笑っている。お母さんだけがどこのスーパーのお肉が安かったとか、だから今日は肉じゃがにしたとか、今日通販で買ったダイエット機器が届いたんだけど使い方が分からないからあなた後で説明書読んでみてよとか、ご飯を口に運びつつも、妹にはいい加減にしなさいと注意をして、お父さんにはあなたもテレビばっか見てないでなんとか言ってよと促していた。

 僕は物心ついた時からそうであるように、お母さんの言葉に相槌を打ちながらも、妹にはご飯の後にしろよと注意して、お父さんにはその芸人さん最近学校で流行ってるんだよと説明をした。お母さんは僕だけがまともに相手してくれることが嬉しいのかさらに喋るペースをあげて、妹はいつからこうなってしまったのか小さく舌打ちをしてから僕を睨みつけその後でまた携帯電話をいじり始めて、お父さんはそうなのかと理解しているのかしていないのかよく分からない口調で僕に言った。

 そんな風に家族三人に対して均等に気を配りながら、僕は口の中に広がる粘土のような味がするご飯や肉じゃがを喉の奥に流し込むことに格闘していた。黒田くんたちに白い液体を飲まされた後、学校で家で僕は何度も繰り返しうがいをした。けど、何度うがいをしたところで、あの粘土を溶かして飲んだかのような苦い味は、川底に根を張る水草のように僕の喉に引っかかったままだった。

健太郎けんたろう、最近学校の方はどうだ?」

 ふいにお父さんがそう言った。お父さんのか細い声は、お母さんの図太い、しかも乱発している声の隙間を縫って、僕の元へと真っ直ぐ届いた。

 その瞬間、僕の周りから音が消えた。相変わらずお母さんはぺちゃくちゃぺちゃくちゃと口の中にご飯が入っているにも関わらず口を動かし続けていて、妹は忙しなく携帯電話のボタンを押している。テレビの中ではたくさんのお笑い芸人たちが大袈裟に驚いたり手を叩いたりして笑っている。それでも、僕には彼や彼女たちが発している声、あるいは音、そのなにもかもが聞こえずに、健太郎、最近学校の方はどうだ、僕に向けて発せられたお父さんの声だけが頭の中で繰り返し繰り返しまるで合わせ鏡に声を投げ入れたかのように反響を繰り返していて、なぜなら僕はお父さんに言いたくて、僕、学校でいじめられているんだよ、そう言いたくて、この二年間ずっとずっとお父さんやお母さんに言いたくて、実際今までに何度も言いそうになって、でも結局一度も言えなくて、だってそんなことを言うとお父さんとお母さんが心配するから。お母さんはきっと、僕の言葉を聞いた途端学校に乗り込んで行って、それが早朝でも深夜でも休日でもどんな時だって構わず先生やクラスメイトたちの親を集めてはお前らの教育はいったいどうなってるんだと怒鳴り叫ぶだろうし、お父さんはお父さんで隣の学校に転校してもいいんだよ、もしあれだったらどこか遠くに引っ越ししてもいいと自分の通勤時間のことなんて少しも考えずに、あるいは単身こっちに残ることも厭わない覚悟で、優しく僕に言ってくれるだろう。でも、それだと妹が困るからやっぱり隣の学校に転校することになるだろうけど、とにかくお父さんもお母さんも僕のために動いてくれる。僕には分かる。お父さんとお母さんは僕の親だから。

 だから僕はずっと言えなくて、言うのは本当に本当に我慢できなくなった時で、だって僕はお父さんとお母さんに心配をかけたくないから、だから僕はずっと元気なフリをしながら、なんでもないってフリをしながら、いつもと同じように家族三人に対して均等に気を配りながら、別に、普通だよ、と口にする。でも、その僕が発した言葉すら僕の耳には聞こえてこなかった。


「佐藤くん」

 初めてその名前を呼ばれたのは、小学校の入学式の時だった。

「佐藤くん」

 二人は休み時間になるたびにどちらかの机に集まって仲良くお喋りをした。授業内容や学校行事について、他にも九九の覚え方やドッヂボールの時どうすれば最後まで残ることができるのか、そんな他愛のない話を二人はどちらともなく話し、また聞いていた。

「佐藤くん」

 その名前を口にしながら嬉しそうに近付いて来る友達はとても大切で、そして友達はいつしか親友と呼べるものになっていて、中でも彼からもらった星の砂は一生の宝物となった。

 なんて。

「佐藤くん」

 呼んでいる声に反応すると、自分ではない佐藤が返事をしていて、そのたびに自分の名前が変わったことを改めて実感する。佐藤だけはずっと佐藤のままで、佐藤だけはずっと家族揃って旅行に出かけていて、佐藤だけがずっと天国にいる。

「黒田くん」

 気が付くとそう呼ばれるようになっていた。

「黒田くん、一緒に遊びに行こうよ」

 佐藤の声がなんとなくムカついた。

 ただ、それだけのこと。


 放課後、僕は学校の近くにある公園に連れて行かれた。

「今日はこの前の続きをしよう」

 僕の周りを、黒田くんと取巻きが十人ほど囲んでいた。その中には女子も数人混じっていた。

 空にはどんよりとした雲が広がっていて、今にも雨が降り出しそうだった。薄暗い空を見上げながら僕は思った。今すぐに雨が降ればいいのになと。そうしたらきっと、皆は雨に濡れるのを嫌って今日のところは終わりになるだろうと思ったから。それが根本的な解決になることは決してないとは知りながらも、それでもそう思わずにはいられなかった。

「この前のは練習ってとこだな。今日のが本番ってことで」

 黒田くんがそう言って笑った。いつものように顔の右半分だけを歪ませて、愉しそうに、しかしどこか寂しそうに黒田くんは笑った。

 周りにいる取巻きたちはいつも以上に興奮していて、誰もがこれから起こるであろう出来事を前に、愉快そうにいつもと同じように顔全体を綻ばせながら笑っていた。

「この前の特製カルピスの味はどうだった?」

 黒田くんが僕にたずねた。黒田くんは過去に僕に向かって、お前の声は耳障りだから二度と喋るな、そう言ったにも関わらず、時折このように僕に質問をしては僕が黙っていれば無視するなと殴り、返事をしようとすれば喋るなと蹴った。僕が今まで何度答えのない二択問題に戸惑い、その度に必死に考えて、そしてたった一度の例外もなくひどい目に合ってきたことか。だから、僕はある時点から考えることを辞めて、なにも喋らないということを選択することにした。とはいっても、その選択は決して自らの意志で考えたものではない。単なる消去法だ。喋るより喋らない方が労力を使わないで済む。それだけのこと。

「ま、喋らないのは利口だよな」

 黒田くんは出来の良い生徒を見守る先生のように穏やかに笑い、そして次の瞬間には僕のお腹を殴っていた。

「でもな、こっちとしては無視されるってことがムカつくんだよ」

 僕は両膝をついた状態でお腹を押さえながら、それでも決して声だけは出さないように歯を食いしばって耐えていた。食いしばった歯の隙間から息を押し出すように呼吸をする。もちろんお腹は痛かったけど、それでもまだ我慢できる痛さだった。黒田くんは僕より体が大きいけれど、それでもクラスの中では真ん中くらいだから、それほど力が強いというわけではない。暴力だけなら、僕にとっては黒田くんよりも黒田くんの取巻きの方が脅威だった。

「理不尽だよな」

 同情するように黒田くんは言った。

「喋るなと言われて喋らなかったら、今度は無視するなと言われて殴られるんだもんな」

 黒田くんが「ははは」と乾いた笑い声をあげた。黒田くんの笑い声が合図だったかのように取巻きたちが続いて笑った。

「それじゃあ、そろそろ始めるとするか」

 そう言うと黒田くんは、おい、と僕の周りを取り囲んでいる一人に向かって声を出した。次の瞬間、僕の目の前になにかが落ちた。黒くて細長い、乾燥した固形物だった。

「今日はそれ、食べてみろよ」

 悲鳴があがった。女子の声だった。その後で男子の声。うわっ、くさっ、まじ。誰もが興奮気味に、しかし一切の同情を伺わせずに僕の周りで声をあげていた。

「そんなにビビらなくても、それを食べたからって別に死ぬわけじゃないんだから。それに、こんなこと大人もやってることだしな。なんて言ったっけ、うんことか食べるやつ。スカトロだっけ?」

 黒田くんの言葉一つ一つが僕の脳に直接響くようで、でも僕の頭は一向にその言葉の意味を理解することができなくて、キモチガワルイ、ただその感情だけが僕の体を震わせていた。

 ほら、さっさと食えよ、じゅーえん。黒田くんじゃない、別の人間の声が聞こえた。おい、じゅーえんが今から犬のうんこ食うってよ。黒田くんじゃない、別の男子の声も聞こえた。じゅーえん、マジきもちわるいんだけど。黒田くんじゃない、女子たちの軽蔑の声も聞こえた。

「ほら、なにやってんだよ。さっさと食べてみせろよ」

 誰かが地面を蹴った。砂が舞い上がって、目の前にあるそれにかかった。早くしろよ。ムービー撮ってやるからな。砂に混じって、声が聞こえてくる。

 嫌だ。僕はそう声に出して言ったつもりだったけど、喉がからからに乾いていて声は少しも出ていなかった。じゅーえんが金魚の真似してるぞー、笑い声とともにそんな声が聞こえてきた。

「嫌か? まあ、そうだろうな。俺だったら絶対嫌だもんな」

 それだったら。

 僕は声にならない声を出す。

「でもな、お前は今からそれを食べなきゃいけないんだよ。そう決まってるんだよ」

 意味が分からない。決まってるってなんだ。どうして僕ばっかりがこんな目に合わなくちゃいけないんだ。

 周りにいる取巻きたちはにやにやと笑顔のまま、それでも今は余計な声を出してはいけないということを悟り、黙って黒田くんの話を聞いていた。皆、同じだ。殴られたり蹴られたり、クラスの全員から無視されたり教科書に落書きをされたり、挙句の果てには公園で犬の糞を食べさせられそうになったりするのは嫌だ。だから笑っている。黒田くんに合わせるために、黒田くんにつまらない奴って思われないために、皆黙ったまま笑っている。

 僕も嫌だ。本当は僕だって周りでにやにやと笑っているだけの方がいい。誰かが目の前でいじめられていても、僕には関係ない、そう割り切って周りで見ているだけでいたい。

 それなのに。

 なんで僕ばっかりがこんな目に合うんだ。僕が一体なにをしたって言うんだ。

「お前は今、なんで自分ばっかりがこんな目に合わなくちゃいけないんだと思ってるんだろ?」

 黒田くんは手品が成功したばかりのマジシャンのように、得意気に片眉を上げてそう言った。僕は首を縦にも横にも振らず、黙って黒田くんの顔を見上げていた。

「なんとなくだよ。別にお前じゃなくてもよかったんだ。他のやつでも、別に男に限らず女でも、俺としては誰でもよかったんだ。ただなんとなくお前がムカついたからこうしてるだけで」

「なんとなく?」

 思わず聞き返してしまった。喋ってはいけない、という命令も忘れるほど、それは衝撃的な言葉だった。

「そう、なんとなく。俺はなんとなくお前をいじめてみようと思った」

 僕は黒田くんのなんとなくでこんな目に合っているというのか。黒田くんのなんとなくで、毎日殴られたり蹴られたり、教科書を破られたり筆箱を捨てられたり、頭にセミの死骸を乗せられたりトイレの水で顔を洗わされたり、そんな目に合っているというのか。

「そして、これからお前は俺のなんとなくでそれを食べさせられる。俺の思い付き。その日の気分で」

 どんまい、じゅーえん。そんな声が聞こえてきた。その後、当たり前のように笑い声が僕の周りで渦巻いた。

 意味が分からない。どうして僕が黒田くんの思い付きでこんな物を食べなくちゃいけないんだ。嫌だ。僕はこんな物食べたくない。気持ち悪い。本当に気持ち悪い。もう限界だ。これ以上は無理だ。先生に言おう。先生に言って、助けてもらおう。

 でも、

 僕は考える。

 もし先生が僕の話を聞いてくれなかったら。

 僕は想像する。

 勘違いじゃないのか?

 よく考えてみろ。

 お前にも悪いところがあったんじゃないのか?

 万が一にでも、先生にそんなことを言われたら。

 あるいは、

 僕は考える。

 黒田くんが素直に認めたら?

 僕は想像する。

 反省しています。

 もう二度としません。

 本当に本当にごめんなさい。

 黒田くんが素直に謝ったら?

 その先は?

 僕がいじめられない保証はない。

 むしろ、今よりもっとひどい目に合うかもしれない。

 でも、

 僕は思う。

 これ以上は無理だ。

 これ以上黙っているのはもう限界だ。

 お父さんに言おう。

 助けてもらおう。

 お母さんに言おう。

 それだけは絶対に嫌だったのに。

 お父さんとお母さんにだけは心配をかけたくなかったのに。

「なに、泣いてんのお前? でも、泣いたって無駄だ。泣いて許してもらえるとか、そんなのはありえないから」

 おいおい、じゅーえん泣いてんじゃねえよ。泣くってお前ガキかよ。うわ、汚え、鼻水出してやんの。

 砂が飛んできた。目に入った。痛い。涙が止まらない。

「なあ、俺だってそんなに暇じゃねえんだよ。泣いてる暇あるなら、さっさとそれ食べろよ」

 黒田くんの隣に立っていた取巻きの一人が、手に持っている木の枝で僕の目の前にあるそれを突いた。それはころころと土の上を転がり、僕のすぐ前までやって来た。その乾燥した表面には幾らか砂がこびりついていた。微かに悪臭がした。

「それともあれか? あーんしてもらわないと食べれないのか?」

 黒田くんの発言に対して、皆が笑った。

 僕はなにも考えられずに、ただ涙を流しながら黒田くんの顔を見上げていた。

「そんな顔したって無駄だ。さっき言ったばっかだろ。泣いて許してもらえるとか、そんなのはありえないから。時間切れとかもない。お前がそれを食べるまで終わらない。お前は今からそれを食べる。これはもう決まってることなんだよ」

 それでも全く動こうとしない僕を見て、黒田くんはやれやれと言った感じで、そして実際そう口にして肩を窄めた。それから軽くため息のようなものを一つついて、こう言った。

「仕方ない。お前が現実を受け入れるために、一つ話をしてやろう」

 そう言うと黒田くんは徐に語り始めた。

「どっかの国に住んでる、なんとかって猿の話だ。その猿ってのは一夫多妻制で、つまり一匹の雄猿が複数の雌猿に子供を産ませて、その複数の雌猿と子供とで群れを作って暮らすっていう習性がある。ある日、その群れに別の雄猿が攻撃を仕掛けるとする。理由はまあ普通に考えて雌猿を奪うためだよな。その時、仮に攻撃を仕掛けた雄猿が元々群れにいた雄猿に勝った場合、雄猿はその群れを追い出されて、攻撃を仕掛けてきた別の雄猿が新しく群れの主となる。勝った方が新しいボスの座に君臨するってわけだ。その時、新しくその群れの主となった雄猿が一番初めにすることがなにか、お前に分かるか?」

 黒田くんが僕にたずねた。

 僕はなにも考えることができなかったので、黙って首を横に振った。

 それを見て、黒田くんは笑った。

 いつもと同じようで、けどそれはいつもとは全く異なる笑い方だった。

 黒田くんは顔全体を綻ばせて笑っていた。それは僕が初めて見る黒田くんの笑顔だった。

 黒田くんが言った。

「子供を殺すんだよ。一匹残らず、その群れにいる子供を虐殺するんだ」

 子供を殺す。その言葉がまるで、お前を殺す、と言っているように聞こえた。

「一説では、雌猿は子育て中は発情しないから、雌猿を発情させるために子供を殺すと言われてるけど、俺はそうは思わない。ムカつくから殺すんだよ。考えてもみろ。別の雄猿の子供だぞ。不快だろ? 気持ち悪いだろ? だから殺すんだよ。強いものが偉い。弱いものは死んで当然。殺されそうになる子供が生き残る方法はたった一つだけだ。自分を殺そうとする相手を殺すこと。それしか生き残る方法はないんだよ」

 そんなことを言われても、僕には黒田くんがなにを言おうとしているのか理解できなかった。

「これが現実。分かるか? 弱肉強食ってやつだ」

 弱肉強食。小学生の時、理科の授業で習った記憶がある。ライオンはウサギを食べる。スズメは鷹に食べられる。強いものが弱いものを食べる。弱いものは強いものの糧となる。捕食者と被食者。生物界の由緒正しき優劣関係。

 でも、それはあくまでも動物の話であって、人間の話じゃない。先生だって言っていた。弱いものいじめをしてはいけません。暴力はいけないことです。確かに、先生はそう言っていた。

 それなのに、

「分かるか? 俺とお前は同じ年齢で、同じ学校に通っていて、さらには同じクラスに所属しているというのに、全く違う。俺は強くて、お前は弱い。強い俺は弱いお前になにをしても許される。弱いお前は強い俺になにをされても文句を言えない。これが現実。弱肉強食」

 だからさ、

 黒田くんが言った。

「分かったら、さっさとそれ食べろよ」

 今度こそ、逃げ場はなかった。黒田くんが周りにいる取巻きに向かっておいと声をかけると、次の瞬間、僕のすぐ後ろに人が立っていて僕を後ろから羽交い締めにした。続いて別の誰かが僕の前にやって来て、手に持っていた木の枝でそれを突き刺してこちらに向けた。初めは口ではなく鼻先にそれは向けられた。僕の知っているあの匂いがした。幼稚園の時、ウサギ小屋の掃除をする時に嗅いだあの匂いだ。鼻のすぐ先にそれがある。ほれほれと二度鼻先にそれを押し当てられた。きゃー、きもーい、女子の声が聞こえた。笑い声の混じった悲鳴だった。僕は顔をそむけようとして、けど誰かに頭を後ろから押さえられて動けないようにされていたので顔を動かすことができずに、そのままの状態で息を吸わないように耐えるしかなかった。その間にもそれは僕の鼻先から口元へとその行く先を変えていて、僕は歯を食いしばってそれが口の中に入って来ないよう抵抗した。身動きが取れない僕は、顔だけを下に向け、歯を食いしばって耐えた。ほれほれ、すでに何度も唇にそれを押し当てられていて気持ちが悪く、でも絶対口を開けてはいけないから必死に抵抗して、それでも誰かに足をかけられて僕は地面に倒され、両腕と顔半分が地面に押し付けられている中、たとえどんなことがあっても口だけは開けないように僕は体の中にあるすべての力を振り絞って抗い、ふいに見開いた瞳が周りにあるいくつもの笑顔を捉えしかしその中に黒田くんの笑顔はなく、遥か向こうに見える黒田くんの背中、徐々に遠ざかって行く黒田くんの背中が見えたその瞬間、終に僕の体に残っていた力は失われ、僕は現実を受け入れることとなった。


 ナイフを突き刺すとまるで豆腐に箸を刺したかのようにすんなりと体の中に刃が入っていった。刃が刺さったままナイフをぐるりと回転させると内臓をすべてぶっ壊すことができると昔読んだ本に書いてあったので実践すると、男が苦しそうに悲鳴にすらなっていない声をあげて喘いだので嬉しかった。その後、ナイフから手を放して腹にナイフが刺さったままの男を床に叩きつけるように転ばせ、足でナイフが刺さっているところを踏みつけると男はまた苦しそうに声をあげた。その姿が愉快だったので二回三回四回五回六回七回八回と繰り返し繰り返し繰り返し踏みつけた。そのたびにぴゅーぴゅーと男の腹から血が噴き出して、気が付いた時には足の裏が真っ赤っ赤、床も男の腹も壁も世界もすべてが真っ赤っ赤、空も地も世界もなにもかもが真っ赤っ赤でしかし太陽だけが唯一黄金色に輝いていた。

「ほら、海が見えてきたぞ」

 そんな声が聞こえてきたので前方に視線をやると、そこにはきらきらと黄金色の陽光を反射させて輝く黄金色の海があった。

「海だ」

 地面に転がっている死に損いを放っぽって、前方へと身を乗り出した。運転席に座る父親と助手席に座る母親、そんな二人の間から顔を出して、家族三人揃って眼前に広がる壮大な景色を眺めていた。家族三人を乗せた車は凄まじいスピードで世界を駆ける。いつしか体は宙に浮いていて、まるでスーパーマンのように風を切って前へと進んでいく。父親と母親に手を引っ張られて空を飛ぶ。痛みのない時間。恐怖を感じない時間。その時間を天国と呼ぶ。今が天国だ。今こそが天国だ。永遠に続けばいい。この時間が死ぬまでずっと続けばいい。でも知っている。現実はそんなに甘くないということを。いつまでも夢の中にいれるほど現実は甘くない。

 なぜなら、

 天国には終わりがある。

 気が付くと一人ぼっちだった。父親は二度と手の届かぬ闇の奥へと消え去り、母親は手を伸ばせば届きそうな、しかし決して触れることはできないところで泣いているばかりで、だから一人きりになることを選ばざるを得なかった。

 目の前に海がある。

 すすっ、すすっ、と聞こえるか聞こえないか、その程度のさらさらさらとした波音が聞こえてきて、その音に誘われるように海へと近付き、海を掬った。海を掬うと手の平には砂のような緑色をした海が乗っていて、その中にはちらほらと貝殻も混じっていた。

「黒田くん」

 声が聞こえた。

「黒田くん」

 どうやら砂の奥から聞こえているようだ。

「黒田くん」

 どこかで聞いたことのある声。

「黒田くん」

 佐藤の声。

「黒田くん、一緒に遊びに行こうよ」

 次の瞬間、ぱりんとガラス瓶の割れる音がして海が氾濫した。手の平に乗っていた緑色の海が手から溢れ落ちて地面いっぱいに広がった。その緑色の海は瞬く間にその嵩を増し、体を飲み込んでいった。つま先、膝、太もも、そして腰の辺りまでが海に飲み込まれた時、再び佐藤の声が聞こえた。聞こえたと言っても実際に音として聞こえてきたわけではない。緑色の海に飲み込まれてしまった箇所、つまりはつま先や膝、太ももや腰の辺りからその声は体内に潜り込み、体を侵食していった。

 確固たる痛みが体のあちこちを蝕み、徐々に体を破壊していく。

「黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん。黒田くん……」

 借り物の名前を呼ばれる。体の一部が海と同化していく。同化した箇所が痛み傷を追い時間の経過とともに壊死していく。足の指が右の膝が尾骨の先が海となり、嵩の増してきた海が飲み込んでいく胸を首をそして顔面までをも飲み込んでいく。息ができずにけれど決して苦しくはなく、とても温かい毛布かなにかで体を包み込まれている感覚、徐々に眠気がやってきて、知っている、今、目を瞑るとなにもかもが終わってしまう。この天国の時間が終わり、次に目が覚めた時にはまた現実を受け入れなければならない。次々と襲ってくる罵声と暴力。立ち向かうことなんてできない。知っている。世界は弱肉強食だということを。強者は弱者になにをしても許される。金で、権力で、そして暴力で、人が人を支配していく。怒鳴り、罵声し、圧倒する。殴り、蹴り、タバコの火を押し付ける。不快な世界だ。存在する価値のない世界だ。消えろ。死ね。今すぐ隕石が降ってきて世界を破滅させろ。全員死ね。粉々になって死ね。弱いやつから死ね。すぐに死ね。全員死ね。なにもかもなくなれ。死ね。死ね。どいつもこいつも今すぐ死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。

 視界が徐々に暗くなってきた。眠い。我慢できないほど眠い。眠ってしまうとまたあの現実が待っているというのに、この眠気には決して逆らうことができない。きっと。心のどこかで現実を受け入れてしまっている自分がいる。知っている。諦めている。あの男に逆らうことなんてできない。知っている。理解している。天国には終わりがある。

 しかし、次に目が覚めた時、そこはまだ夢の中だった。

 なぜなら、床に男が倒れていたから。これが現実であるはずがない。

 男は血まみれだった。腹にはナイフが刺さっていて、ナイフは墓石のように垂直に男の腹に突き刺さっていた。男は微動だにしない。いつものようにこちらを睨んで罵声を浴びせることも、立ち上がって殴りかかってくることもない。

 倒れている男の少し向こうに母親はいた。母親は床に座り込んだまま、こちらを見ていた。その表情は怯えきっていて、まるで幽霊でも見ているようだった。

 サイレンの音が聞こえた。サイレンの音は徐々にこちらへと近付いて来ていた。

「死ね」

 サイレンの音に混じって、声が聞こえた。

 その声が聞こえた時、すでに体は震えていた。死ね、という言葉一つが持つ絶対的な恐怖。それは聴覚ではなく触覚。音ではなく暴力。体全体が震えてしまうほどの絶対的な恐怖。それはただの声ではない。人を殺すことができる絶対的な力。

 今思えば、それはいつだってすぐ近くにあった。心の中に、その言葉は常に存在していた。

 他の誰でもない、それは自分自身の声だった。

 その時、ようやく気付くことができた。

 天国なんて、初めからこの世界に存在しない。

 この世界に、天国なんてモノは存在しない。あるのは死ぬまで続く現実という名の地獄だけだ。

 それを理解した時、すでに駆け出していた。一度も後ろを振り返ることなく、前だけを見据えて力の限り走り続けていた。

 目指すべき場所は決まっていた。


 雨が降っていた。小雨とも土砂降りともいえない中性的な雨が、世界を浸食すべく空から降り注いでいた。

 その雨の中を、僕は傘も差さずに歩いていた。家に帰るためでもない。学校へ戻るためでもない。強いて言うなら体を浄化させるため。そのために僕はあてもなく雨の中を歩き続けていた。

 ふいに、どこからか動物の鳴く声が聞こえてきた。雨音に混じって犬か猫かも判別のつかない動物の鳴き声が僕の元へと届いた。僕はなにかに取り憑かれているかのように、その鳴き声のする方に向かって足を進めていた。

 気が付くと、僕は再び公園の中にいた。さっきまでいた公園とはまた違う、今度はベンチと砂場しかないとても小さな公園の中に、僕は一人で立っていた。住宅の下に設けられたわけでもない、かといって街の中心に設けられたわけでもない、鬱蒼とした草に囲まれただけのとっくの昔に世間から忘れ去られてしまったような小さな公園に、僕は一人きりで立っていた。

 鳴き声の主は一匹の小さな犬だった。三十センチほどの段ボール箱の中で、十センチほどの小さな子犬が雨に打たれながらその体を丸めては鳴いていた。段ボール箱の中には餌らしき物が見当たらず、子犬のすぐ横には雨のせいでそうなったのかあるいは元々そのような物だったのか、おしっこかうんこかも判別できない水分を多く含んだ排泄物があるだけだった。

 僕はその場にしゃがみ込んで、雨に濡れて震える子犬に手を伸ばした。子犬の毛はまるで使い古した雑巾のようにざらざらとしていて、少し固かった。毛だってまともに生えていなくて、それによく見ると子犬の目はまだ開いていなかった。生まれてからそれほど時間が経っていないのかもしれない。子犬は不安そうに顔を強張らせながら、それでも僕が首の上や喉元を撫でてあげると気持ち良さそうに表情を緩めて鳴き続けた。もしかすると、僕のことを母親と勘違いしているのかもしれない。僕はそんな気持ち良さそうにしている子犬の顔を見ながらとても穏やかな気持ちになって、それから子犬の首に右手をかけ、次第にその手に力を加えていった。子犬の首は驚くほど細くて、その細さは僕の親指と中指がくっつきそうなほどだった。僕が親指と中指をくっつけようと力を加えると、子犬は先ほどまでの緩やかな表情から一転、苦しそうに表情を強張らせた。苦悶、と呼ぶべきだろう、子犬は顔全体を歪ませ大きな口を開けてなんとか呼吸をしようとした。しかし、僕の手はしっかりと子犬の首元を締めつけていて、子犬がどれだけ大きな口を開けて呼吸を繰り返そうとも、子犬はますます苦しそうに顔を歪めるだけだった。それを見て、僕は思わず笑ってしまった。無抵抗の相手を痛めつけることは、こんなにも簡単で愉快なことなのかと僕はその時初めて知った。おそらく、このままこの子犬を殺したところで僕は誰に叱られることも咎められることもない。法によって罰せられることもない。子犬を殺した後、僕は何事もなかったかのように家に帰って、いつも通りの日常を送ることができる。暖かいお風呂に入って、お腹いっぱいのご飯を食べて、毛布にくるまって眠ることができる。命の価値は平等じゃない。人間の命は尊い。子犬の命は儚い。なぜなら、人間は子犬よりも強いから。

 僕はこんなことも考えていた。このまま子犬の喉に指を突っ込んでやれば、きっと子犬はすごく苦しい思いをするのだろうなと。僕だって過去にされたことがある。ある時はシャープペンシルを、またある時はリコーダーを喉の奥に突っ込まれた。その度に僕は苦しくて、気持ちが悪くて、吐きそうになった。僕が嘔吐く姿を見てあいつらは笑った。僕が涙ぐむ姿を見てあいつらは泣いてんじゃねーよじゅーえんと僕に罵声を浴びせた。子犬もきっと僕が喉の奥に指を突っ込んでやれば苦しむのだろう。苦しくて、気持ちが悪くて、吐きそうになるのだろう。あるいは。僕はこんなことも考えていた。このままこの子犬を持ち上げて地面に思い切り叩きつけるとどうなるのだろうかと。僕が全力で、まるでドッヂボールの玉を投げるみたいに地面にこの子犬を投げつけるとどうなるのだろうか。トマトを叩きつけるみたいに破裂するのか、あるいはそこまではいかずに鈍い音をたてて顔と体が半分くらいぐしゃぐしゃになって、手足が変な方向に折れ曲がって、半生半死状態になるのか。客観的に考えて、後者の方が悲惨だ。痛いまま、しばらくその状態でいなくちゃいけないんだから。もしそうなったらサッカーボールのように蹴ってやろう。ベンチの下がゴールだ。あそこ目がけて思いっきり蹴ってやろう。僕だって過去にされたことがある。ある日の放課後、僕は黒田くんから、お前は今からサッカーボールだ、と言われて蹴られた。戸惑っている僕に対して、ほらさっさとボールになれ、と僕は黒田くんの取巻きによって無理やり体を丸めさせられ、でもばれると面倒だからと言って顔だけはしっかりガードしとけと言われたから僕は言われた通り顔だけはしっかりと両腕でガードして、でもそのせいで後頭部やわき腹のあたりが無防備になっていたから皆はその箇所を執拗に狙ってきて、机を二つ並べたその間がゴールらしく皆はこぞって僕をそこに蹴り入れようとした。すげえ、本当のサッカーよりおもしれえ。たくさんの笑い声の中、僕は人間ボールとなって教室の中を何度も転がった。今度は僕がそれをやる番だ。子犬をサッカーボールにして、思いっきり蹴ってやろう。僕はこの子犬より強い。僕はこの子犬になにをしても許される。黒田くんが僕になにをしても許されるみたいに。

 強いものが偉い。弱いものは死んで当然。これが現実。弱肉強食。

 僕がそれを確かめる。その言葉が本当かどうか、僕がこの手で確かめる。

 子犬の首を絞める手にさらなる力を加えると、今度は首の骨に直接手がかかっていることが分かり、子犬の喉からはなにか金属同士が当たって擦れているような、そんな音が漏れてきた。その瞬間に僕は理解した。ここが境界線だ。生と死。ここがその境界線だ。これ以上、僕が手に力を加えるとこの子犬は死ぬ。窒息死か首の骨が折れたことによって死ぬのかは分からないけど、僕が今以上の力を加えたその瞬間に、この子犬はその短い生涯を終えることになる。僕の匙加減一つでこの子犬が生きるか死ぬか、それが決まる。これが弱肉強食。強いものは弱いものになにをしても許される。いじめても、殺しても、なにをしても許される。

 黒田くんの声が聞こえる。強いものが偉い。弱いものは死んで当然。これが現実。弱肉強食。僕の中に黒田くんがいる。黒田くん。僕をいじめている黒田くん。クラスの中心的存在黒田くん。テストがあるたびに百点満点を取っていた黒田くん。足がとても早かった黒田くん。体育の授業でドッヂボールをする時にはいつも最後まで残っていた黒田くん。小学校の二年生くらいまでは佐藤くんだった黒田くん。佐藤。僕と同じ名前、姓。僕たちはいつもお互いのことを佐藤くんと呼び合っていて、休み時間はいつも一緒にいた。勉強のこと、学校行事のこと、友達のこと、僕たちはたくさん話し合った。ある時はドッヂボールで最後まで残るにはどうすればいいのか、またある時は九九の七の段の覚え方を、そして九月一日には夏休みに家族でどこに旅行へ出かけたのか、そんなことを僕たちはたくさんたくさん話し合った。それなのに。ある時から佐藤くんは変わってしまった。佐藤くんは黒田くんになってしまった。初めてそのことを聞いた時、僕は少し寂しくて、だって僕たちは同じだったから、僕たちは同じ名前で出席番号も隣同士でそれがきっかけで仲良くなって休み時間にはいつも一緒にいて、でも先生が言って、佐藤くんも今日から黒田って呼んでくださいって朝の会の最後に皆の前で言って、だから僕は頑張って黒田くんって呼ぶことにして、クラスの皆もそう呼んでいて、

 だからかもしれない。

 佐藤くんは黒田くんになってしまった。日付が変わるみたいに、佐藤くんは黒田くんに変わってしまった。もう二度と黒田くんが佐藤くんに戻ることはない。過ぎ去った時間が決して戻らないように、黒田くんが佐藤くんに戻ることは決してない。

「俺は強くて、お前は弱い。強い俺は弱いお前になにをしても許される。弱いお前は強い俺になにをされても文句を言えない」

 その通りだ。強い僕は弱い子犬になにをしても許される。弱い子犬は強い僕になにをされても文句を言えない。これが現実。弱肉強食。黒田くんの言う通りだ。

 子犬の首を絞める手に全力で力を込めた。

 硬い石が擦れ合うような、鈍い音が聞こえた。

 子犬は全身の力を振り絞って体をばたつかせ、しかしすぐに動かなくなった。

 ほんのつい数秒前まで脈打っていた子犬の首に脈はなく、子犬は口から液体を垂らし死んでいた。

 僕が殺した。

 僕はしばらくの間、死んだ子犬を右手に持ちながら立ち尽くしていた。雨が子犬の口元から垂れる液体を流していく。子犬の口から垂れる液体が地面に落ちた、その時だった。

 突然子犬が目を見開いて凄まじい勢いで僕の顔を見た。

 僕は驚き慌てて子犬を地面に叩きつけた。子犬は地面に叩きつけられながらもずっと僕のことを見ていた。子犬はなにか言葉を発していた。死ね、と言っていた。

 僕は子犬の声に、怒りに、恐れ慄いた。すぐさま後ろを振り返ってはその場から逃げるために全力で駆け出した。

 背後から声が聞こえた。子犬の死ねと言う声が、黒田くんの弱肉強食だという声が僕の背後から絶えず聞こえてきて、その声から逃げるために僕は全力で走り続けた。

 目指すべき場所は決まっていた。


                φ


 いったいどれほどの時間、走り続けただろうか。

 随分と長い時間走り続けてきたような気がするけれど、実際はほんの少しの時間走っただけなのかもしれない。ただ、気が付いた時にはすでに雨はやんでいて、雲の切れ間から太陽の光がこぼれていた。

 目の前に映る景色は初めて見るもので、二百メートルほど前方には古びた小学校があり、そこの生徒たちであろう小学生たちの声が聞こえてきた。その小学校の向こうには工場でもあるのだろうか、高く伸びる煙突が三本立っていた。そしてその遥か頭上に太陽があった。赤い太陽だった。夕方のこの時間にしか見られない赤い太陽の光が、まるで母親のように世界を優しく包み込んでいた。

 歩く。

 未だ舗装のままならないアスファルトの道を、一歩、一歩と、天国を目指して歩いて行く。


 世界は果てしなく広がっていた。

 どこまでも続く地平線が見えた。

 その上を鳥たちが群れをなして飛んでいた。

 両手を広げて、鳥になる。

 両手を広げて、空を飛ぶ。

 もう一歩、足を前に踏み出せばそこが天国だ。今いるこの場所が天国の入り口。あと一歩足を踏み出すだけで、天国へ行くことができる。

 今思うと、あの日からこうなることは決まっていたのかもしれない。

 名前が変わったあの日。あの日からずっと、この場所を目指して生きてきたのかもしれない。

 世界は果てしなく広がっていた。

 どこまでも続く地平線が見えた。

 その上を鳥たちが群れをなして飛んでいた。

 両手を広げて、鳥になる。

 両手を広げて、空を飛ぶ。

 両手を広げた、その時のこと。

 突然、世界が大きく揺らぎ始めた。

 初めは地震かと思った。世界全体が大きく揺れていて、だからこそ目の前に映る景色、世界、それらが大きく揺れているのだと思った。けど、それは違った。震えていたのだった。世界ではなく、自分自身の体が震えていたのだった。足のつま先から頭の天辺まで、体全体が余すことなく震えていた。

 それは恐怖だった。今まで幾度となく経験してきたありとあらゆる罵声、暴力などとは比べ物にならないほどの絶対的な恐怖だった。

 死。

 死ぬ。

 死ぬ。

 死ぬ。

 死ね。

 死ね。

 死ね。死ね。

 死ね。死ね。死ね。死ね死ね死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねマジで死ね死ね死ね死ね死死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死にたくない死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死にたくないね死ね死ね死ね死死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……


 気が付いた時、世界はすでにその色を失っていた。

 物音一つ聞こえない。

 まるで世界が終わってしまったみたいだった。

 人の気配はどこを探しても見当たらず、世界に一人取り残されてしまったみたいだ。

 それでも、薄く広がる濃紺の世界は、まるで父親のように離れた場所から終わってしまった世界をじっと温かく見守ってくれていた。

 その時、声が聞こえた。

 その声は、いつもとは違う声だった。

 その声は、助けを求める声だった。

 その助けを求める声は徐々に大きくなっていき、それは次第に叫び声へと変わって、最後には泣き声となって世界に大きく鳴り響いた。

 世界はその泣き声と呼応するかのように、ある瞬間からパッと明るく輝き、とても美しい世界へとその姿を変えていた。

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天国 おかずー @higk8430

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