22.交錯
セイがシオンと共にその部屋に辿り着いたとき、リフはただ一人そこで佇んでいた。
「遅かったな。お前の大事な大事なフィーネはもうここにいないぞ」
リフは嘲笑うような表情を浮かべてそう告げる。それが挑発だとわかっているから、わざと不穏な想像をさせる言い方をしたのだとわかっているから、セイはぐっと下腹に力を込めて、自分を律した。
「ぞろぞろと連れてきた近衛はどうした。奴らはお前を守るのが仕事だろうに」
「……この屋敷は制圧した。この屋敷の中で自由に動ける状態なのは、リフ、君だけだよ」
「はっ、それはそれは。俺には新王様直々に引導を渡しに来てくれたというわけか。……膿をひとまとめに処断する口実を与えたことへの褒美とでも言う気か?」
「そんなつもりはないよ……」
「お優しいことだ。俺の罪状はもう決まっているのだろうな? 予想通りならこんな悠長なやりとりなどさせてもらえないと思っていたが、新王様は存外身内に甘いらしい」
言葉のすべてが偽悪的だ。本来のリフがそんな人間ではないということを知っているから、胸が痛む。
「君の――君と君に協力したという形の貴族の歴々の罪状は、『反逆罪』だよ。君の予想と変わりないと思うけれど」
「ここでその罪状を出さなかったら、お前の頭がもう使い物にならなくなったのかと心配していたところだ。……さて、この国での反逆罪に対する処断は死刑だが、俺はどうやって殺されるんだ? ――それともまさか、殺さない、などとは言わないだろうな?」
口元を歪めて、リフは問う。問われたセイは知らず奥歯を噛み締める。
……殺すとも、殺さないとも言えなかった。セイだってまさかリフが本気で反逆を企てたなどとは思っていない。けれど事実上リフは反逆の首謀者だった。王の権限をもってして不問に処すことは出来なくはないが、間違いなく重臣達は反対するだろう。いまだ王位に就いたばかりで信用の無いセイの言葉をどれほど受け入れてくれるかも分からない。後々の政治に響かせるわけにはいかないのだ。
黙ったままのセイに何を思ったか、リフは目を細めて笑う。それは自嘲の笑みに見えなくもなかった。
「公開処刑で晒し者にしたいというのならばそれでもいいが……、名前も知らぬ役人に首を跳ねられるよりは多少なりと親しみのある兄弟に引導を渡されたいのだがな」
「なっ……!」
あまりの言葉に絶句するセイを、リフは笑んだまま見遣る。その瞳は不気味なほど凪いでいて、すでに自身の死を当然のこととして受け入れていた。
「――人殺しが怖い、と言うわけではないだろう。別に今殺そうと後で殺そうと変わりないのなら、お前に殺されたい、と思うのは我侭か? ――それに、お前には俺を殺す権利がある」
「――ッ人を殺す権利なんて、誰にもないだろう!」
「それは綺麗事だと思うがな。……どちらにしろ私は処刑を免れないのだ、公開処刑よりはお前に今殺された方がいい。――なによりあのじじいどもと共に裁かれると言うのが気に食わない」
最後のあたりはまるで独り言のように呟いたため、セイにその言が伝わることは無かった。
セイが腰に佩いている、いささか華美な両刃剣に目を遣り、次いで自身が身に着けたままの剣を見る。それ神業のごとき速さで鞘から抜き放ちセイへと突きつけた。そして倣岸に笑う。
「あくまで殺さないと言うなら、殺さざるをえないようにしてやろう。―――剣を抜け。一騎打ち、と言うのも悪く無かろう」
「私の存在を忘れてらっしゃるんですかね、第一王子」
そこに差し込まれたのは、これまでずっと黙ってやり取りを見守っていたシオンの声だった。
「私はセイくんの護衛ですから、セイくんに危険が迫ったら躊躇なく割って入りますよ」
「無粋だな。……だが、まぁそれでもいい」
「――何がそれでもいいだよ!!」
耐えかねたようにセイが叫ぶ。
「どうしてそんなに死に急ぎたがる! 抗弁もせずに……最初から、君は……」
「死が救い、という人間もいるのだと、院では教えてもらわなかったのか?」
嘲るようにリフは言う。突き付けた剣先は揺らがない。
「フィーネを危険にさらした俺に救いなど与えたくない、というのなら剣を取り上げてみせろ。そして好きな処刑方法で処刑するがいい」
何を言っても無駄だと、最初からわかっていた。それでも何か、心の内を見せてくれるのではないかと、甘い期待を抱いていた。
セイはもう『王』になってしまったのに。
「――シオンさん。手出しは無用です」
腰の剣に手をかけ、引き抜く。セイの覚悟を読み取ったのか、ようやくリフは満足げな笑みを浮かべた。
「何と言おうと、命令されようと、私はセイくんを守りますが――できるだけ、手は出さないようにしますよ。兄弟喧嘩に手出しは野暮ですからね」
溜息をついてシオンが言った。それが合図だった。
先に動いたのはセイだった。剣を持つ手を狙った一撃はかわされ、代わりに胴を容赦なく切り込む一撃がやってくる。それを剣を体勢を変えることでかわして、再び剣を持つ手を狙う。
リフが「本当にお前は甘いな」と囁いた。
「命を取る取られるの場面で、そんな甘い剣を遣っていいと誰に習った!」
「君とは師匠が違うんでね!!」
「私もそんな剣は教えてませんけどね」とシオンがぼやく。
本来セイが習ったのは片刃の剣の扱い方だ。王の証である両刃剣を佩くようになってから両刃の剣の扱い方も学んだが、習熟度は段違いである。
剣を絡めとられて跳ね上げられる。だが、瞬間、シオンが片刃剣を投げてよこした。鞘を掴み抜き去った勢いを使って、切りかかる。
キィン、と高らかに音が響いた。
「――獲物が変わったなら、もう少し楽しませてもらえるか?」
「楽しませるつもりは毛頭ない!」
交差した剣をずらして均衡を崩す。立ち位置を変えてまた切り結んだ。
「君は殺されたいのかもしれないけど、君はこんなどさくさに紛れて殺されていい人間じゃない!」
「犯した罪に比例した正当な裁きを受けろというわけか」
「わかってるくせに!!」
わざと見当違いのことを口にしているのはわかっている。煽っているのだ。それでも叫ばずにいられない。
「君がどういうつもりで行動を起こしたんだとしても! その死は尊厳あるものであるべきだ! こんな――罪の上塗りなんかじゃなく!」
――――剣が、宙を舞った。
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