17.お忍びと疑問
「セイ、どうしてるかな……」
夕食の支度をしながら、フィーネはひとり呟いた。セイのいない日々にも慣れてきてしまって、それがまた寂しい。
麗蘭に「便りがないのがいい便り」だと言われてそうなのかもと思いつつ、「でもちょくちょく顔を出しに来るって言ったのは本人だし……」などと考えてしまって、大丈夫なのか心配になってしまうのだった。とりあえずちゃんと食べているのだろうか。王様の食事事情が想像つかない。
もしかしたら今日は来るかもしれない、を繰り返して、最近の献立はセイの好きだったものばかりだ。誰も何も突っ込まないでいてくれるのが逆に気恥ずかしい。
かく言う今日も、セイが以前好きだと言った野菜たっぷりのスープを作ってしまった。元は節約献立だし、まだ一度作った時に好きだと言われただけなので他の人には気づかれないかもしれないが、フィーネ自身はそれがセイの好物と知っているのでもうなんか言い訳の仕様がない。
(……きっとちゃんと王様業をしてて忙しいんだろうけど……。帰ってきて、ほしいな……)
『当たり前にいた人がいなくなる』というのが、こんなに心にぽっかりと穴をあけるなんて知らなかった。何をしても「ああそうだ、いないんだった」と思わされる。
つまるところフィーネは、セイがいない日々に寂しさを覚えていた。
「……なんて、落ち込んでても仕方ないよね! さて残りのご飯作らなきゃ」
「え、フィーネ、落ち込んでたの? 大丈夫?」
「大丈夫大丈夫、最近はいつものことだから」
「それは余計に心配になるよ……」
「だからだいじょうぶ――って、え」
かけられた声に反射で応えて会話して、その自然さに「ん?」となったフィーネが横を向くと。
「あ、今日のご飯僕の好きなやつだ。ねぇ、手伝うから炊き込みご飯もしない?」
なんてうきうきと今日の献立を眺めるセイの姿があった。
「せ、せせせ、セイ……!?」
「? うん。えへへ、ちょっと帰ってきちゃった……一緒にご飯、食べていい?」
フィーネの驚きをよそに、年齢にあるまじき上目遣いでねだってくる。フィーネは一周回って冷静になった。
「……いいわよ。手伝うならちゃんと手洗って。炊き込みご飯するから野菜の下ごしらえ手伝って」
「! やった、ありがとうフィーネ!」
本当に嬉しそうにセイが笑ったので、フィーネも自然と口元が緩んだ。
「……王様業は大丈夫なの?」
「『そろそろ息抜きした方がいいでしょう』ってシオンさん――あ、今僕の護衛ってシオンさんがやってくれてるんだ――に言われて。ぱって連れてきてくれたから。たぶん気づかれないようにしてくれてると思う」
(そんな適当な感じでいいのかしら……)
思いつつも口には出さないフィーネ。「やっぱりよくないよね、帰るよ」とか言われても寂しいので。
「ちゃんと寝てる? ご飯食べてる? 生活習慣乱れてない?」
手を動かしながら訊ねる。セイは「うん、まぁ、あはは……」とごまかし笑いをした。
「その言い方はだいぶ諸々疎かにしてるわね」
「はは……フィーネには敵わないなぁ」
「何年一緒にいたと思ってるの」
言いながら、じんわりと心が温かくなる。自分のことを疎かにしがちなところは治っていて欲しかったが、嘘で取り繕われなかったことはフィーネを安堵させた。
その日の夕食は楽しいものになった。いつの間にか院での食事に馴染んだシキやカヤ、セイの護衛についてきていたシオンも交え、世間話に花が咲いた。
けれど楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、「さすがに半日以上城を空けるわけにはいかないから」と夕食後しばらくしてセイとシオンは城へと戻っていった。
それを院長と共に見送って、フィーネはいい機会だとかねてから院長に訊ねたかったことを口にする。
「……どうして、院の子どもたちは、セイが王様になっても、こうして戻ってきても、大騒ぎしないんですか?」
「フィーネはもう、その答えを自分で持っていると思うけれど」
その通りだった。おそらくこうだろうという仮説があるからこそ、フィーネは直接彼らに訊ねなかったのだから。
「でも、訊かれたからには答えよう。私はフィーネを教え導く立場だからね。……セイが、――王が、そう望んでいるからだろう」
「そして、『国民』だから、その意に沿っている?」
「そうだね。恐らくは」
「私たちがそれから外れているのは、やっぱり『シルフィードの民』だからですか……?」
「外れている、とまでは言わないだろうけれどね。元より、私たちはそれに対して大げさに騒ぎ立てようとは思わないだろう?」
「じゃあ、砂霧さんが何も言わないのは?」
顔なじみの店の店主、砂霧もまた、セイの顔を知っているはずなのに、新王即位式後に店で顔を合わせてもセイについては何も言わなかった。それは彼が生粋の『異国』――シルフィードの血を引く者であることと、仮説の上では矛盾が生じる。
「彼は彼で、わかっていても騒ぎ立てようとは思わないんだろう。明らかに面倒ごとだと判断するだろうからね」
そう言って院長は笑みを浮かべる。砂霧の性格をよく知るような言葉に、以前から抱いていた『院長と砂霧は古い知己なのかもしれない』という考えを改めて抱くフィーネ。
『王が望むから』――ただそれだけで、何事も飲み込まれるこの国、セントバレット。
『呪い』、『加護』、『祝福』――どんな言葉で語ろうと、やはりそれはおかしいことのようにフィーネには思えた。
フィーネがそう感じているだろうことを院長もわかっているだろうに、彼は何も言わない。その違和感はこの国で生きるためには自分で飲み込むしかない、とでもいうように。
フィーネははぁ、と溜息をついて、「戻りましょうか」と院長に声をかけたのだった。
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