魔導狩人

arm1475

その1

 魔導界〈ラヴィーン〉。そこはあらゆる世界の始まり、そしてあらゆる世界から放逐された人々の為の約束の地。


 かつて〈ラヴィーン〉には、恐怖と暴力によって、群雄割拠たるその世界の覇を目指した、魔皇、と呼ばれた男が居た。


 魔皇は異界からやってきた。だがその外見は、異形の主ではなく、ごく普通の人間であったという。

 魔皇の部下には、知略や文武に長けた者、そして『魔導器』と呼ばれる森羅万象を操る魔力の道具を駆使する者が多く居た。

 その力故に野心を口にしてはばからない者も少なくない。そんな強烈な集団を、魔皇を如何にして統制せしめたのであろうか。

 全てを可能にしたのは、魔皇が、比類無き剛剣の使い手であった為である。

 そしてその手には、魔皇軍を勝利に導いていった数多くある魔導器の中でも、〈ラヴィーン〉最凶の破壊力を持つと畏れられた魔導剣があった。

 〈魔皇の剣〉と呼び畏れられるその無銘の片刃剣には、太古の文明にて封印された筈の禁呪によって召還された、剣の神霊が宿っていたとされる。

 自然界から無限に力を吸収する事で、泰山をも一瞬で分断する破壊力を持つと言われた。

 事実、たった一薙ぎで、三千人近くいた反魔皇同盟軍の兵士の首を同時に刎ねた事もあった。


 だが無敵を誇るその魔皇にも、遂に終焉を迎える事になる。


 反対勢力を一掃するまであと一歩と言う所で挑んで来た、後に〈英雄王〉と謳われる、建国したばかりの小国ミヴロウの国王シフォウとの一騎打ちによって斃されてしまったのである。

 その敗因は、かつて自ら国を興すまでは剣客として諸国に名の知れたシフォウの実力もあったが、何よりその時、魔皇の手に〈魔皇の剣〉が無かった事が大きかった。

 その超絶たる破壊力に、魔皇の参謀であった法師シノギが、〈ラヴィーン〉に災いをもたらすものとして〈魔皇の剣〉を封印した為である。

 魔皇はしかしシノギを咎めようとはせず、自らの地位を捨ててまで魔剣の封印に務めるべく魔剣を携えて北方の霊峰に去って行った、最も信頼をおいていた参謀の後ろ姿を天守閣から黙って見送ると、悠然たる面持ちで、自らの居城に辿り着いた勇者との最後の闘いに赴いたという。


 主君を亡くした時点で、後継者が居なかった魔皇軍の敗北は決定した。

 彼の軍勢は蜘蛛の子を散らした様に方々へ逃走し、残された魔皇の居城には、既にこの事を予期していたのか、魔皇の最後の命令でシノギによって魔力を奪われ、只のがらくたと化した魔導器の山だけが鎮座しているだけだった。



「でも、全てが処分された訳じゃないわ。

 今回の様に山賊達が持っていた事で判る通り、陥落のどさくさに魔皇軍の残党が密かに持ち出して闇市場に流れた魔導器もあったのよ。

 ……お陰で、〈ラヴィーン〉は再び混沌とした群雄割拠の世界に戻っちゃったンだけどね」

「まるで我が王が、再びこの世界を混沌に導いた様な言い種ですね、カタナ殿」


 ミヴロウ国が誇る、屈強の騎兵師団『ミヴロウ騎士団』。十番隊まであるその三番隊隊長を、26才という隊長中最年少の若さで務めるイチエは、傍らで憮然としている白い法衣姿の美女に肩を竦めてみせる。


「……あのぅ…別に〈英雄王〉の所為だとは、言ってませンわ…御免なさい…!」


 カタナと呼ばれた白い法衣姿の美女は、急に不安げな貌をして頭を嫌々振り、腰まである炎の如く紅く長い髪を振り乱した。

 少し吊り上がっている、何とも艶やかなカタナの翠玉色の瞳が次第に潤み始めている事に気付いたイチエは、何とか特別すぎる彼女を宥めようと慌て始める。

 怯える彼女は、周囲に淡い光を放ちながら宙に浮いている、僅か三十センチ程の身長しかない、美しき精霊だった。


「……シフォウ王が〈ラヴィーン〉に暴力主義の恐怖統治に依らない、真なる平和な世界を築こうとする立派な志は、あたしも理解していますわ。

 ……それに今回の一件は少なからず、あたし達にも責任がありますし……」


 カタナは困惑しながらそう答えると、再び視線を前方へくれた。


 カタナが視線を戻した先には、巨大な風車が勢い良く回り続けていた。

 ミブロウ国の西方には、霊峰アムロを最高峰とするロンデニオ山脈が南北に走っている。

 そのほぼ中央で山脈を断つ様に位置するラオ峡谷の中に、ミカナと呼ばれる宿場町があった。

 現在、カタナや、全員段平と抗魔導力処理を施した鎧を装備したミヴロウ騎士団三番隊がいる、ミカナの東門から町の中央を臨むと、そこには峡谷という風が激しく流れる地の利を利用して築かれた、高さ三十メートルもある巨大な風力発電風車が見えた。

 連日昼夜絶えず吹く風を受けて回り続ける風車は、五十年前に〈ラヴィーン〉に迷い込んだ、一九七十年代のスイスの時計技師が設計、建立した物である。

 風車が生み出す電力のお陰もあって、この宿場町はミブロウ国建国以前から、ロンデニオ山脈の東西を結ぶ重要な拠点として栄えていた。

 だが今や、その繁栄の面影は皆無である。

 無惨に潰れた沢山の家屋を覆い隠すかの様に、ラオ峡谷の西方より差し込む夕日を受けて、唯一無事だった巨大風車が東門まで達する長い影を落としているだけだった。


「……鞘。何をじっと、風車を見てンの?」


 カタナが見ていたのは、集団となって固まっているイチエ達から少し離れた影の中に独り佇んで、周囲の被害に反して全く無傷の巨大風車を見つめている、剣と思しき柄がはみ出している革袋を背負っている、学生服姿の少年の背であった。


「鞘のいた〈ニホン〉って世界には、こンな風車は無かったの?」

「あぁ。あんな莫迦でっかい風車、余所の国に行っても無いよ」


 鞘と呼ばれた少年は後頭部を掻き毟りながらカタナの方へ振り返った。

 少し癖のある黒髪を冠する、そこいらにでも居そうな平凡そうな相貌を持つ、やや痩身気味の少年だった。

 鞘は、異世界――日本から、所謂『神隠し』と呼ばれる現象によって、この〈ラヴィーン〉に迷い込んだ14才の少年である。

 そして、小心者ながら、人間の魔導法士ですら知らぬ高位法術を自在に揮える〈ラヴィーン〉一の魔導法士と謳われている、この美しき精霊の相棒でもあった。

 何がきっかけで二人が知り合ったのか、二人の会話を端で聞いていたイチエは知らない。

 イチエが二人の事で知っている事柄は、鞘は元の世界に戻る方法を得る為に、この臆病そうな魔導法士のボディガードとしてお供して、〈ラヴィーン〉を旅しているという事。

 そして、我が親愛なる主君シフォウ王から絶大な信頼を受けている事と――このコンビが巷で最近、最強の〈魔導狩人〉と呼ばれている事であった。

 〈魔導狩人〉。

 その名の通り、魔皇の遺産たる魔導器を狩る者である。

 だが、盗掘者の手合いに非ず。

 闇市場に流れた魔導器による災害や犯罪を解決する始末人である。

 始末人と言っても、自称レベルの山師紛いも決して少なくなく、ピンからキリまで存在していた。

 その中でカタナと鞘のコンビは、他の狩人に追随を許さない、『超』を冠するに相応しい実力を保有していると評価されていた。

 イチエは、その実力を未だ目の当たりにはしていない。

 故に、背中の革袋に収めている剣をまともに振り回せられそうにはとても見えない華奢な異界の少年と、一流の魔導法士と呼ばれるにしてはかなり小心者過ぎて、そこいらでこそこそ飛び回っている森の妖精と同じ様に見えるこの精霊とのコンビの評判が、どうしても眉唾物に思えてならず、今回の任務に一抹の不安を感じていた。

 不安げな貌をするイチエを余所に、カタナは残光を残しながら宙を滑る様に鞘の元へ翔んで行く。

 鞘は寄って来たカタナを上げた左腕に留まらせると、正面に広がる無惨にも破壊され尽くした宿場町の街並みを見渡しながら、はぁ、と溜息を洩らした。


「酷い有様だな。例の怪物が暴れ回っている光景が目に浮かんできそうだよ。――なぁ、カタナ、矢張り見つからないのかい?」

「うん。何せ今度の相手は、不可視の巨人だから……」


 カタナは頭を振った。


「〈探視〉の法術で簡単に見つかるかな、と思ったけど……」

「そうは問屋が卸さない、か」


 鞘は溜め息を吐いた。


 イチエ率いる三番隊へ〈英雄王〉から与えられた任務とは、数日前、近づいていた低気圧がもたらした強風がミカナの街中を激しく吹き抜けた日に突如出現し、街に壊滅的な被害を与えた不可視の巨人の駆逐であった。

 地面に残された巨大な足跡からその背は小山もあろうと推測される問題の不可視の巨人は、決して自然に現れたものではなく、意図的に出現させられたものである。

 犯人は、ロンデニオ山脈に巣くっていた山賊達であった。古来より、ミカナはロンデニオ山脈の山賊達から度々襲撃を受けていた。

 だが、ミブロウ国に属する様になってからは、優秀な戦士で構成されたミヴロウ騎士団が警備の為にミカナに逗留する様になり、山賊達は迂闊に手が出せなくなった。

 その為、山賊達は起死回生を図り、闇市場に出回っていた魔皇の遺産に目を付け、罠の魔導器を街のどこかに仕掛けて、〈英雄王〉らにミカナから手を引く様、脅迫したのである。

 完璧に見えた山賊達の計画は、丁度その最中ロンデニオ山脈を通り掛かった一組の旅人によって破綻を迎える事になった。

 不可視の巨人がミカナで暴れ回っていたその頃、偶々ロンデニオ山脈を通り掛かったカタナと鞘を襲撃した事が、彼らにとって不運であった。

 山賊達は、本拠地にしていた尾根の自然要塞を反撃して来た二人によって破壊され、全員尾根から崩れ落ちて土石流と化した要塞の瓦礫に飲み込まれて、敢え無く全滅したのである。

 受け取った時点で既に、差出人がこの世にいない脅迫状を前に、シフォウ王は、その経緯を家臣から報告を聞くと、困窮した貌で思わず、あーあ、と洩らしたという。

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