一筋の光

ザイロ

第1話一筋の光

 後半38分

 0-2

 県大会の決勝戦。

 僕はFWの須藤にパスを送ろうとするが、相手チームがFWを一人の残し、センターラインの向こうの自陣で守備を固めているので、パスが出来ずにいた。


 MFの僕にも二人がかりでスペースを囲いこんできた。一人がボールを奪いにきたので、体の向きを変え、ボランチの安田にバックパスをした。彼はセンターバックの佐藤にボールを回し、佐藤は同じセンターバックで僕たちのチームのキャプテンである篠原にパスを回し合いながら、フォーメーションを整え、攻撃の機会を窺う。


 僕もポジションをさげて、パスを待つ。

  

 ―去年までの僕らは、いつも一回戦で負けてしまうような弱小校だった。しかし、今年に須藤がチームに加入したことで状況が変わった。守備を固めて、FWの須藤の圧倒的な走力を活かしたカウンターアタックで得点を取り、それを試合終了まで守る戦術に変えた。それが功を奏して、ここまで勝ち残ることが出来た。そして、今日、世間でも名前が知られている強豪校との決勝戦。  


 篠原は「上がれ!」と大声で叫びながら、長い腕を振り、ジェスチャーで僕たちを鼓舞する。 


 相手のFWが篠原にプレシャーを掛けてきたので、センターライン付近にいる右サイドバックの石田にロングパスをした。


 パスを受けた石田が仕掛けた。相手陣内にドリブルで駆け上がる。そうはさせまいと相手チームのMFがボールを奪取する為に石田にしつこく付き纏った結果、フィジカルで上回る相手にボールを奪われた。


 ボールを奪われた際に姿勢を崩した石田は、倒れこみながらも足を延ばし、ボールを弾いた。


 ―僕たちは限界ぎりぎりだが、まだ誰も諦めてはいない。スタンドから聴こえる吹奏楽部の演奏や歓声が大気を震う。


 ルーズボールを相手チームのMFに奪われ、ロングボールを蹴ろうと右足を振り抜こうするMFに背後から須田が周りこみボールを奪取した。そして、僕にパスを送る。


 ―パスをもらう僕は、FWの須田が上がるまで時間を稼ぐための方法を考えなくてはならない。シュートは距離が遠い。―選択肢の一つが減る。パスは相手の守備が厚いので確実性が少ない。―選択肢の一つがまた減る。最後の選択肢―ドリブルをして相手を揺さぶり、須藤の上がりを待つを僕は選択した。


 ボールをトラップして、体を軸に反転して、相手を交わし、ドリブルを仕掛ける。相手チームは僕に人数をかけて、ボールを奪おうとしてくるが、僕はドリブルで出来るだけ相手を引きつける。


「カイト!」


須田の叫び声が聴こえたと同時に僕はループパスを放つ。オフサイドぎりぎりで須田のトップスピードで受け取ることができる位置。

 

 ―僕と須田は、何回もこれを練習した。夕日が沈みグラウンドが照明の光だけになり、周りが闇に蔽われても何回も繰り返した。須田は、「俺はここにいる」ことを証明するように何度も僕のあだ名を叫んだ。


 ボールは弧を描き、相手チームのDFを越えて、緑の芝生に落ちた。須田が飛び出しボールを受け取り、右足でシュートする。


 ボールはゴールネットを揺らした。


 僕たちは喜びを分かち合いながらも、急いでボールをセンターマークに置く。

 

 相手チームから試合がスタートされるが、無常にも試合終了のホイッスルが鳴る。


 1-2で僕たちの負けだ。


 仲間は何人かは泣き崩れて、もう何人かはグラウンドに倒れ宙を見ている。キャプテンの篠原は、個人それぞれに話かけ、手を貸して立たせた。蹲っていた僕にも、言葉をかけて大きな手を差し伸べてきたので、強く手を握り立ちあがる。篠原も今にも泣きそうだった。表彰式などを終えて、僕たちはグラウンドを後にした。悲しみや疲労で帰り道は誰もしゃべらなかった。

 

 

 数時間後、僕はボールを触りたい衝動に駆られ、夜なのにグラウンドに向かった。

そのグラウンドには、須田がいた。

 「カイト。練習付き合えよ。」と言いながら、ボールを蹴った。

 僕は、勢いを借りてボールを空中にふわりと上げて、リフティングを始めながら笑顔を浮かべた。そして、ゴールに向かってボレーシュートを放つ。

 その弾道は、暗闇を裂く一筋の光のようだった。

 

    

 




 




 


 

 

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一筋の光 ザイロ @kokoca

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