恵み終わって、この世界

ミコト

第1話

一番古い記憶は、誰かに手を引かれている記憶だった。

どこか懐かしい場所を顔の黒い人間に半ば強引に連れられている。そんな記憶。


それが誰なのか、はっきりとは分からない。

ただ、それが両親で無いことははっきりと分かっている。


あの日、その時、両親は家に居たはずなのだから。

ボクは両親に"遊んでくる"とでも言って家を出ていたはずなのだから。

そうでないと、今ボクの側にあの人たちがいないのはおかしいのだから。


だからそのはずなのだ。

あれは両親ではない。


では、誰なのか。

答えは出ている。憶測にすぎないが、多分"あいつ"だろう。

"あいつ"はボク以上に色々覚えているようだし、"あいつ"がそう言うなら間違いない。


だから、ボクの最古の記憶は幼馴染に手を引かれて避難している時の記憶だ。

今から10年近く前だから、4歳の時か。

十数年。改めて思うが、長い関係だ。


曰く、「小さいころから一緒」「何をするにしても側に居た」

すべて"あいつ"の言葉だが、なるほどとうなずける。

"あいつ"はひな鳥の様に後をついてきて、ボクの行動の一つ一つに口を挟んでくる。

大人ぶるのが好きで、よく小難しいことを得意げに話している。

そのくせ無駄にプライドが高く扱いにくい。


施設の人たちも、"あいつ"にはほとほと手を焼いているようで、よく陰口と言うか、悪口と言うか、その類のことを言っているのを聞いた。


子供の見えるところでそんなことを言う物だから、当然のごとく子供はまねする。

こぞって意味の分かっていない言葉を、その類の言葉だと理解しつつ投げつける。


ボクも真似したことがある。「きみは、変だ」

その時の"あいつ"の苦笑混じりの変な表情は、今でも忘れていない。


そう言えばあの頃からだろうか。

"あいつ"が少しボクと距離を――――。




「できたぁー?」




ディスプレイの向こうから突如顔が乱入する。整った顔立ち。青みがかかった少し長めの髪を持つ女の子。

それは知ってると言うか、知りすぎてる顔。名前は秋月。

数年の付き合いを持つボクでもこの空気の読めなさは辟易する。


ボクは思考を途切れさせそちらへの応対を強制させられた。


「まだだよ」

「えー? もう結構考えてるじゃない。ちょっと見せてよぉ」

「いや、まだちゃんと返事をもらってもないし」

「骨組みだけでもいいからぁ。――――あら?」


勝手にページをスクロールさせながら目をまん丸にし食い入るように見つめ始める。

「あらー」なんて言葉は、最後までちゃっかり読んでからようやく消えた。


「そう言えばミズってあれのど真ん中に居たんだっけ。なぁるほど。道理で"受け"がいいわけだ」


腕を組み、独り分かったように頷く姿。

豊満なバストが腕でつぶされ強調されている。


男子にとって、その姿は眼に毒すぎる物であるらしく、周囲で機械を弄っている男子は、程度の差はあれほとんどこちらを見ていた。


監督の男性教師ですらその一員だ。

頑強で強面で、普段から男子に威張り散らしている教師が鼻の下を伸ばす姿には少しばかりの新鮮味が感じられた。


ボクは横目でそれらを見つつぞんざいに言った。


「不幸中の幸いさ。おかげで常人より少しばかり扱いが上手くなる」

「わたしには不幸続きで可哀そうって感じだけどねぇ」


秋月は「こーんなに可愛いミズをむさい戦場に送るなんて耐えられないー!」なんて言いながら抱き着いてきた。

座っているボクと立っている奴の関係上、頭部が胸で包まれるのは必然だった。

ボクは甚だ不愉快になった。


やめてくれ、離れてちょっと。いやーんミズ冷たいー。

なんてやり取りをしていたせいで、ボクは近づく気配を察知できなかった。


「何やら楽しそうなお話をしていらっしゃるようで。しかしながら今は私語は慎んでいただきたいですなあ」


咄嗟に振り返る。

足音もなく歩き、しかしその眼は相変わらず胸に向けられながら教師は言った。

こいつの言う事を聞こうと言う人間は、今この瞬間には誰もいないだろう。


「はぁい、上官殿。気お付けまぁす!」

「秋月さん。元気がいいのは大したことだ。しかし今は上官ではなく先生と呼びなさい」

「近藤先生!」


子供のような言い方に、近藤は笑い頷き、最後に周りの男子を睨みつけた。

「お前らはちゃっちゃと作業をすませろ」そんな感じだ。


男女によって態度を変えるのは性だろうか。

そのせいで、一層女性が寄り付かなくなっていることには気づきもしていなさそうだ。


教師が去り、秋月も自席に戻ったことでようやく安穏が訪れた。

ボクはディスプレイを覗き「そう言えば何を考えていたんだっけ」と口に出す。

答えは文字列となって現れた。


ああ、そうだ。

"あいつ"のことか。


少しの間。

ボクは溜息を吐いて「また今度」

答えは「楽しみにしています」


「楽しみにするようなことじゃない」

答えはなく、ただ楽しそうな気配が漂ってきた。












世界は分裂した。

得体のしれない敵の出現によって。


奴らには核が効かない。通常兵器も、鋭利な刃物も鈍器も。

火ですら何の効果もない。


100年以上に渡る戦争で人間が学習したのはそれだけだ。

有効な攻撃手段。それを知るためだけに人を何千万と犠牲にし、ダメもとで核を撃つこと数回。


過去何度も情報は共有されたはずなのに、追い詰められた人間は、それでも懲りずに発射した。

『我々が効くのだから奴らにも効くはずだ』と。


そうして世界の数分の一と半分以上の犠牲のもとで今がある。

奇跡的だと教科書には載ってある。

馬鹿げたことをしたものだと弄ってある。


後世の人間が書いたものだから、半分笑い話になっているのだろう。

当時を知る人間にしてみればたまったものじゃないはずだが。




世界は二つに分裂した。

奴らに従属するか、敵対するか。現状、人間に選べるのはその二つだけ。


最初、やつらは語り掛けてきた。

「話をしよう。仲良くしたい」


友好的に、温和に、人の姿をなぞって。

危機を救って。優良な技術を見せつけて。価値があると思わせて。


当時の先進国と奴らとで会議が行われた。

注目された。中継された。連日トップニュースだ。


そうして変貌。狂気。殺戮。

結果、みんな死んだ。


即座に対応できた国は少ない。対応できても、戦力には天と地ほどの差があった。

三分の一が食われた。先進国も一つ食われた。


そこで一旦、奴らは侵攻を停止した。

それから丸々一年。奴らは動かなかった。


対応策を練り、準備万端に戦争の準備を整えた人間の前に奴らは再び現れて、語り掛ける。


「従え」


人間はNOを突きつけた。

戦争が始まった。


人間は負けた。

手も足も出なかった。

あっという間に半分食われた。

もうどうにもできなかった。


そこに救いの手が差し伸べられた。

異次元から、異世界から。

精霊と言う存在から。


彼らは人と契約を結ぶことで人に常識破りの力を与えることが出来た。

人は彼らの手を取るしかなかった。

それしか生き残る術は残されていなかった。


人間は盛り返した。

奪われた国と領土を半分取り返した。


国民は活気づき、兵士たちの士気は上がった。

このまま一気に殲滅しろと、どこかの国の指揮官は言った。


しかし、快進撃はそこまでだった。

完全に実力は拮抗した。


そのまま約三十年。

今も奴らとの戦いは続いている。


人は力を付けた。

戦士たちの練度は上がっている。

三十年前とは比べようもないほど戦力は増強された。


にもかかわらず、戦争は終わる気配を見せない。

奴らは"学習"している。


人と同じく力を付けている。それも人と同等のスピードで。

向上心を失くした方が負ける。平和ボケした国がいの一番に食われる。


この国の国民は平和ボケし始めている。

平和団体なんてものが出来始めた。

対話を重視し、暴力は断じて許さないなどほざいている。


馬鹿だ。対話など百年前に失敗した。

もう残されているのは暴力しかないと言うのに。


戦争に正義も悪もない。

勝つか負けるか。それしかないのだ。


それすらも分からない団体が幅を利かせ始めた。

この国はもう永くない。


はやく決着を付けないといけない。

ボクは席に座る。


部屋は暗く、あるのはディスプレイの明かりだけ。

ボクは唯一の光源に浮かぶ文字列を見る。


「数時間ぶりですね」

相変わらず他人行儀なそれに、まだまだ心の距離はあるのだと自覚させられた。


「どうだろう? ボクのことは良く分かってくれた?」


「ええ。だいぶわかりました」

「その上で、やはり契約にはまだ早いと言わざるを得ません」


先手を打たれた。

内心で舌打ちが木霊する。それは画面の向こうにも筒抜けだろう。


「どうして?」


「あなたはまだ子供だ。精神的に未熟なものと契約するのは私の主義に反する」

「加えて、あなたの心には敵に対する"憎しみ"しかない」

「まだ早い」


画面の文字を頭の中で反芻する。


ボクは子供で、奴らに対する憎しみしか抱いていない。

そんなの、今を生きている子供なら皆同じだ。


それは愚にも付かぬ言い訳だったのかもしれない。


「孤児院での生活は、それほど悪い物でしたか?」


ボクの頭が一瞬真っ白になった。

次の瞬間、頭に浮かんだのは『敵に憎し』の看板の元受けさせられた教育と、"あいつ"の顔。


どうしようもなく心苦しくなって、ボクは顔を両掌に埋めた。

そのまま暫く浅い呼吸を繰り返す。


それがようやく落ち着いたとき、顔を上げる間もなく、唐突なお願いがボクを襲った。


「あなたの幼馴染と会わせていただけませんか?」


「"あいつ"は、男だ。君と契約は出来ないよ」


「そうでしたか。それは残念です。……王もくだらない契約をしたものだ」

「しかし、それでも私は彼と会ってみたい」

「彼と会うことで私はまた一つ上れる気がするのです」


「…………」


ボクは答えず、しばらく考えた。

会わせるか否か。


会わせるのは別にいい。ボク自身暫くあいつと会っていないし、会いに行くついでに会わせればいいだけだ。

悩んでいるのは、このお願いに何か裏がないかということ。


精霊とは、完全に等価交換で動いている。

精霊に何かをさせるには、その見返りを用意しなければいけない。


逆もまたしかり。

こいつの願いをボクが叶えると言う事は、こいつはボクの願いを一つ叶えなければいけない。

そして、現状ボクの願いは一つだけだ。


「……君は何を考えてるの?」


「私は『智』を司る」

「高々百年あまりの寿命しか持たない人が、私の考えを推しはかるのは困難です」

「そして、私は己の『智』をひけらかす様な真似はしません。それは私の主義に反する」


「……子供と契約するのはどうなのさ」


「今のあなたは未熟だ。しかし、状況次第で十分許容できる」

「あなたの幼馴染はいい仕事をしてくれました」


"あいつ"が、何をしたのだろう。

しかし、いくら考えても分からない。


こいつの言う通り、精霊の考えなど一々察することなど出来やしない。

何もかも違う生き物なのだから。


ボクは決心した。


「いいよ。"あいつ"に会わせる。その代わり、ボクと契約してくれ」


「分かりました」

「貴女と契約しましょう」


ボクはその日、精霊と契約した。

今期では秋月に続き二人目となる。


これでようやく戦えると、その時は内心で喜んだ。


両親の仇を討てると。

顔も覚えていない両親のことを考えた。


それは、失敗だった。

急ぐべきではなかった。こいつと契約するべきではなかった。


例え世界が滅ぼうとも、契約するべきではなかった。

この時ボクが考えるべきだったのは、死んでしまった両親のことではなく、今を生きている"あいつ"のことだった。


ボクは後悔している。

どうしようもなく、死にたくなるほど、自分を恨んでいる。

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