地蔵ゴーランド (怪談掌編集)

つばきとよたろう

第1話 地蔵ゴーランド

 その遊園地は他には珍しく、墓の側に立地していた。園内は大概、賑やかだったが、隣は偉くひっそりとしていた。墓石がそこここと岩場のように狭い敷地の中に、ひしめき合っていたのが、墓参りの人は滅多に現れず、いつも寂しかった。その分、園内に満ちた楽しげな音楽や来園者の歓声が、冷たく湿った墓石の上まで届いて来た。墓所は墓標であふれていたが、地蔵の数も多かった。南の門を潜ってみると、数十体がお参りに訪れた者を墓前まで誘うふうに、細い道を作ってじっと並んで見えた。地蔵が出迎えてくれると言うべきか、それとも見張っているのか分からない。その数に圧倒され、少々薄気味悪くなった。

 それでも、閉園の午後九時を境に、すっかり人気の消えた広い園内の方が、余ほど閑散として寂しいようだった。観覧車のゴンドラやジェットコースターの列車、コーヒーカップ、飛行塔の飛行機、殊にメリーゴーランドの木馬などは、誰も乗せていないのに、今にも激しくいなないて走りだしそうだった。

 数人の男女がドライブがてら、その遊園地に忍び込んだ。噂のメリーゴーランドを確かめに来たのだ。日付がちょうど変わった真夜中のことだった。誰も居ない園内は、巨大な施設や動物キャラクターの人形が闇の中にじっと佇んで、一層不気味であった。しばらく園内を散策しても、怪しいことはまるで起きる気色を見せない。彼らは最初のうちこそ酷く怯えていたのが、何も無いと少し拍子抜けした様子だった。それ以上に、多少悪ふざけする者も出て来た。すると、どこかで妙な音が聞こえてくる。確かにそれは、メリーゴーランドで流れる楽曲に等しかった。

 閉園後の遊園地には、墓所から死者が遊びに来るとか、お地蔵様が夜な夜なメリーゴーランドに乗りに現れるのだとか言う噂もあった。こんな不気味な景色なら、奇怪の一つや二つ起こっても不思議は無かった。お地蔵様もみんなの楽しそうな声を聞いて、遊園地で遊びたくなったのだね。ところが、その地蔵は石に変えられた来園者の成れの果てで、園に訪れたついでに、墓所に遊び半分で立ち入った者を懲らしめるのだと言う。地蔵に変えられた彼らは、夜になると、かつて人間だった頃の楽しい記憶を思い出し、メリーゴーランドに乗りに来ると言うことらしい。――

 しかし、そのメリーゴーランドの前に行っても、木馬も、回転軸も、物音一つ立てていなかった。気のせい、気のせい。怖いと思うから、空耳を聞いたのだと話し合っている間に、また同じ音がした。その時も、そこに居た全員がその音楽をはっきりと耳にしていた。音のする方角を探ると、どうも園内じゃ無い。隣の墓所の方から聞こえてくる。

 彼らは何かその楽しげな楽曲に誘われて、墓所の門を潜って行った。やはりそこから聞こえるふうに、墓はその音楽で満たされていた。彼らが辺りを見回せば、地蔵だらけである。まるで取り囲むように、彼らの周りに地蔵が集まっていた。もう逃げ道が無かった。そのうち、地蔵は彼らの周りを回りだした。ぐるぐる回って、ぶんぶん風を切るような音を立てて、地蔵は走りだしたのだ。あまりの恐ろしさに、そこに居た全員が気を失っていたのだろう。目を覚ましたときには、すっかり朝になっていた。彼らは体のあちこちを打ち付け、墓所の真ん中に倒れていたのだと言う。その時も、彼らを囲んで並んだ地蔵に驚いたが、それはただのお地蔵様で、その後は何も起こらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る