第五章一節前半
第五章 大臣の再来襲
1
これは、完全に俺の見誤りだった。あの不良どもがやったんだろう。軽く威嚇すればおとなしくなると踏んでいたんだが、まさか、こんな行動にでるとは。いや、俺と喧嘩しても勝てないと思ったから、静流に報復したのか? 俺が静流の彼氏と言ったのが失敗だったのかもしれない。
「あのね、佐山くん」
静流を抱きあげたまま廊下を歩いていたら、小さく声をかけてきた。よほど動揺したのか、俺のことを秀人くんではなくて佐山くんと呼んでいる。
「大丈夫だ。ガタガタ言う連中がいたら、俺が殴りつけてやるから。それで、誰にやられたんだ?」
「ううん、それはいいから。そういうのは、乱暴で、よくないから。ね?」
静流が小さく言った。俺を抱きしめる手の力が増す。
それ以上、何を言っていいのかわからず、俺は静流を保健室まで運んで行った。
「失礼します」
保健室に入ると、常駐していた女の先生が静流を見て驚いた顔をした。ただ、それだけである。俺たちは犯罪者ってわけではない。
「何があったのかは知らないけど、大変だったみたいね。身体を拭きましょうか」
保健医の先生に言われるまま、俺は静流をベッドに乗せた。
「じゃ、頼みます。すぐ戻るから、少し待っててくれ」
俺は先生に頼み、静流に言ってから保健室をでた。教室まで行く。俺が入ると同時に、教室の連中が一気におとなしくなった。飯を口に運びかけたまま、かたまった状態でこっちを見ている奴もいる。そういえば昼飯の時間だったな。
「あのさ」
かまわず、俺は近くの女子に声をかけた。
「え、何?」
「頼みがあるんだけど。女子の更衣室まで行って、静流のジャージを持ってきてくれないか?」
「――どうして私が?」
「俺が女子の更衣室に入るわけにはいかないからだよ。静流はびしょ濡れなんだ。身体は拭けばいいけど、服は乾かないからな。替えの服がないと困るだろ」
「そりゃ、そうだけど」
「でもさァ」
「ねェ?」
周囲の女子が口々に言い、目を合わせた。
「そりゃ、びしょ濡れだったけど、宮原さんって、べつに風邪なんかひかないでしょ」
「だって、あの娘――」
「わかった。もういい」
長話をする気にもならない、俺は自分のジャージを持って、ついでに俺の弁当と静流の弁当も持って、あらためて教室をでた。俺のジャージは――大丈夫だ。そんなに汗臭くない。学校の体育なんて、俺には屁みたいなもんだからな。もともと、あんまり汗もかかない体質だし。
「失礼します。またきました」
保健室に入ると、先生がタオルで手を拭いていた。ベッドはカーテンで隔離されている。
「静流、もう大丈夫か?」
「あ、うん。一応」
「そうか。俺のジャージだけど、持ってきたから、着替えるか?」
「あ、ありがとう」
「入っていいか?」
「あ、それは――」
「そうか」
たぶん下着姿なんだろう。俺はジャージを先生に渡して背をむけた。しゃーっと音がする。先生がカーテンをあけたらしい。
「これ、着替えですって」
「はい」
弁当を両手に持って、少し待つ。
「秀人くん、もういいから」
静流の返事を聞き、俺は振りむいた。俺のジャージを着た静流がベッドにいた。趣味の悪い眼鏡をかけた、普段の人間の姿である。ジャージはサイズがだぶだぶだから、袖をまくりあげていた。それはそれで、なんとなくかわいく見えるもんだな。もっとも、静流の表情は暗い。
「先生、ここで飯を食っていいですか?」
俺の質問に、保険医の先生が困った顔をした。
「保健室は、そういうためのものじゃ――」
「飯を食ったら、教室に戻りますから」
「――まァ、仕方がないわね。あなたの制服は乾かしておくから」
保険医の先生も折れた。静流の顔を見れば、誰でもそうなるだろう。
「弁当、持ってきたぜ」
俺は静流に弁当を差しだした。静流が受けとる。少しして顔をあげた。
「あのね。これから、どうしよう」
「まず、飯を食おう。それから教室に戻って授業を受ける。静流は、いままでと同じで、何も変わらないぜ」
「でも」
「そんなに俺は頼りないか?」
「あ、ううん。そういうわけじゃなくて」
「俺が守ってやるから」
我ながら格好いいことを言ったもんだ。もっとも、言った以上は守らなければならないな。おべんちゃらを並べて安心させたって仕方がない。
俺は絶対に静流を悲しませない。そう決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます