第四章一節前半
第四章 露呈
1
「なるほど、そういうことでしたか」
我ながら深刻そうな声がでたと思う。傀儡の王だの戦争だの。あの大臣、そんなことを企んでいたのか。俺の心理に気づいたらしく、強利がうなずいた。
「まだ、はっきりとしたことはわかっていないが。どうも、そういう不穏な動きがあるらしいんだ。僕たち王族の間では、最低限の付き合いがあるんでね。ある程度は今後の行動が予想できる」
「ふゥむ」
「強利様、その王国ってのは、なんて名前だったんですか?」
親父が質問した。強利が苦笑する。
「それが、ずいぶんと変わった国でね。国名を名乗らないんだ」
静流の親父さんと同じ返事がきた。
「おまえたちに名乗るような名などないという考えなのか、僕たち地上の民を国として認めないために名乗らないのかは、はっきりしていないがね。仕方がないので、僕たちは『M&M』と呼んでいる。王族のほとんどがマーマンとマーメイドという理由からなんだが」
「はァ、『M&M』ですか」
チョコレートかよ。あきれる俺の横で、親父が納得したような顔をした。
「あー『M&M』でしたか」
「親父、知ってるのか?」
「名前だけだがな」
「なんだ」
「なんだじゃない。名前しか知らないってことを知ってるんだ。なんか、やたらとでっかい海の王国ってことくらいは聞いたことがあるがな。海ってのは世界の半分以上だ。連中はそこを掌握している。むこうが鎖国してるんじゃなくて、こっちが鎖国されてるんだよ。その気になれば、手当たり次第に船を沈めるような無茶苦茶をやるだろうな」
親父が渋い顔であごをなでた。考え事をするときの親父の癖である。少しして、あらためて親父が口を開いた。
「戦争になったら、地上の人間は勝てないぜ」
いやな話だが、これは真実だと俺も思う。たとえ『P&P』の潜水艦が乗りこんでも、あのゼムって奴が使ってた伊勢エビの触角をブッ差したら、あっという間に浸水してなかの人間は溺死だ。毒でも海に巻きちらせば話は違うだろうが、そんなことやったら地上の人間の食料までパーになる。それに、海の連中の『忘却の時刻』は、強利のものとは毛色が違ったからな。独自の魔法体系を確立している危険がある。つまり、どんな手を使ってくるのか、地上の魔法使いでも予想できないってことだ。ひょっとしたら、魔法で津波を起こせるかもしれない。津波の映像は俺も見た。地上での防衛も不可能と思っていい。
「ただし、大臣は、まだ積極的に行動できないはずだ」
強利が救いの言葉を口にした。
「むこうの王政は僕も知っている。絶対君主制と言うほどのものではないが、やはり、政治の最終的な決定権は王にあるんだ。まァ、これは僕の国でも同じわけだが」
時代遅れな政治体制だと自覚してるのか、強利が照れ笑いを浮かべた。
「だから、大臣がどれだけ意見を述べようとも、王が首を縦に振らなければ戦争は起きない。いままでは、そのおかげで問題なかったんだ。そもそも大臣も、以前はそこまでの危険思想は持っていなかったと聞いているし」
「人間ってのは変わりますからね」
売れない絵描きがユダヤ人を虐殺しまくった話を俺は思いだした。強利がうなずく。
「ところが、王が病気でたおれた途端、状況は一変したんだよ」
「話はわかりました。それであやつり人形の王ですか」
俺は行ったこともない海の王国を想像してみた。大臣の言うがままに行動する静流の親父さん。そして、一緒につれられたお袋さんと、静流姫。どう頭をひねっても、静流が幸せそうにしているヴィジョンは浮かんでこない。どんな国かは知らないが、そんなところに静流を送るわけにはいかなかった。静流と別れたくもないし。
「すみませんが、強利様、静流――宮原の家族を守っていただけませんか」
「あいにくとそれはできないな」
強利の返事は即答で予想外だった。
「なんでですか?」
「僕は王族だ。立場上、他国の政治に介入はできないんだよ。それこそ戦争の火種になってしまう」
少し困った顔で強利が説明した。言われて気づく。相手は国の大臣なのだ。前のときのような、どうでもいい盗賊とはレベルが違う。政治がからむってのは、こういうことか。
「すまないな。期待を裏切ってしまったようで悪いが、いまの僕には、あの国の現状を話すだけで精一杯なんだよ。これでもかなりの違法行為なんだとわかってほしい。僕も不自由な立場なのでね」
「わかりました」
ま、それでもありがたいと考えるしかない。実際、違法行為なんだろう。この話を華麗羅が聞いたら、TPOガン無視で『M&M』へ乗りこんだと思うが。強利が立ちあがった。
「君は友達だ。王族として兵を動かすわけにはいかないが、個人で協力できることはできるだけ協力しよう」
「友達とはうれしい言葉ですよ」
俺も立ちあがった。
「じゃ、今日のところは失礼します」
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