第三章三節

 三〇分後、俺たちは強利の寝泊まりしているホテルの一室に場所を変えていた。ちなみに俺は、軽くシャワーを浴びて血を洗い流している。服は強利の好意で代えを貰った。俺の着てたブレザーより高価っぽい。よくは知らんけど。親父は、特に怪我をしてないのでドカタ姿のまま。強利の招待で俺たちがソファに座ると、メイドが無言で会釈をしてでていく。表情は変えてなかったが、親父を見てどう思っただろう。『S&S』の王族御用達の高級ホテルに現場作業員のおっさんがいるのだ。さすがに親父もまずったと気づいたらしく、不安そうにキョロキョロしていた。

「あの、俺、こんな格好で、よかったんでしょうか?」

「かまわないよ。五獣王を招待できて、僕も光栄だ」

「いや、そんなこと言われたりもしましたけど、俺なんて、屁みたいなもんですから」

「あの、強利様、華麗羅様と柚香は?」

 俺が質問したら、強利が苦笑した。

「華麗羅は未成年なのでね。滞在期間に限界があるため、一時的に帰国している。柚香くんも一緒だ。安心していい」

「そりゃ助かりました」

 あのふたりが首を突っこんできたら面倒が倍増しになる。強利もそれはわかっていたらしい。難しい話はいまのうちに片づけちまうのが良作だ。

「それで、ですね。なんだか、俺の知らないうちに、ずいぶんと腹を割って話すような仲になっていたようですが。親父と強利様って、なんかあったんですか」

「いや、大したことじゃない。君の家のことを調べた話はしたと思う。で、君のお父さんが五獣王だと知って驚いたんだ。それで今日、仕事の帰りに声をかけて、いろいろと聞きながら一緒に歩いていたら、君が『忘却の時刻』で暴漢に襲われている気配を感知してね。しかも、僕の知っている『忘却の時刻』の術式ではなかった。あわてて駆けつけたところで、君のお父さんが大立ちまわりを演じたわけさ」

「はァ。――本当かよ?」

 親父に訊いたら、べつにおもしろくもなさそうな顔でうなずいた。

「その通りだ。俺は五獣王って呼ばれていたよ」

「そっちじゃない。強利様と会って話をしたのが、今日だってことだ」

「あ、そっちか。本当だ。強利様と詳しく話したのは、ついさっきがはじめてだな。そんな、腹を割って話すほど、お互いを知っているわけじゃない」

「ふゥん。じゃ、俺の勘違いか」

 俺の知らないところで、勝手に話が進んでるってわけじゃなさそうである。安心する俺を見て、むかいに座っていた強利が不思議そうな顔をした。

「君は、五獣王のことを知らないのかな?」

「知ってますよ。『S&S』でも、歴史に残る最強の獣人類五人でしょ? 東の青狼ハンは、ほかの獣人類を狩りにきた聖騎士団五〇〇〇人と大喧嘩して、残らず蹴散らして帝都に追いかえしたとか、山奥でワイバーンみたいな飛竜とかベヒモスみたいな大巨獣を食い殺して、自分の縄張りを広げて、人間の里を追われてきた、力のない獣人類たちの隠れ里をつくったとか、いろいろ聞いてます」

「――まァ、その通りだ。そのへんの話は有名だからな」

 強利がうなずいた

「しかし、その青狼ハンが父親だと知って、なぜ君は平気な顔をしているんだ?」

「知ってましたから」

「なんだと? 誰から聞いた? 母さんからか?」

 親父が意外そうな顔をしてきた。我が親ながらどうしようもねえなァ。

「あのなァ? 酒飲んでいい具合に酔っ払ったら、親父、しょっちゅうこの話してるじゃねェかよ。お袋、いつもしょうがないって顔しながら横で聞いてたし」

「え、俺がしゃべってたのか?」

「まァ、酔っ払いの嘘八百だと思って俺も聞き流してたから、そりゃ、少しは驚いたけどさ。もっと言ってやろうか? 強利様のご先祖の勇者って、魔王を封印したんですよね?」

「そうだが?」

 強利に確認したら、とりあえずうなずかれた。

「ただ、それは万全の状態の魔王を封印したわけじゃありません。確か、魔王は深手を負っていたはずです。五獣王のひとりで、親父より五〇年くらい前の時代にいた、西の狼王ガルーと一騎打ちしたときの大怪我だって聞いてますけど」

「――その通りだ」

「その大怪我のせいで不覚をとり、魔王は封印されました。ちなみに魔王に深手を負わせた狼王ガルーは死んだそうです。さすがにそれが限界だったんでしょうね。跡とりもいたのかいなかったのか、諸説さまざまでしたけど、いましたよ。孫娘のミナってのが。そのミナと若いころの親父は恋仲になって、森のなかでラブラブデートしてたら銀の弾丸で撃たれたんです」

 俺の説明に、ぎょっとした顔で強利が親父を見た。

「そうだったのか!?」

 東の青狼ハンの息子ってだけで、調べるのをやめていたらしい。これは強利のミスだな。親父が頭をかいた。

「なんて言いますか、俺みたいな野良と違って、妻は身分のある狼の血族だったんで。それで、少し気がひけたんですけど、これが惚れた弱みと言いますか。まァ、いろいろと」

 恥ずかしそうに言う。この年でノロけてんの見てるこっちが恥ずかしいわ。

「なるほどな。以前に君と会ったときから、ただものではないと思っていたが」

 感心したようにうなずき、強利がこっちをむいた。

「つまり、君は五獣王のうち、ふたりの血をひく最強の獣人類だったわけだ」

「俺はそんな大それたもんじゃないですよ」

「やはり血をひいているな。父親と同じことを言っている」

 強利が苦笑いを浮かべた。

「お父さんはご存知かもしれませんが、秀人くんは我が国の巨像兵士と正面から殴り合いをして、一方的に粉砕しています」

「はァ、そうだったんですか」

「一方的じゃなくて、あのときは肋が折れましたよ」

 とは言ったものの、俺も気づいた。ただの狼が戦車を破壊できるはずもない。俺のやったことは普通じゃなかったのだ。

「シャーマニズムという土着信仰の力により、野獣の力を身に宿すということは、本来の獣人類は、あくまでも野獣の模倣でしかないということになります」

 強利が説明をはじめた。

「だが、あくまでも模倣でしかないはずの獣人類のなかに、どういうわけか、本物の野獣よりもはるかに高い戦闘能力を発揮するものが生まれるんです。先天的に高い魔力を有していて、身体機能を後押ししているという説もありますが、はっきりしたことはわかっていません。僕も実際に目にするまでは信じられませんでした。まさか、軍用の巨像兵士を素手で起動停止に追いこめる者がいるとは」

「なるほど。だから秀人を『S&S』に招待したわけですか」

「はい。その体術、ぜひとも我が国の兵士に教えていただきたいと思っていました。前に、佐山さんのご自宅へお邪魔したとき、説明したと思いますが?」

「いや、あのときは、なんて言うか、その。がちがちに緊張していて、わけがわかってなかったもんで。そうか。あのとき、そういうことを言われたのか」

 いまごろ気づいたらしく、親父がうなずいた。まァ、この件はいいとしよう。

「強利様に話があるんですけど、いいですか? 強利様の兵隊に体術を教えるくらいならやりますから、教えて欲しいことがあるんです」

 俺は話題を変えた。強利が目をむける。

「そんなに快く承諾してくれるとは思わなかったな。交換条件があるようだが、聞いておこうか」

「俺の学校の同じクラスに、宮原静流って女子がいます。知ってますよね? あの娘の素性、調べましたか?」

 強利が、ほゥ、と小さく言った。

「その話か。――安心してほしい。調べたことは調べたが、口外はしていない」

「そりゃ、ホッとしました。いま、ここでなら、言ってもいいですよ」

「なら、お言葉に甘えよう。彼女も『S&S』からの移民で、人魚だった」

「へェ、そんな移民もいたんですか」

 俺の横で親父が感心したような声をあげたが、そんなことはどうでもよかった。

「その話だけじゃありません。宮原の家柄のことも、強利様は知っているはずです」

 強利の目が変わった。

「そっちの話だったか」

「今日、俺は静流の家まで遊びに行ったんですけどね。変な男が舎弟つれてやってきましたよ。で、こんなこと言ってました。『S&S』で、海の国の王様が病気でたおれた。だから、第二王位継承者にきてほしいって。それが静流の親父さんだったそうです」

「これは――驚いたな。そこまで話が知られていたとは」

 強利が眉をひそめた。少し沈黙してから、あらためて口を開く。

「以前、僕は君に言ったはずだ。『実を言うと、今度はむこうの世界で大変なことが起こってね。君の力が必要になるかもしれない』覚えているかな」

「ええ。まァ」

「その件が、これだったんだ。――『S&S』の海で、ある王国の王位があいたんだよ。そこの大臣が、とてつもない戦闘派でね。他国への侵略も辞さずという考えで行動している」

「なんですって?」

「そして、空位となっている王の座へ、宮原静流くんの父親をあてがおうと考えている。大臣が欲しているのは、自分の思い通りにあやつれる傀儡の王なんだ」

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