第一章三節前半

       3


 翌朝、学校へ行ったら、先に教室に入っていた静流を、ほかの女子がとり囲んでいた。静流がうつむいている。まさか、なんかからまれてるのか?

「おい、何してる?」

 女子が怖いなんて言ってられない。俺は声をかけた。女子が一斉にこっちをむく。静流も振りかえり、俺の前まで駆け寄ってきた。

「おはよう静流。なんかあったのか?」

 俺は静流をかばうようにしながら女子に目をむけた。喧嘩って決まったわけじゃないからガンつけたりはしないが、これがよかった。

「あ、やっぱり、そうなんだ」

 俺の前で、女子たちが顔を見合わせた。なんだかニヤついている。俺の勘違いだったらしい。ほっとする俺の前で、女子が口を開いた。

「私たち、ちょっと質問してたのよ。宮原って、佐山と仲がいいのかって」

「はァ?」

「そうしたら宮原、赤い顔してうつむいちゃってね。それで返事しないから、私たちも困っちゃってさ。なんだ、あんたたち、仲いいんだ」

「いや、まァ、なんて言うか、悪くはないな」

 否定するわけにもいかないから俺はうなずいた。こっ恥ずかしいなァ。

「それはいいけど、なんでそんなこと質問したんだよ?」

「坂本が言い触らしてたのよ。宮原と佐山が手をつないで歩いてたって」

「何ィ?」

 俺は教室を見まわした。坂本が遠目でおもしろそうに見ている。

「おまえなァ」

「言い触らしたらまずいことだったのか?」

 文句をつけようとしたら先に言われた。笑いながら坂本が近づいてくる。いや、べつに秘密ってわけでもないけどさ。

「まずくはないけど、あんまりべらべら言われても、俺はおもしろくないんだ。というか、どこで見てたんだよ?」

「俺が見てたわけじゃねェよ。俺の知り合いが、たまたまおまえたちを見かけてさ。『おまえのクラスの、やる気があるんだかないんだかわからない顔した男と、変な眼鏡をかけた女がラブラブで手をつないで歩いていた』って言うから、本当かどうか、俺も知りたくなったんだ」

「あの、本当です」

 消え入りそうな声で静流がこたえた。坂本が驚いたように静流を見る。

「こたえたぞ! おい佐山、おまえも認めちまえ」

「それはかまわないけど。べつに認めないわけじゃないし。確かに手をつないで歩いていた」

 俺はうなずいた。意地になって平気な顔をして見せる。赤面してないといいんだが。

「それにしても、そんなのって、どこにでもある話だろうが。なんで俺ばっかりに興味を持つんだよ?」

「ほとんど人付き合いのない、どう考えたって恋愛とは縁のなさそうなふたりが一緒に歩いていたら、そりゃ、興味がでるさ」

 えらい言われようだが、まァ、正鵠を射てはいた。坂本が笑いながら俺たちに目をむける。

「よかったじゃないか。おまえたち、死ぬまで恋愛しないんじゃないかって、俺、心配してたんだぜ」

「おまえに心配される筋合いなんてねェよ。そもそも、おまえはどうなんだ?」

「俺のことはどうでもいいんだよ。人のこと言ってないで自分の恋愛に集中しな」

 どの口が言うんだか。あきれる俺の手を静流がにぎった。

「とりあえず、付き合ってます」

 小さい声で静流が言う。俺も認めなければ。

「まァ、そうなんだ。俺たち、付き合ってるんだよ」

 オォ!! というどよめきがあがった。気がついたら教室中の人間が俺たちを見ている。女子が笑顔で拍手しはじめた。

「おめでとう宮原」

「幸せになりなさいよ」

「いつもひとりで下むいて、自信なさそうにしてるけど、これからは佐山と仲良くね」

 口々に言ってくる。意外に静流は人気があったんだな。

「あいつ、いつもボケっとしてやる気なさそうなのに、なんで彼女ができたんだ?」

「知ってるか? 宮原って、あんな眼鏡かけてるけど、はずしたらすげェ美人なんだよ。まァ、サイコっぽい感じだったから、俺は声をかけなかったけど。うまいことやりやがったなァ佐山の奴」

「変人は変人同士、仲良くしてればいいんだ」

 こっちは男子のヒソヒソ話である。おい聞こえてるぞ。

「それで佐山、やっぱり、おまえから告白したのか? なんて言ったんだよ?」

 ニヤニヤしながら坂本が訊いてきた。とんでもない野郎だなこいつは。

「ほら、白状しちまえよ。ブッチャけると、今後の俺の恋愛に活用したいし」

「そんなもんはおまえの感性で好きに言えばいいじゃねェか――」

 なんでそんなこと言わなければならんのか。焦る俺から目をそらし、坂本が宮原を見た。

「それとも、ひょっとして宮原から告白かよ? 勇気あるんだな。見なおしたぜ」

「馬鹿野郎――」

 怒鳴りつけようとしたら、キーンコーンカーンコーン コーンカーンキーンコーンとチャイムが鳴った。助かったぜ。

「さ、先生くるぞ。授業だ授業」

 話をおわらせ、俺は席に着いた。

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