第一章一節前半
第一章 思いきって静流に告白
1
翌日、学校に顔をだして、カバンを降ろして新聞を広げながら席につくと、いつもの調子で坂本が声をかけてきた。
「うーす。佐山、今日、放課後は暇か?」
「なんでだ?」
「俺の知ってる連中と、カラオケに行かないかって話になってな。で、おまえも行くんなら、俺が口利いてやるぜ」
「悪いけどパスだ。ちょっと、用がある予定なんでな」
「そりゃ残念だ。相変わらず付き合い悪いぜまったく。――ちょっと待て。用がある『予定』だ?」
変なところに突っこんでくる奴だな。
「すると、完全に用があるって決まってるわけじゃないのか。なァ、よかったら教えろよ。どんな予定なんだ?」
「あいにくとプライベートなんだ。教えられねェよ」
「そっか。じゃ、仕方ないな。おもしろそうな予感がしたのに」
パパラッチみたいなことを言う坂本の背後で、教室のドアが開いた。宮原が入ってくる。相変わらず、前髪を額まで伸ばして、趣味の悪い眼鏡をかけていた。その奥のやさしげな瞳がこっちをむく。少し、恥ずかしげな感じで俺の前まで歩いてきた。
「おはよう、秀人くん」
「は? ――あ、そうか」
これからは、下の名前で呼ぼうって約束していたのに、昨日の騒ぎで俺は失念していたのだ。咳払いをしてから、俺は宮原――じゃなくて、静流――を見つめた。
「おはよう、静流」
「うん、おはよう」
「あれ。おまえたち、いつから下の名前で呼び合うようになったんだ?」
坂本が不思議そうな顔で俺たちを見た。
「ちょっと、昨日、約束してな。今朝からそうしてる。べつにいいじゃねェか。友達が下の名前で呼び合うなんて、めずらしくもないだろ?」
「ふゥん。ところで佐山、俺の下の名前を覚えてるか?」
「あ、そういえば覚えてないな」
「おもしろいなァおまえら」
興味深そうに坂本がつぶやいた。野次馬根性の視線に気づいた静流が赤い顔でうつむいてしまう。
「何があったんだ? 教えろよこの野郎。誰にも言わないから安心していいぞ」
「こんなところで言えるわけがあるか。誰にも言わなくたって、そこら中に筒抜けだっつうの。第一、誰にも言わないなら、おまえにだって言わねえよ」
「そんなこと言うなよ、俺たち友達だろ?」
「友達にだって、言っていいことと悪いことがあるぜ」
大体、誰にだって隠し事のひとつやふたつはある。空気の読めてない――というより、少し頭の足りないコメントをはく坂本に説教しようと思ったとき、キーンコーンカーンコーン コーンカーンキーンコーンとチャイムが鳴った。ありがたい。
「さ、先生くるぞ。授業だ授業」
言って俺は新聞を畳んだ。静流や坂本も席につく。いつもの一日のはじまりだった。
で、死ぬほど退屈な授業を三教科も片づけ、四時限目の体育は適当にやってビリから三番目位を演じ、やっと昼飯になった。弁当片手に静流に目をむけると、静流が無言でうなずく。俺たちは教室をでた。
「あのさ、今日、放課後、少し待ってて欲しいんだ」
校庭のベンチで静流と弁当のおかずを交換しながら、俺は言ってみた。静流が顔をあげる。
「べつに、急いで帰る必要もないから、かまわないけど。何か用があるの?」
「ちょっと、話が、な。うん」
「ふゥん。誰と話をするの?」
「は? 静流とだよ」
「え、私?」
静流が、少し意外そうな顔をした。
「だったら、ここで話しても、べつにかまわないと思うけど?」
静流の疑問はもっともだった。校庭で飯食ってる連中はほかにもいるが、俺たちのそばにいる人間はいない。ひそひそ話をするのは簡単だった。だが――
「それがな。実は、いま話すの、無理なんだ」
「どうして?」
「なんて言ったらいいのか。えーとだな。勇気のいる話なんだよ」
「勇気?」
「まだ、ちゃんと言いだせるか、俺のなかで決心が固まってないんだ」
「――あっ」
静流の顔が、ぱっと輝いたように俺には見えた。
「そうなの。そうだったの。うん、それじゃ、私、放課後、ちゃんと待ってるから」
静流が言い、うつむいて弁当を食べはじめた。耳が真っ赤である。
「あのね。それって、私の期待してる話だって思っちゃって、いいのかな」
「う、うん。たぶん、俺が考えてることと、静流が考えてることって、同じだと思う」
「そうなんだ。なんだか、楽しみなような。怖いような、変な気分」
弁当を食べる静流の動きが速かった。なんか、硬くなって、セカセカしてるようである。逆に、俺は箸が思うように動かない。いまの時点で、心臓がバクバク言っていた。鼓動が静流にまで聞こえそうである。俺の隣で、顔もあげずに静流がつぶやいた。
「私、絶対にイエスって言うんじゃないかなァ」
頭から湯気が立ちそうな静流のひとりごとだった。
「おまえら、どうしたんだ? 顔が真っ赤だぞ」
教室に戻ったら、ほかの連中とだべっていた坂本がこっちをむいて、妙な顔で訊いてきた。静流が返事もできずに席につく。
「まァ、なんて言うか、いろいろあったんだよ」
俺も適当に言いながら席についた。
五時限目の授業は、何ひとつ頭に入らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます