夏の終わり

西陽

第1話

 暑い…。

 少しくらいは謙虚な姿勢を見せてくれても良いものを、今年の夏は例年以上に無遠慮で無愛想な暑さで、クーラーどころか扇風機すらない貧乏学生の部屋を蹂躙している。

 夏休みも半ばを過ぎ、そろそろお盆も近づいてきた。先週までは学校の図書館に籠もって、夏休み明けのテスト勉強やレポートの準備に明け暮れていたが、今週から図書館もお盆休みで、仕方なく自分の部屋で実家の母親に毎日のように愚痴の電話かけている。

「ちょっと、お母さん。聞いてるの?」

 暑さのせいでイライラしているのが自分でもわかる。しかし、それを遠慮なくぶつけるのも親孝行のひとつだと信じている。

「聞いてないわよ。別に聞いてなくても大した話じゃないでしょう?」

 この母親にして、この娘ありだ。娘がグレたらどうするつもりなんだろう?大学生にもなってグレるっていうのも、馬鹿馬鹿しい話だけれど、世の中には二十歳も近いというのに、子供っぽさが抜けない、精神的な未熟児がウロウロしている。もちろん私もその一人で、自覚はあったりする。

「そんなことより、タケト君は元気?ちゃんと御飯食べてるのかしら?夏バテしたりしてない?」

 タケトは同じ地元、同じ高校出身の後輩で、生まれた頃からの幼馴染だ。今年の三月に高校を卒業し、卒業と同時に就職して働いている。タケトの会社と私の大学は隣接した市に位置していて、住んでいる場所も一駅しか離れていない。

「大丈夫よ。タケトの方が私よりしっかりしてるから。自慢じゃないけど、私より料理が上手なんだからね」

 そのことは理由も含めてお母さんも知っているのだけれど、つい得意げな声で言ってしまった。

「あなたが得意そうに言わないのっ。あなたこそ夏バテしないように気をつけなきゃいけないみたいね…」

 そして、娘の料理がイマイチ上達していないことも知っているようだ。

「暑さでイライラをぶつけたりしてるんじゃないでしょうね?」

「お母さん以外の相手に、そんなことしないわよっ!」

 アッと思ったけれど、もう遅い。言っちゃった。電話の向こうで笑ってる気配がする。

 その瞬間に自分の中にあった得体の知れないイライラがフッと霧散してしまう。こんな風に親離れできていないことを知られたくない。悟られる前に逃げ出そう。

「そろそろ切るね」

 ぶっきらぼうに言う。

「はいはい。じゃあね」

 携帯を切ると同時にメールを3通受信した。一通は迷惑メールで、もう一通は大学の友達から、そしてもう一通は…。


 向こう側の世界からメールが届くようになったのは、ここ半年くらいの間のことだ。今ではないココではない何処か別の場所からのメールが、私の携帯宛に送られてくる。


「異世界のスナより」

 タイトルはいつも同じだ。送り主は異世界を旅するスナさん。内容はいつも向こう側の世界の様子で、こちらの世界では見たことも聞いたこともないような幻想的で不思議な世界の話が送られてくる。

 どうして私宛に送られてくるのか、なぜ異世界からのメールがこの世界に届くのか?それを考えると夜も眠れない…かと言うと、実はそんなことはない。

 確かに不思議だ。理由を知りたいという気持ちも少しはある。けれど理由や理屈を知ってしまうと、この奇妙な魔法が解けてしまうのではないだろうか?そんな気持ちが不安の雲を生み出し、真実に光を当てようとすることを妨げてしまう。だから野暮な詮索はしない。最近では、そう決意している。

 頼みもしないのに大量に送られてくる迷惑メールに紛れて、一風変わったメールが届く。ただ、それだけのことと割り切っている。

 蛇口を捻れば水が出るし、スイッチを押せばTVが映る。この世に起こっている現象に不思議なことなど何ひとつないのだ。

 ここしばらくメールが来なかったのだけれど、今回はどんなところにいるんだろう?


「風が吹いている。長い冬の終わりを、短い夏の始まりを告げる風が…。誰がこの季節を夏と名付けたのだろう?春も秋も来ないこの地に、どうして夏だけは訪れるのだろう?


 氷雪に閉ざされた平原を、ただ奥へ奥へと進み続ける。生き物の姿を見なくなってから随分と時間が経つ。視界を占めるのは空を覆う暗い雲と、そこから時おり降り注ぐ氷の粒、そしてどこまでも広がる薄灰色の大地。ここにあるのはただ物言わぬ世界だけだ。

 生命を何処にも感じられない死の世界。いや、死んでいく生物さえもいないのだから無の世界と言うべきだろうか。誰もいないこの空間は誰にとっての世界だというのか。


 白と黒だけが拮抗するこの場所で、世界に色を与えるはずの太陽は、冬の厚い雲の向こう側で、夏の訪れを待ちかねている。

 冷たく吹きつける風は何も語らないが、分厚い雲のカーテンを押し開けて、この世界に夏を迎え入れようとしていた…」


 なんだかとても寒そうな世界にいるみたいだ。この暑さの中では実感が湧かない。動物さえも棲めない北の果てにあるような島が思い浮かんだけれど、あちらの世界でも「北」は寒いんだろうか?あるいは「南」の果てか?こちらの世界と同じように太陽とその通り道があって、そこから離れるほどに陽の光の恩恵からは遠ざかることになるんだろうか?

 夏が始まるって書かれてるけど、どういうことだろう?そういえば常夏とか常春とは言うけれど、常冬っていう表現は聞いたことがない。どんなに寒くても夏を思わせる何かがあるっていうことだろうか?

 夏って何なんだろう?少なくとも私にとっては、この蒸し暑い部屋と、外から聞こえてくる鳴りやまない蝉の声が夏そのものだ。


 一週間後、私は実家の縁側で夕涼みをしていた。すぐ隣では祖父と父が将棋を指している。

「やっぱりヒグラシの声は涼しげでいいわ。都会だと夕方どころか日が暮れたあとでもアブラゼミが鳴いてたりするんだよ」

 浴衣姿に団扇を持って、くつろいだ気分にどっぷりと浸かっている。実家にいる間、私は意味もなくずっと浴衣を着て過ごす。

「夏の風物詩も度が過ぎると風情がないわねぇ」

 お母さんが蚊取り線香に火をつけながら、相づちを打つけれど、私の浴衣姿を揶揄しているようにも思えた。それは少し穿ち過ぎだろうか?

「まぁまぁ、馬子にも衣装って言うからね」

 お父さんも同じように感じたみたいで、一見脈絡のない感想を口にする。けど、その内容はフォローになっていない。イジメだ…。お母さんも何も言わないところを見ると、きっとそのつもりだったに違いない。

「ほれほれ。娘をからかってないで、早く次の手を指しなさい」

 辛うじておじいちゃんが二人の悪乗りを止めてくれた。この両親の下で私がこんなにも素直で良い子に育ったのは、ひとえにおじいちゃんのおかげだ。でも、両親が言うにはお祖父ちゃんが一番タチが悪いらしい。

「そんなことより、タケト君はそんなに忙しいの?」

 お母さんの「そんなことより」のタイミングはいつも絶妙で、必ずカチンとくる。

「やっぱりからかってたのね?まぁいいわ。そんなことより、タケトのことよね」

 我ながら大人気ないとは思うけど、お互い様だと思ってる。

「なんだか八月末が納期、仕事の締切ね、らしくて、今月中はほとんど休みなしなんだって。でも、それが終わったら二週間くらい夏休みが取れるって言ってたよ」

 タケトから聞いた内容をそのまま伝える。

「あら、それじゃあ夏休みというには、ちょっと遅いわねぇ。その頃に一緒に帰ってくれば良かったのに」

「私はその頃は試験前だから。でも、タケトが帰るつもりだったら調整して一緒に帰ってくるよ」

 タケトは高校一年のときに両親を事故で亡くしている。それまでも近所の幼馴染として、よくうちに遊びに来ていた縁もあって、それ以来うちの両親は実の娘よりもタケト君に愛情を注ぐ傾向にあった。もちろん私にとっても弟みたいなものだから、両親の気持ちや気遣いを理解はしてるけれど、たまに感情がついていかないときがある。

「最近、仕事にも慣れて楽しくなってきたって言ってた」

「そうか。すっかり頼もしくなってきて安心だな。心配なのは娘ばかりなりだな」

 鼻歌でも歌いそうな調子で、お父さんが頷いてる。

「ちょっと!お父さん、いちいち娘を引き合いに出さないでよっ」と、私が言い終わらないうちに珍しく母親が加勢に入ってくれる。

「そうですよ。人と比べるなんて失礼ですよ、タケト君に。さあさあ、みんなそろそろ夕飯にしてくださいな」

 でも、結局そういう言い方をする。もういいや。確かにお腹も空いてきた。一家の団欒は私の忍耐にかかっている。


 夕食後、部屋に戻るとメールが届いていた。遠い遠い場所からのメール。別に異世界からでなくても、どんなメールも何処か遠くから送信されてくることには変わりない。けれど、そこには距離を感じない。もしかしたら異世界なんて私の部屋のほんのすぐ側に、勉強机の引出しの中に、クローゼットの扉の向こうに、屋根裏部屋の片隅に、そっと隠れているのかもしれない。残念ながら私の部屋には勉強机もクローゼットも屋根裏部屋もないのだけれど…。

 部屋に残していった唯一の家具であるベッドに寝転がって、冬の国からのメールを読む。

 タケトからもメールが来ているけれど、今は後回しだ。果たして向こう側の世界に、夏は訪れたのだろうか?


「この地では夏は一年のうちで最も美しく、そして何よりも優しい季節だ。


 冬が終わりに近づくと風は強さを増し、天を覆う忌々しい黒羊達を追い払う。その後に残されるのは淡いきらめきを放つ白銀の雲で、薄い雲の向こう側には待ちわびていたかのように太陽が姿を見せる。

 冬の間、憎しみをこめて地上を打ち続けた氷の粒はついに止み、打ちひしがれた大地を労わるようにそっと雪が降り始める。柔らかな夏の精が、暗く沈んでいた暗灰色の世界を緩やかに白のヴェールで包んでいく。

 遠い世界では冬の厳しさを象徴する雪。時には残酷ですらあるはずの雪が、ここではとても優しく暖かい。


 しんしんと…しんしんと…。雪は音を立てることを恐れるかのように、静かに降り積もる。あれほど力強く冬の支配者を追い払った風も、今では決して優しさを忘れることがない。

 穏やかな風は時折雪原の上を駆け抜けて、細かな雪を舞い散らしては遊ぶ。


 ただ一匹の生物も存在しないこんな世界の果てで、世界は生き生きとその姿を曝け出していた。永遠など何処にもないことを知っていても、この景色を言葉にあらわすならば悠久と呼ぶべきだろう…」


 何処でもいいから無性に旅に出たくなってきた。世界は私のために広がっていて、私が来ることを今も静かに、あるいは騒々しく待ってくれているに違いない。そんな錯覚と妄想に陥る。

 今日はこのまま眠れば良い夢が見られそうだ。こんな日はテストもレポートも、憂き世の由無し事は忘れて早く寝るに限る。

 電気を消してしまってから、タケトからもメールが来てたことを思い出した。返信してないどころか、内容を読んでもいない。夢の中で返信しておくからと自分に言い訳をしながら眠りについた。しかし結局のところ、翌朝夢も見ないで熟睡した自分に苦笑することになるのだった。


 その後もしばらく実家で過ごした。二週間以上も滞在したせいで、離れるのが少し億劫に感じる。寂しくはないのだけれど、八月ももうすぐ終わり、試験だのレポートだのが待ち構えているかと思うと気乗りしないのだ。

 けれど、帰らないわけにもいかないので仕方なく実家を後にする。お母さんが出発間際にタケトへのお土産を持たせてくれた。

 帰り着くのはちょうど夕方頃になるので、タケトの仕事が終わる時間に駅前で待ち合わせることになっているのだ。仕事柄あまり決まった時間に終われるわけではないけれど、今のプロジェクトは順調で計画的に予定が立てられるらしい。

 待ち合わせは七時だけれど、着いたのは六時過ぎで、お茶を飲んで文庫本など読みながら時間が来るのを待つ。六時半過ぎには時間通りに到着しそうだとメールで知らせてくれ、実際七時よりも早くやってきた。

 いつものファミレスへ行って晩御飯を食べる。互いの近況報告など積もる話をするうちに、気がつけば十一時を回ろうとしている。タケトの今の仕事は九月頭には予定通り完了するらしく、夏休みは順番で九月の半ば以降になるという。それはもう夏休みとは呼べないと思ったけれど、その時期なら都合の良いことにテストの谷間だ。レポートさえきっちり終わらせてしまえば、私にとっても第二の夏休みみたいなものだ。

 お母さんからのお土産を忘れずに渡して互いに帰途につく。昼間はまだ残暑が厳しいけれど、実家にいる間にこの辺も随分涼しくなったと感じる。もう夏も終わりだ。次にタケトに会う頃には、次の季節が来ているんだろうな。

 あちらの世界はどうなんだろう?夏が来て、そして…。


 九月に入り、夏休み気分を部屋の隅っこへ押しのけて、次第に生活のペースを取り戻し始めた頃、久しぶりに異世界からの便りが到着した。

 夏の終わりに届いたその手紙は繰り返す冬の始まりを告げていた。

 こちらの世界では秋の足音が近づいている。


「冷酷な時の神には何者も抗うことはできない。この世を統べる唯一絶対の支配者の前では、永遠とも思えた白の世界も無力に頭を垂れるのみだ。


 夜に住まう孤高の月が、ただ一度満ちて欠ければ夏は終わる。


 再び風が強くなり始めた。夏を迎えたあの時のように有無を言わせぬ力強い風だ。夏が終わるのではなく、冬が始まるのだろうか?吹き渡る風は相変わらず無口だが、彼方の空では雲が冬の色を帯び始めた。


 夏は確かに終わろうとしていた…。


 しかし、それに反発するかのように雪は強さを増していた。あの優しかった雪が、決して激しくはないが、はっきりと強さを増している。夏を終わらせまいとするかのように、生き物がその生命を誇示するかのように。そこには確かに意思が感じられた。


 雪は降り続く。


 やがて根負けしたかのように風がやんだ。白銀の雲は厚く、降りしきる雪が世界を覆う。白い静寂に包まれた世界。


 先程までの意思にも似た何かを感じる。


 これは…喜び?何故だか解らないが、そう感じた。空間に幸福が満ち溢れている。いったい何が起こっているのだろう?


 それに応えるかのように不思議な音が聞こえてくる。水晶が砕け散るときに発するような金属質の美しい音だ。


 上空から?


 銀の音色に誘われて空を見上げると、そこには驚くほど低い位置にまで雲が降りて…


『氷の…蝶』


 雲ではなかった。銀色に輝く氷の蝶。その鱗粉が雪となって大地に降り注いでいたのだ。


 弱々しく羽ばたく蝶の群れ。おびただしい数だ。妙なる音色を奏でながら次々と壊れゆく。降りかかる銀の粉が冷たい。


 優しい雪を降らせ、夏をもたらす、この世界に棲むただ一種の生き物。その最後の姿は神々しくも儚く悲しい。


 そして短い夏は終わる」


 あまりにも切ない夏の蝶達。このメールを読み終えたとき、自分の中でも夏が終わった気がした。長い夏休みが明けて、物足りなさを覚えながらも少し安心している自分がいた。

 しかし、このメールにはまだ続きがあったのだ。


 九月も半ば、例の喫茶店でタケトを待っているときだった。


「頭の中は真っ白だった。どれくらいの間、そうしていたのかわからない。あまりにも美しく寂しい光景に放心していた。


 彼らはまだ降り続いている。


 冬が来る前に、ここを去らなくては。そう思い何気なく見上げた空が少しずつ光に満ち始めていることに気づいた。

 彼らのカケラが太陽の光を吸い込んでいた。取り込んだ光に、さらなる輝きを加えて解き放つ。光の中に住む全ての色に命を与えるかのように。

 白銀のきらめきが周囲の景色を包み込んだとき、光に包まれた。この光は、色は以前にも見たことがある。そうだこれは『虹』だ。

 白と黒の世界にありとあらゆる色が踊る。爆発的な色の氾濫は、無彩色の牢獄からの解放を心から喜んでいるようだ。

 次の瞬間には世界は姿を取り戻していた。

 そこにはもう彼らの姿はなかったが、雲のなくなった空を吹き抜ける風と天に浮かぶ太陽は、まだ夏が終わっていないことを告げていた…」


 読み終わって、余韻に浸っているとタケトがやってきた。なんだか大荷物を抱えている。

「ごめんなさい。荷物がなかなか減らせなくて、お土産も持っていかないといけないし…」

「はいはい。そんな言い訳はいいから、さあ、里帰り!里帰り!私は二回目だけどね」

 会計を済ませて、駅に向かうところを後ろから呼び止められた。

「おーい!砂田。どうしたん?そんな大荷物抱えて?借金取りに追われて夜逃げか?」

 どうやらタケトの知り合いみたいだ。確かにこの荷物は生活道具が一式詰まってそうだ。

「違いますよ!里帰りですよ。先輩こそ夏休みなのに、こんな所で何ウロウロしてるんですか?」

 会社の先輩だったのか。そんな口聞いても大丈夫なのか心配になったけど、余計な心配だったみたいだ。

「お前も言うねぇ。まぁいいや。聞いても羨ましがるなよ。俺、明日からフィジーへダイビングしに行くんだよ。今日はその準備で買い物」

「そうか。夏休みですもんね。南の島はまだ夏なんだろうなぁ」

「そう!夏はまだ終わってないんだよ。お前も夏休み楽しんでこいよ。休みが明けたら今度もまた忙しいぞ。ところで、後ろの子は彼女か?」

「ち、違いますよ。幼馴染で今から一緒に地元に帰るだけです!」

「まぁ、いいや。会社で根掘り葉掘り聞いてやるから。それじゃあな」

 タケトの先輩は足どり軽く去っていった。


 タケトが先輩と話し込んでいたから電車に間に合うかギリギリになってしまった。しかし走りながらも、ついついお喋りしてしまう。

「そっか。南の島ではまだ夏なんだね」

「あー。先輩が羨ましい」

 さっきから本当に羨ましそうだ。

「あれ?南の島に行きたいの?てっきり雪国に行きたいんだと思ってた」

 私はなんだか「常冬」の国に行ってみたい気分だったからだ。氷の蝶はいなくても、冬の国で迎える夏を過ごしてみたいと思っている。

「今回の仕事場ってクーラーがガンガンにかかってて、死ぬほど寒かったんだ。おかげで今年は一年夏をすっ飛ばした気がしてて、だから南の島へ行って夏を取り戻したい気分なんだよ」

「ふーん。それで『夏はまだ終わってない』…か。じゃあ冬のボーナスで常夏の島へでも行きますか!」

「誰のボーナスだって?」

「誰のなんて言ってないよ。でも、もちろん砂田タケト君のに決まってるでしょ。学生にはボーナスなんてないもーん」

 逃げ足が加速するうちに駅に着いた。喋りながら走って息が切れている。切符を買い、改札を抜け、ホームへの階段を駆け上がったが、二人でホームの階段を登りきったとき、既に電車は小さな後姿を見せて遠ざかっていた。

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夏の終わり 西陽 @TYY

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