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くりおね茱萸

自分の脳みそ食べるなんて最悪!

自分の鼻がいかれちまっていて良かったとつくづく思った。

でかい血溜まりの中からお目当ての首を拾い上げ、軽く振ってからビニール袋に放り込んだ。既に入っていた妻と幼い息子の首がそれを出迎え、親子三人が仲良く収まる。恐らく部屋の中には首無し死体から流れ出た血やらションベンやらクソやらの臭いが充満しているのだろうが、俺にはわからない。飯のうまそうな匂いも、抱いた女の香水の匂いもちゃんとわかるのに、死臭や人間が腐っていく臭いには全く鈍感になっているようで、しかしそれは俺にとって好都合だった。俺はもらいゲロとかしやすい体質なんだ。


父親の体に立て掛けておいた糸鋸を手に取り、最後の死体に向き合う。ソファの背に引っかかってるこの娘から頭を取り外せば今回の仕事は大方おしまいだ。

フローリングの床にゴリゴリと音を響かせながら糸鋸は進む。最後の方、首がいやいやをするように動くので膝で押さえて切った。

革の手袋越しにも伝わるほど冷たくなったその球を、少しの間持ち上げておいて血が滴り落ちるのを眺めていた。袋の中に水分が多いと首が早く傷んでしまう。それを防ぐためにも、水気を切ることは大切なのだ。

本当はまとめて洗濯機で脱水をかけたいところだったが、さっき見たら洗っていない洗濯物が中に入っていたのでやめた。


娘が作る血溜まりが自分の靴に届かないよう見張っていた俺は、ふと窓に目を向けた。人の声が聞こえたような気がしたのだ。水曜の夜中に外を出歩いている物好きな人間はいるかもしれないが、そいつが万が一家の中を覗くような不審者だったら困る。

部屋の中に軽い咳払いが響いた。外からじゃない。首を床に転がして静かに立ち上がり、ホルスターから銃を抜く。

「こっちこっち」

女の声に振り向いても誰もいない。ハウスキーパーでも殺り残したかと撃鉄を起こし、スタンドライトの明かりが届かないキッチンの暗がりに目を凝らしたが気配はない。

「わたしだよ。下だって」

足元の首が笑っていた。

娘の首は二度瞬きをし、唇を舐めてからいたずらっぽく

「あなた強盗?」

そんなくだらない質問を俺に投げかけてきたのだった。


死体が動くのも、喋るのも見たことはある。口が開閉したり唸ったり、腕が上がってきたりと、人間っていうのは死んだ後も意外と動くもんだと感心した覚えがあるし、周りの奴らからもそういう話はよく聞いていた。大体の出来事には、死後硬直だの溜まったガスが抜ける音だの、納得できる理由がついているのだが今回のこれはどういうことなんだ。

「わたしの体ってあれだよね? うわあ本当に首だけになってるんだわたし。すごーい!ねえ、なんで殺したの?首って持って帰って飾ったりするつもりだったの?おじさんクスリとかやってる感じ?」

突然始まった若い女独特の止まらないお喋りに、俺は頭痛を覚え始めた。これだから子供は。それよりもこの娘どこかおかしいんじゃないか。元からこうなのだろうか、それとも初めての体験で舞い上がっているだけなのか。何にしろ、首だけにされたばかりの人間の反応としては落第点じゃないだろうか。

この首が喋る原因が科学的な理由じゃなく、霊的な何かや俺の幻覚だったとしても「殺し損なっている」ことに間違いはない。多くの場合喋るやつは生きてるとみなされる。このままこれを持って帰って俺が仕事をしくじったみたいに言われるのは御免だし、こいつが死ななきゃいけない理由を俺は知らないが、首だけだとしても喋れる状態のこいつは望まれていないはずだ。


首が逃げないように−–まずありえないが念のためだ−−額を踏みつけて固定しながら、サプレッサーを取り出し銃に取り付ける。

「ちょっと! 人の頭踏まないでよ!」

やかましい口に銃口をねじ込み、なおももごもごとうるさい娘の脳幹めがけてぶっ放した。目標を誤ることはない、確実な一発だった。

はずだが

「は……はあ?! 信じらんない! なんでもう一回撃ったの? 意味わかんないんですけど。私首切れてるじゃん! 最悪、なんか奥から出てきたし……うえぇ」

発砲の衝撃が収まった途端に先程と変わらない様子で喋り始める。どうやら首から上だけで生きているというわけではなさそうだ。死体が喋ってるのか、困ったな。

ピンク色の豆腐みたいなドロドロを口から吐き出そうと奮闘している首を前に俺は途方に暮れた。

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