第3話 最初(で最後)の討伐クエスト

 シスターさんの話によると、俺が召喚されたのは、第一宇宙と呼ばれる世界にある、極寒の惑星フィースワールド。

 他の宇宙にはない特別な力のお陰で、簡単に時空を飛び越える事が出来る。

 その力を応用した魔法、《召喚術》が高度に発達したこの世界では、なんと異世界ごとにナンバリングが振られているらしい。

 第一宇宙から第八宇宙まで。数字が大きいほど召喚が難しいらしい。

 俺のいた世界は、第四宇宙に属するので、中間ぐらい。とかなんとか言っていたが……。

 そんな宇宙スケールの話より、もっと先に言うべき事があるんじゃないか?


「で、ここはどこなの? 君は誰?」

「あ、そうでした、そうですよね……」


 どうやら俺たちは、そんな基本的な事も失念していたようだ。

 よく映画で宇宙人とファーストコンタクトをした連中が、宇宙人の個人的な名前を誰ひとりとして聞かないのとよく似た状況である。

 シスターも初めての事なので、緊張していたらしい。

 ともかく、これで、ようやく人間らしい会話ができるようになった。


「申し遅れました、ここはイスクリード公国の王立大学。偉大なる召喚師バスタ伯に連なる、宮廷召喚師たちの学舎です。

 そして私は宮廷召喚師のバージリー。勇者よ、私の呼び声にお応えいただけた事に、感謝の意を表しますわ……」


 バージリーは、まるで誇らしい経歴を語るように得意げだった。

 ……というか、どうしてそこで態度がでかくなるのだろう。

 平らな胸をさあどうぞ、つついてくださいと言わんばかりに、胸を張って仰け反っている。

 いや、つつきはしないが。見ているだけだが。


「つうかさ……俺は別に呼び声に応えた記憶は無いんだけど……そもそも呼び声なんてあったっけ?」

「あら、ちゃんとかけましたよ? 『どうか私たちをお助けください!』とお願いしたら『う~ん、行くぅ~、お兄ちゃ~ん』という返事が……あら、どうしました?」


 不意打ちだった。

 俺は不意打ちをモロに食らい、にやけそうになる顔を必死で隠した。

 たぶん、俺は妹系のゲームの夢を見ていたのだ。

 バージリーは何も分かってないみたいだが、

 寝ている間に召喚されたのだから、そう考えるのが妥当だろう。

 不思議なのは、なぜ夢の中で俺の方が妹になっていたのか、という点だが……。


「……すまん、もう一回、言ってくれ」

「『どうか私たちをお助けください!』とお願いしたら『う~ん、行くぅ~、お兄ちゃ~ん』と……」

「イエスッ! さすが俺、歪みねぇ!」

 なんか急にやる気が湧いてきた。

 我ながら現金なことである。

 せっかくの異世界なのだ、楽しんで生きるにこした事はない。

「けど多分それ、寝言かなんかだと思う」

「寝言……?」


 というか、召喚が常識になっている世界なら、相手の都合も考えて召喚して欲しいものだ。

 誰だって一日の四分の一は寝ているのだから、わざわざ寝ている時間帯に呼びかけられてもまともに対応できる訳が無い。


「……申し訳ありませんでした」


 バージリーは俯いて、なぜか辛そうな顔をした。

 何かまずいことでも言ってしまったみたいな空気になっているのはなぜだろうか。

 どうやら、俺が寝ている間に呼び出された事よりも事態は深刻らしい。


「じつは……今まさにこの公国は、魔物に襲われて滅ぼされかかっているのです」

「えっ、ていうかここ、そんなにマズイ状況だったの?」

「はい。私たち召喚師は、1人でも多くの勇者のお力を必要としているのです……」


 細かいことは気にしていられなかった、という事だろう。

 そんな事態なら、なおさら俺なんかを呼ぶ必要はないだろうのに。

 しかし、道理で、さっきから辺りに人の気配がしないはずだ。

 四方が本棚に囲まれているこの部屋には、俺と彼女の2人しかいない。


「……すべては悪しき召喚師マイコフが呼び出した、十六の災厄が原因でした……」

「……それ、長くなる?」

 ……長くなりそうな語りだしだったので、思い切ってはしょって貰った。

「フィースワールドはかつて全宇宙の交易の中心として、大いに繁栄していました……。

 ですが、悪しき召喚師のお陰で、今は見る影もない、死の星となっています……。

 魔物によって文明も自然も崩壊し、暗雲が日夜立ちこめて地表が凍り、もはや作物を育てることはおろか、水を得ることも不可能となったのです……」

 バージリーは、またしてもボロボロと泣き始めた。

 宮廷召喚師の身分を鼻に着るような彼女だ、どうやらよっぽど悔しかったらしい。

「私たち召喚師は地下に逃げ、生きるために必要な物資や人材を少しずつ召喚する事で、辛うじて命を繋いでいました……。

 しかし、今でも時折その異界の魔物たちが地下までおりてきて、私たちの生活を脅かし続けているのです……」

「ふうん……」


 どうやら彼女も、過酷な運命を背負って生きているみたいだ。

 地上に住めず、自分たちでは何も生み出す事が出来ず。

 召喚術を使って、地下で引きこもり生活をしている。

 まるで俺みたいだな。……なんて言うのは無粋すぎるが。

 誇りも自尊心も失われ、心はすでにズタズタなはずだ。


「召喚が出来るんだったら、他の世界に逃げる、とかはできないのか?」

「逃げません……この第一宇宙は、私たちの召喚術が最大の力を発揮する、唯一の柔らかい宇宙……ここを明け渡せば、私たちは力を失ったも同然なのです」

「柔らかい宇宙……ね」


 きっと眼差しを強くするバージリーから、俺は思わず目をそらした。

 いつか地上を取り戻せるかもという希望があるから、苦しい思いをしながらもこの世界を離れられないのだ。


 ――まったく、不幸の元凶は、いつだって希望なのか?


「分かったよ、つまり、勇者であるところの俺は誰と戦えばいいの?」

「超獣王ビヒーモスと……」

「それって、どんなの?」


 バージリーは、本棚から本を一冊抜き出した。

 B4サイズのやたらと重そうな本だ。『九天召喚獣事典』と書いてある。

 埃の被ったその本を開いて、見開きに描かれたその怪獣の図を見せてくれた。


【超獣王】ビヒーモス 獣王目、超獣亜科

 推定召喚元 第八宇宙エステラーザβ星雲シュスペツ座双子恒星A2008号系第七惑星ザブーン

 体長 300メートル 体重 570トン

 最大戦闘力 5万勇者

 特殊行動 大地震 極大火炎放射(広範囲) ドラゴン・ハント

 称号 陸の獣王 竜喰い

 主食 竜


「まず、全身がオリハルコンの装甲で覆われていますから、近接攻撃で急所を護る装甲を剥がして、それから魔法で集中攻撃を浴びせる戦法が一般的ですね……もしもし? 勇者よ、また眠いのですか?」


 俺は再び現実逃避していた。

 体長、300メートル……。主食、竜て……。

 怪獣じゃないか?

 ありえない、ほとんどのファンタジーで最強種と言われている竜が主食な時点でもうパワーバランスがおかしくなっている。

 何考えてんだこの怪獣召喚した奴、頭どうかしてる。


「……ちなみに、どうやって、その超獣王と戦うんだ?」

「ですから、ここに最大戦闘力5万勇者ってあるでしょう? だいたい勇者を1個師団、5000人くらいのグループに分けて戦うと、効率がいいと思います……」

「えッ、ちょっとまて……まさか5万勇者って、本当に5万人の勇者で力をあわせて戦うってことかッ?」

「そんなわけありませんわ。だってこの数値は、5万人の勇者を1ターンで倒せる力がある、という事ですから。その5倍くらいは召喚しておかないと、まともに戦えませんわ……」

「25万人!? ちょ、そんなに召喚したら勇者だけで軽く県ぐらいできちゃうだろうがよッ!?」

「できますけど、なにか問題が?」

「クーデター起きるぞッ! 誰だってあんた達のために命を投げ出したくないだろッ!?」

「起こりませんよ。だって召喚する前にきちんと本人の意思を確認して召喚していますから。それにこの世界では召喚術が使えなかったら、食糧も水も手に入りませんよ?」

「……ふざけんなッ!」


 俺が立ち上がると、

 バージリーは目を剥いて狼狽えた。

 どうやら、俺が怒鳴ったのがよほど意外だったらしい。


 さっきまで勇者の自覚もなくテンション底辺だった俺が怒るのは、きっと滑稽だろう。

 そう思うと、俺は急に顔が熱くなっていった。

 つまり、俺はこの世界と自分の役割に、少しばかり希望を抱いてしまったのだ。


「……そんなの、勇者じゃないだろ。奴隷か捨て駒じゃないか」


 自分に限って言えば、それ以外の、一体なんの使い道を期待していたというのか。

 希望のせいだ。

 世界に希望を持ったのがそもそもの間違いだ。


 バージリーはすっと目を細め、すぐに落ち着きを取り戻した。


「捨て駒なんかではありません……。召喚師は、自分の召喚した勇者を責任を持って保護しますし、召喚にはそれなりの代償を支払います。それに、もし死んでも、ちゃんと生き返らせますわ」

「生き返られる……のか? ほ、本当か?」

「はい、九天は広いのです。……蘇生の魔法が使える異世界もいくつかあります」


 そうか。

 八つも異世界があるのだから、不条理な魔法世界だって中にはあるのだろう。

 しかし、そうなるとどうして俺を呼んだのか、ますます分からなくなる。

 俺は普通の人間だ。

 そういう特殊技能どころか、普通の技能さえ持っていない。


「召喚された魔法使いの勇者を、5000人ほど集めて蘇生部隊を組むのです……そうすれば、一度も全滅することなく、戦う事ができます」

「あ、そうかなるほど」

 どうやって怪物と戦うのかと不思議に思ったが、勇者が何度も生き返るとなると、割と単純な理屈のようだ。

「それで5000人ずつに分けて特攻するのか。ちょうど蘇生部隊も5000人だから、1人につき1人蘇生させれば全員同時に生き返らせるから。そして、蘇生している間に次の部隊が特攻して……ていう風に、上手い具合に攻撃を繋げて行く事が出来る、ということなんだな。なーるほど……ってぜんぜんよくねぇっての!」


 俺が噛みつくように言うと、

 びびくぅ、と肩を震わせて、バージリーは自分の肩を抱いた。

 どうやらノリツッコミは未経験らしい、何が起こったか分からずに困惑している様子だ。


「どうせ生き返るから、とかそんなの関係あるか、

 死ぬことを前提に召喚されるのを喜ぶヤツがいるわけねぇだろ!

 俺らはポケモンじゃねぇ! 人間だ!」


 我ながら理不尽な感情構造である。

 ついさっき、世界に希望を持ったのがそもそもの間違いだなんて、達観ぶったことを心の中で結論づけていたくせに。


 バージリーは、こちらに何か言いたそうに顔を向けたが、ぎゅっと唇を噛んで堪えていた。

 膝ががくがくがく、と震えて、今にも倒れそうになっている。

 けれども倒れない。顔をトマトみたいに真っ赤にして、

 必死に威厳を保ちながら、ひと言言い放った。


「ゆ、勇者よ、聞きなさい……」

「俺は勇者じゃない、マキヒロっていう名前がある」

「マキヒロ、私があなたの召喚師です、ですから、わたしの、言うことを、き、聞きなさい……!」

「……聞かないと、どうなるんだ? 俺は元の世界に帰して貰う事もできず、食糧が得られずに、そのうち飢え死にするのか?」

「いいえ、そんな事は、絶対にさせません」

 バージリーは、不意に哀しげな目で俺を見つめてきた。

 辛うじて杖に捕まっているといった感じなのに、彼女は眼力だけで俺を黙らせてしまった。

 彼女の目は強かった。

 絶望に染まっている筈なのに、強いのだ。

 その強さが一体どこから来るのか、そのときの俺にはまだ分からなかった。

「たとえ勇者が25万人いようと、私の勇者はあなた1人だけだから。……いつか必ず、元の世界に帰して差し上げます。あなたの食糧も、頑張って召喚します。だから……お願いです、私に力を貸して。私の世界を、助けてください」


 希望っていうのは、本当に毒だ。

 異世界に召喚されたその日、俺は勇者として絶望的な戦場に送り出されるのだった。

 そして初日の戦いで、俺は30回ぐらい死んだ。

 まあ、予想はしていた。

 ほら、主人公が死ぬのはテンプレというか、

 異世界トリップ物にはつきものじゃないか。

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