僕と彼女とコンビニと猫

国会前火炎瓶

第1話 コンビニの彼女と僕について

 最近、よく行くコンビニの店員と話をするようになった。最初は、いつもこの時間に来てますね、といった風に話しかけられたように思う。急にそんなことを言われたものだから、僕は、ああ、そうですね、と気の抜けた返事をして、その時はそれで終わった。それから一言、二言と言葉が増えていき、今では短い世間話をするようになった。

 彼女の髪は肩ぐらいの長さで、所謂ぱっつんである。子犬のように愛くるしい風貌で、いつも明るくにこにこしている。僕のような奴にも話しかけるあたり、コミュニケーション能力の高さも伺える。最近するようになった世間話から察するに、彼女は大学生のようである。教授がどうの、レポートがどうのと話していたから恐らく間違いないだろう。どこの大学かまでは分からない。話すようになってからそこまで日が経っていないのだから、分からなくて当然と言えば当然である。僕は知っている彼女は、そのぐらいの浅さであった。

 僕の方はと言えば、見た目に関して言えば全くもって正反対と判断せざるを得ない。僕は自分の顔がそこまで嫌いではないし、そんなに不細工な方でもないとは思うのだけれど、少し暗いような、陰気な感じがすることは否めない。無造作に伸ばしている前髪のせいかもしれないし、太枠の黒縁眼鏡のせいかもしれない。髪の毛なんかは、美容室にでも行って、然るべき人に処理をしてもらえば随分とマシになるのかもしれない。しかし、美容室の、美容師が話しかけてくるというステレオタイプな印象が邪魔をして、どうにも足を運ぶ心持にならない。自慢にもならないが、僕は人と話すことが得意ではない。顔見知りと話す時ですら、どうにも落ち着かず、今日は寒いですねえ、などと当たり障りのないことを言い、そこから会話を続けられない。相手がどんな話題なら乗ってこれるのか、察する能力がないのである。相手が話題を振ってくれても、そうですね、のような同意の言葉を投げて、そこで話を終わらせてしまう。ともかくそういうこともあって、大して親しくもない美容師を話すことを求められる美容室に行く気にはなれない。では眼鏡の方はどうか、と言う話になるのだが、こちらも何ともしがたい。一度はコンタクトレンズに挑戦しようかとも思ったのだけれど、目に物を入れると言う事への恐怖が勝ってしまい、断念してしまった。せめて眼鏡を太枠の黒縁ではなく、もう少しスリムで、明るい色味の物を選べばいいのかもしれない。しかし、何分お洒落とかそういったものに疎くて、眼鏡のフレームを変えるときにも結局冒険できず、現状維持を続けた結果がこれである。まあ、何はともあれそんな僕が、顔を知っているだけの九割五分他人の、彼女と世間話までするようになったのは、奇跡とはいかないまでも、かなり珍しいことであった。大方、彼女の人徳のなせる業であるだろうが。

 僕は何の変哲もない大学生である。一応、人様に言っても恥ずかしくない程度の大学には通えている。特にこれといった夢も志望もなく、読書が好きと言うことと、何となく興味があると言う極めてぼんやりとした心持から、文学部の日本文学科へと進学した。僕の大学は、山奥の辺鄙な所にある。僕自身は電車に一時間程度揺られて、それからバスで十分程度また揺られて、通学している。僕程度ならいいのだが、この大学に一浪して入る人間や二時間三時間かけて通学する人間も居るから驚きである。聞くところによると、文学部のとある教授がその道では有名な人らしく、その人の講義を取りたがる者も多いとか。そうした話を聞くと、少し申し訳ない気持ちになる。僕は大した努力も熱意もなくここへやって来て、また、ここで得たものを将来の糧へと変えようと言うつもりもない。このまま何もなく学生時代を過ごし、何もなく就職活動をし、何もなく社会の歯車として組み込まれていくのだろう。そんなことを、彼女のコンビニで買った大して美味しくないコーヒーゼリーを食べながら思った。

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