20代:ザールヴァン帝紀 -両統迭立-

 ザールヴァン・オールストーム・フランデン・ロード・ヴァンディーン・エルスヴァ・カラノベルデ・アウロン・ド・フンダは、ヴァンディーン大公ベリゾンの嫡男である。彼は父の代に中断した帝位を継いで皇帝となった。後に20代皇帝とされている。

 彼の在位はたった3年であり、廃帝となったジュリウスを除けば、在位期間が2番めに短い皇帝である。皇帝としてのザールヴァンは、さほどの実績を残していない。

 だが、ザールヴァンにはなんの事歴もなかったかというと、そうではない。

 彼自身は、早くから父の仕事の手伝いをするようになった。秘書的な仕事から始まり、長じては閣僚の座にも着いた。行政手腕は確かだった。そうでなければ、自身をも客観視する父ベリゾンからは一顧だにされなかっただろう。能力があるから使う。息子かどうかは関係ない。使えなかったらいつでも切り捨てる。ベリゾンはそういう考えでいたため、その方針を知らない人々からは、ベリゾンは偉そうなことを言うが、息子を要職につけるなど身内に甘い。と批判され、その考えを知るものからは逆に、ベリゾンは息子すら冷徹で客観的に見ている。厳しすぎる。と評された。

 ベリゾンは、自分はもちろん、息子にも帝位を継がせる気はなかった。側近からは、「ご自身やご子息の帝位継承のご意向」について何度もお伺いがあったが、ベリゾンは一笑に付した。一笑に付すだけで、具体的に「帝位に何の価値がある? 為政者はその能力と意志を持つものがなればよいのだ。国民が求めるのは<皇帝>ではなく、国をきちんと動かす<人>だからだ」とは言わなかった。内心はそう思っていても(そう思っていたであろうが)口にはしなかった。する必要が無いと思ったのか、言うことによってもたらす波紋が、復興の妨げになるのを危惧したのか、そのあたりはわからない。

 ザールヴァンも、帝位に興味を示さなかった。表向きは、示したことは一度もない。側近や、友人から聞かれたことも一再ではないが、父親同様、苦笑を浮かべるだけにとどめておいた。

 彼が父のもとで行った様々な仕事は、第三者からも高く評価された。為政者としての能力はあったと言えよう。

 ザールヴァンが父と異なっていたのは、帝国再統一を急いだことだろう。

 ベリゾンは、復興を優先させたため、19の分国については、後回しにした。もちろん、何もしなかったわけではなく、様々な工作や、外交的交渉、軍事的圧力は加えているが、統一は急がなかった。

 息子のザールヴァンは、父のもとで復興事業を指揮しつつも、意見を述べる場があるときは、しばしば、再統一を献策した。ただ言うだけでなく、具体的な計画も示してみせた。

 それに対しベリゾンは首を縦には振らなかった。

 無碍に却下したり、献策を批判したりはせず、ザールヴァンの出した策の中で使えそうなものは採用したが、性急な方針は採らなかった。

 ザールヴァンは父親にその理由を何度も問うたが、ベリゾンの答えはいつも決まって同じであった。

「復興優先および敵の糾合を避けるため」

 ザールヴァンは、その返答に過激に反論することはなかった。

 彼にもその理屈はわかっていたからだ。

 しかし、徐々に分国の力が削がれてくると、彼は再統一を急ぐよう何度も献策するようになった。

 彼にも理屈はある。

 帝国と分国の支配域はモザイクのように入り乱れている。これでは経済流通に支障が生じ、復興も遅れ、発展にもつながらない。軍事的にも、分国に挟撃される可能性があるから、安全保障に問題がある。結果としてそれらの地域では支持率が下がり、敵の思う壺にもなる。帝国の権威は損ねられる。

 完全覆滅が困難であるならば、せめて流通の拠点となるべき星系、戦略上重要な星系は奪回すべきだ。

 またそういう星系の住民には税制度や権利の問題で優遇策を取り、帝国側に付くよう仕向けるべきである。

 彼はそう訴えた。

 彼が自分の考えに必ずしもこだわらず、妥協案や次善策を示したことは、父ベリゾンにとっては、評価すべきことだったのだろう。それゆえ、ザールヴァンは政権に残り、経験値を高め、権力の階梯を登っていった。彼の献策の中から実行できそうなものは採用され、結果として、分国の勢力は徐々に削られ、弱い方から順番に帝国へ併呑されていった。ベリゾンが暗殺された時、分国の数は19から8つにまで減っていた。

 そして、ベリゾンが暗殺されると、多くの貴族が、ザールヴァンに帝位に就くよう要請した。

 閣僚の首座に就くことは、彼の経験と成果から見ても十分であったが、帝位となると経験だけではダメである。

 彼はその訴えを退けた。

「父上の事業を成し遂げたわけでもないのに、今の自分にはその資格はない。また、帝国は未だ、国土の3分の1ほどを失っている。帝位など、帝国が再統一されてからの話ではないか」

 だがこれは、聞きようによっては、条件が揃えば、帝位に就くこともやぶさかではない。そう聞こえる。

 要するに、我々貴族らの確実なる支持を欲しておられるのではないか。

 貴族や有力者たちは、そう考えた。であれば、みなで皇帝を支持する旨、署名を出し、ご面前にても誓いをたてれば、安心して帝位にお就きになられるのではないか。

 そう結論にいたり、ザールヴァンに改めて、帝位就任の要請を行って、多くの貴族らの署名をあわせて提出した。

 ザールヴァンはそれでも断ったが、貴族らも諦めず、三度目の要請を行った。その際に添えられた文書の中には、具体的な政権構想と、帝位継承についてザールヴァンの子孫が受け継ぐ、という内容のものが含まれていた。

 ザールヴァンはそれを受けて、ようやく、帝位継承に同意し、即位した。

 このため、後世からは、本音は帝位継承であったが、二度拒否することで慎み深さを強調しようとしたのだろう、とか、多数派工作を行うための時間稼ぎだったのではないか、とか、国民の反応を見ていたのでは、とか、単に一種の形式的美徳にこだわったのではないか、とか色々憶測が立てられている。

 ザールヴァンが即位後も安定した体制を望んだ、というのは真実に近いだろう。

 反発を避け、強固な支持体制を求めたのだ。

 それには理由があった。

 もう一人の帝位継承者の存在である。

 すなわち、いとこのヒュールベインであった。

 ベリゾンの兄で、先代の皇帝、グレンブルの嫡子である。

 形式で言えば、最も帝位に近い人物であった。

 だが実際には、帝位そのものが、救国の英雄であるベリゾンによって棚上げされており、それをおそらくグレンブルも了承していたため、ヒュールベインの即位は、ベリゾン体制下においては考えられなかった。

 ヒュールベイン自身も、特に帝位についてアピールなどはしていない。領地に籠もり、政治的言動は一切行わず、公の場に出ることもしなかった。

 だが、伝統的な貴族層や、保守派の間では、グレンブルの子であるヒュールベインの即位を望むものもいた。無能のレッテルで貴族をないがしろにしたベリゾンの強権的な方針に対する反発もあったが、国民がベリゾンを支持していたため、おおっぴらには言えなかったことである。

 ベリゾンが暗殺されたという情報が入った時、ザールヴァンは、暗殺実行犯よりも、その背後で糸をひく黒幕が誰かを気にした。その黒幕が、自分が即位した時にも、同様の手段を取るのではないか、ということを恐れた。

 そこで、ザールヴァンは、最初に貴族らが帝位継承の嘆願をしてきた時に、丁重な態度でそれを退けつつ、ひそかに腹心のものを使って、貴族らの動向を調べさせた。

 その結果、保守派の大物貴族、ハフトン侯爵が中心となって、ヒュールベイン擁立に動いていること、それがどうも、ベリゾンの暗殺にも関わっていたようであることがわかった。

 ベリゾン暗殺の主体的黒幕だったかはわからなかったが、その陰謀に加担していたのは、間違いなさそうである。

 しかしザールヴァンは、すぐにハフトンらを取り締まろうとはしなかった。保守層の規模は意外に大きく、こちらが妙な動きを見せた途端、どういう反応をするかわからなかった。更に彼らを覆滅するほど自由にできる軍事力もなかった。

 ハフトンらも即位に必ずしも反対しているわけではない。

 そういう情報を得て、3度めの即位の嘆願が行われると、ザールヴァンは即位を了承した。

 父ベリゾンの人気の高さもあり、自分が即位しても国民の反発はさほど大きくはならない。

 皇帝という権威を伴う実権を握れば、保守派に対しても強く出られるはず。そのうち権力の差も大きくなる。その時点で連中を滅ぼしても遅くはない。

 ザールヴァンの計算は働いた。

 それに、彼自身も、帝位に就くことを望んでいた。

 ザールヴァンが最も父ベリゾンと異なっていたのは、その思想であった。

 ベリゾンは、国家のトップとは実質的なものを伴う人がなるものであって、その人の地位が形式的になんであるかは問題にしなかった。皇帝でなくても、国民と社会を良い方向へ導いていけばそれで良いのである。そのベリゾンの復興事業に深く関わりながら、ザールヴァンは、いずれは皇帝制度の復活を果たそうと考えていた。

 彼は保守派貴族よりも、もっと保守的であったかもしれない。

 帝国には皇帝制度が必要だ。

 この国には、伝統的に皇帝のもとで社会体制が維持されてきた。皇帝の存在なくして、帝国はあり得ず、皇帝によって、帝国は一つにまとまる。

 もちろん、皇帝になる人には、相応の人格と才能がなければならないが。

 彼は、自分が帝位を継ぐべき人間だと思っていたが、それは皇族という血筋だから、というだけでなく、相応に自分には才能があると思っていたからである。そう努力もした。努力と才能の点だけは、彼は父と近い考えにあっただろう。

 彼は即位すると、国民に呼びかけた。

「我が父ベリゾンは、憎むべき侵略者を打ち破り、国民に和解と統合を求め、国家再建への努力を望んだ。父はそのために、自ら先頭に立って働き、帝位に就こうとはされなかった。それは帝国が再び、昔日の勢いを取り戻してからと考えておられたのやもしれぬ。だが、父の事業は、非業の死によって中断した。父を殺した者達は、それで国家再建の事業が止まると思ったかもしれぬが、それはありえない。断じて無い。なぜなら、我々がその意志を受け継いだからだ。その一環として、私は今、帝位を継承した。帝位が国家再建のための核になると信じたからだ。私は皇帝として、帝国復活のために重い責任を果たさなければならない。もはや歩みを止めることは許されなくなった。だからここで、国民の皆々に誓う。必ずや国家を再建し、国民の生活を改善し、すべての国民に幸福をもたらすと。だから皆にも引き続き我々に力を貸してほしい。一人一人が出来ることでよい。どんな些細なことでもよい。その力を貸してほしい。そして、帝国が再び銀河にその栄えある姿を取り戻した時、私は皆とともに、これを祝い、喜びをわかちあおうではないか」

 彼は、即位しても、保守派を取り締まろうとはしなかった。

 だが、ハフトン侯爵ら、父ベリゾンの暗殺に何らかの関与をしたと思われる貴族たちのことは、いずれ手を下す気でいたらしい。皇帝直属の情報機関を充実させ、近衛軍の増強を図った。

 だが、彼はそれを為すことが出来なかった。

 ザールヴァンは在位3年で、暗殺されたのである。

 分国同士が連合し、帝国に対して挑発的行動を示したことを知ったザールヴァン帝が、一気呵成にカタが付けられると考え、自ら討伐の艦隊を率いて出陣。

 しかし、そのわずか4日後、ザールヴァンは、第一艦隊旗艦である戦艦ベリゾン・ザ・グレート・モナークの艦橋にあった司令部で、側近の士官エベド少佐に背後から撃たれたのである。ザールヴァンは即死し、皇帝親征は中止に追い込まれた。

 エベド少佐は、その場で射殺された。その後の調査で、彼は以前から統合失調症を患っており、誇大妄想や被害妄想と思われる言動が見られた。それゆえの発作的な単独犯行だという結論が公表された。

 それをどれだけの人が信じたかはわからない。真実とは到底思えぬ結論であったが、仮にそれが真実だったとしても、皇帝暗殺となれば、人は陰謀のフィルター越しに見ようとするだろう。

 ザールヴァンは決して油断していたわけではない。

 専門の調査機関を使い、守旧的な保守勢力の動きを探らせていた。

 だが、彼は自分に迫る魔の手の大きさに気づかなかった。

 暗殺を実行したのは、単なる一士官であったが、それを動かしていたのは、実は貴族の大物連中であった。それも、ザールヴァンに帝位に就くよう嘆願書に署名したものが多く含まれていた。

 実のところ、ハフトン侯爵は黒幕の端にぶら下がる程度の一員に過ぎなかった。それも至極表面的な保守派であり、黒幕の貴族たちから使嗾されて目立つように動いていただけのピエロであった。真の黒幕はその陰に隠れていたのだ。

 そう。ザールヴァンを即位させた者たちが、ザールヴァンを暗殺させたのである。彼らこそが、ベリゾン暗殺の黒幕でもあった。

 暗殺の動機は主に2点あったと考えられている。

 ひとつは、貴族層の力を削ぎ、その権威を蔑ろにしたベリゾンに対する復讐。ベリゾン暗殺に飽きたらず、その息子にもその矛先を向けたということだ。

 もうひとつは、旧来の皇帝・貴族体制の復活。

 ふたつめの動機は、一見奇妙にも感じられるだろう。

 ザールヴァンを皇帝に即位させたのは彼らなのだから。

 貴族らは、旧体制の復活は望んだが、世の実情は、そう甘くはなかった。彼らがいくら望んでも、皇帝の復活や貴族の権力強化を、国民は受け入れないだろう。それくらい貴族にもわかる。大戦で藩屏としての垣根が壊された後、貴族層は国民の目の前に、むき出しで晒された。貴族も当然、「国民の目」を目の当たりにした。

 国民の怒りを買えば、我々は滅ぼされてしまう。

 だが、国民が権力者として支持できる人物が皇帝になるのであれば、それは容易い。

 そのために使えそうな人物が一人だけいた。

 ザールヴァンである。

 能力が高く、実務型で、しかも本人が皇帝制度の復活に賛意を示し、われこそがその資格あり、と思っている様子。

 その自負の部分は貴族らにとって鼻持ちならぬことであったが、同時に彼であれば皇帝・貴族制度の復活は現実味を帯びる。

 そこで多くの貴族らは意見をまとめた。

 この際、ザールヴァンを即位させる。

 そうすれば、制度として復活させることが出来る上に、実子が即位することで、皇帝や貴族の権威を蔑ろにしたベリゾンに対する、一種の復讐にもなる。

 そのうえで、不遜なザールヴァンを暗殺し、帝位を、先代の皇帝グレンブルの血を引くものに継がせればよい。すなわち、ベリゾンによって排除されたヒュールベインを擁立すればいいのだ。

 ザールヴァンの遺児が幼いため、ヒュールベインの即位には名分が立つ。

 すべてが思い通りに行くではないか。

 こうして、ザールヴァンを担ぎだした貴族の陰謀によって、ザールヴァンは殺された。

 殺された時、彼は、その裏側の真実を理解することはなかった。延髄を撃ちぬかれたため、なにが起こったかもわからぬまま、その人生を終えたのである。

 黒幕の貴族らにとっては、思い知らせることが出来ないことだけが若干の心残りだったとも言えよう。思想も、思考も、子供じみていた。

 ザールヴァン暗殺には、分国の関与も指摘されている。

 ザールヴァンは実力でもって、分国を併呑し、帝国の再統一を図ろうとしていた。

 分国も相応に力を持っていたが、一国あたりでは、帝国との国力差は歴然である。

 帝国が本気を出せば、分国などあっという間に滅亡するであろう。

 彼らは、密かに調査をし、情報を集め、保守派貴族の陰謀を嗅ぎつけた。そして、その機会を用意するため、保守派に密かに連絡を取り、帝国に対してわざと挑発行為を繰り返し、保守派貴族をして皇帝自ら討伐するように仕向けた。

 国粋主義者が、実は裏で敵と繋がっている。

 こういうことは、意外と歴史上には良くある話だ。

 保守的であるほど、保身的でもある。

 皇帝は陰謀に乗せられる形で出兵した。宮中や帝星では厚く守られているのに対し、遠征先では必ずしもそうではなかった。皇帝親政は、暗殺の絶好の機会であった。

 分国が関わっていた証拠に、皇帝暗殺後の作戦中止と退却の際に、分国連合軍は手を出していない。保守派との間でそういう事前の取り決めがあったのである。それを律儀に守っているところが、所詮、分国も分国程度、お人好しであるといえる。

 逆に言うと、もしこの時、皇帝が死んでいなければ、分国連合は大敗を喫し、帝国は統一されて、以後の混乱の歴史もなかったかもしれない。

 あるいは、分国が約定を違えて、皇帝暗殺の混乱を利用して軍事作戦に踏み出していれば、大勝利に終わり、分国連合が次の帝国になっていたかもしれない。

 歴史にはこういう「もし」が無数にある。しかし事実として存在しない架空の歴史でもあった。

 ザールヴァンの死後、空虚で盛大な国葬が行われ、逼塞していたヒュールベインが貴族らの手で呼ばれた。彼は葬儀の後、皇帝に即位した。

 それに反発したのがベリゾン派の重臣らであった。彼らは中興の祖であるベリゾンを神君と崇め、その思想を崇高なるものとした。同時にザールヴァンをその後継者と見なしていたところは、血統を重視しなかったベリゾンの思想と正反対であったのが皮肉であるが、彼らはザールヴァンの子でまだ少年だったヴァルゴンスを擁立し、帝星を離れて、ポートヴェル星系で正統派フン帝国の樹立を宣言した。まだ大戦の傷が癒えきれていなかったため、動揺した多数の星系政府がこれに従った。

 こうして両統迭立と呼ばれる、フン帝国に2つの王朝が並立する時代が訪れる。これに独立状態の分国が絡み、情勢は複雑の一途をたどることになった。

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