18代:グレンブル帝紀後編 -銀河大戦-

 メリスボーン共和国軍は総兵力3500万もの大軍勢で侵攻してきた。

 これは共和国にとっても、歴史上初めての大規模な戦争であった。

 それまでは、主要7家が私戦的に紛争を起こすことはあっても、国家として統一的でかつ大規模な戦争をしたことはなかった。7家の思惑が絡み、統一した政策を行えなかったこともあるが、何より戦争というのは愚策であり、経済的に支配していくことが商業国家の本分であると思っていたからである。

 しかし、経済紛争の様相から発展した今回の戦争は、この7家の思惑が逆に働いた結果でもあった。彼らはライバルである他の家に権利を奪われまいとして、進んで戦争に邁進するようになったのである。そのため、表向きは国家全体の大規模な戦争であるにもかかわらず、軍隊としての行動は必ずしも統一したものとはいえなかった。7家のそれぞれに影響を受けている各軍団や艦隊が勝手にフン帝国に対して攻撃を仕掛け、侵攻していった。形だけは存在していた総司令部や統帥本部はこの勝手気ままな軍事行動の対応に苦慮し、利害がからみ合って同士討ちとならぬよう、戦域を調整する役目ばかりをするようになった。

 それでも軍勢の規模が桁違いであったため、帝国の各領土は、侵攻点から周辺へと広がるように侵略されていき、諸惑星が次々と陥落していった。

 帝国軍は総兵力で言えば、共和国軍総兵力程ではないにせよ、それに近い数であったから、本来なら全軍あげて防衛すれば、侵攻軍との戦力差は殆ど無いはずであった。しかし広大な領土と植民地を守るために分散しており、一定方面からまとまって侵攻してきた共和国軍とは戦力差は歴然であった。星系防衛艦隊程度ではどうにもならない。

 侵攻軍の占領地への対応もまちまちだった。

 経験のない侵略戦争に、異様な昂奮に包まれて、都市を破壊し市民らに対して乱暴狼藉の限りを尽くした軍もあれば、戦後の占領地の市場獲得を睨んで、できるだけインフラや生産設備を守り、市民への暴力行為を抑えようと統率の取れた軍もあった。

 各星系の市民も、突然始まった戦争に戸惑うばかりであった。共和国に近い辺境域では、共和国の企業も多数進出しており、共和国人との交流もあったから、経済紛争が起こっていることは知っていても、まさか、こんなことをするとは、という驚きがあった。

 その周辺にある共和国と交流のない地域では、何が起こっているかわからないままに、大軍勢を目のあたりにして大パニックに陥った。事前情報がないだけに、防衛戦も後手に回ってしまう。呆然としている間に一方的に撃破された部隊もあった。

 一方、帝国中央部では、まだ事態はさほど深刻ではなかった。というより深刻な事態を「知らなかった」と言ってもいい。

 情報は届いていた。

 しかし、事前の紛争もふくめ、切迫感がないだけに、政府中枢の人々は現実感を味わえず、深刻に受け止められなかった。

 この未曾有の国難にもかかわらず、宮廷は驚くほどのんびりとしていた。

 辺境からは続々と侵攻の報、というより悲鳴に近いものが届いていたが、皇帝を取り巻く政治家や官僚たちは、単なる国境紛争程度に受け止め、現地の駐留軍に対処を命じるだけであった。それに対して、大規模な侵攻が始まっているという情報が返信されても、輔弼内閣のグメヴィエ首相ですら、首を傾げた。

「近年、たしかにメリスボーン共和国との間では様々な懸案が生じているのは事実だが、いずれも地域経済紛争に過ぎず、国家同士の関係を破綻させるほどの問題は起きていない。よもやその程度のことで、共和国が大規模な軍事侵攻作戦に踏み切るとは信じられない。何かの誤報か、悪質なデマ、両国関係を悪化させようという陰謀ではないのか」

 そう述べて、一応、調査団の派遣を命じたが、護衛の部隊すら付けない有様であった。

 グレンブル帝に対しての報告もされなかった。

 したところで……、という意見は後世はもとより、当時からすでにあったものの、このような事態を皇帝に上奏しない、というのも驚きである。

 どうもこれは尋常ではない、ということを政府中枢で最初に認識したのは、帝国軍の総司令部であったろう。情報部が集めてきた内容を精査すると、メリスボーン共和国軍は、国境が近接する15の有人星系に渡って全面的に侵攻を開始し、わずか1週間程度でそのすべてを占領、制圧した後、さらに周辺の星系へと侵攻を続けているという。現地の各星系警備隊はほぼ壊滅状態に陥っているようで、通信は一切途絶していた。

 この頃、帝国軍は帝国領や属国などの帝国圏を24の軍管区に分けて、拠点となる星系に軍管区司令部を置き、方面軍艦隊を駐留させていた。これとは別に、帝国の中央部に、宇宙艦隊総司令部直属の大小72個艦隊を置いており、方面軍で対処できない時は、出動することになっていた。

 しかし、1つあたりの規模が大きい方面軍艦隊はまだしも、司令部直属の艦隊は、平和な時代には無用ということで縮小が続いており、艦艇数が星系警備艦隊未満の艦隊も多く、老朽艦や訓練艦しか無い艦隊もあった。比較的まともなのは第1艦隊から第8艦隊までと、帝都警備艦隊、イロタヴァール艦隊くらいだろう。

 軍司令官のバーバル大将は、情報部のタイ中将からの報告で青くなり、グメヴィエ首相に皇帝への報告を進言した。

 ところが、

「司令官閣下ともあろうお方が、そのようなデマをお信じになるのですかな」

「首相、これはデマなどではない。すでに30以上の星系が深刻な事態に置かれている。もはや国境紛争などではなく、全面戦争だ」

「おおげさな」

 と首相は顔をしかめ、

「ならば司令官、なぜ帝国軍の各艦隊が迎撃に向かわないのです。まずそれからであろう。我々は陛下よりご親任を受けて、政治を行っている。為すべきこと為さずして、何を陛下にご報告申し上げよというのだ」

 総司令官はムッとして、

「すでに方面軍艦隊への出動命令は出しておる。直属の各艦隊の出動準備も進めておるところだ」

「ならばそれでよろしい。結果をまとうではないか。無用の報告をして陛下の宸襟を騒がせたてまつるわけにはまいらぬ」

 首相はそう言ったあと、司令官に顔を近づけると、

「それとも貴殿はなにかな、無策の報告を行って、処罰されることをお望みか?」

「……」

 司令官が無言でいると、

「わかればよいのだ。貴殿は自らの職責をお果たしになればよい。共和国軍を蹴散らしたのち、我が国大勝利の報告を、陛下に上奏いたそうではないか」


 グレンブル帝が、この時点で事態を知っていたかどうかはわからない。

 ただ、後世の研究からは、皇帝が何かのルートで共和国軍の侵攻の情報を得ていたことは間違いないようである。おそらくは、側近の貴族らが耳にした話を皇帝に伝えたというところだろう。しかし、皇帝はそれについて、具体的な指示を出したり、首相らに問い質したりは一切していない。情報を信じなかったのか、政策は輔弼内閣がするから口出しはしないと決めていたのか、案外帝国や自分の地位などどうでもいいと思っていたのではないか、という説も有力である。

 一方、皇帝の弟で第1艦隊の参謀であったベリゾンは、侵攻が始まった時、地域防衛システムの整備のために任地を離れていた。彼がいたのは、帝国中枢と辺境とのちょうど中間近くに位置する、星系オルゾブダの自治政府首都、惑星ゾブデである。周辺の4星系を含めた防衛ネットワーク網の整備のため、自治政府のボーンスル首相ら関係者とスケジュール調整や工事の手配を行っている時だった。艦隊での任務ではなく、軍務省の計画に沿った業務であり、彼を軍中央へ昇進させるための経験値稼ぎの要素もあったが、それだけ艦隊業務が暇だったということも言える。

 ベリゾンも当初、侵攻情報を疑った。彼にかぎらず、軍の有力者で真に受けた人のほうが少ないだろう。しかし彼は、自分の部下を情報収集のために派遣した。すぐに事実に間違いないという情報を得ると、彼は、すぐさま行動に移した。

 彼がまずしたのは、オルゾブダ周辺の統治情報をまとめることだった。なぜそのようなことをするのか訝しげな幕僚たちに、彼は説明した。

「大規模な侵攻が間違いないとなると、おそらく帝国軍は暫くの間、劣勢に立たされるだろう。準備ができていないからだ。そうなるとまずいのは、多くある比較的新しい領土の動きだ。帝国の主要地帯は古くからの領土も多いが、辺境を含め、このオルゾブダがある中間域まで、帝国に属した歴史が浅い。統治がうまく行っていたとしても、それは平時での話であり、有事になれば話は変わる。この機会を利用して帝国からの離反、敵への寝返り、あるいは独立を目指す動きも出てくると思われる」

「で、では、事前に不穏な動きを取りそうな連中をあぶり出して逮捕しますか」

「そう簡単でもないだろう。それぞれの惑星の有力者が、必ずしも反抗的とは限らないし、下手に圧力をかけて、逆に寝返りを促すようなことになるかもしれない」

「では、閣下はどうされるのが良いと思われますか」

「まず旗幟鮮明なものの動向だけを注視しておこう。露骨に独立の動きを見せるものは対応せねばならんが、敵がどこまで来ているかにもよる。反乱や独立の星系が小規模な場合は無視して、共和国軍への対応に全力を注ぐ方がいい」

「反乱を無視しては、敵を利することになりませんか」

「直接的な戦力や経済力に繋がるものだけを先手で潰す方がいい。こういう時にだけ便乗するような田舎の独裁者など無視しておけ。そういうのは後ででも対応できる。どの有力者が敵と結びやすく、寝返った際に戦略上都合が悪いか、そこだけをまず炙りだす」

「はっ」

「それから、直接の防衛戦も検討に入る。オルゾブダに敵が到来する時間は予測できるか?」

「調べてみます」

「閣下は帝都へお戻りにならぬのですか、ここで防衛戦を指揮すると?」

「帝都へは戻る。だが、まずはこの宙域だ。ここは要衝だからな。先々を考えるとここも確保しておく必要がある。敵の軍勢は想像を超える。おそらくここも時間との勝負だろう」

 幕僚らは納得すると、オルゾブダ駐留艦隊の司令官ガンソル准将ら関係者と協議し、周辺の有人星系の警備部隊にも声をかけた。

「戦力は全てオルゾブダに集めろ。周辺4星系はとりあえず無防備宣言を出させて、抵抗しないように伝えておくのだ」

「大丈夫でしょうか。侵攻軍が無抵抗の市民を襲うようなことは」

 ガンソル准将が質問したが、

「わからん。そこは敵に期待するしか無いだろう。しかし戦力を分散させては勝ち目はない。こういう事態を想定してこなかった罪は後で責任を負う。が、今は、防衛戦の方法を考えるのが先だ。少なくとも、市民に手を出す余裕を敵に与えないようにすることを考えよ」

 果たしてここまで来るだろうか、という疑問はあった。帝国の辺境を占領し、自国へ編入するつもりでいるのかもしれない。

 だがそうなると対応のしようがない。

 むしろ帝国の奥深くまで侵攻してくれたほうが、やりようがある。

 ベリゾンは冗談半分、本気半分でそう思った。


 開戦からわずか1ヶ月。

 帝国圏の3分の1は共和国側に侵蝕され、そこに接する3分の1は帝国の影響が衰えて、属国だった国々は次々と独立を宣言した。逆に属国でも帝国よりの政府があるところは、独立を宣言した国々との間で戦闘状態になっていた。まさに群雄割拠である。

 帝国は残りの3分の1、初来からの領土と、比較的古くに編入した領土、わずかに残る初期からの同盟国だけを支配下に置くのみとなっていた。

 ここに来て、共和国軍の快進撃に、共和国の属国も次々と参戦を表明。帝国から領土を奪おうとやっ気になった。その動きは共和国の周辺諸国や、共和国とは帝国を挟んで反対方向にある帝国の周辺諸国へも広がり、帝国は四方から攻撃される事態に陥った。

 メリスボーン共和国では、連日の大勝利に国民が酔っていた。

 経済力が強いということは、それを軍事に転換すれば、これほどの成果をあげられるということなのだ。

 我々は、実態として強いのだ。

 大統領のイーリー・ペイン・レミントン=アルファは、「共和国大勝利国民祝賀大会」を急遽開催した。そしてその会場で、彼はこう高らかに宣言した。

「偉大なる共和国の国民諸君。我々の民主共和制が、いかに正しいか、この戦争においてはっきりと証明された。ともに力を合わせ、愚かなる専制主義者を滅ぼし、その抑圧下にある市民を救い出そうではないか。そして私は国民諸君に約束する。解放された人々を加え、更に広い銀河の人々をも参画させ、我が共和国を民主主義の守護者として「銀河連邦」の樹立を目指すと。この銀河において、いや、人類の歴史上において、いまだかつてなかった、唯一絶対の統一政体のもとに人類をまとめあげようではないか。我らはその尖兵として、領導者として、銀河の人々を率いていこうではないか。我らは未来の歴史に燦然と輝く、銀河連邦の設立者となるのだ!」

 集まった国民は喝采をあげ、マスコミは大統領の言葉を「銀河連邦の樹立宣言」と大きく扱った。

 イーリー・ペインにとって、まさに絶頂の時が到来した。こうなれば、次の大統領選を勝ち抜けるだけでなく、ライバルの6家を含む有力氏族らを傘下において、本当のトップに立てる。銀河連邦の初代大統領となれるのだ。

 彼は自分に酔いしれた。

 ライバル家の当主たちが、内心苦い顔をしつつも、表面を繕った笑顔で握手を求めてくるのに対し、鷹揚にうなずいて手を差し出す。

 手を握りながら、彼は考えていた。

 フン帝国が滅びた暁には、早速、新国家体制の樹立に向けて、動き出さなければなるまい。忙しくなるぞ。他の有力者をどのようなポストに充てるか。そして連中の勢力を徐々に削っていかなければならない。法整備や、統治機構の再編もある。政府機関が私有されている現状を変えるのだ。

 頭のなかに、次々と考えが浮かぶ。

 なんと、建国というのがこれほど面白いとは。今まで考えもしなかった。

 ビジネスなどより、ずっとやりがいがあるではないか。

 

 まもなく、ベリゾンは、共和国軍と対峙することになった。

 オルゾブダ付近にまで侵攻してきたのである。

「やはり来ましたね。ここまで来るとは、やつら、我が帝国を本気で潰すつもりなんでしょうか」

 大統領の「銀河連邦樹立宣言」は彼らの耳にも届いていた。

「連中の思惑に手を貸す気はない。我らは生き残るための戦いをするだけだ」

 ベリゾンはそう言うと、

「敵を我が方奥深くへ引きずり込んで、その兵力を引き伸ばした上でこれを叩く。大雑把に言えば、この方法しかない。戦略も戦術も」

「しかし、敵は思った以上の大軍勢。うまくいきますでしょうか。そのまま蹂躙されてしまうなんてことは」

 部下のセリフは、不安の表れであった。それを咎めることはせず、

「敵は大軍勢だが、物量がそれに見合っているかというとそうではないだろう。補給はなんとか維持しているようだが、占領地からの略奪も横行しているようだ」

「それで銀河連邦などと、聞いて呆れますな」

 そう言ってガンソル准将が顔をしかめる。

「戦争とはそういうもんだろう。大義名分を掲げて、人から奪い、人を犯し、人を殺す」

 辛辣な言い方だが、間違いではない。

「人間という生物の縄張り争いだ。綺麗事などありえない。ま、なんにせよ、我々はやるしか選択肢がないのだからな」

 そう言ってからベリゾンは、不安そうな部下たちに、一つささやかな希望を与える必要があると感じた。部下だけではない。臣民もみな、希望の種があれば、立ち上がる勇気を持つことが出来る。

「敵は強大だが、一つだけ、弱点がある。それも致命的な弱点がな」

「それは一体」

「敵は、統一政体ではない、ということだ」

 部下たちは言葉の意味を理解しかねて不審げな顔をした。先の「銀河連邦樹立宣言」ではないが、確かに敵は共和国だけでなく、複数の国家からなっている。そういうことだろうか。

「一枚岩ではない、といったほうがわかりやすいか。メリスボーン共和国は、表向きは一つの国だが、実際には連合政権。もっと言えば、首長国連合だ。重要なのはここだ。同レベルの複数の権力者が欲望のために手を組んで成り立っている。これこそが、敵の最大の弱点。危うい関係で成り立っているのだから、お互いが利害のために対立するよう仕向ければいい。どんなに巨大な国家であろうと、一旦亀裂が入ればあとは自壊するのみ。一点突いて破砕と為す。我々は落ち着いて、その一点がどこにあるかを見極めることだ」

 ベリゾンの部下たちは、まだ困惑した表情を浮かべていたが、ベリゾンが黙って見回すと、徐々に彼の言っていることが脳に浸透してきた。それに連れて脳の回転が速くなる。

 そういうことか。

 敵は今のところうまく行っているからまとまっている。しかしどこかで大きな失敗をすれば、その影響を避けるため、責任を回避するために内輪もめを始めるのではないか。

 つまり、大きな1勝をもぎ取ることだ。

 部下たちの顔は輝き始めた。

 部下の表情の変化を見ながら、ベリゾンは内心思った。

 同じことは我が帝国にも言える。

 帝国が強ければみな愛想笑いを浮かべて従うだろうが、帝国が弱体化すれば、みな半笑いを浮かべて出て行く。

「諸君、ここは俺に任せてくれないか。必ずこの状況を打破してみせる。まずは迫ってきた敵軍だ。これを処理して後、私は帝都へ戻り、次の策を実行に移す」


 オルゾブダ星系に侵攻してきたのは、タダー氏族の影響下にある軍閥艦隊3艦隊であった。タダー家はメリスボーンのビッグ7の中ではもっとも勢力が小さい。小さいとは言っても、2000社以上の多星間企業を率いており、それより下の氏族とは大きな差がある。16の艦隊を傘下に持ち、私兵も含めると、動員できる兵力は100万人にも達する。開戦前は、イーリー・ペインとラシッド・ラースの両者の争いには関心がなく、どちらかと言うと共倒れでもしてくれればいいのに、という立場であったが、話が戦争へと動き出すと、積極的に乗り出してきた。自家の勢力拡大の機会だと捉えたのである。

 すでに4つの星系を抑えて、総司令部もそれを追認した。

 タダー家の当主ジブ・タダーは、侵攻と占領に伴う破壊や殺戮行為、略奪行為を戒めていた。人道主義だからではなく、あとあとの経済圏拡大を考えてのことである。

 そのため、艦隊戦や防御兵器への攻撃は徹底する一方、生産設備や流通関係の施設、惑星上の都市は、極力攻撃しなかった。当主の意志が家臣や軍関係者にも浸透し守られているということは、ジブ・タダーはそれなりに指導者としての資質があったといえよう。

 しかし、戦争では、甘い考えは通用しない。

 いくら人命や設備を守ろうとしたと主張したところで、それで侵略される側が納得して支配を受け入れるわけではない。

 ベリゾンは、侵攻軍の情報をできるだけ集め、タダー軍閥の動きを調べた。そしてその「甘い」作戦をこの際は逆手に取らせてもらおう、と考えた。

 ベリゾンは、侵攻軍に対して、まず寄せ集めの警備艦隊の中から、3割ほどを分け、それを迎撃に当たらせた。残りの7割は星系内の内惑星軌道各所に隠しておいた。

 迎撃部隊は自ら指揮を取り、敵に対して何度か攻撃を仕掛け、反撃を受けるたびに混乱して後退するという演出を見せつけた。そうやって敵を惑星ゾブデ付近まで引きずり込んだ。その上で、停戦と講和条件について話し合いたい旨を、オルゾブダ自治政府首脳らの連名でタダー軍閥艦隊の指揮官宛てに送った。

 軍閥艦隊の戦闘指揮は、司令官のラグド・グーヴ中将であったが、実質のトップはタダー家の軍監として艦隊に加わっていた当主の5男レド・タダーであった。この年26歳の若者だ。真面目で、父親の意向をよく守り、艦隊内部でも一目置かれる立場にあった。

 彼は停戦と講和交渉の通信が届くと、軍を停止させ、具体的な条件の検討に入った。武装解除と兵器の引き渡し、兵士の退役、公共生産設備・国営企業施設の接収、艦隊への物資の提供、それらを実行する傀儡政府の樹立。この条件を呑むのであれば、一般市民への攻撃と、民間施設の破壊、および略奪は行わない。

 何度かのやり取りを経て、具体的な日程や、接収する設備名なども明らかにして、条件はほぼまとまった。

 降伏調印を行うため、両者から代表が出席することになった。

 調印場所は、軍閥艦隊の旗艦とし、オルゾブダからは自治政府のボーンスル首相、ランザール経済部長、オーデ工業部長、ガンソル警備艦隊司令官などが1隻の軍艦に同乗して訪れることになった。

 調印式の日、惑星ゾブデ軌道上の艦隊から、巡洋艦が1隻やって来て、軍閥艦隊の旗艦に接近した。

 艦を停泊させるまでの巡洋艦側との通信のやり取りは、特に不審を招くようなものではなかった。

 だが、停泊した次の瞬間、巡洋艦は突然猛烈な光を発すると巨大な火球となったのである。ただの爆発ではなかった。近づいた軍閥艦隊の旗艦とその周囲の警護艦も巻き込むほどの爆発であった。巡洋艦の通常航行用機関部である重力核融合炉に大量の核物質を搭載して信号を受けて反応するようセットしておいたのだ。

 もちろん、巡洋艦は無人であった。

 通信は予め想定していたやりとりを元に、艦のコンピュータに偽装映像を作らせて行ったものであった。

 もしタダー軍閥艦隊側が疑っていれば、あるいはシップスキャンでバレたかもしれない。しかし穏健に占領政策を進めようとしていたタダー側は、オルゾブダ側の下手に出た態度を信用してしまったのである。

 この爆発でレド・タダーとラグド・グーヴは爆死してしまい、司令部も失われたため、軍閥艦隊は大混乱になった。そこへ隠れていたオルゾブダ側の艦隊が殺到したのである。数では正規3艦隊分のタダー側のほうが多かったが、混乱に拍車がかかり、大した応戦も出来ぬまま大きな損害を出して退却していった。

 おそらく帝国側のまとまった勝利はこれが最初であったろう。

 ベリゾンはこのことを派手に宣伝させた。各地で劣勢に立たされている味方を鼓舞するためだ。

「相手の人の良さにつけ込むようで後味が悪いが、戦争である以上やむを得んだろう」

「仰るとおりです。で、いかがいたしますか」

 そう聞いたのは自治政府首相のボーンスルである。

「私は2・3隻の艦を率いて帝都へ戻ります。敵は予想以上に動きが早い。帝国中枢も厳しいことになるでしょう。急がねばなりません。残りの艦はここの防衛に使ってください。タダー側もこのまま引き下がるとは思えません。あるいは、他の軍閥が来るかもしれませんから」

「大丈夫でしょうか」

 首相の言葉は、ベリゾンが留守中に今回みたいにうまくやれるだろうか、という不安と、ベリゾンが少数で帰還することへの不安の両方が含まれていた。

「閣下、ご心配はいりません。私の方は少数の方が動きやすいですから。それと、ここのことについては、ガンソル准将に任せます。彼なら大丈夫でしょう。当面は全艦挙げて防衛に徹することです。その間に、こちらは敵が全面撤退へ動くように作戦を進めていきますので」

「何か勝算がお有りなので」

「まあ、一応は。と言っても確約は出来ませんが。ガンソル准将」

「はっ」

「貴官には防衛を任せる。もしこのあと、敵の動きに異変があり、全面撤退の様子が見えたら、タイミングを見て攻撃せよ」

「はっ」

「ただし、深追いは厳禁する。敵が去ったら、引き続き星系を守ることに徹するように」

「は……」

「不満があるようだな?」

「いえ、そのようなことはありません」

 ベリゾンは少し笑みを浮かべ、

「星系を守り切ったら、その功績は高く評価しよう。それは約束する」

「はっ、お気遣い畏れ入ります」

 こうして、オルゾブダを守ったベリゾンはたった3隻で帝国中央へと向かった。すでに多くの敵艦隊が帝国中央へと移動を開始しており、場合によっては敵と遭遇する危険性もあった。


 ベリゾンだけでなく、帝国の他の各部隊も、当初の一方的な大敗後は、徐々に立て直しも見られるようになった。無能な指揮官というのはどこにでもいるが、同時に有能な人材も各所に埋もれている。それらが活躍の場を得られるようになったのだ。

 それに伴い、ごく狭い範囲での帝国軍の戦術的勝利も見られるようになった。それは帝国が非民主的であることも、要因の一つだったかもしれない。民主的な手続きを経ずして人材が抜擢される土壌があるからだ。

 そんな中でのベリゾンの勝利は、大きく伝えられた。

 まだ希望はある。諦めるな!

 ベリゾン閣下が立ち上がられたぞ!我らも続け!

 そう叫んで武器を手に持ち立ち上がるものが現れる。

 ベリゾンがあえてオルゾブダでの戦術的勝利にこだわったのは、そういう意図もあったからだ。

 それでも、戦争は兵力差が最も意味を持つ。

 フン帝国の領土は次々と侵略を受け、星間流通経路はズタズタになった。防戦一方の帝国軍各艦隊は各地で退却戦を繰り広げたが、艦艇を多く失い、残存艦隊は各地の拠点ともいうべき星系へとそれぞれに集まって行った。

 ついに共和国軍の一部は、旧帝都であり、いまでも経済の中心地であるイロタヴァール星系の惑星フンベント近傍にまで迫った。この商業惑星を攻略すれば、敵はもはや立ち直れまい。その功績は絶大である。

 さあ、この功一級の誉れを手にするものは誰だ。

 イーリー・ペイン大統領は、そう軍部を煽った。この際は、自分の氏族勢力でなくてもよい。最終勝利者は国家のトップに立つ自分なのだから、部分的な功績は大いに賞賛し、利用すればいいのである。

 帝国中央の星間流通までが抑えられたことで帝国経済は大打撃を受けた。

 流石にここまで来ると、誤報だとかデマだとか言う状況ではない。

 政府中枢の面々、大貴族らはみな青くなった。

「一体、こうなるまで何故対応策を取れなかったのだ」

 グメヴィエ首相は、総司令官バーバル大将を首相府に呼び出して悪態をついたので、バーバルは呆れてしまった。だからあれほど言ったのではないか。

「このようなこと、陛下にどう上奏すればよいのだ」

「ありのままを伝えるしかあるまい」

「何を他人事のように。貴官だって責任は免れぬのだぞ、わかってるのか?」

「もはやそういう話をする状況ではあるまい。国家が滅びるかどうかの瀬戸際だ。陛下のお怒りを買って死刑になるか、戦って華々しく戦死するか、降伏して戦犯として処刑されるか。そのどれかであろう、首相閣下」

 今度は首相の方が黙る番だった。その様子を見て、

「帝都も物資不足が目立ち始めた。そろそろ陛下もお気づきであろう。何もかも手遅れだ。ま、首相閣下の頭のなかはお見通しですがね」

「どういう意味だ」

「敵にどうやって取り入るかを考えておるところだろう」

「きさま……」

「大方、甚だしく不敬千万なことでも考えておるのではないか。最高の手土産を持って投降するためにな」

 首相は総司令官を睨みつけたが、何故か反論はせず、

「それで、貴官はどうするつもりだ……」

「自分の職務に殉じるだけだ。帝都防衛艦隊を出動させ、敵を迎え撃つだけよ」

「勝てる見込みはないぞ」

「やってみなければなるまい……などと言ってもむなしいだけか。閣下と違い、軍人になった以上、小官の運命は決まっている。愚劣な選択などせんよ」

 そう言い捨てて、総司令官は部屋を出て行った。

 この時、バーバル大将が遠回しに指摘したように、多くの貴族らが密かに共和国へ降伏の意思を伝えたと言われる。そしてその中には、皇帝に対し不穏なことを考えるものも多数いた。

 近衛軍の司令官だった侯爵レグリズ中将は、皇帝に呼び出された。

 そして皇帝にこう言われた。

「逼迫している情勢は理解している」

「おそれいりまする。この情勢に至ったこと、我ら帝国軍人の不甲斐なき……」

「で、そちはいつ、我が首を取る気だ?」

「な……! お、お戯れを、陛下。小官は最後まで陛下の盾となって忠誠を全うするのみでございます」

「ほお、そちは忠臣だな」

 皇帝は冷たく言った。

 レグリズがどこまで本気で言ったかわからない。あるいは「取るつもり」でいたのを先手を打たれて、そう言ってしまったのかもしれない。

 それだけ、情勢は不穏な様相にあった。

 かろうじて帝都は、防衛艦隊が星系維持を図っている状況で、時間の問題であった。輔弼内閣の閣僚らは逃亡を図り、結局、グメヴィエ首相は一度も参内して上奏することなく姿を消した。

 孤立した皇帝は宮中の奥で息を潜めて、来る時を待ち受けていた。

 まもなくイロタヴァール星系に殺到した敵艦隊に、イロタヴァール艦隊は大敗し、旧都フンベントも戦火に包まれた。もう、この段階になると、侵攻する側も異様な興奮に包まれ、冷静さを失っていた。彼らは破壊の限りを尽くした。帝都が孤立し、フンベントが陥落寸前になったことで、帝国政府の機能はほぼ失われた。

 広大な帝国は瓦解寸前であった。

 ここをチャンスとばかりに、多くの有人惑星で有力者が台頭し、独立を宣言する例が相次いだ。大半はベリゾンが言った「田舎の独裁者」であったが、中にはかなりの勢力を誇るものもいて、王を名乗ったり、皇帝を名乗るものすら現れた。

 そうでなくとも流通が寸断されて孤立し、事実上独立状態になった星系も多数出てきた。やむを得ず共和国と独自に交渉した自治政府も多数あったとみられる。

 この事態の中、ベリゾンは、3隻の艦艇を率いて急ぎ帝都へと向かっていた。ところが途中、乗艦が機関部に故障したため、数日遅れが生じた。その間に、敵はイロタヴァール星系に侵攻したらしい。

 ベリゾンは情報を集め、帝都がまだ無事なのを知った。

 彼は集まってきた情報を見ながら数時間考えた挙句、方向を変え、イロタヴァール星系へと向かった。

 イロタヴァール艦隊はすでにほぼ全滅していたが、前線から引き返した第1艦隊がまだ抵抗を続けていた。第9惑星軌道上まで追い込まれていた同艦隊は、敵艦隊に包囲されていた。ベリゾンは大胆にも、堂々と敵艦隊の中を通りぬけ、第1艦隊に接触した。あまりにも堂々としすぎたため、敵はこの3隻が何なのか判断に迷ってしまったらしい。一方、第1艦隊の残存艦艇では喝采が上がった。

「閣下、よもやお戻りになられるとは思っても見ませんでした。しかも敵中を突破してくるとは!」

「二度とはしたくないが。艦隊司令官閣下はどうなされた」

「旗艦もろとも戦死なさいました。司令部もほぼ全滅です。現在では閣下が艦隊の序列で最も上位となります」

「そうか。残りの艦艇数は?」

「317隻です。しかし、そのうちの50隻ほどは、かろうじて動くという状態。戦力としてはもう使い物になりません」

「では、その50隻は囮にしよう。生存している乗員は他の艦に移せ。コンピュータにプログラミングし、無人で敵に突入させる。残りの艦で脱出するぞ」

「敵中を突破するのですか」

「二度としたくなかったがな!」

 ベリゾンはかろうじて動く50隻の艦艇を敵に突入させ、さらに破壊された味方の艦の残骸をも利用して敵の動きを阻止すると、第1艦隊の残存艦艇を引き連れ、極軌道転回戦法という盲点を突く奇策で敵の一角を撃破した。再び敵中を突破して、追手を振りきり、外縁部まで脱出に成功した。ここまでに7隻が撃沈されたが、驚くほどの手並みといえよう。

 とりあえず一息ついて、生き残った高級士官らを集めると、意見を聞いた。

「こういうのも情けない話ですが、もはや希望は僅かです。この程度の艦艇では、敵の大軍勢に対し手も足も出ません。敵は数万隻もおります」

「帝都の防衛艦隊がまだ残っている。こうなれば最後の一矢を報いて華々しく散ろうではないか」

「いや、まだやりようはあるぞ。敵だって、我が帝国のすべての惑星を順当に支配下におけるワケがない。どこかに潜み、ゲリラ活動を繰り返していけば、民衆が蜂起する惑星も出てこよう」

「警備艦隊などで生き残っているものもあるはず。まだ総数ではこちらも相当な戦力があるのではないか。なんとかして連絡を取り合い、どこかに集結すべきだと思うが」

 意見は様々に出たが、ベリゾンは言うだけ言わせておいて、自分は黙っていた。

 そろそろ意見も出尽くし、疲れてきた頃を見計らって、ベリゾンは口を開いた。

「私に一つ策がある。聞きたいか」

「ぜひ、お聞かせください!」

 士官らは異口同音に言ったが、

「話してもいいが、話したら最後、私はこの策を有無をいわさず実行に移す。反対意見は許さない。それでも聞きたいか」

 士官らは顔を見合わせたが、

「ぜひとも、お願いします!」

「では言う。覚悟して聞け!」

 ベリゾンが説明を始めると、士官らの間に驚愕が走った。

「閣下、それはしかし」

「お待ち下さい、閣下」

 そういう意見が出そうになるのを、ベリゾンは睨みつけて封じた。

「言ったはずだ。反対意見は許さぬ。不満があるものは、1隻用意するから全員そこへ移れ。敵に降伏するなり、逃げ隠れするなり、好き勝手にすれば良い」

 そう言われると、士官らは黙り、それぞれに考えるような表情を浮かべた。

 そして一人が口火を切った。

「閣下、ぜひ、私をその作戦にお加えください!」

 すると、次々と、士官らは叫んだ。

「私もその作戦に参加しとうございます」

「私こそ、その作戦にふさわしいと自負しております!」

「これほど面白いことはありません。ぜひやらせてください!」

 ベリゾンは士官らを見てうなずいた。

「この作戦は大々的には出来ぬ。連れて行くのは一部だけだ」

「閣下!」

「だが、残るものにも重要な任務を与える。むしろこっちのほうが厳しいかもしれぬ。どちらも疎かには出来ぬ任務だ。もちろん、作戦が成功した暁には、参加するものも、残るものも、同等に評価する」

 ベリゾンはそう言って、艦艇の中から、機動力が高く損傷のない74隻を選び出した。そして種類を限定して大量の兵器を搭載させた。

 残る艦艇の指揮官に分艦隊指揮官で生き残っていたフンボルトー大佐を選び、その幕僚も選定した上で、

「よいか、敵に異変が生じたら、すぐさま、攻撃を仕掛けよ。ただし、深追いは厳禁する。他の残存艦艇にも連絡を取り、勢力圏の確保に努めよ。敵に寝返った星系、独立した星系の対応は後だ。まずは確実に確保できる星系を手にすることだ」

 フンボルトー大佐らはうなずいた。これに賭けるしか無い、そういう覚悟が出来上がっていた。士官だけでなく、兵士にもそれは伝わっていた。

 74隻の艦艇は出撃した。ひっそりと。残る艦艇は、それを見送ると、これもひっそりと姿を隠した。

 ベリゾンは思い切った手を打ったのである。

 戦火にさらされている故国の防衛に当たるのではなく、なんとメリスボーン共和国の首都を直接攻撃に向かったのだ。

 これは彼の側近ですら首を傾げる戦略だったが、彼自身は情報を集めた上での判断だった。

 長きにわたって戦乱を直接経験していない共和国の権力者、特権階級を直接叩くことが、いかに大きな意味を持つか、フン帝国自身の体制を見ても理解できた。

 74隻は、慎重にルートを選び、敵が跋扈する帝国領内を移動し、侵攻の際に放棄された補給基地に立ち寄ると、武器、食料などを補給して、一気呵成に進軍を開始した。共和国と接する帝国辺境を目指すのではなく、一旦、銀河天頂方向へ移動し、有人星系の殆ど無い一帯を抜けて、共和国へと向かった。

 防衛線の薄い部分を突いて共和国勢力圏に入ると、敵軍との対決は避けながら、実に8日で、気付かれぬままに首都ケロノビスのあるハイヘヴン星系に至ったのである。後世、これを題材にした創作作品は多数作られ、しばしば奇跡と呼ばれたが、この時参加した士官兵士らは、むしろ徹底的に現実的対策を取ったといえる。索敵をこまめにし、有人星系を避け、空間状態の観測も欠かさなかった。極端な話、エネルギーの使用も抑え、参加した兵士がのちに冗談交じりで「そりゃもう、音すら立てないようにしたものさ」と言ったほどである。

 なにか一つでも問題があれば、この少数艦隊はあっという間に敵の餌食になってしまう。彼らにとっては、これは奇跡でも何でもなかった。やらなければならない作戦だった。

 ハイヘヴン星系へ侵入したこの小艦隊、ここで気づかれたが、まさか敵の艦隊とは誰も思わず、商船団か何かだと思われた。

 首都の星系交通管制センターが問い合わせしてくるのに対して、図々しくも占領地からの物資輸送船団であるような説明でごまかしながら、ケロノビスの上空まで来た艦隊は、予告もないまま、その都心部に対して猛爆撃を開始した。

 高さ数kmにも及ぶ数百階数千階建ての極超々高層ビルが林立する都市部は、激しい攻撃にさらされた。主砲の一線を受け、巨大なビルは次々と炎上して崩れ落ち、他のビルや高架交通網を押しつぶし、都市の基底部に達した。市民に対して直接攻撃を仕掛けたことは、後世批判も受けたが、ベリゾンにしてみれば、その効果の高さを考えるとやむを得ない戦術であったろう。タダー艦隊が敗北したように、戦争に甘い考えは通用しない。それ故に悲惨であるとも言える。

 ハイヘヴン星系警護艦隊が駆けつけるが、ベリゾンは巧みな戦術でこれを撃破し、比較的近くにいた共和国第4艦隊が事態を知って駆けつけるまでの4日間、首都の政治権力、省庁、大企業群の本社が集中する一帯を徹底的に破壊し尽くした。

 そして、第4艦隊が現れると、膨大な量の機雷をケロノビスの周辺宙域にばらまいて、一目散に退却したのである。機雷をばらまいたのは、時間稼ぎの他に政治的首都の交通機能、そして経済流通機能を低下させるためだった。実際、これはかなり長期にわたってケロノビスを苦しめることになった。

 これほど巨大な国家が、これほど弱小の艦隊によって、大ダメージを受けたのである。

 ベリゾンは追手を必死に交わしながら、逃走を続けた。何が何でも逃げに徹した。そもそも戦力など無いのだから、余計なことは一切しない。

 この報を受けた共和国遠征軍の幹部らは青ざめた。各司令部で怒号が飛び交う。

「どういうことだ、何が起こった!」

「ハイヘヴン星系に敵艦隊が侵入したとの報です」

「まさか、帝国は崩壊寸前ではないか」

「それとも属国の反乱か?」

「政府は、総司令部はどうした、何をしていたのだ!」

「大統領の消息すらつかめません。ケロノビスは全土に渡り炎に包まれているとの話です」

「信じられん。敵はどれほどの戦力を動員したのだ」

「警護艦隊は何をしていたのだ。残っている主力艦隊はどうした。迎撃に向かわなかったのか?」

「我々の快進撃の裏には、こういう事情があったのか。敵は防衛よりも我が首都を襲撃する方に戦力を向けたのだ」

 彼らが恐れたのは、もっと多くのフン帝国艦隊が自国領内に侵入しているのではないか、という疑念だった。自分たちがそうであるように、まさか首都まで攻め寄せた艦隊が70隻余りの残存艦隊だとは思っても見なかったのである。となると、他の星系も襲われているのではないか?

 動揺し侵攻どころではなくなった艦隊、そして慌てて自国へと引き上げを開始した艦隊に対し、フン帝国の各地の生き残りの艦隊は追い打ちをかけ、相応の戦果を上げた。しかし一定以上の深追いは、ベリゾンが禁じており、提督らも概ねその意に従った。それほどの戦力も残っていなかったから、というのもある。

 一旦崩れ始めると、共和国軍は想像以上に脆かった。

 利益は他家より先に確保せよ、そうやって無闇矢鱈に侵攻してきた彼らは、崩壊が始まると、自家勢力だけはなんとか守ろうと必死になった。味方を押しのけてでも逃げる有様であった。中には、ケロノビス襲撃の情報を信じず、敵の謀略だと思ったものもいて、「敵の策に乗ってはならぬ」そう叫んで落ち着くよう訴えたものもいたが、もともと利益追求のために戦争をした連中に、冷静になるものは少なかった。

 ようやく彼らが、ケロノビスを襲撃したのが少数の戦力に過ぎなかったと知った時、もはや全面撤退は止めることが出来なかった。また、無残な様相になった首都惑星の姿は、彼らに少なからぬ衝撃を与えた。敵国の都市が炎上しても気にもとめないが、自国の首都の崩れ落ちた姿は耐えられなかった。

 イーリー・ペイン大統領は、ついに消息がわからなかった。襲撃された同日、彼は何度も繰り返される戦勝会の一つに出席しており、その会場となった極超高層ビル周辺は、ことごとく破壊され崩れ落ちていた。膨大な瓦礫と傾いたり黒焦げになったビル群の中では、捜索のしようもなかった。犠牲者の数もわからない。数千階建ての超高層都市に対して無差別絨毯爆撃をしたのである。おそらく億単位の犠牲者が出たと思われるが、ここまで来ると調べようがなかった。

 そして権力の一端が崩れたことで、次の権力の座を巡る争いが始まった。

 それは、責任のなすり合いでもあった。

 レミントン=アルファ家は失墜し、ライバルであったラシッド・ラースが権力を握るかと思われたが、それを認めたくない他の氏族が、彼の責任も追求した。

 やがて、各氏族は対立から武力紛争へと進んだ。直前まで戦争していたことも、武力への安易な道筋を作ったといえる。政府の諸省庁が有力氏族の出先機関となっていたため、政府は自壊した。紛争は内戦へと進み、メリスボーン共和国はその名称を掲げる実体を失った。

 それによって、共和国の勢力圏では次々と反乱や独立戦争が起こり、銀河最大の国家は、多数の群雄が割拠する状態へと転落した。

 これはまさに、ベリゾンが想像し、想定した事態であった。

 彼は自国の滅亡を救っただけでなく、銀河最大の国家も崩壊させたのである。

 だが、フン帝国の様相は、滅亡を回避できたというだけで、勢力圏は崩壊していた。事実上の終戦時に、かつての帝国圏内では、大小400以上の独立勢力が存在していた。それらのほとんどは、数カ月から1年以内に滅ぼされるか、吸収されて消滅したが、最終的に19の勢力が、事実上の国家として残った。それらが帝国圏の約53%を支配し、残りが帝国の勢力圏として残った。

 そのため、この時代を帝国および19分国時代と呼ぶ学者もいる。

 その帝国も中央政府は消滅していた。

 かろうじて、帝国に属することを決めた各惑星政府が、連携して維持を図っている状態だった。

 だから、ベリゾンが帝都に帰還した時、誰もが思った。

 この状況を救えるのは、この人しかいないだろう、と。

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