銀河人類史 フン帝国編(皇帝紀)

青浦 英

初代:アレクサンドル大帝紀

 人類が、地球と呼ばれる発祥の惑星を飛び出し、その所属する恒星系「太陽系」から、銀河へと領域を広げるようになってから、1500年が経つ。

 現在、人類の活動領域は銀河系のおよそ60%に達すると言われるが、詳細はよくわかっていない。この領域内にある1000億を超える恒星系の中の、おそらく1000万を超える惑星に植民していると考えられる。

 歴史上、人類社会は一度も統一政体を持ったことがない。

 現在、一定程度以上の自治権を持つ国家政体は、2500万と言われているが、それらすべてを認識している人間は一人もいないだろう。情報面では人類以上とも言える生命体、インターステラネットワークを管理する量子コンピュータ群「クエラ」ですら、果たして人類のすべての入植地情報を得ているかわからない。

 以上にあげている数値も、認知推量学の手法で計算した推定値でしかない。

 そして今、我々は、人類のすべてを網羅するべく研究に取り組むことになった。

 それは、我々自身が、自己を認識すべき段階に来たからだと考えるからである。

 古い、誰が述べたかわからない言葉に、こういうのがある。

「人は、己一人の時には、己を知ることは出来ないが、他の存在を知ることによって、己を知ることができるようになる」

 銀河には、地球発祥ではない多くの生命体が存在することはわかっているが、これまで、人類と並ぶ知的生命体と出会うことが出来なかった。知能で人類と並ぶクエラですら、元は人類が生み出したマシンである。

 その意味で人類は孤独であり、たとえどんなに増え、どんなに広がろうとも、常に滅亡の縁を彷徨う単一様の生命体でしかなかった。

 しかし近年、銀河の各地で異文明の遺跡が見つかり始めている。

 遺跡に残る文字の解読結果から、ウーズィーと言う名称を持つこの生命体については、今のところ、痕跡しかない。彼らがどういう文明を築き、そしてどこへ消えてしまったのか、どういう種族だったのか、そして今もこの宇宙のどこかにいるのか、それはわからない。

 だが、自らより派生したものではない、異種の文明に触れることは、人類にとって新しい可能性の源泉であり、同時に、他の存在によって人類自身を照らす星ともなる。

 かつて地球という惑星の一角に生まれた人類は、その後、惑星全土へと広がった。その間に、人類はお互いを認識しなくなり、分かれて暮らし、独自の地域文明を発展させた。やがて、交通と情報の技術が発達することで、人類はお互いを再認識し、新たな段階へと進化した。

 宇宙に出た人類は、再び、分かれて暮らすようになった。高度な科学技術の進歩が恒星間宇宙を移動できるようになっても、宇宙はそのはるか上を行く広さを持っている。人類の認知領域には、それは広すぎる世界だった。人類はお互いのすべてを知ることが出来ないほど分散してしまい、それぞれの地域で、独自に文明を発達させてきた。

 今、新たな異文明の存在を感知して、人類は再びお互いというものを知る、良いきっかけを得られたと言える。

 新たに生まれた刺激は、人類の意識を覚醒させ、技術を発達させ、再び、この広大な銀河に広がったお互いを交流させるツールとなるだろう。

 そのための一助として、我々はここに、人類という種族の記録として、あらゆる情報を再編集することを試みる決意をした。

 知識が新たな認知領域を広げ、それがさらなる知識への道筋となる。知識は思想を産み、知識は科学を発達させ、知識は生命の進化を促す。

 この事業は想像を絶する困難さを伴うであろう。

 時に妨害も予想される。あるいは失われた情報を求めてあてのない旅をしなければならないこともあるだろう。

 多くの人が、何代にも渡って取り組まなければならない事業となるに違いない。

 だが、たとえそうであったとしても、それが持つ意義は、いつしか我々人類が、この銀河を飲み込み、別の銀河へと旅立つときに、大いに人類を支え推し進めていくものと、我々は自負するものである。



 銀河人類史 フン帝国編「皇帝紀」



 初代アレクサンドル大帝紀



 フン帝国(HUN-Empire)は、銀河人類社会で最大の国力を持つ国家である。フーン帝国あるいはハン帝国と呼ばれることもあるが、フン語による正式な名称発音はフン帝国である。

 銀河の辺境より発し、現在は銀河の人類支配領域のおよそ12%を勢力圏としている。

 人口はおよそ2兆2200億人。

 首都は、ケプリ=ケプラ星系の第4惑星スカラベートである。

 ただし、政治的首都と経済的首都は異なっており、経済的首都は、もともとの帝都である恒星イロタヴァールの第7惑星フンベントのままで、同惑星は、今でも帝国最大の惑星人口を誇る経済の中心地だ。

 スカラベートの帝国首都以前の歴史にちょっと触れておく。

 フンベントが首都だった頃、スカラベートは帝国の領土ではなかった。

 この惑星は、もともと酸素や水が豊富で、テラフォーミングも比較的簡単に済んだ。

 しかし、当初、この惑星は地政学上の辺境にあり、ほとんど重要視されなかった。

 そのため、移住した人々もわずかで、惑星数カ所に設置された入植プランテーションセンターの周辺で細々と農業を行い、農地の間に村落が点在する程度の社会で、村が行政単位であり、数年に一度、村長らの会合がある程度で、国家と言えるほどの体制も存在しなかった。また、そのために、どこかの国家の支配下にあるというほどの星でもなかった。穏やかな気候ゆえに災害も殆ど無く、農産物生産量の割に人口も少ないために争いもなく、人口密度の低さから病気も蔓延することはなかったので、それで十分であった。村同士で人の行き来があり、人口はわずかずつ増えてはいたが、よそから移住してくる人は殆どなかった。移民がいるとすれば、隣接地域の各惑星で都会ぐらしにうんざりした人や社会的脱落者が数人、年に一度程度通りがかりに僅かな商売をする商船団に同行してやってくるくらいであった。

 人口は惑星全土でわずか十数万人であり、いくらテラフォーミングが簡単だったと言っても、費用対効果でみれば超赤字の入植地であった。テラフォーミングが完全に自動化自律化されていなかったら、そもそもテラフォーミング自体行われなかっただろう。

 一応、カスマルズー共和国の勢力圏の端っこにあったため、ごくたまに国境域の視察を名目に同国政府の視察団が見に来ることがあるくらいで、総督もいなければ、徴税官すらいないという、完全にほったらかしの状況で、社会的辺境はのんびりしたものだった。

 話がそれたが、ここから本題の皇帝紀に入る。

 スカラベートがカスマルズーの領土だった頃、その隣国、ワット・エル=クロース・エトー恒星間王国では、大きな政治変革の時代を迎えていた。

 貴族出身のアレクサンドル・カラノベルテ・バヌア・ジ・ダリウス・ホノラーブル・ロード・クラウディオン・オブ・ベルドラーザ・ジャン・ヌース・ド・フンダこと長いので略称アレクサンドル・フンダが、政界に実力を伸ばしていた。

 彼はエトー王国の建国にも深く関わったと言われる、同国きっての名門であり、臣民にも広く知られた家柄フンダ家の出身であった。大貴族出身故に自動的に貴族院に籍を置いていたが、その出自の割には責任を恐れずに行動する果敢な性格から、事なかれ主義的な貴族界で頭角を現し、やがて国王ゲリオン・ド・ノローの信頼を受けるようになり、ついには宰相の地位に就いた。同国は政治制度的には、親任貴族議員内閣制度であり、国王が貴族院議員の中から認めたものが閣僚となって政治に当たるシステムであった。700年の歴史を持つ単一王朝の同国では、初期の頃と違い、貴族層はすでに固定化しており、民衆が政治に当たることはなく、一方、国王も有力貴族の力を無視出来るほどの権力は持っていなかった。専制政治が続いたのは、支配する5星系で農産物の生産量が高く、その流通さえ安定していれば、物価も抑えられ、生活するのにさほど困らない社会だったからと言われている。

 しかし、その長い歴史の中で、貴族層も能力を失い、それ以上に気力を失って、前例を踏襲するだけの無能な機関となりはてていた。なにより貴族の当主らが責任の自覚を失ったことが社会の停滞を引き起こす最大の要因となった。

 その影響をもろに受けたのが民衆である。

 社会が停滞すると、比例して問題は発生しやすくなる。長期の農業は、食糧生産力の低下をまねき、たまに起こる天変地異は対策をおろそかにすることで人的災害となり、社会の機能低下は大規模な事故を誘発する。

 しかし権力も財力もない民衆は、そんな問題に遭遇しても、権力機構が助けてくれないため、ただ右往左往した挙句に犠牲になるばかりであった。民衆の不満は権力へ向けられ、国家は危機的な状況にあったが、肝心の貴族も、その上に立つ国王も、状況をよく理解していなかった。宮中での華やかなパーティには興味があっても、町の向こうの庶民街で渦巻く怨嗟の声には見向きもしなかった。一部の世相を理解している貴族ですら、では責任を持って対応するかというと、そこまでは出来なかった。

 そのうち、庶民の怒りは実力で姿を現した。デモや暴動が頻発し、貴族の邸宅が襲撃されるような事態になった。そこではじめて、深刻な社会不安に目を向けるようになった貴族らであるが、怯えるばかりで、軍や警察に弾圧させる以外、具体的に行動を起こすことが出来なかった。その軍や警察ですら、貴族に対する不信感が高まり、遠からずしてこの国の体制は崩壊しかねない状況になった。

 だから、アレクサンドルの行動は、責任を押しつけられる貴族の支持を得ることが出来た。

 貴族界の一任によって実質上の最高権力の座に着いた彼は、そんな停滞した社会を変えるため、大幅な体制変革に取り組んだ。貴族制度は維持したものの、政権の構成を大貴族中心からより広く民衆も含めた能力主義に変える政治改革を推し進め、裁判を公平化し、荘園小作人の財産保護を法制化し、労働者組合の結成や、民衆メディアの設立を認可し、貴族に対しても課税する税制度改革を行い、災害や大規模な事故に即応出来る「緊急事態省」を作り、社会のインフラ整備に意を尽くした。貴族の間に反発も起こったが、抵抗するほどの気力も実力もなく、逆に当主を交代させられるなどして、貴族層は彼の改革を追認せざるを得なかった。少々課税されても、取りつぶされて生命とすべての財産を失うよりはマシ、と考えたのである。

 その結果、アレクサンドルは国民の圧倒的な支持を得たが、彼に政治を任せっきりのゲリオン王は、社会が安定してきたのを知ると、それまでの歴代の王にもまして政治に無関心となり、宮中に閉じこもって大好きな犬の世話ばかりするようになってしまった。

 これではさすがに、ゲリオンとアレクサンドル、果たしてどっちが国の代表だろう、と貴族も民衆も思うようになった。

 そんな世相の頃合いを見て、アレクサンドルは、あっさりと国家を乗っ取った。クーデターを起こしたのだ。軍を率いて王宮を包囲し、自ら国王ゲリオンに会見して、退位を迫った。退位のみであり、傀儡とすべき王族の誰かへの譲位も、あるいは自分への王位禅譲にもあえて言及しなかったが、それはそうする必要がなかったからである。退位を迫られた国王ゲリオンは当然激怒したが、「誰ぞある! この者を逮捕せよ!」と叫んでも、文字通り誰一人現れなかった。宮内省の官僚も、侍臣も、彼の親族すら味方せず、結局、アレクサンドルは、慇懃無礼ともいうべき丁重な態度で、ゲリオンとその妻子を無理矢理恒星間宇宙船に乗せ、少々の宝石とダルメシアン犬一匹と共に、数少ない国交のあった他国へ追放した。軍事クーデターではあったが、軍も官僚も貴族も国民もほとんどすべてが彼に従ったので、犠牲者は一人もおらず、嘘偽りのない完全無欠の「無血クーデター」であったと言ってよい。

 その上で彼は、自ら皇帝となって、帝国を創設した。これがフンダ朝フン帝国である。自分で新しく作らせた帝冠を、自ら頭に載せた時、貴族らは万雷の拍手で彼を承認した。彼が自邸のベランダから姿を現した時には、その前の通りや広場、公園、あらゆる場所に人が集まり、その数、実に100万人にも達し、大歓声を上げた。首都はこの日、まともに機能出来なかった、と記録にはある。よほどに期待されていたのだろう。

 フン帝国は、旧エトー王国の王都、太陽の4倍ほどの質量を持つやや大型の恒星イロタヴァールの第7惑星フンベントをそのまま首都とした。イロタヴァールには辺縁部分まで入れると全部で39の惑星があり、そのうち34までが直径5000kmに満たない小型の惑星で、入植しているのは、第7惑星フンベントと資源の豊富な第10惑星フンブロドの二つしかなかった。

 ほかに、4つの星系を支配しており、7つの惑星に入植していたが、もっとも社会インフラが整っているのがフンベントであり、フンベント以外に首都は考えられなかった。ずっと後に帝都となる惑星スカラベートなどはこの時代、ほんの一部の天文学者以外、帝国のほとんどの人が存在も知らなかった。アレクサンドル帝も全く知らなかった。

 王朝名のフンダは、フンダ皇帝の姓から来ている。同時に惑星フンベントなどにもあるように、フンという名称はエトー王国時代からのこの国の民族名でもあった。フンダの姓も、民族名と関係あるらしいとも言う。フンダ皇帝家はその意味で、この民族の歴史的名族とも言えた。が、民族とは言っても、この星々に入植してから出来た「民族」であって、なにしろ太陽系から恒星間移民が始まって千年、各地を転々として集まって出来たこの「民族」に、元々どういう過程を経て、この様な名称になったのか、またどういう意味だったのかも定かではなくなっていた。

 皇帝となったアレクサンドルの家柄は、古くから代々奇妙に長い名前を並べて命名する風習があったため、歴代皇帝に重複する名がない。そのため1世だの3世だのといったものは皆無であった。その長い名前には、命名時点での領地名(生まれると与えられる形式上の領地名であり、貴族時代は所有荘園に点在する小さな村落名だった)に、貴族を示す称号だの、子供が魔物に魂を奪われないように「強い」動物やものを意味する名前を付けるだの、色々理屈があるのだが、他人にはなんとなくしかわからなかった。なお、皇族でない家から皇帝に嫁いだ皇妃にも、その時点で同様に元の名に加えて新たな長い名前が付けられる。

 アレクサンドル帝は、自ら建国した帝国を支配したが、その政策はエトー王国から受け継いだ帝国領5星系の維持であり、外交は非同盟モンロー主義であり、王国時代からの僅かな恒星間貿易での対外関係のみを継続した。どことも同盟せず、どことも敵対せず、銀河に名誉ある孤高を保った。要するに彼は、王国を自分のものにしただけで、銀河系宇宙に対して、それ以上の野望はなかったと言える。

 政治的には、従来の形式化された親任貴族院議員内閣制を改め、皇帝親政とし、貴族院は有名無実化した上で、皇帝を支えるために貴族や平民から有能な人物を閣僚に指名し、輔弼内閣を編制させた。貴族層はほとんどが前エトー王国と同じであり、ただ一部クーデターの際に活躍した平民出身の軍人や官僚の中から下級貴族の称号を得る者がいた。また、旧ノロー王家の中からも、アレクサンドル帝に味方したものは貴族になったものがいた。大小600余りの貴族と40億人の民衆を従えて、アレクサンドルは君臨した。

 のちにフン帝国は銀河人類社会最大の国家となったため、初代アレクサンドルは、国家を創建した大帝として尊称されるが、実際の所は、当時、銀河によくある程度の独裁皇帝のひとりにすぎなかったと言える。もちろん、その国家を乗っ取った手際やまともな政策から見れば、決して無能ではなかったが、恒星間宇宙にさらなる領土を広げる気はさらさら無かった。彼の視野は、彼の生まれ育った国の中にしかなかったわけで、それは一般的な国家観としては至極まっとうなものだった。よその国を一方的に支配併呑しようとする方がおかしいのである。

 アレクサンドルの治世は19年で、さほど長くはなかった。

 年齢もまだ老齢と言うほどではなく、身体は侍医も驚くほどに健康そのもの、医療技術も当時の銀河水準並みにあり、ある程度の寿命延命措置も可能であった。皇后とその間に二男二女の4人の子供がいたが、側室をもうける気がなかったため家族仲は平穏そのもの、貴族らの支持の元に帝国を興したこともあって政敵らしい政敵もおらず、改革は順調に行って内政は安定、経済もより豊かになり、そのため国民の支持率も高く、モンロー主義から対外的にも敵対国がないため、命を狙われそうな要素は全くなかった。

 だが、彼は建国19年目に、あっけなく死んだ。

 事故だった。

 交通事故などではない。

 ちょっと前代未聞の事故だった。

 当時、首都フンベントに新たな皇帝宮殿を建設中だった。

 内政が順調に行き、国庫も潤ってきたので、そろそろそれらしい大きな宮殿でもお作りになっては如何ですか、と首相のヨダー・レイ=カッケ侯爵に言われ、それもいいかと思ったのが運の尽きであった。彼は自らの帝国を旧ノロー王家と区別するために、その旧ノロー王宮を博物館にしてしまい、帝宮は自身の貴族時代からの邸宅を改装して使っていた。もともと大貴族だったので、邸宅も相応に(というより相当に)大きかったが、さすがに5星系に君臨する恒星間帝国の皇帝の宮殿としては小規模と言えた。だから新宮殿の建設の話が出てきたのである。経済も豊かになってきたため、その恩恵著しい国民からは誰一人反対意見が出なかった。皇帝にふさわしい宮殿を作ることは当然であり、そのために首都郊外の丘陵地帯一帯を大規模に改装することにも異論は出なかった。

 そしてその日、事故は起こった。

 アレクサンドルが、建設工事現場視察中に、地下の配線工事のために開けてあった穴によそ見していて落っこちてしまったのだ。正確に言うと、直径2mほどの穴の周りに防護柵があったが、それにつまずいて転んだ先に穴があったため、そのまま頭から落ちてしまったのだ。

 後の歴史学者ニーソは著書の中で、

「畏れ多くも皇帝陛下におかせられましては、12mも落下あそばして首の骨を折られ即死なされたのである」

 と慇懃無礼に書いて、ひんしゅくを買ったが、この恭しさこそが事故の一面を指摘している。

 すなわち、お付きの首相や貴族や近衛士官らは、恭しく従っていたため、その危険性に気づくのが遅れ、あっ、と思って手を伸ばしたものの、全然届かず、皇帝の身体を掴まえられなかった。遠慮して二歩も三歩も下がって付き従っていたのが悪かった。

 みな呆然とした。

 我に返ったあと、彼らは真っ青になった。

 意図したわけではないとは言え、皇帝陛下を助けられなかったことは、やはり大きな罪に問われるのではないか。

 さらに、これがせっかく成立した帝国を混乱に陥れはしまいか。

 遺体はすぐに引き上げられ、丁重に安置されたが、この事件は内密にされ、ほとんどその場で(つまり王宮工事現場の事務所で)、側近や大臣や有力貴族らが密かに顔を合わせて相談に相談を重ねた結果、皇帝はなにやらよくわからない小難しい病名の急病にかかってお倒れになった、として、「緊急入院」ののちにそう公表され、1ヶ月後に崩御したと発表された。

 レイ=カッケ首相は、死んでいる皇帝陛下を皇族専用病院に運んで、集中治療室に閉じ込めて、急に御発しになられた奇特なる御病気で治療を受けられているように見せかけたわけだが、その間に、工事関係者や事故を目撃した下級貴族・平民ら117人を密かに監禁し、「事故死」させ、「病死」させ、ことごとくを抹殺し、さまざまな準備を万端あい整えた上で、重々しく崩御を発表し、盛大な国葬を営んで、皇太子ブレイス・フラド・アルファサン・ロード・オブラビア・カラノベルデ・ド・フンダを2代皇帝に即位させた。

 この陰謀、意外にも、皇帝の妻子は全く気づかなかった。病院に駆けつけた時、窓越しに見えるマスクやらチューブやらを取り付けられて眠っている様に見せかけた皇帝を死んでるとは思わなかったのだ。もちろん、それらしい数値や波形だのを表示する機械を側に置いたり、医療ロボットが点滴を付けたりして、生きているように見せかけたわけだが。

 皇帝は崩御し、新皇帝が即位し、陰謀は皇帝の遺体と共に闇の向こうに葬られて、レイ=カッケ首相はホッとしたのもつかの間、新宮殿完成披露式典のさなかに、庭園で何者かに銃で撃たれて死亡した。

 犯人は不明だが、その後、初代アレクサンドル皇帝の死に関する噂が広まり、うすうす父帝の死に際の様子が変だと思っていた2代皇帝が調査させた結果、穴ぼこに落っこちた事故の事が判明し、首相らによる隠匿の陰謀も明らかになった。もともと陰謀を企むような人物ではなかったことや、秘密を守るために忙殺された人の数が多すぎたりと、いずれ露見するのは必定であった。

 このことから、首相らの陰謀によって抹殺された誰かの関係者が、恨みと陰謀を明らかにするため、首相を暗殺したのだろう、と言うことになった。

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