百ドルの使い道
「パパ、お小遣いありがとう!」
リサは受け取ったお札をこれもこの前貰ったばかりのポシェットに入れると、おもちゃ売り場に走った。
金髪のお下げ髪を新調した藍色のワンピースの背中でパタパタさせながら。
「持ってるのばっかり」
軽く失望の声が上がる。
真っ直ぐなブロンドに水色の目のバービーなら、もう五、六人持っている。
おかげで先月貰ったドールハウスも、すぐ満員になってしまった。
やっぱり、人形じゃなくて、新しいドールハウスをもう一軒買おうかな?
と、棚の奥に残った、褐色の肌に黒くカールした髪を持つ、鮮やかな黄色いドレスを纏った人形が目に飛び込む。
あれは、持ってない!
「ちょっと、それ、私のよ!」
「僕のだい!」
チョコレート色の肌をした少年は小さな顔の中で一際大きな目でギョロリと睨む。
「ずっと欲しかったんだから!」
大きな黒い目を曖昧に微笑ませた人形の箱を手に、少年は一目散にレジに走った。
「坊や、あと一ドル足りないわよ」
錆び付いたコインと皺くちゃの紙幣を数え終えた店員が告げる。
まるでクリームドーナツとマッチ棒だわ。
肥り気味の白人女性店員と少年を遠巻きに見比べたリサは可笑しくなった。
「そんな……」
少年はせかせかとジャンパーやズボンのポケットを探り出す。
上も下もずいぶんダブダブだけど、あれ、お父さんかお兄さんのお下がりかしら。
どのみち、意地悪な人から貰ったのね。
新しくてきれいなものしか人に譲ってはいけないって、パパはいつも言ってるわ。
「ちゃんと足りるだけ貯めたはずなのに……」
少年の後ろに並んだ列から尖った声が次々こぼれ出す。
「ねえ、ちょっと、まだ?」
「さっきから、待ってるんだけど」
まるで言葉が本物の小石に変わってぶつかったかのように、少年の黒いウールじみた髪の頭が俯いた。
「とにかく、これでは買えないの」
業を煮やした体で店員のグローブじみた手がコインと紙幣の小山を少年に押し戻す。
「これで足りる?」
リサは変色したコインと紙幣の上に真新しい百ドル札を一枚置いた。
「どうもありがとう」
精算を終え、売り場の隅まで来ると、少年は寂しげに笑って、虹模様の紙に包装され、真っ赤なサテンのリボンで結ばれた箱をリサに差し出した。
「これは、君のだよ」
七色の箱を持つ小さな手は顔と同じチョコレート色だが、この前、家に来た配管工のおじさんたちとそっくりな指をしている。
「さっきのおつりから、僕が払った分だけ返してくれればいいから」
そう語る大きな黒い瞳は赤いリボンの結び目の辺りに漂っていた。
ママが見せてくれた黒ダイヤみたいな目だな。
「どうして男の子なのに、バービーを欲しがるの?」
人形よりも、自分の新しい服を買えばいいのに。
少女は心の中で付け加える。
よその人の身なりについてあれこれ言ってはいけない、ともパパはいつも話している。
「入院してる妹に上げたかったんだ」
少年の目が自分より頭半分だけ背の低いリサに注がれた。
この子、いくつなんだろう?
背丈は頭半分しか違わないのに、ずいぶん大きく見えた。
リサの思いをよそに相手は寂しく微笑んで首を横に振る。
「バーゲンでもなきゃ、こんな高いお人形は買えない」
「今日は何も買わなかったのかい?」
車のキーを挿し込みながら、父親は青い目でリサに微笑んだ。
パパは普段もそうだが、笑うと余計にバービーのボーイフレンドの「ケン」そっくりになる。
「うん」
少女は頷くと、シートベルトをカチャリと締めた。
「いえ、一ドルだけプレゼントを貰ったわ」
リサの視線の先では、虹色の箱を抱いた少年が底抜けに明るい笑顔で手を振っていた。(了)
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